くろまめのをりをり11(2013年1月から)


 毎日のようにベランダから富士山を眺めています。よく晴れた日は丹沢が見えます。平成24年元日
 の写真にスカイツリーが写っていました。平成22年の写真には建造中の短いスカイツリーが写って
 いました。太陽が少しずつ移動して行くのを見ていると今日の日を残しておきたくなります。

 

 良いお年を!   (2013年12月31日)

   感謝感謝の年でした。      来る年もよろしくお願いいたします。                 くろまめ・そらまめ・とらまめ

 クリスマスにシャワー浴びてダイコン干して柚子漬けて  (2013年12月25日)

   今朝7時半 外4℃。10時、雲ひとつない青い空。一昨日に収穫したダイコンを 洗って干す。サトイモと安納芋も干す。    本日は義母(とらまめさん 91歳)の訪問看護の日。今朝から私もドキドキして いた。午後2時、Sさんはそれはそれは安心安全のお世話をしてくださった。お願 いした訪問の時間帯は、晴れたら部屋の中が陽だまりになる。今日の天気は晴れ。 陽だまりの中でゆっくりと髪を乾かし、手足にベビーローションをつけた。義母 は水分を補いながら、「ああ〜気持ちがいいわねえ」と。私もこれほど気持ちの 良い日はないといってもいいかもと思えた。  サンタさんの贈り物・・・シャワー♪ またひとつ思い出が生まれた。 そしてユズの皮(2個分)を麦味噌に漬けた。 下の写真は、同郷の友人が贈ってくれた「いのす(ユズのこと)」。 「ゆのす(ユズの果汁酢のこと)」は和え物や酢の物に使用し、搾ったあとの皮(若干の 果汁酢を含んだ袋そのままに)を、麦味噌(ほの甘い大分産のものを使用)に漬けた。     我が家では、皮の色が褐色になるまで漬け置く。夫(そらまめ)は最初はこの味に戸惑 っていたが今では”クセになる味”だと言っている。  

 しあわせは夕焼け色  (2013年12月2日)

 友人の一夫さんから絵日記(絵はがき)が届いた。「幸せって何だろう!!」 と書かれてある。「?」ではなくて「!!」だ。絵は、おみかんのようでもあり ・・・あ! ダイダイだあ〜。果実の色からも「し・あ・わ・せ」。  朝ドラの『ごちそうさん』もこの色のイメージだ。雲の上はいつも晴れ♪  一枚の絵はがきから鑑賞も楽しい。橙色のイメージが膨らんできて、あら あら 夕焼けが♪ 今日の夕も。  ここ数日、雲の無い晴れた日が続いているので、夕空は赤から紺へのグラデー ションが広がる。赤の部分に富士山とスカイツリーのシルエットがはっきりして 見える。  だんだん暗くなる空の色に一日の終わりを感じながら私は少しのあいだ、キュ ーンってしぼまるが、その後は、グイーーーンって膨らんでくる。橙色した夕焼 けは、一気にパオ〜〜〜ンとなる。象さんがお鼻を天上に向けてパオ〜〜〜ンっ てしているように。  

 ファクシミリの復活したる日  (2013年11月30日)

 昨日のこと。近くの家電センターで「ファクシミリ」を購入した。数年前まで使っ ていた機種に比べて、どれも小型化していて機能抜群。しかし我が家には必要最低限 の機能であればいい。選ぶのに時間は掛からなかった。  ファクシミリ受信第一号は、兄宅に来ていた両親からで母の検査結果問題ない日。 「○○ちゃん、さっそくの返事ありがとう。今夜は美味しいやわらかいナベ料理をい ただきます」 ケサエ 「今夜の夕食は○○と○○の手料理だ。有り難い ありがたい」 84歳翁    今回、数年ぶりにファクシミリを復活させたくなったのは、私の難聴が進んできて 電話では音声と音声がぶつかるのでストレスになること。両親の声を落ち着いて聞き とりたい思いからだった(補聴器はそれでもまだしたくない私)。  両親はポストまで自転車で行って・・・。帰りは坂道をヨイショヨイショ押して・ ・・。母は数年前からペタルを漕ぐのは困難になり、父も困難になり、兄や妹たちが 街に戻る時に、頼んで出してもらっているようだ。郵便が手から手へ届く時間がこれ からはこれまで以上に嬉しいものになることと思う。特に両親宛となれば、家にある どんな(^^)紙にでも便りを書くのは自由で楽しい。切手を選ぶのも、ポストまで 行くのも、投函する時のなんとも嬉しい気分もトータルで楽しめる。投函して2日〜 3日目に両親に届く。読んでいる様子を想像する。数日経てば、両親から返事が届く。 私は何度も繰り返し読む。そうやって、やりとりしてきた書簡が箱いっぱいだ。  両親が街に出て来る日は、私はファクシミリで歓迎しよう。その日の気分を文字で 踊ろう。絵にして笑いをとりたいと思っている。   ファクシミリの踊る文字あり春うらら   (2013.11.29日) くろまめ 

 最近注目していること  (2013年11月28日)

シリーズ化している欄は特に読むようにしている。そのなかで目に留まった「声」 と「異議あり」を紹介したい。 ↓asahi.comのコピーです。梅崎静子さまのキッパリとした姿勢に共感。

 続「食べる」が基本  (2013年11月27日)

病院の先生から好きな食べ物を持ち込んでどんどん食べてもらってくださいとの ことなので今日はお昼に寿司を持ち込んだ。  「こんにちは〜お昼ですよ〜」義母がこちらに手を振った。待っていた顔だ。 足の屈伸運動を手伝ってから、好物のものをテーブルに広げて(目で楽しんでも らえたらいいなあ)、「どれにする?」と想像しながら手元をみていると、私が 思ったものを小さくして食べている。ホタテ、サーモン、マグロ、ハマチに手を 伸ばした。夫と義母は好みがとても似ているので、見ていて楽しくなる。少しの 量を「おいしいねえ〜」と言う声が明るい。 「帰りに畑に寄るのでしょ」今朝の話も話題に。 「寄ったら、写真を撮るので待っててね」。 スープも飲んでくれた。お布団が重たいというので、義母のお布団を持ち込んだ ら、これにも喜んでくれてデザートも食べてくれた。ピンクの花柄の布団カバー に、少し恥ずかしげなようすだったが気に入ってもらえた。 「ではまた、夕食のときに来ますね〜」 私たちは帰りに畑に寄って、ダイコンを抜き、ほうれん草とブロッコリーとネギ を収穫。ブロッコリー(苗から)とホウレンソウ(種から)は義母が育てたもの なので喜ぶことと思う。今夜は、これらのお野菜を食べやすくして目から楽しん でもらえるようにしたいと思っている(お昼の食事でいっぱいになっていないこ とを思いながら)。  夕食のあとには、今日の写真を一緒に見よう。写真・動画をUSBメモリに入れて、 小型液晶パネルで再生してみよう。  入院の初日からすると、よく眠れているようだ。      そぞろ寒病棟つなぐ自動ドア   くろまめ    初霜や母の寝息の細からず    くろまめ

 「食べる」が基本  (2013年11月26日)

 我が家のとらまめさん(義母91歳)が入院してから、いろいろ思うことがある。 あんなに食べることが好きだった義母でも動かないでいると食欲が落ちてくる。 「朝ですよー おはよう」「お昼ですよー こんにちは!」「夜が来ましたよー こんばんは〜」と毎日声を掛けている。今朝は霧が濃かった。窓の外が白いので、 雨かと思ったようだった。その日その日の元気度が食事を摂るときのようすで感 じられる。少しの量でも食べれた時は、本人はもとより家族の喜びは大きい。点 滴はベッドで安静にしている体に栄養を入れているので、体を動かすようになる と、口から摂る食物の栄養がいかに大事かと思い知らされる。高齢者にはタンパ ク質が大事であるようだ。  我が家は、10年位前までは「今夜は何が食べたい?」という義母の呼びかけにみ んなが応えていたものだった。夕ご飯のメニューを決めてからでないと一日が始ま らない義母のおかげで、休日の食卓は家族みんなで食べることが多かった。今、私 も夫も「なにか作ろうか? なにが食べたい?」とごく自然にそうなってきている 。今は病院に出向いてみんなで食卓を囲んでいるが、それはとても自然で、話題は 義母が蒔いた種の生長など。ゆっくりゆっくり聞いている。 「おやすみなさ〜い。 また明日ね〜」「ありがとう。おやすみ〜」。  我が家の晩ごはん お肉、畑の根菜煮、酢の物、白和え。キクイモのお漬物。

 彩りのおもてなし (2013年11月19日)

写真は、2004年11月28日、牛久のカッパさんと紅葉狩りに行った時に採取したもの(洗 って水気を取り除いているところ)。 採取した場所は、成田山新勝寺 大本堂の奥にある成田山公園(165,000u)です。採取し たきっかけは、カッパさんが話してくれた「彩りのおもてなし」について、からだだった。 「彩の葉を、冷凍保存、使うシーン(おもてなし)に合わせて、解凍して添える」。 @葉を洗い、水気をふき取る。 A一枚一枚ラップに包み(真空パック)冷凍保存。 私は、翌年のお正月のお膳に添えた。解凍しても鮮度はそのままに温存されていた。 家族は新年の挨拶をした後、目から話題が立ち上り、それはそれは豊かな元日の膳にな ったのだった。以後は我が家の伝説に(笑)。 昨日の空も青かった。畑のエンドウマメの苗に夫(そらまめ)が水を遣りに行くと言う ので一緒に出かけた。いつもの畑だが、木々の黄葉が進んでいるのを感じた。 ふと、「彩りのおもてなし」のことを思い出した。それからが採取に採取(^^)。 畑周辺では飽き足らず、もっと高台のほうへ車を走らせた。しかしまだ赤や黄色になる には、もう少し時間がかかることが感じられた。それでもせっかくですものね。 あらら〜 ナンテンの葉は真っ赤に染まっている。 「ちょっと ですから〜 いいですよね」 それでちょっと公園で。(良い子のみんなはやってはいけないよ〜)。 あとあと、影響がないように優しく頂いたしだいでござりまする。   乾燥注意報〜〜 もう一週間くらい経つと、彩りが冴えてくることでしょう。   洗いましょう〜♪ 水気をやさしく取りのぞきましょう〜♪(乾燥しすぎないこと)   葉がぶつからないように並べて、ラップを掛けましょう〜♪ (くり返し重ねて行く。1枚1枚、ラップで包むことが基本です。私は、ワンシートを使 うつもりで重ねました)     柿1個+(リンゴ1個+冷凍バナナ1個+プレーンヨーグルト大匙3杯+お水15cc)    喜びの味と言いたい!! 満足なり☆☆☆  採取していたら柿の木に出合い、柿の葉っぱに柿の実(1個だけ失敬)、カラスウリ まで。プレミアム付きの佳い日となった。

