そらまめの日記23
気づき 2026年3月17日
ショッピングでは「くろまめ」と二人一緒に歩くことが多い。だいたい斜め後ろにいる
ことが多いが最近はちょっと振り向いても見えないことが多い。どこかの品物の品定め
に引っかかっているのかわざと死角に入って面白がっているのかと思っていたが、どうも
そうではないようだ。自分の首の回転可能範囲が小さくなったのか、老化で首が回らなく
なってきたようだ。車の後ろの座席から食べ物をもらう時など体をかなり捻ることになる。
運転時の後方確認の時にも体が固くなったと実感する。
夜にテレビを見ていても番組の始まりは記憶にあるが終わりが思い出せないことが多くなった。
録画を再生してみてやっと後半を見ることができ完結する。二度手間だ。
「くろまめ」が言うには以前は離れて歩いていても背が抜き出ていてすぐにわかったが最近は
背の高い若者が増えてきたし背中が少し丸くなった「そらまめ」は目立たないらしい。
肉売場で私が押しているカートと間違えて他人のカートに肉のパックを入れたこともあるらしい。
食料品の買い出しでは有人のレジを使い現金払いを常としている。先日は酒を買ったら
レジの機械から「年齢確認商品です」という声が流れてきた。「75歳です!」と応えたら
レジのお姉さんに大うけだった。
なんでもAI 2026年3月3日
このところ色々な場面でAIにお目にかかる。問い合わせたいことがあるが、ネットでの
質問はまずAIがお応えします、というのが多いので人と話すのが好きな自分は記されて
ある電話番号に電話をしてみた。やはりAIの声でAIがまず対応いたしますとのこと。
質問の内容を切り分けるために1を押してください、2を押してください、というのは
これまでもやったことがあり、電話機の数字のボタンに手を伸ばそうとしたら声で答える
らしい。注文番号や送り状番号、電話番号など、こういう数字的なものはどうしても
押しボタンで入れたくなる世代であるが全て声で答えてゆく。自分の声がモゴモゴしていて
正しく伝わっていないのではと心配になるが、AIは的確にリピートしてくれる。
以前、駅の無人券売機で指定券を買おうとしたら、東北なまりのおじさんの声がした。
多分地方の在宅勤務で対応しているのではないかと思った。カメラでこちらの情報を見て
マイクで返すのだからリモートワークでも十分にできるし、微妙なやりとりに人間味があった。
今はAI。時代が変わったのだなあとあらためて思う。
先日、ゆで卵の殻を15個ほどむいた。自分で茹でたので1個殻をむいてみるとちょうど半熟
になっていたが白身が少し柔らかかった。これで殻をむくと案の定、殻に白身が付いてきて
ひび割れたり黄身が露出したりストレスがたまる。時々上手くいくので、何か剥き方に良い
法則性があるのではないかと試してみる。殻の1点を割り広げていってみたり、縦方向にぐるり
と割れ目を入れてから剥き始めたり、横方向にぐるりと割れ目を入れてから始めたり、割れ目から
水をしみ込ませてから始めたり。いろいろやってみたが法則性は見つからなかった。結局、もう
少し白身が固くなるまで茹でるのが良いのではとの結論に達した。
茹で時間をタイマーで計ったり調味料の量も計ったりしない、目分量で済ます大雑把な性格が裏目に
でたようだ。
久しぶりの雨 2026年2月25日
久しぶりのまとまった雨だ。乾ききった道ばたや畑の土にしみ込んでゆく水分の姿が
見えるようだ。天気予報があたった。天気予報の常套句である「大雨のおそれ」という
のがあるが、さすがに日照りのこんにち「おそれ」はないのだろう。そろそろ畑の
土おこしのシーズンがやってきた。
最近は色々な宇宙論が出ているが100億年以上も昔に一点から宇宙が誕生して今でも
拡大し続けているのは共通の考えのようだ。そしてこの宇宙が全てでそれ以外は無いと
いうのはぞっとする話だ。人は小さい頃は家の中で育ち、それでも外には村があり街が
ある。会社に入っても取り巻くいろいろな会社があり人々が働いている安心感。さらには
日本で生活していても海外にいろいろな国があり人々が生活しているのだという安心感。
いつも外側はまだまだ複雑で計り知れないものたちがあり、囲まれているという安心感が
あったものだが、宇宙以外には何もないと考えると太平洋のど真ん中の孤島どころでは
ない寂しさだ。
地層から掘り出される化石も恐竜の骨も歴史上の偉人も産業革命もコンピュータも本屋
