木曜日の風のいろ17


曲がり角が多くても、分かれ道が続いても、どの道を行ったとしても、
きっと行き着くところは同じ…。
知らない道にだって野の花は咲いている。空を眺めながら、風に吹かれながら、
歌なんか口ずさみながら、この先ものんびり歩いて行きましょう。



    感 覚  (2026.1.29)      寒いのは苦手      早く春になって欲しい      暑いのは苦手      秋が早く来ればいいのに      その時々によって勝手なことを言う      寂しいことや悲しいこと      辛いことや苦しいことだって      望んでも無いのにやって来る      同じくらい      嬉しいことや楽しいことが      あるんだろうか      あっただろうか      数を数える?      重さを測る?      当然比べようも無いんだけど      あの日を思い出そうとすると      出て来るのはなぜか負の感覚のものばかり      そんなことは無い      取り敢えずそうっと否定をしてみて      自分で自分をなだめ      いい感覚を呼び起こそう      きっとあったはず      今からだってあるはず      まだまだ頑張って      時間を紡ぎ日々を繋いで行く      これから先の望みは何?      なんて問われたりもするからねエ
    タイミング V  (2026.1.22)      もともとがノンキなのか      ボーッとしてるふうだからなのか      歩いているだけだったり      ちょっと立ち止まったり      ちょうど行き合わせたり      居合わせたりしただけの人たちとの      何気無い会話      そこまで行った帰りなの      時間があったからたまたまね      最近の物価高の話      テレビで見たタレントさんの話      身内やご自身の体調の話      わずかな時間なのに      内容は結構多岐にわたる      まるで旧知の友人ででもあるかのような      今日も気の向くまま      そして明日も      偶然生まれるタイミング      そんな時間を楽しみに      どこかへ足を運んでみよう
    あかい  (2026.1.15)      もう人が住まなくなって      どれくらい経っているのだろう      ウォーキング途中にある古い家      昨夏の猛暑の中はびこった草に覆われ      今はすっかり枯れた草の中に      ひっそり佇んでいる      人に青い春や朱い夏があるように      家にも建てられた時      賑やかに家族が暮らしていた時が      あっただろうに      今は白秋も玄冬も通り過ぎたその先      日の出が遅くなっている昨今      東に山を見る我が家は      山の上から日が上る姿を      起きた後に眺めることができる      アァ出て来た      空が明るみあかい朝日がのぼる      ガラス越しだけど      深呼吸をして日の光をお裾分けしてもらう      今日という一日が始まった
    いつのことだったとしても(土〜あの日)  (2026.1.8)      父方の祖父母の家の裏庭で      土をこねお団子を作って遊んでいた      途中に3、4段の石の階段があり      真ん中辺りに座り      上の段をテーブルに見立て      作ったお団子を並べていた      情景は覚えているのに      1人だったのか      傍に姉や従姉妹たちがいたのかどうか      大人たちは部屋の中で      何か話していたのだろうか      60年以上も前のこと      大きな建物もなく      家の近くには川が流れ      空は広々と青々としていた      その日があの日と呼べる日のことなのか      記憶ははるかに遠い      この年月の間に      積み重なって来た経験が      今も続いている空の広さが      あの日を更に遠いところへ      運ぼうとしている      新しい1年が      またそこに加わろうとしている