 齢をとれば  (2013年11月15日)

ふと思う。10代の頃にはおよそわからなかった大人の世界。20代で背伸びして、30 代で仕事が面白くなり、40代で子供は自立し、50代で年配の方たちと趣味を同じく して、ようやくしみじみと親世代のことを思うようになり、還暦を迎え、これから先の 時間がとても少ないことを実感し始め、出会う人たちのいろいろな言動に目を細められ るようになり、なあんてことのないごく自然な事柄に涙し笑い感謝し、ギコギコしたも のやコテコテしたものやタランタランとしたものを、それはそれでいいと思えるように なってきたのは 歳のせい? 生きている時間に反比例して感情の幅が狭くなるというようなことでもないような気がす る。経験することがなく通過してきていることでも、それなりになっていくようだ。 冷たい雨の降る日はふと自分の過ごしてきた時間の流れを感じてしまう。

 律儀?なご婦人  (2013年11月14日)

寒い朝、開店10分前のスーパーの駐車場に入った。車の中で開くのを待つことにした。 他にも数台駐車している。わたしたちと同じように急ぎの買い物客か? すると年配の 夫婦らしき人の車が正面に駐車した。停まるとすぐにご婦人が外に出て、スーパーの入 り口にスタスタ向かった。齢75歳〜80歳? その動きの早いことにも驚いたが、開店前 の入り口でカゴを取り、カゴを腕にかけた。「これでよし!」といった声が聞こえてき そうな。足を大きく開いて立っている。1分でも早くの緊急事態なのか、何か目玉商品 があるのか、一番乗りをしたいだけなのか、女の特性なのか・・・。 そこへ、またひとりご婦人がやって来て、同じようにカゴを取り、腕にかけた。二人は 顔を見合って、それからは友好的に(「ウンウン。フムフム」)頷くのが見える。そこ へ、三人目が現れる。ちゃんちゃんこを着たお爺さんが横風のようにして割って入った。 不意を衝かれたご婦人二人は、お爺さんの頭を越えて見合っている。お爺さんが動けば、 ご婦人も動く。ああ! 私はとうとう声に出して笑った。夫も見ていたようだったが笑 うところまではいかなかった。 この寒い朝、並ばなくとも時間が来れば開くのに、このようにして、次々と人が並んだ。 人が人を呼ぶのか。私は静電気を恐れて、夫がドアを開けるのを待ってからお店に入っ て行った。 あの最初の三人は、もう買い物を済ませたのだろうか。ちょっと首を回してそれらしき 人を追っていた。 この日の夕方。5時半過ぎ、もうすっかり暗くなっている。信号待ちしているとき、前方 にご婦人二人が低い生垣のブロックの上に腰をおろして頷きあっているのを見た。思わず 温度を見たら12度だった。信号が変わるまでの間、私は見ていた。 二人は、捻りよるようにして(寒いからかお尻の片側を浮かしながら)話している。私は 「もうお帰りなさい」と心の中で言ってしまった。    男性であのような光景は見ないなあ・・・。 買い物の帰りに出会ったご婦人同士、大きな荷物を持っているのに、立ち止まって、やや 斜め姿勢に入り、それでも軸足は重心を保っている、あの光景。自転車で通りかかったご 婦人が知り合いを見つけて話す光景。脇に寄らずに、停まったところが自分の居場所にな ってしまうあの光景・・・。 女性は、古来、場所取りが上手なのか??  いや〜 面白かった。  

 日々是好日  (2013年10月28日)

     来週、三人にまた会える。 昨年の10月「ギャラリー・エアー」で、お初にお目にかかった。今は、互いに名前で呼び 合っているが「様」で覚描きしている。  還暦1歳の昨日は秋晴れ。未整理箱の中のモノを整理し、最終決断した。ひとつがこの 手帳。最後の頁に到達するまで反芻しながら懐かしんだ。  ここ、「ギャラリー・エアー」では、定期的に絵画展示・手工芸品の製作・展示発表を している。教室になったり、お茶の間になったり、サロンになったり、企画の味付けが見 事だ。年に数回バザーも開催している。季節が巡るように微妙な温暖の調節がなされてい るように感じる。晩秋から年末にかけての企画は、陽だまりの優しいお部屋になりそうだ。  さて、今日も良い日だぞーー。午後から畑行きだ。安納芋を掘って〜 ナスを全部抜くのだ。 今日の日が暮れるころ、「100坪菜園日記」をごらんくださ〜〜い。

 原画  (2013年10月20日)

友人からいただきました。 少女(カラーと鉛筆画)の二枚は、いわさきちひろの原画です。                  絵の裏書 4の1              ア62                   1.2倍      鉛筆画の裏には、「山本有三編集 国語」編集部 と印があります。                絵の裏書 5の2                   ア46                   1.2倍 ブタの絵(下 二枚)の作者はわかっていません。 なんともユーモラスでたのしいですね〜。 どのような物語? 本? に登場したのかなあ?     私の好奇心のアンテナは、図書館の児童書コーナーに向きました。 楽しみ 楽しみ^^

 台風26号  (2013年10月16日)

昨日の午後、台風に備えてベランダのプランターを部屋に入れた。アメダスデータは、 我が町に的を当ててやってくる勢いだ。他いろいろ手当てをしてから食料の買出しに 出かけた。 外に出ると辺りは緊張感をかもし出していた。前を走る車も焦りが感じられた。買出 しの客はみな黙々と手早くカゴに品物を入れて行く。気持ちは家に向いている顔、顔だ。 夜は静かに雨が降っていたが未明から雨脚が激しくなり、そのうちに風も強くなって きた。幸い台風の中心が我が町の南を通過して北風だったので良かった。北側は窓が 少ないのだ。 いつも風向きの目印にしている通りの向こうの家の旗ざおが取り込まれていていた。 吹き返しの強い北西の風がしばらく続いた。これはすごい雨量だ。我が家はなにごとも なく台風は過ぎて行った。 昨日の買出しで忘れていたものを買いに出た。車はヨゴレがとれてきれいになっていた。 昨日と同じ道を通ると、冠水している場所がいくつかあった。通行は出来るので通過。 (車の下も洗われてきれいになったと思う)。田んぼと道路工事中の場所は、すっかり 水に埋もれていた。 帰りは遠回りして、いつものドライブコースを走った。そこでも衝撃的な光景が目に飛 び込んできた。元の景色は手賀川を挟んで右岸左岸と田んぼが広がっているが、今日の 景色は片側はすっかり水面が広がって大河のようになっていた。この中に住宅がなくて 本当に良かった! 稲も刈られた後で本当に良かった!  空を見上げると、ねずみ色の雲の間に少しずつきれいな空色が見える。やがて広がって 暮れてきた。 今夜のニュースに我孫子の水害が出ていて驚いた。北海道で20センチの積雪とのこと。 伊豆大島の傷跡は、あまりにも哀しい。 友人たちが畑のことも心配してくれてありがたい。 明日は畑に行ってみよう。   追記:(25日付「朝日・千葉版」 ) 台風26号の我孫子の浸水被害状況が出ていた。市によると、15日〜16日の積算雨量は 布佐地区で282ミリ。手賀沼から注ぐ手賀川堤防沿いにある国の陽排水機場が雨水を排水し、 川の水位は3.2メートルに。このため堤防の樋水(ひすい)管につながる布佐あしだてポンプ 場のゲート(高さ2.5メートル)を超えて水が市街地に入り、354世帯が水につかった。

 メモ書きOK! メモ貼りOK!  (2013年10月2日)

     とにかく老眼鏡を手放せなくなりました。加えて、ちょっとしたメモさえ覚えること が大変めんどうになってきました(いえ、もう覚えられなくなってきました)。  眼鏡がないと何事もキリリといきません。  夫にホワイトボード(100円)を取り付けてもらいました。  取り付けた場所は、私の目線の先。ボードの裏のマグネットテープを剥がして強力両面 テープを貼りました。  タイルにピタリくっつきました。  右写真のメモの文字は、夫(そらまめです)。ソフト身欠ニシンを煮ようと、調味料を ネット検索してもらいました。  このボードは いい。    

 官製はがきが10円だった頃  (2013年9月29日)

