あつ子@カナダ15

日本を離れた歳月が、生まれ育った日本での歳月を超えた時、カナダに生きる自分を、
生きてきた自分と一緒に見つめて見るいい機会に恵まれたと思っています。
人の人生は、決して単調でない事などを含めながら、日頃の自分を異国の地で色んな方面から
分析をしてみたいと思っています。これからも、ささやかでも感じる心を持ちながら、
自分の言葉で自分らしさでこれからも綴っていきたいと思います。



 10月のトロント  (2018年10月19日)   

10月に入ってあれよあれよと日々が過ぎてゆく。秋も深まった日々のカナダ速報といえば、 マリファナが合法となった。先進国としては初めて。30グラムまで購入可能で4株まで自宅 で栽培がOKだそうだ。しかし、日本人は日本の大麻取締法が海外でも適用されるのでご法度 らしい。このニュースを聞いてもまだ半信半疑の私ですがカナダ便の税関が厳しくなりそうだ。 そんなカナダですが、辺りはハローウインが近づいて賑やかになった。そんな日のお天気に恵ま れた最高の日に北へドライブ。紅葉も真っ盛り。道路わきでは、パンプキンがおいで・・・おい で・・・と言わんばかりに出店で賑やか。ちょっと立ち寄って蜂蜜やきゅうりのピクルスを買い 求めました。 

 季節の終わりに  (2018年9月13日)   

今年の夏は暑かった。こんなに暑い日が続くのは珍しいことだと思う。食欲もなくなりそうだが、 冷や汁やそうめんなどがおいしい。欠かせない紫蘇の鉢植えをもらってずい分夏を楽しんだ。 今日は秋を感じる日々のなかで、茗荷、紫蘇の実をもらった。最後の季節の旬をどう楽しもうか と思っている。

 夏の味  (2018年8月14日)   

暑い日が来ると思いだす。やっぱり郷土料理の「冷や汁」。友人からポットに植えた紫蘇を 貰いました。あっと言う間に葉っぱさんがなくなるので他の友人からも鉢植えを貰いました。 もう何度も冷や汁を作りました。そして、梅や鰹節の入ったおにぎりを紫蘇の葉で包んでオイル で焼いて最後に紫蘇の葉に穴を3か所ほど開けてお醤油を注ぐととてもおいしい焼きおにぎりに なります。 今度、シニアの集まりで紫蘇と鰹節と梅肉と天カスと天つゆを適当に混ぜておにぎりを作ること にしてます。おいしいかどうか楽しみです。 トロントも毎日暑い日が続いていますから最高の紫蘇料理になりそうです。 日本の皆様、夏バテをしないようにご自愛くださいませ。

 サボテンの花  (2018年7月29日)   

7月に入ってずっと30度以上の日々が続いた。その太陽を浴びてサボテンの花が咲いた。 1975年、ドラマ「ひとつ屋根の下」の主題歌「サボテンの花」を思い出した。 「きみがそだてたサボテンは小さな花をつけた・・・」 懐かしい時代が蘇ってくる。人は誰でも心の奥に様々な思い出を残している。そしてフッと 様々な事からその思いが思い出として浮かんでくる。 1970年代には素敵な歌がたくさん生まれた。その時代に昭和の女として育った幸せを感じる。

 夏  (2018年7月3日)   

この一週間ほどトロントも暑い。36度の日があって今日昨日と32度。水曜日から 20度台になってしのぎやすくなっていくらしい。雨は降らないので湿度はない。でも、 山のない広い空から降りそそいでくる太陽が痛く感じる。陰が涼しいので公園では木陰を 陣取りながらピクニックなどの行事で賑やかだ。 先日、友人と氷を食べようか、ということになって韓国系の店に入ってみた。甘さ控えめ 抹茶風を選んだ。かなりのボリューム。でもサラサラと胃の中に消えていった。そして 若き頃宮崎の喫茶店で食べた「白熊」を思い出した。トロントにいる友人がこれまた若き 頃に宮崎に遊びに来て白熊を食べたのだが、夏が来るたびに「宮崎の白熊が食べたいね・・・」 と言っている。 そして久々に家庭用の氷削り器を出してみた。子供達が小さかった頃はおおいに活躍したものだ。 この写真を見た友人から「氷の字に昭和を感じるね」というメールが届いた。余談であるが、 ある若き方から「昭和の女性はいいですね・・・」と言われた。「なぜ・・・」と聞くと 「なんだか落ち着くのです・・・」と答えが返ってきた。それからしばらく昭和の時代の話で 盛り上がった。その事をフッと思いだしながら、この氷削り器も懐かしい古き良き時代の物と して残っていくのかなあと思っている。

 遺言執行人  (2018年5月20日)   

トロントの戦後移住者(新移住者)も70代を越える人が多くなった。1人暮らしや 身寄りのない高齢者の方々、また家族があっても気になるのは財産をどうするかである。 そこには多額小額にかかわらず遺言書を書いて置かなければ後々が大変になってくる。 オンタリオ州の法律文書である遺言書には、遺言執行人を任命しなければならない。 これに基づいて、私は、トロントに家族も親戚もいない1人暮らしの友人の遺言執行人 となった。遺言執行人は様々な事務的作業を行い遺言書に書かれた故人に従って遺産を 分配して、相続人に届ける大きな仕事が課せれる。この遺言書がない場合は政府が全て 凍結し、そうなると家族、親戚がいた場合は相続するまでに多くの時間と費用が掛かる 事になり負担も大きくなる。 私は、友人が1年前に遺言書を書くにあたり、名前を貸してほしいと言われ、何も考え ずに承諾した。その友人が11月に突然に亡くなって、遺言執行人という激務が待って いたが、弁護士の指導を受けながら着々と進めている。彼女の場合は日本の親戚に財産 を渡す事が書かれていたのでその方向で作業を進めている。コンドミニアムや車の売却 や年金、パスポートやドライバーライセンス、健康保険などのキャンセルなどから始ま って銀行をクローズしたりなど、気の遠くなるような業務が待っていた。 2001年トロント新移住者協会は、ご家族のいない人の為に「緊急連絡網」という プロジェクトを立ち上げた。病気になったり、あるいは亡くなった場合「どこに」「誰に」 「何を」連絡すればよいか。日本の親戚への連絡、葬儀の事、遺言の扱いなどを容易に できる為にである。日本への連絡先などこの紙面に全てを書き込んで冷蔵庫に貼って置く ように、今では私が先輩から引き継いで、1人暮らしの方々に渡している。 友人の場合も、ポリスからこれは良いアイディアだと言われたがその紙面が冷蔵庫に貼って あったので全てがスムーズに運んだ。 1人暮らしだった友人はいつも、1人、部屋で倒れた時の事を心配していた。ずい分前に 鍵を預かり、返答がない場合は様子を見に来てほしいと頼まれていたが、それが現実のこと となって「まだまだ大丈夫よ・・・」と笑いあった日々が思い出される。 人生は、何が明日起こるかわからない。周りの1人住まいの方々から遺言書のことなどを 聞かれるようになった。私は執行人としてその日から全てを日記形式にして書いている。 これから先もいろんな方から聞かれた場合、その記録を元に相談にのって行こうと思って いる。この執行人の業務はその業界の英語に四苦八苦しながらかなりの勉強になっている。 結婚してもしなくても、身寄りがいなくても家族がいてもこの遺言書作成はどのような場合 でも必要不可欠だということである。