 毎年9月も終わりになる頃、なんとなく片づけがしたくなる。今回は、大事にしまって おいたものを整理することにした。還暦を過ぎたからかも知れないなあ。  上京してくるときに親戚友人たちに寄せ書きをしてもらったノートには、現在93歳に なる伯母の言葉が書いてある。文字も文章も素晴らしい。他のみなさんも、エールを送 ってくださっている。みんなどうしているかな。「お母さんになったら会いにきてね」 と書いてくれていた人。一度も会っていない人もいる。しっかり読んで、また箱に収め た。  母からのハガキに泣いた。 「此のところ毎日良いお天気続きです。お茶摘みも終わり、近所の田んぼから耕運機の 音だけが聞こえます。我が家は父さんは○○にでかけ、私は五月中に新茶を送らねば意 味ないと思い乍ら小包作りです。○○、○○、それぞれに。  今年は○○さんが500gづつ袋に入れて箱までサービスしてくれたので小包も簡単です。 今年は梅を赤くして送ります。柚子、栗も送ります。今から秋がたのしみです。体にくれ ぐれも気をつけなさいね。 母より」  チッキの時代の荷物は、とてもしっかりと紐で結んであった。解くときに鋏を入れるの は悪いような気がして解きながら結び方を学習したものだった。後年ガールスカウトでリ ーダーをしていたときに母の結び方がとても役立ったことがあった。チッキから宅配便に なったときは、母がとても喜んでいた。宅配便専用の袋で届いたときは、ガムテープで頑 丈に保護してあった。専用の箱のときはビニールの白い紐で”あの結び方”で届いた。母 はじぶんかた(自宅)に届いた宅配便の荷物を見て、「これでええとね? 途中で中身が 出たりせんちゃねぇー」と感心していたそうだ。我が家に母からの荷物が着くと、お礼の 電話をするわけだが、それでも「大丈夫だった?」と荷物の安全安心の確認をしやったな あ。  あの頃その頃を思い出させてくれた便り。  昭和51年葉書10円だ。昭和54年葉書20円だ! 昭和57年葉書40円だ! 封書60円だ!  当時の物価も懐かしく蘇る。 長距離電話代がとても高かった。電話ボックスに入るとき は覚悟の財布だった。まあまあ、話ができた(伝わった)なあと感じたのときは、900円 〜1000円もしたような・・・。  両親からのたくさんな便りを1枚1枚、一通一通、隅の隅まで、それこそインクのニジミ や墨のカスレや虫のフンも紙の感触も愛しい。くまなく見て読んだ。そしてまた箱にキュ ッと押し込んだ。  私は両親のことを「とうちゃん」「かあちゃん」と呼んでいる。両親は文章になると互 いを「父さん」「母さん」と書いている。文語調は、ちょっとこそばゆい。優しくゆったり 響いてくる。  現在、父84歳。母82歳9ヶ月。二人は銀鏡の言葉(米良の言葉)でそれは大きな声で話し やる。私は正調米良弁をもう話せない(忘れてきている)が、手紙には、変調米良弁で書く。 心に浮かぶ言葉を口語調にして書いている。色も付ける。龍房山、家の向かいの山、空と川 、木々と土と石、赤い鳥居も。もうこれは踊る手紙だ。返事がきたときは幸せが太くなる。

 『幸せの残像』 著者:パリヌッシュ・サニイ 翻訳: 那須省一  (2013年9月28日)

   発行:書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)(クリック!) 私は那須省一さんの著書全てを読んでいます。今回も心待ちしていました。本書の舞台 は、私自身、新聞・テレビなどの報道の枠の中で見聞きしていることでしか(それさえも わからない)世界です。ひとりの女性の半世紀から伝わってくることを感じたいと思って います。    

 キッチンでジルバを踊る生身霊  (2013年9月16日)

       上の写真は、義母・達子さん(現在91歳)が68歳のときのものです。  達子さんは65歳くらいからダンススクールに通い、ソシアルダンスをマンツーマンで 習いました。そのうちタンゴ、ジルバ、ルンバとルンルンランラン♪ おしゃれも楽し むようになりました。習い始めて10年が経とうとした頃、畑でお尻を強く打ち、腰椎圧 迫骨折をしました。元々腰が丈夫でしたので回復も早く安心したものでした。背中はや や丸くなりダンスは出来ましたけれど本人がこれを機会に退会しました。リズムに乗っ て体をスイングすることは普段の生活の中でもよくみかけました。海外旅行先では外国 の男性と楽しく踊って、私たちを喜ばせてくれました。  キッチンでジルバを踊る生身霊   くろまめ  2006年に詠みました。義母の明るい精神が伝わったら嬉しいです。    さて、本日は「敬老の日」。我が家は昨日、イブを祝いました。ワインで乾杯!  そして今日は台風模様。達子さんは一日編み物をしていました。夫は、過去日記の空白 の一年を調べていました。私は、過去の膨大な量のアルバムの中から、達子さん手作りの ニットと洋服の写真だけを集めました。家族みんなが達子さんが編んでくれたセーターを 着て、いろいろなシーンに登場しています。さすがに娘(0才から10代後半くらいまで) にだけは成長に合わせて可愛いからオシャレにとバリエーションに富んでいます。 集めた写真は120枚以上もありました。夫と時系列に並べました。まだもう少し時間をかけ て、一冊のアルバムにして敬老の日のプレゼントにしたいと思っています。  一枚の写真から、出てくる! 出てくる! あの日、あのとき、あの場所での話題にキリ がありません。  敬老の日のプレゼントを達子さんに公開してよかったなあと思っています。  

 洋種山ゴボウの実を見っけ ♪  (2013年9月14日)

    こんなことってあるのですね〜  ず〜〜っと気になっていた洋種山ゴボウの実。本日の「あびこガイドクラブ」の 歴史探訪(散歩)に初参加したことで出合った。元教諭のガイドさんが「有毒です が染物に使われます」と。私はパンフの上に押し頂きました。 それからは案内ルートをちょっと離れて採取したのだった。  帰宅してからはインターネットで染めの手順を検索。 「たんぱく質に染まる」(なるほど私の爪は採取時に紫に染まっていた)  「豆乳、牛乳でも可」 (自宅で今、用意できるのはヨーグルトしかない)  木綿とシルクをヨーグルトに浸してみた(輪ゴムでキュッ。絞りになるかも)  色止めに酢酸とあったが、手元にある食用酢を使ってみた(笑)  全てハチャメチャ。    ヨーグルトのたんぱく質は少ないからか? 木綿は染まらなかった。  和紙に線を描いてみる。 (豊田恵子さんの手染めにずーっと惹かれていたので)。  しかし、はしゃぎ過ぎた結果、余白が・・・。    いろいろ研究の余地は大いにあるが、楽しめた今日だった。    下・写真は、今夏の終わりに豊田恵子さんからいただいた巻き絵手紙です。 彼女から生まれてくるものは”和紙・布・ガラス・ビーズ・糸で遊ぶ達人”のものだと思うのです。 植物の染まる性質を自由に操れる。水墨、水彩の万葉の世界も。    

 映画「おしん」10月12日(土)全国公開!  (2013年9月5日)

    主役のおしん役は宮崎市の濱田ここね(9)さんです。小学4年生です。  オーディションで2471人の中から大役を射止めました!       ↑インタビュー記事 宮崎日日新聞掲載(2013/09/01付)。  記事は、「榎本朗喬(アキタカ)の「老境庵」」←クリック!で拡大して読むことが出来ます。

 ひよこまめちゃんの成長  (2013年9月4日)

 幼児期に入ってからの孫の成長ぶりに「まあ〜」と反応してしまう。 先月会いに行ったときのこと、幼児向けの広告の文字やキャラクターを指差して、私 に答えを求めるので答えていたら、得意分野になると自分で答える。隅っこの細かい 文字を指差すので、こんどは眼鏡をかけて答えた。そしてもっと細かい文字のところ を指差して「ケンサク」と言う。親指と人差し指を立てて言うのである。「ケンサク ?」と私が聞き返すと「ケンサク」と答えて、そこを指差すので、その場所に接近し てじーっと見たら、「検索」← だった。いまどきの幼児諸君は「検索」は絵として 認識しているようだ。最初に覚えたカタカナ名は「TPP」だそうだ。  遊具の電話機はプッシュホンで録音もできる。どのボタンを押せばどうなるが繰り 返すことですぐに覚える。積み木をすれば、倒れないように考えて積んでいっている ように見えるので、しばらく様子を見ていると(これじゃない、こっちかなぁと)手 に持って考えているように見える。そして選んだものが積めたら、立ち上がって手を たたいて大喜びする。倒れたら「ザンネン」と照れたように言う。5月の頃に比べると すごい成長だ。         私も成長したいのである。朝起きるとラップ調に言うのである。「♪今日は何日? 何曜日〜? 今日は4日よ。水曜よ〜♪」と。クネクネ運動して言うのである。 全身に気合が入ってくる。

 「嘉楽土(からくど)」 午後のひと日  (2013年9月2日)

     行って良かった!  玄関を入ると、そこは木の香りに包まれた明るく広いギャラリーだった。  靴箱の上の壁に目が釘付けになる。和紙に描かれているハスのカタクだ。それから 画紙に描かれた花シリーズ。背景の色使いに唸りながら丁寧に鑑賞することができる。 そこへす〜っといらしてひゅーっと会話が始まる。  絵は描き込みすぎてもダメで鑑賞者の思いに任せるのも大事なので「どこで止めるか」 それが肝心だとのことであったが、そのあたりの呼吸が実に見事だと感じた。 光と影の成す世界。他にもペン画など、画材も豊かだ。  松岡洋二・松岡装子ご夫妻の吹きガラスの作品もまた素晴らしい。重量感のある厚みの あるガラス食器、ブランデーグラス、ワイングラス、水差し、オンザロックに合いそうな グラスなどなど。いずれも吹きガラス独特の表面の「ゆらぎ」が手作りの趣を出している。 用途は使う人の使うシーンを自由に想像させる。木製のトレーの木目の文様にもガラスの 底との相性がピタリと感じられる。絵付けは奥様によるものだそうだ。  帰りは友人とお茶をしながら今日の作品のことや手作りのことなどで話が盛り上がった。 車の窓から見える空は黒雲と青空の境界がはっきり分かれていて雷雨を予感させた。ラジ オからは竜巻の被害のニュースが流れていた。

 ギャラリー「嘉楽土(からくど)」  (2013年8月29日)

     お近くの方、出かけてみませんか?          金子妙さんが編集・発行の「HANAMIZUKI通信」を購読するようになってから5年になる。 案内の場所へ行くと新しい出会いがあり、そして再会がありと、彼女の通信のおかげで目で 楽しむ(鑑賞)ことから実際にやってみて(トライ))、下手でも楽しい(高揚感)を実感 する機会が増えた。  今回もワクワクしているところである。 「嘉楽土(からくど)」 千葉県柏市柏の葉2−3−52 Tel:04-7134-9466    *金子妙さんのブログはこちらです↓。 http://www009.upp.so-net.ne.jp/neco201/index.html

 愉快 愉快  (2013年8月18日)

      今朝の新聞広告で気になった本。↑ Amazonにリンクしている。  そうそう。プッと笑えて、タメになる本とくれば思い出す本がある。 『ブッダとシッタカブッダ』は、30歳代に読んで、あまりにも面白くて次に出たのも 買った。2冊目は、デビュー作を読んだせいか、”おかしみ”が緩んだような感じがし た。二冊の漫画は、友人たちの間でグルグル回って、とうとう私の手元には戻ってこ なかった。(あらら、こんなことまで思い出した)。  入院した友にプレゼントしたら、次は友人の子供たちに受けて、「子供たちの間で 回っている」と嬉しい感想を聞いたものだった。 今朝の広告に戻るが、ワンちゃんたに「クゥーーーッ」って緩んでくるのである。    今夜は風が一段とひんやりとして感じられる。窓を数ヶ所閉めて、風の道は私の左 肩にある。外は28℃。  

 8月のホタル狩り   (2013年8月17日)

 今朝のNHK「おはよう日本」、涼しさを誘う情報だった。場所は長野県・大町では ホタルが見られるという。清流と緑の茂りの中でホタルは点滅しながら闇の中を舞う ・・・。  長野方面へはよく旅をしたが、ホタルを見ることはなかった。標高500メートル辺り の村は私の故郷・銀鏡を思い出させてくれる。山梨は東京に近いこともあり街を感じる。 そのようなことを思い出すきっかけになった番組だった。  ↓写真は先月いただいた絵はがき(『伊那谷のわらべうた』シリーズ 絵:熊谷元一)。         蛍を追いかける童の姿と童歌に感動したものだった。各地の”わらべうた”の微妙な 違いをしみじみ思ったものだった。  私の記憶の縁側から見たホタル。庭に出て追いかけるときに歌った歌・・・「♪ホウー ホウーホータルコーイ アッチノミーズハ ニーガイゾー コッチノミーズハ アーマイ ゾー ホウーホウー ホータルコーイ♪」 「苦い」は小さな声で、「甘い」は大きな声 になっていたような気がする。還暦過ぎてから、口ずさむとほろ哀しい。民族学的考察を するのは無粋に思われる。  みなさんのふるさとの「ほう〜 ほう〜♪」は、どんげじゃったと?   ハガキを下さったSさん あらためてありがとうございます。

 暦の上では。。。   (2013年8月14日)

     くれぐれも熱中症にお気をつけくださいね〜〜〜    我が家は、これまでに経験したことの無い「飲み水の消費」が続いています。 朝は必ず、ヨーグルトを食べていますが、こちらもこれまでに無い消費量です。 いよいよ自家製では間に合わなくなりました。市販のブルーベリーの実を入れて いただいています。白色の中の濃い紫色がなんとも美しくて目から気分へと涼し さが広がっていきます。  今朝は早起きして6時前に畑に入りました。お盆ということもあって辺り中の 空気が違って感じられました。    朝採りのナスとトマト、そして朝刊の広告の朝顔のイラストを参考に紙絵を楽 しみました。    それでは また!  

 タダナラヌアツサデゴザリマスル   (2013年8月9日)

   午後、買出しの帰りに出遭った二つの光景。  ガードレールがゆるやかにカーブしている下り坂に差し掛かったとき、大きなパラ ソルが目に飛び込んできた。道の膨らんだ辺りの向い側では工事をしている。ダン プカーの出入り口を立って監視しているのだった。ここを通過すると、ワンちゃん とお散歩する女性が現れた。ワンちゃんは女性の影の中をフウフウと歩いているよ うに見えた。ご主人様の影は広かった。裾は長く、フレアーは広い。ワンちゃんは ご主人様のこういった気遣いを感じているのだろうか。 帰りは東の方向へ帰るんだよね。涼しい風を胸に受けて顔を上げ、目をパチパチさ せて尻尾をフリフリ帰るんだよね」。そう思うことで気が安らいだ。  立秋過ぎてからの気温は上がるばかりだ。朝夕の風が肌寒く感じられるほど日中 の暑さは異常だ。秋田と岩手はこれまでに無い大雨らしい。気の毒でならない。  

 暑さのせいではないと思うが。   (2013年7月20日)

アララ! あらら! どうなっていたの? 「くろまめのをりをり」の文章が途中で切れているのをアップしていた! 気付いたのは20日零時前。なんということでしょう!  気付いてすぐに削除した。 書きたかったことは、心に宿る神のこと。 例えば、夕焼けを見たとき「きれい〜」って思った瞬間。 限りなく原始的であるが純粋にこころに響いてくるとき。 外国の人に「貴方の宗教は?」と問われると、日本人の大方は「無宗教です」 と答えるそうだが、この答えに質問者はとても驚き、野蛮人?と思うそうだ。 日本人は無意識ではあるが、普段の暮らしの中で自然の偉大さを思い畏敬して いるという意味では無宗教では無いと思う。日本人は宗教と思想を話題にしな いことが良しとされてきたことも無宗教ですといった回答をさせているのかも 知れない。    このような気持ちを書きたくなったのは、同郷の那須省一さんが自身のブログ (7月15日付「シンプルライフ」)で阿部昭・著『単純な生活』を紹介してい るのを読んでからだ。引用文を読んで、いろいろ思うことがあった。すぐにで も読みたい思いになったが未だ読んでいない。そのうちが、あとで、に変わら ない内にここに書くことで実行しよう。  私にとって、ふと感じる幸福感は、それはとても些細なことだ。日々の中に ちらばっている。暑さにかまけてキャッチしそこなわないようにしよう。人生 の大きな損失になるから。

 暑中お見舞い申し上げます   (2013年7月14日)

      (写真は「ガラス絵」を画像処理でポスターライズしました。) 熱中症にお気をつけくださいね〜〜〜  猛暑に負けない! 

   

 涼みながらこの本を読んでいます   (2013年7月11日)

   50代からの女子におすすめしたい!(と私は思うのです)。  タイトルに注目!なんたって”解決ノート”なのですから。  私は、喫茶店の眺めの良い(グリーンが見える)席で読んだ。すると、インスピレ ーションの花がポツポツ、ポ、ポ、ポポ、ポ〜って。頭に描けるのだ。イラストを 見ては本文を読む(私の読み方だが)。その気になれる魔法のイラスト。楽しくな ってきて、工夫をしたくなる。涼しい場所に車や電車でわざわざ移動して読んだこ とも良かった。洋楽のBGMが流れていたレトロなお店も良かった。好みの飲み物をオ ーダーして小一時間ほどゆっくりと。私は二度ほどそうやって楽しんだ。  7月に入り、整理整頓をした。「完全に捨てるもの」と「思案中」のケースがいく つも出来た。明日は「完全に捨てるもの」をゴミに出すことにしている。「思案中」 のケースの中身が生き返ることは間違いない。  作者の本田葉子さんは、1955年生まれです。

 足元の小宇宙   (2013年7月10日)

 植物写真家の埴沙萌(はにしゃぼう)さん、82歳。すてきな人だ。  以前テレビで特集を見たという友人のありさん(ブログ「窓から見える風景」) から聞いていたが、今回7月6日(土)のテレビで見て、なんとも愛らしい埴氏 の表情に、次はなあに? なにが見えるの? ここはどこ? これはなあに? 「え〜〜〜」「わぁ〜〜」の連続の私だった。  ワレモコウの葉っぱに付いた朝露の雫を「おしっこです」と。キノコの胞子が 舞い飛ぶさまを、「きれいだねえ〜」と。腰痛で背中がまあるくなった姿勢を、 「地面に近付くのにいいんです」と。傾斜地に這いつくばって植物たちにレンズ を向けて、満面の笑顔で挨拶をしている。  奥様は、お野菜で人形を作る人形作家でいらっしゃる。経済的なご苦労がおあ りだったそうだが、取材に応じる奥様は、ケセラセラの精神で達観されている。  「足元の小宇宙」をみて、幼い頃にアリの行列を追っていた自分、イモリを素 手でつかまえて、赤い腹をジーット見ていた自分の好奇心を愛おしく思ったこと だった。もし平均寿命を授かることがあれば、私たちはどんなふうに生きている のだろうかと思ったりもした。  埴沙萌(はにしゃぼう)の植物記は↓こちら(クリック!)。    http://ciabou.com/ciabou/  

 六月尽   (2013年6月30日)

晴れ。本日は市の「ふれあい工房」主催のフリーマーケットの日。友人が出店す るということで、にわかに興味がわいて行ったのだった。午前10時〜12時まで。 駐車場に着いたときはまだ早かったので、それまで車内で待機することにしたら、 あらら〜 向こうのほうから大きな袋を提げた親子連れが数組戻ってくるのだ。 あらら〜 もう始まっているわ〜。 屋内でお店が開かれていた。靴は履いたままでOK。全28区画ならきっと見つけら れると思っていたが、これがなかなか大変だった。隣の隣でお店を開いている友 人に声をかけるものの、周囲のザワザワとしたザワザワ音でかき消されてしまっ た。お店をまわっているうちに出会うのだから、流れに逆らわずに順繰りにまわ った。それまでの長い時間(夫は駐車場の木陰に車を移動してお休みしていてく れた)、私は「コレはアレに。コレのココはアレに」リメイクを想像しながら、 「見るだけ。見ているだけでごめんなさい」と眺めては置いて、置いては、拾い、 アイディアをたくさん収集することができた。そして友人のお店に着いた。ここ からは、楽しくお買い物が出来た。親しい人の趣味がわかっているから、信頼し て買える。  帰路、ふと思い出したこと。昔昔のこと、伯母から定期的に送られてきた小包 には従兄弟のお下がりの洋服、家族の写真や本やお菓子などだった。きれいに洗 濯し、畳んで、近況を知らせる家族写真(写真の裏には、必ず撮影した場所、日 時など解説がついていた。スカートやジャケット、手編みのセーターなどは村で は新しいデザインのものだったから、得意げな顔して着ていたのだと思う。小包 の箱を開けるときの、わくわくとした気持ちや、開けたときの、想像以上に嬉し い中身だったことなどが思い出されてきた。伯母さんはどのような思いをして、 姪っ子のわたし達に送っていたのだろう。伯母と母は、手紙に代わる心の交流を していたのだろうと、今ならわかる。その伯母が入院している。。。

 「水彩画 ふうと展」28日(金)最終日です   (2013年6月27日)

25日、柏市民ギャラリー入り口のポスターから鑑賞に入る。写真でご紹介でき ないのは、夫のそらまめが風邪気味で私一人で行くことになり、うっかりカメラ を忘れてしまったから。もっとも持って行ったとしても、みなさんの作品の素晴 らしさが半減して、失礼なことになっていたと思う。  「ふうと」の意味は、花水木を英語で表したときの頭文字をとったもの。 主宰の金子妙さん(本人は美術部の部長ですとおっしゃるが)は、「花水木通信」 の編集長でもある。ポスターの「ふうと展」の墨文字の下に淡い色の「花水木」の 文字が見える。豊田恵子さんオリジナルのポスターだ(彼女は巻き紙絵手紙の名手 でもある)。自身は水彩画、ガラス絵数点出していた。とにかく見ていただきたい。 金子妙さん曰く「彼女はふうとのシャガールです」。まさしくそうなのである。 展示作品は約80点。19名の水彩画は、同じモチーフの絵でありながら、それぞ れの個性が感じられる。空気感がなんともいえない。金子妙さんのモチーフの組み 立て方についても関心が持てた。言葉で指導をして手は一切出さないそうだ。金子 妙さんの絵は、しばらく佇み、そして近付き、そして離れ、鑑賞に時間を置いても らいたい。華がある。  恵子さんは小さなロットで巻いたと思われるクリクリパーマのヘアーをしていた。 「似合っている! すてきよ!」。私は辺り構わず、ハキハキと伝えた。    そして今日、彼女からのプレゼントが届いた。もうビックリ! ステキ過ぎ。 手作りのファスナー首飾り。ファスナーに縫い付けてあるボタンやビーズなど形も 配列も。光沢のあるグレーのリボン。上品なのでヒヤッとしたが、それも一瞬でビ リビリしびれた。うるうるしてきた。    手作りの封筒。あの人この人にも紹介したくなった。    今の俳句の仲間は手作りの好きな人が多い。来月の句会は俳句どころではなくな るかも。私はこの首飾りを付けて行くのだ。  実は私、おおぶりの雨の水曜日、パーマをかけに電車で出かけた。真似したくな ったのである。26年ぶりのパーマだ。私の髪は、かかりにくくて落ちにくい。美 容師さんには歓迎されない髪質だが、久しぶりにどうだろう? しかしこのことは、 はっきり伝えたほうが良いので、伝えた。 「それでしたら、試しながらやってみましょう」 「もう一度やってみましょう」。 時間は通常の3倍以上もかかってしまったが、一日美容室というのもそれはそれで よかったと思っている。

 友人の水彩画展です。ぜひお立ち寄りください。   (2013年6月24日)

  「水彩画 ふうと展」 6月25(火)〜28(金)  10:00〜20:00(初日は、13:00〜、28日は17:00まで  柏市民ギャラリー(柏ステーションビルS館 8F/ JR柏駅)        ハガキサイズから30号まで、約80点。                                                       ☆    ☆     ☆    ☆    イラストレーター 本田葉子さんの本です。      ブログ「寄る年波とおしゃれの波」に詳しく書いてありますよ〜  (下記 アドレスクリック!)   http://hohoho.pupu.jp/daily/  *Amazonでも購入できます。   

 クロネコメール便 本日「投函予定」  (2013年6月16日)

 父の日に届くのはちょっと無理かもなあ。現在の配達状況は「投函予定」だ。  郵便も宅急便も銀鏡到着までに2日かかる。今回はメール便の速達にしてみた。 本日の銀鏡行き宅急便が無い場合は、メール便は月曜日の「投函」になるかも。  そのメール便だが、私は宛名の苗字を戸籍上の漢字にしなかったことをとても 悔やんでいる。簡単なほうの当用漢字を当ててしまった。長い事簡単なほうを当 てていたこともあって、つい、そうしてしまった!出すのも気付くのも遅かった。  父はA4サイズの封筒をどんな思いをして開けるのだろうか?  出したことを直接予告していないから、先に「宛名」をみるだろうか?。 「差出人」を見るだろうか?。「差し出し人」のほうが先なら、「お〜 ○○じ ゃが。なんかいね?」ニコニコスマイルになるだろう。しかし、「宛名」が先だ ったら、「こら いかんねえ・・・」険しい顔になるだろう。父は「漢字」につ いてはことのほか厳しいのだ。開封してからも、父の頭には、残念の残像が長く 覆うことだろう。そして、電話がくるだろう。えらいことにはならないが、より にもよって、「父の日」に、なのだ。  銀鏡でいちばん多い苗字は「M砂」だ。小学生で正しく書くのはなかなかだ。 「浜砂」で通用する。私は長じてから、Mの中は眉だな(マユハマ)と覚えたも のだ。 昨年『銀鏡神楽 日向山地の生活誌』が刊行されて、銀鏡(読み「しろみ 」)はルビを振らなくても広く知られるようになった。今年いただいた年賀状に も変化があった。宮崎県内に住む友人が、正しく「M砂」になっていた。  我が家の今朝は、娘からの予告のプレゼントが配達された。玄関に出たのは夫だ。 ニコニコが持続している。私はお酒のおつまみを作ることにしよう。

 TV「日曜美術館」 漱石の小説を絵で読む  (2013年6月2日)

 タイトルからしてワクワクさせる。家事は中断するのだ。マグカップにコーヒーを たっぷり注ぎ、テレビの正面席に陣取った。朗読は國村隼(俳優)だ。重厚な声質の この方を選んだNHKに拍手(したい思い)だ。漱石が鑑賞する「名画」とピタリと合う。 鑑賞を深めてくれる(発見があった)。  漱石ファンであれば、小説の中のどの場面に出てきた「名画」であるかが思い出され たはず。私の場合は、読んだり読まなかったりして、長いこと本棚に置かれたままにな っている文庫本があるのだ。だから、朗読を聴いて解説も聞いて、実際の絵を見ると、 漱石の絵画に対する造詣、美意識の高さに驚いた。実際には存在しない絵(『虞美人草』 の虞美人草と『三四郎』の美禰子)は、現代の画伯(名前を忘れた)が小説の文字表現 を写し取って描いた絵を見ながら解説を聞くことができた。  毎週家族が見ている番組だが、私はパスすることもあった。今日の放送の内容は、大変 新しい試みで、とても得した気持ちになった。小説の中の絵画から考察したことで漱石の 知られていない部分がこれから発見され行くのではないかと思いながら、放置したままに ある文庫を徐々に読みきって行こうと・・・ ・・・・ムニャムニャ・・・  「夏目漱石の美術世界展」東京藝術大学大学美術館  7月7日(日)まで。 http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2013/soseki/soseki_ja.htm http://www.tokyo-np.co.jp/event/soseki/  そういえば、先日のカーラジオで聞いた話だが、「額縁の研究」をしている女性の話は面白かった。  漱石をとらえた絵画(それらの絵画を素材にした小説)の研究もしかり。 これは面白い。   

 五月尽  出会い  (2013年5月31日)

 29日、関東甲信越入梅入り宣言。30日雨と風。31日晴天。久しぶりの句会となった。  「はじめまして○○です。よろしくお願いします」。  時間が経つにつれて緊張が緩んでいくのを感じた。句会が終わり皆が帰っていく。 私は夫が迎えに来る間を、宿のお宅でお話をしたりして待たせていただいた。    それは思いがけず、畑や村祭りのことなどに繋がる話となった。夫が到着すると、 私はあつかましくも「畑を見せてください」と言った。そしてそして、芥子菜の種と 下仁田ネギの種をいただいた。           辺りではウグイスが上手に鳴いている。 7月23日は、お祭りだ。

 秩父銘仙  織物に思う  (2013年5月19日)

 今朝のNHK「小さな旅」は秩父市で、銘仙、お花、巡礼の旅だった。 江戸時代の機織り機を微調整しながら代々織り続けているご一家を紹介していた。  銘仙といえば、大正生まれの人を家族に持つ人は、懐かしく見ていた事だろう。 そうでない人は、竹久夢二が描く女性の着物を思い浮かべたことだろう。私はど ちらも浮かんだ。かすかな記憶の中にあるご婦人。絹の光沢と華やかな花柄、甘 さのあるひらけた女性。ショウノウの香りまでたってくる。  その埼玉のご一家は、長男家族と両親の構成で織っている。機織り機にはメモ リが一切無い。とにかく経験を積む事に限る。長男が縦糸の張り具合を均一にす る作業をしているのを父親が無言で見ていた。長男夫婦の銘仙織りに対する「本気」 を、しっかり受け止めて見守っている親の姿勢だった。  ここで生まれ育ったというお花のお師匠さんは、全国を回って、銘仙の着物を 集めていらっしゃる。色・柄のバリエーションが豊かだ。その当時の風俗の資料 として発見があるのではないかと思わせるくらいの数だった。    「タンスの肥やしにしている貴方さま(^^) 勿体無いですよ〜」 なにかに形を変えて見るのも楽しいのでは? あらら、お節介虫が動いたぞ。  卓上型の織り機を久しくつかっていない私だが、今朝の番組で機織り機の鳴る音 を聞いて、ムニャムニャしている。裂き織り、さおり織り、がんばれば織れる。    写真左、銘仙のテッシュカバー。右、バックの内側に使ったさおり織り。       私は4年ほど前から友人たちと(名を改称して「おひたし仲間」)集まって手縫い して楽しんでいます。手を動かしながらお話したりしています。チクチクの集まり では家にある端切れを持っていったり、仲間からいただいたりします。だから面白 いのです。Sさんはお母様が着ていらした銘仙の着物を解いて、思うものを縫えるよ うにロール状にして整理しています。他の仲間もそうですが、パッチワーク用にカ ットして束ねたりと、見習う点がたくさんあります。  銘仙はSさんからいただきました。何年も使っていますのでカドッコが擦り切れて きました。これは銘仙の(古さも)味わいだと思っています。  さおり織りは、私の姪が足踏みの織り機で織ったものをもらいました。この織り機 はとても大きいです。小柄な姪っ子が一生懸命に楽しんで織ったものです。長い長い 織物でした。いろいろな用途に使ってきました。最近革細工をするようになってから は、バックの内側に貼ったりしています。さおり織りのタテ糸・ヨコ糸の隙間(タテ ヨコが互いに引っ張り合わない優しい緩み具合)と色彩に魅力を感じます。接着剤が 乾いた後、シャキーンとなります。

 ♪「あまちゃん」オープニングテーマ   (2013年5月8日)

 ウパパパパパパ♪ なんと端切れのよい音楽だこと!  この音楽は突き抜けて青空だ!  だから私は録画をみるときも早送りをせずに頭から見ている。ドラマの舞台は「北三陸市」。 「村おこし」がテーマになっている。  全国放送の(いえ海外でも)朝ドラは、これまでも舞台になった場所は観光化されて行っ ている。地元では早くも「北三陸市」効果が出ていると聞く。  方言「じぇじぇじぇ」もニュアンスが好きだ。私は「共有語」として認定してもらいたい くらい好きだ。 今朝の朝日新聞の社会面に、朝ドラ「あまちゃん」の方言「じぇじぇじぇ」について書かれ てあった。東北大学方言研究センターの小林隆教授によると、もともと「じゃ」は室町時代の 京都で使われていた驚きの表現だという。「関東や関西、人口の多いところでは、複雑な言い 方が発達し感動詞や擬声語が廃れていく。一方、東北は逆。臨場感あふれ、気持ちをそのまま 伝える表現を好む」と分析する。(以上、朝日新聞による。)  私の故郷、銀鏡は語彙がとても少ない。それでも十分すぎるくらい(笑)通じるのだ。 なにか言えば、「じゃじゃ」(同感・相槌) もっと深く納得すれば「じゃがじゃが」とな る。他所の人が遠くから見れば「猿の会合」にみえたかも知れない。慈しみあう優しい相槌 、悲しみの分け合いのこともあったかも知れない。銀鏡のは、驚きとは少し違うように思うが。    さて、音楽の話に戻ろう。孫のひよこまめは、この音楽が流れると両手をあげてリズムを とるそうだ。そっして足踏みするそうだ。幼児に軽やかに届くこの音はピアノの連弾である とのことだが、還暦の私には、出発進行! 背中を押される心地。気持ちよく前進するのだ。 やがて乗り越えて乗り越えて行かなければならないこともある。しかしやがては開けてくる。  東日本大震災について今後どう描くかは未定だそうだ。(本日(5/8)朝日の社会面より)

 購読誌『いきいき』   (2013年5月7日)

 本日、6月号到着。    この本の購読は、2012年12月号からで、きっかけは友人からもらった2012のバックナン バー6月号だった。それからまとめてお借りして、これは購読したいという思いになった。 友人は紙や布を使った手作りのことや旅の話が大好きで、人生の大先輩たちのイキイキ情 報を参考にして暮らしの中に反映させている。  私は昨年の12月号から購読をして以来、連載項目の多種多様なジャンルの中から縫い物、 編み物に関することをスクラップしている。そろそろ実際に作ってみたいと思っていると ころへ、来た来た!6月号。  特集は「台所」と来た!   「あ〜 コレコレ、 こういった場所が理想なのよー」(胸の内でつぶやく)。 やや暗めだが、あめ色に輝く木肌にフラフラしてきた。「あ〜そうそ、ここに保存食品な どを並べて〜、ハーブの瓶はここよね〜」(つぶやく)。  古い、渋い、鈍い、やや湿った、やや乾いた、やや暗い、やや臭いのこもる、やや不便 な、そういった、ややマイナスとも言える箇所を、少しずつ手直ししながら、自分に合っ た居場所に変えて行く過程を楽しみたいと思うようになってきたからかも知れない。  陶芸家 島るり子さんの台所では、「仕事以外は、ほとんどの時間をこの場所で過ごし ています」と島さん。  シンプルライフのアドバイザーの金子由紀子さんの台所では、「三歩も歩けばほとんど のものが取れて、片付けも楽ちんです!」と金子さん。  そういえば、主婦の動線を考えたキッチン・水周りの設計については、35年位前の「ニ ューファミリー時代」。マンションブームで売り手の目玉になったものだった。当時はシ ステマテッィクに思えたいろいろな備品(仕様)は、健気だったころの自分を思い出させ てくれる。一種のノスタルジーに変容しつつある。  反省もあるが、6月号も面白く読めそうだ。縫い物もそろそろ始めようと思っている。  この本は、店頭では販売されていませんので、ちょっと紹介してみたくなりました。

 黒豆せんべい   (2013年5月6日)

   私、岩塚の関係者ではございません。  噛むと、カリコリカリコリ乾いた音がします。  味は、うっすら油とうっすら塩味のバランスが絶妙です。  口中で黒豆がカキンコキンと割れるとバランスの良い味わいが広がるのです。    似た商品を間違えて買ったことがあります。それ以来、目印を「マス」にしています。 『「升」のをお願いね〜』と 91歳の達子さんは言います。  91歳が噛んで食べるおせんべいです。カリコリコツコツがいいようです。  

 福袋が浮かんだ   (2013年5月1日)

 国立新美術館へ電車で向かった。電車の中の広告に目は行くが(大活字であっても)読め ない(見えない)。中・近両用の眼鏡を掛けても立ち上がってその広告の貼られているとこ ろまで移動しないと読み取れない。その昔、ある広告会社に勤めていたとき、職場の企画書 の達人に聞いたことがある。「山手線で勉強しています」と教えてくれた。言葉探しは広告 と乗客の会話の中からということだった。真似して山手線に乗り込んだりしたが、広告のコ ピーからイメージを広げたり凝縮させたりする力はなかなか育たなかった。空振りの多かっ た時代が懐かしく思えた。  村上春樹の名が大きく書かれた広告が乗降口の壁に掛けられてあった。その席に誰が腰を 下ろしても(よほど背が高くなければ)、読める位置にそれはあった。春樹とくれば今話題 の本の広告だ。長いタイトルは、昔の福袋のように中身を明かさない。意味不明なタイトル で、中身に関心を持たせているがそういった戦略には乗りたくないと思っている(笑)。  平成の年始の福袋は、中身を発表してから並べている。客の満足度が十分得られた上で福 袋は売られて行く。透明袋に入れて並べたら売れないとわかっている戦略。中身が知られた 中身の見えない袋が売られて行くのはまことに滑稽だ。これにも私は乗らない(笑)。  本日から開催の国立新美術館・「国展」では、工芸部門でチャリティーが行われていた。 私は布(織物)のポストカードを購入した。それぞれの糸の性質と柄、染めの色合いに惹か れた。実際仕立てた着物の柄は当然だが大きい。ポストカードは縮小印刷されているので別 物に見える。実物を見ているから私はOKだが、このカードを贈られた相手は、どのようなイ メージを抱くのだろうか。

 『イギリス文学紀行』 那須省一 著   (2013年4月23日)

   アフリカ、アメリカに続く三冊目の本。旅は、やわらかな緑の五月から始まっている。    『イギリス文学紀行』もまた「さるいた」土地での取材力に拍手を送りたい。文学が生ま れた土地に立つということは、作家に出会うことでもあるから、主観を抑えることに、筆者 の戦いもそこにはあったことと思われる。作家たちを客観的に真摯に伝えていることに感動 した。    省一氏の英語力とコミュニケーション力が、作家の魅力を打ち立てている。作家たちが推 敲を重ね重ねて生んだ「名フレーズ」が尊く感じられる。  省一氏は、「なお、この本で紹介している作品の文章の翻訳は断りがない限り、著者が 勝手気ままに訳したものです」と書いている。私はこのことにも魅力を感じた。省一氏の切 り口はまことにユニークである。  コーヒーブレイク的な目次「旅の途中」も見逃せないのである。聞き逃せないのである。 旅の途中のその場所のその時間を切り取っているのである。出合った人たちとの交流(対話) が、イギリスを自然体で紹介している。    とにかくおすすめしたい本である。     あとがきに『「さるく旅」は当面はこれで一応の終止符を打ちます』と書いてある。    近況によると今後は福岡をベースに活動するそうだ。大学などで英語を教えながら、翻訳 を含め、新たなスタートが始まったようだ。  「石部金吉の日々です」。なんとも気になる人物でもある。今後も注目していきたい。  ーーー Amazon、書誌侃侃房、全国書店より発売中ですーーーーー

「マジック?」が魔法ではなくなった  (2013年4月17日)

   最近思うのだが、還暦になってからどうも昔を見ているのだ。面白いのだ。時間ができた からということでもなさそうだ。ノスタルジーと言えばそうも言える。  ところで、近頃は製品の「マジック」という言葉が少なくなってきたように思われる。「 マジックミラー(ハーフミラー)」は現在も呼び名は変わっていないが・・・。  マジックテープは「面ファスナー」に。それもハードタイプとソフトタイプに。    マジックインクはフェルトペンの総称に。「サインペン」に。それも油性と水性に。  魔法瓶は総称「ポット」に。それもいつでも沸せて省エネ・蒸気レスに。タイマーお知ら せモードに。  30年以上も前は沸かしたお湯を魔法瓶に入れて持続性のある保温力に満足していた。これ らの製品が出現した昔は、その新しい性能にメーカーも「マジック」と名づけ、消費者もそ の不思議さに使い続けた名前であったが、何十年も経てば不思議が不思議でなくなる日がや がてやってくる。    今の時代は新しい性能でも「マジック」という言葉は使わないようだ。皆が賢くなって 「不思議さ」を楽しまなくなったのか。

 嬉しく響いた! 「花おりおり」のファイル  (2013年4月14日)

 忘れていた このファイルのこと、     思い出させてくれたのは、ありさんのブログ。  (クリック→)「窓から見える風景」    ありがとう! ありさん。  書棚からファイルを取り出して開いたら、花の色があせていない。    2001年〜2005年 夢中になってスクラップをしていた頃。  ポケット版の植物の本を持って歩いていた頃。  草花に出会うと、名前をノートに書いていた頃。  夢中にさせてくれた「花おりおり」。  「花おりおり」の花に出合ったその日は、とても嬉しい日になっていた頃。      しかし 今、インターネットと電子辞書で終わっている。    何年も閉じられたままになっていたファイル。         季節は ゆっくり移行している。外を歩もう。       

 好きな歌手 中島みゆき  (2013年4月12日)

 彼女の場合は、トークを聞くよりも歌を聴くほうが好きだ(笑)。  歌うときの姿勢も好きだ。  前進!(突進といった感じも昔には感じたこともあるが)といった感じのスタイルもいい。  歌詞もいい。ドラマがある。淡々と歌う。 淡々とした加減が良い。    今、流れている「♪永遠の嘘をついてくれ」は、みゆきが1996年に拓郎に贈った曲だという。  2006・つま恋 野外コンサート」にゲストでみゆきが登場してくる。そして二人が歌う。  みゆきはいっさい話をしない。ただ歌う。  去っていくときの感じも良くて このシーンは特に好ましく思う。  4月半ばにさしかかり、桜はところどころに若葉を見せている。  黒い幹に桜しべの赤が花の終わりを告げている。  そんな今日この頃、この曲は私にとって、とても響いてくる一曲だ。  もうしばらくこの曲を流していたい。  よろしかったら、ボリュームをちょっと上げて 聴いてみませんか?

 還暦の春 キャッチフレーズに思う  (2013年4月7日)

 昭和20年代、30年代の映像をテレビで見ることが多くなってきている。そういった 番組が多いのは、50歳以上の人たち、その親世代がどんなに多いかと言っていることで もある。懐かしい映像にその頃の自分を投影して見ている人たちの感慨はさまざまである ことだろう。    私が小学一年生の春、教室の掲示板に小さな新聞記事が鋲で貼られていた。今上天皇ご 夫妻のご成婚の写真記事(全国の小学校でもそうであったのかどうか?)。そういう時代。  二宮金次郎の銅像が建っていた時代。「人は右。車は左」。「信号を見て歩きましょう」 「♪渡ろう渡ろう 何見て渡ろう 信号見て渡ろう。赤ではいけない。黄色はまだだよ〜 ♪」。信号機と横断歩道の注意を喚起させるフレーズだった。銀鏡には信号機はなかった。 ときたまハイヤーが通過するのを見た。そういった環境の山の小・中学生が街に出るとな ると(社会見学で宮崎へ。修学旅行で県外へ)、えらいこっちゃった。    信号機を見たことの無い子供たちに交通ルールを教えるのは大変だ。教師たちは黒板や、 校庭で、シュミレーションしてみせなければならなかった。還暦になった今も私は人は右、 車は左のフレーズが離れず、街に出ると人によくぶつかるのである。今は関東では「人は 左」のほうが常識になっているようだ。働いていた頃はかなり順応できていたように思う。  そして日本の経済は、行け行けどんどん成長していった。  森英恵さんがモナリザの微笑みの如く、「One for you, one for me, one for the pot」 と紅茶のポットにお湯を注ぐシーン。「あったかいお部屋でカルピスだ つんめたいお部 屋でカルピスだ♪」かわいい声で歌う外国歌手の兄弟たち。「コーヒーにクレープ」には、 これがセットになって刷り込まれて長くコーヒーにはクリープを入れるものと思われていた。 「ひとつにする?」とか言って、スプーンをかざしていたニューファミリー時代。  やがてやがて、おしゃれで鮮度の良いキャッチコピーが出てきた。糸井重里氏は特に光っ ていたように思う。彼のキャッチコピーは最大の効果をもたらした。彼に刺激を受けた若者 たちも還暦〜前期高齢者。 「飾る日も飾らない日も三越と」。これは変わらずいい。

 都心がピンクに染まる日 私の万歩計は21301歩♪  (2013年3月31日)

 幸いに雨は上がり「第12回ピンクリボンウォーク」はスタートした。今回の参加者は、 いつ止むとも知れぬ冷たい雨のせい? 1400名ほどだったらしい。後方で男性の会話が 聞こえてきた。「話が長いよなあ。歩きに来たのだから もっと短く切り上げてもらい たいなあ」と不満な様子。寒さもあってのことだったと思う。大会の趣旨は誰もがわか っている。  日比谷花壇を過ぎる辺りまでピンクと赤の椿が咲いていた。皇居の周りを走るランナ ーの息遣いがすぐ近くに聞こえてくる。「太っていてごめんなさい」身をすぼめて歩く 。桜は遠くに朦朧体の絵画のように漂って見えた。一緒に歩く友人とは、先日、人形町 で会ったばかり。近況を互いに話したのだったが、今日は今日の話題が生まれる。  失敗もあった。ピンクの集団と思って列の後をついて歩いていたら、教会に向かう人 たちだった。軌道修正して戻る道、「リュックを背負っていないので変だなあと思った のだけれど・・・」と彼女が言った。私はそれさえも判断できていなかった。なんと私 たちの後に20人ほど続いていたことには、面白く感じられたが、それからは、途切れて も先頭を歩かないようにした。立ち止まって地図を確認する彼女を頼った。幸運なこと もあった。九段下に向かって坂を下りるとき、昭和館の入り口の看板に目がとまった。 「中原淳一生誕100年没後30周年」特別企画展 無料。   完歩賞に参加賞のお土産をいただいて、お昼を食べて、それからは電車で移動した。 中原淳一のことは、還暦女子としてはだいたいのことは知っている。展示してある氏の 作品・文章を丁寧に見ながら、モノを大事にする思い→大事にモノの美しさを引き出し 形にする→少女たちに提案する。少女たちに美しい夢を描かせる。押し付けない、感じ させる、作りたくなる衣服計画〜創意工夫の喜びを実感させる。戦中戦後のモノのない 、夢を買えないと嘆く人たちに向けて、提案している。 なんと先見性のある素晴らしい人物だったことか。ブランド志向の高い(価値観の偏り) 昭和バブルの平成無気力の人に向けて、”気づき”(私の解釈だが)のメッセージをた くさん残している。 「日本の生活は、どう工夫するかよりも、どう美しく仕上げるかといふことだけに神経 を注いだ。外国の婦人は、どうしてこれを生かしてゆくかといふことが生活の喜びであ った。  日本人が美しく豊かに暮らすには物を買ふことであって、高価なものをどんなに沢山 もってゐるかにおどろく。  それに引かへ向ふの婦人は、その人の創意がどんなに素晴らしいかにおどろく。  せっかく日本婦人が外国婦人より緻密で器用な先天的良さをもってゐるのだから、そ の上にもう少し工夫する感覚を磨いてほしい。  物を豊かに買ふことによって生活を美しくするといふのでは、今のやうな時代には益 々みじめになる一方である。」                                中原淳一                        「生活の工夫」『ソレイユ』7号      昭和22年ごろの中原淳一の思いです。

 「テーブルコーディネートを楽しむ会」  (2013年3月26日)

 春の陽気に誘われて友人と人形町へ。  ブルーミング中西(株)のショールームの入り口には    各テーブルの春夏カラーがビジュアルに訴えてくる。  和の趣をコンセプトにしたコーディネートだ。  写真撮影もOKということで 「芽吹き」を撮った。       コーディネーターが説明する。デザイナーがiPadでシーン別の展開を見せてくれる。  ブルー系のテーブルは「星月夜」だった。  とにかく演出効果抜群なのだ。思わず購買意欲が・・・  しかし、まてよ。真似っこできる点もあるのだ と思いながら  バンブーのランチョンマットを5枚申し込んだ(笑)。  お茶をいただきながら、アンケートにしっかり答えた。  おみやげ(ビーズでできた桜色のコースター)をいただいて かなり嬉しかった。      帰宅して 真似っこしてみた。   (植物はオリヅルラン。ろうそくは、3.11で購入したもの。)

 今日の日  (2013年3月5日)

 今日は遠出して自宅ギャラリーを開いている友人宅に仲間と訪問した。行く途中の道々 で梅の開花を見た。庭にある梅の古木を見ると、いろいろなことがあったであろう一 家の歴史を感じる。幹のコブが特にそう感じさせる。他にも種類の分からない太い幹 のとり残されたような古木を道端で見かけた。これは「木を切ると祟りがある」との 言い伝えによって生き延びているのだろうか。  静かに季節の移り変わる田舎の光景を見ていると、改革だの保守だのと口角泡を飛 ばしている人たちに対して不自然さを感じてしまうほどだ。「改革」はこれまでの長 い歴史の間で作り上げてきた「仕組み」を崩してしまうこともあるのだ。政治家は改 革を叫び票を得ようとし、研究者は新しい理論の論文を書いて現状の理論を塗り替え ようとする。  地面のほうへも目をやれば良かったなあとあとで思った。黄色や紫のかわいい花々 を見たかも知れない。オーナー(レストランも開いている)の揚げたて天ぷらの中にフキノ トウがあった。春の彩の昼ご膳をいただき、ノンアルコールのビールをいただき、壁 に飾られているそれぞれの趣味に合った品々を眺めたり、身につけたり、みんな少女 のようになっている。オーナが着ているチュニックの色やデザインを全員が気に入っ てしまって、とうとうパターンを写させていただくことになった。自分に似合う似合 わないを確かめないうちから気に入ってしまった。そのことに気付いた一人が拝借し て着てみる。平均して似合うことが確かめられた。それからは「生地を買いに行こう !」となった。  生地やさんでは全員が冷静になっていた(笑)。私は同じ生地がなかったので、当 初の直感に戻って、春夏バージョンで家にある古着をリフォームしようと思っている。

 入学前に○○へ行こう!  (2013年2月28日)

 私は生ゴミを新聞紙に包んで捨てている。三角コーナーで十分に水を切ってから 新聞紙に返すという作業を何十年もしている。  いまどきの住宅にはキッチンにディスポーザーが備えてあるので、生ゴミの処理に は困らないようだ。  さて、そのようにして生ゴミの始末をしていたとき、目に入った新聞のキャッチフ レーズに昔の幼い自分と両親の姿が浮かんだ。  「入学前にお泊りディズニーランド」  一泊2日のプランの紹介だった。一年生になったら〜♪ ではなくて、  一年生になる前に、連れてって〜〜と。  いまどきの6歳は、もしかしたら自分でパソコンを操作して、  「あったよ〜 このプランだね」と 傍らに立ってみている親に向かってにっこり!  するのではないだろうか・・・。  地方に居てもプランは入手できる。お申し込みもキィーを打って、ちゃっちゃっと  できてしまうのであろうか。  私の就学前は・・・・記憶の中の服装からして寒い時期だった。  バスはまだ開通していなかった(それから4年後に家の前をバスが通った)ので、両親は  西米良方面からやってくるバスに乗るため、ニケンバシというところまで10キロの道の  りを歩いて行ったのだった。そして私は、郵便局の配達のおじさん(同級生の父親)の自  転車に乗せていただいて両親よりも少し先に着いたのだった。おじさんは、とても親切で、  6歳の私の記憶に鮮明に残っている。おじさんの白い手袋が私の前をよく動いた。荷台に  は郵便物が載っているのでそこには座れないのだから。書いている今、涙が出てくる。  そんな時代、私は両親に連れられて、青島に行った。「こどもの国」は雨だった。それで  も両親は明るかった。私は雨に濡れた滑り台の上から下を見ていた。  兄のときは、外国のサーカス団がやってきていて、象の曲芸など楽しんだそうだ。妹たち  のときは、県庁にも行ったそうだ。  そうだ! 私は映画も見たのだ。上映されていたのは「サザエさん」だった。サザエさん  の家族のドタバタ騒動は理解できた。一緒に笑った。  そんな就学前の一泊プランだった。親とはつくづくありがたい。子供たちの就学前の社会見  学を、いつ頃から計画していたのだろうか。  子を持って知るという親の恩であるが、孫を持って知る、つくづく、つくづくの思いである。  孫はこの春、一歳時からの音楽教室(幼児コース)に通うそうだ。

 バレンタイン  (2013年2月14日)

 今日はバレンタイン☆  今日 詩人のはるかさんから投稿がありました。 はるかさん手作りの可愛いチョコさんたちはどなたの手に届けられたのかなあ。 2月に入るとお店の節分豆のコーナーが狭められて、バレンタインのコーナーが広げられて お雛様のコーナーが優美な笑みをたたえて(じっとみつめているのです)いるので、 つい足をとめて飾りつけなど(参考にしてみたくなり)感心してみてしまいます。 バレンタインのコーナーは、若い世代をターゲットにしているのでそれほど和めません。 手作りは違うなあと、はるかさんのチョコさんたちを見ていて思いました。 私はチョコレート色の革を買いましたが、バレンタインのことは全く頭にアリマセンでした。 夫の誕生日祝いに小物をと思っていたのでした。小銭入れのデザインを決めて、中仕切りを 考え、縫ったのも夫でした。上手に出来たので拍手。プレゼントは拍手のみでした。 今日は買出しに。土日はとても混むのです。食料品と日用品をどっさり買いました。 大きなカートで二つ。チョコレートを買うことはやはり頭にありませんでした。 夫も私もロッテガーナチョコが好きなので 明日に。

 届いた寒中お見舞い  (2013年2月2日)

   冬イチゴの絵はがき・・・  アリさんのお父様が1月5日 ご逝去されたことが・・・ ・・・  それからしばらくして、元旦の日のお父様のお写真とご健康な頃のお写真を拝見し ました。どちらも嬉しいご表情です。10数年前のお写真は、お髭にメガネ。若草色の ベストが素晴らしく似合っていらっしゃる。粋でいらっしゃる。手にご自分で作られ た健康小槌をお持ちです。    数年前にアリさんが我が家に贈って下さった「小槌と孫の手」に思いが移りました。 健康雑誌に載っていた作り方を参考にして、廃材で作られたのだそうです。とても頑 丈です。見ただけで元気になれます。小槌で踵をトントン叩くと元気が湧いて出てき ます。       お父様は長く短歌に親しまれていました。アリさんがまとめられた数だけでも3000首 に及ぶと伺っております。古里の山河・暮らし・家族・ご自身が歩まれてきた道を詠ま れています。  昨年の秋に特別養護老人ホームに入所されたそうです。ご自宅でずっと使っていらし た机・文具・書籍・歌集などをご家族様がお部屋に運び込むと机に向かい嬉しいお顔を されていたそうです。医学書や広辞苑、地理や歴史の本など大変な勉強家でいらしたこ とを感じずにはいられません。    自分がわからなくなることへの不安と恐怖・・・  心配する家族にユーモアをもってコミュニケートをとられたり・・・  健康な頃、耳が遠くなってきてからは、FAXで返歌されたり・・・  カメラを向けると Vサイン!  散歩の道々で 歌の素材をたくさん拾われていたことでしょう。      私は 実際にはお父様にはお会いしたことがありませんが、アリさんのホームページの 『父のページ』で何度も何度も何度もお会いしています。忘れません。  ↓アリさんのサイト「窓からみえる風景」です。ページ中ほどの「目次はこちら〜ENTER〜」を クリックするとメニューが出ます。「八十爺の路傍の草/従軍編」や「父の部屋」をご覧下さい。 http://ha5.seikyou.ne.jp/home/ARISAN/index.html

 映画「レ・ミゼラブル」を観た  (2013年1月19日)

 時間に余裕を持ってチケット売り場に並ぶ。足をうんと伸ばして観れる席が取れた。 上映3時間もあれば、お腹も空くかも知れない。飲み物とアップルをたっぷり包み込んだパ ンを買ってロビーで待つ。  私はロビーで待つ間に、周辺にいる中高年のカップルを見て、入り口調査的な想像をして 楽しんだ。「東京家族」派? 「レ・ミゼラルブ」派?   やがて開場となり、それぞれのカップルが観ようとしている映画館へと流れて行った。 ほほほ〜って思ったのである。当たっているではないか。  場内は縦長に中央よりの席が埋まっていた。私と夫の前は通路になっているので足を伸ば せる。通路の前は誰もいない。ミュージカル仕立ての映画を初めてみたのは「南太平洋」だ った。今やインターネットで予告編が見れる。昔は映画雑誌をうっとり見るだけの時のほう が多かったものだったが・・・ふとよぎった。    映画は始まった。真冬の海の中を難破船が迫ってくる(宮崎駿の世界にも通じる)。囚人 たちの人力だけで引揚げている。ジャンバルジャンの並外れた力とシャベール警部の悪に対 する異常な憎しみとが火花を散らす(面白い始まりだ)。それからの物語の展開は、おおか たの人が承知している流れであった。    革命! 革命!と 燃えたぎる思いの学生たちの砦ででの行動については、かなり飛躍が 感じられた。そして いつの世も若者は どうしようもないエネルギーをどのような方向で あっても発散させなければ気が収まらない状況にあるということは真実感じられたのだが。  シャベールの最期には納得させられた。彼は牢獄で生を受けたことで、悪を完全に憎んだ。 憎むジャンバルジャンから慈悲を受け、ジャンに恩を感じて見逃してしまったた己が許せな いという境地になり、自分の指針はもう完全に無になったことを嘆き失望し、海に身を投じ た・・・。  見終えて、「走れメロス」や「砂の器」に登場する人物に同じものを感じた。    この映画のミュージカルは少ない言葉で最大限の感情を表現できていたと思う。中でも、 ジャンバルジャンの死の間際にコゼットの母親が歌う(幻聴幻覚シーン)、花嫁姿のコゼッ トと花婿が駆けつけて彼に声を掛け、彼が応える。束の間の確かなふれあい。やがて司教に 向かい祭壇に歩み行く(死に行く)までの詠唱にまいった。互いに違う言葉を脇から挟み合 いながら歌い上げてゆく。私はここではじめてハンカチをにぎりしめた。  アップルパンは上映中にすっかりいただいた。一枚のパンを盗んだ男の生涯を見ながら食 べたことについても、書き残しておきたいことのひとつである。

 郵便局まで6488歩    (2013年1月7日)

 風邪が完治した!    孫に会える日までは! そう思って大事をとって(外出時は着ぐるみ状態)きたのだった。 今朝は防寒着を普通に戻して距離を伸ばして歩いた。マンションの敷地内にある四角いポスト まで往復でカップラーメンが出来上がる。出し遅れた賀状を出すのに楽をしたくない。それに 私は歩きたい気分なのだ。    丘の上の郵便局までの道の脇にゴミを集積した箇所が3,4箇所あった。どれもすごい山に なっていた。犬の散歩連れは反対側の道を歩いている。私は山のある道のほうを歩いた。マス クをしているのでニオイは感じない。ゴミ山に掛けられた網目から見えるゴミがきれいにまと まっているのを感心したりしながら、街路樹の隙間から見える薄明るい空を見たりしてゆっく り歩いた。人と犬を見ただけで郵便局まで単独の人間を見なかった。ひっそりとしていて正月 の続きがまだこの辺りにはある。  郵便局に入ると、お客はポツリポツポツ。なるほど番号札は9番を出していた。私は切手購入 窓口でハガキを出した。「はい」と笑顔で受け取ってくださった女性は20数年もここでお仕事 をされている。顔見知りになってきていることもあって新年の挨拶も交わすことができた。と そこへ集配の男性が入ってきて集配時間のタイミングがピタリ合った。今年のリズムを得たよ うな嬉しい瞬間だった。  帰りはゴミの山の反対側を歩いた。そしてゴミのほうを見た。ゴミの置かれてある場所のほ うが生活感があり、むしろ清潔にも感じられたことは面白い発見だった。この地区のコミュニ ティーがそのようなムードを作っているのかも知れない。  帰宅して七草粥をこしらえた。最初のひと匙のなんと温かいこと!そして次も次もまだまだ 温かい。七草を唱えながら銀鏡の実家の今朝を想った。

 本年もよろしくお願いします    (2013年1月1日)

       ワクワクドキドキハラハラ 今年もいろんな時間の中で出合いたいです。  お付き合いのほどよろしくお願いいたします。    写真は、初煮の樫の実ギャーです。    ギャーとは粥のことをいうのだそうです。  もしかしたら粥が訛って そう呼んでいるのでしょうか?    平成24年産の銀鏡(しろみ)の樫の実(ドングリ)の粉をいただき、  昨年末にも作りましたが上手にできませんでした。  初煮にあたって、粉と水の分量を試してみました。  粉に対して10倍の水で煮るといいようです。  初煮が上手にできて、ほっとしています。