さんに並ぶ財テクの本や健康や哲学や趣味の本も、ご先祖様たちの生活も、この宇宙しか
ない正真正銘の「全て」の中の出来事と思うと何か奇妙な思いになってくる。
先日、「計算法」のキーワードで調べていて「ゼロ(0)の発見」というので引っかかった。
6世紀のインドで発見されたらしいが、発見と発明という言葉があり、これは発見ではなく
発明ではないかと思った。もともと世の中に存在していたものを見つけ出したのが発見で、
ゼロ(0)は人が考え出したもので発明ではないかと。
このゼロの話になると必ず昔の風呂屋の「下駄箱」を思い出す。鍵の木札に一から十、百と
番号が書かれていて今どきのアラビア数字でないのが不思議だった。一、十、百の時代の
計算方法は大変ではなかったかと想像するが「そろばん」があり桁上がりの概念はあったので
それほど大変ではなかったのかも知れない。
それにしても最近のロッカーの鍵はアラビア数字でコンパクトでわかりやすい。
整理整頓 2026年2月19日
午後になると日差しが部屋の奥まで入ってきて暖房を消していても温度計が0.1℃ごとに
じわじわと上がっていく。ハッピーな気持ちになる。
普段あまり日に当たらない場所にある観葉植物を窓辺に移動して日光浴をさせる。
ベランダのこぼれ種から伸びてきたビオラにやっと紫の花が一輪咲いていた。秋口に
花屋さんでビオラを買い求めようとおもったが一生懸命に大きくなろうとしているベランダ
のビオラに遠慮して買わなかった。
車検が近づいていて自動車税の納税証明書が必要らしいので「伝票箱」のフタを開けて探す。
以前は分類が大事と思い、自動車関係とか保険関係とか通信関係とか分けて保管していたが
最近は分類なして「伝票箱」に古い順にただ積み重ねて保存してある。それが見つけ出しやすく
過去にさかのぼって5月のあたりで見つかった。シンプルな整理整頓が良かった。
ついでにパソコンの上の棚も整理した。過去3年ほどのカレンダーや卓上ダイアリーが出てきた。
いろいろ畑の作業などのメモが書き込まれているので参考にするために捨てずにおいていたと
思われるがその年の気候やスケジュールで大きくずれてしまうので捨てることにした。
カレンダーの裏は真っ白でメモ用紙に最適なのだが目の前にメモ用紙があふれているので捨てる
ことにした。日頃使うメモ用紙の量をはるかに超えるペーパー類の需給関係だ。
プリンターでA4の用紙に名刺を打ち出しディスクカッターでカットした。インクの一色が空寸前で
アラートが出ているがセーフだった。とことんまでインクを絞り切り節約するか印刷の途中で
インクが切れて高級な用紙をダメにするか、究極の選択だ。
カボチャをカットするのはこれまでの自分の役割だった。今回も包丁を金槌で叩きながらカットを
終了した。その後の「蒸し」は「くろまめ」に引き渡していたのだが、これからは「蒸し」も
やるようにとのお達しがあり作業継続。リビングを振り返ると「くろまめ」は刺し子の作業中。
蒸し上がるころに「くろまめ」がやってきて串を挿して作業終了。
通帳更新と免許更新 2026年2月4日
昨年から「TO DO LIST」に載せていた通帳更新と免許更新を立春の本日実行した。
通帳更新は近所に機械が無くて車での「遠出」だ。街中にある銀行のため専用の駐車場が
無くて近くの百貨店の駐車場に停めた。通帳更新は機械で自動的に発行された。今回の
銀行訪問のもうひとつの目的は登録印鑑の確認だ。はるか昔に青山支店で登録していらい
ずっと印鑑を意識することなくどの印鑑かわからなくなってしまった。いくつか印鑑を持参
して確認してもらったがどれも少し違うとのこと。結局シンプルな小さな印鑑に登録変更
することにした。銀行の中では女子銀行員が忙しそうに小走りで問合せをさばいていく。
見ていて気持ちが良い。「くろまめ」もその働きぶりを感心して眺めていた。
結局、印鑑の登録変更で時間がかかり百貨店の駐車料金は1時間をちょっと超えて1200円
の支払いとなった。
次に免許センターに向かう。封筒には教習所で受講した高齢者講習の修了証が入っている。
フロアに色分けされたラインがあり分野別に進む。要所要所に年季の入ったオバサンがいて
実に的確に質問に答え、人の流れを振り分け、次に進む窓口を指示する。「くろまめ」も
若い頃はいろいろな仕事をしてきたが銀行や免許センターの係員の仕事のはやさやテキパキ度
には感心しきりの様子だった。
「TO DO LIST」に残るのは車検だ。今までは車を買った店でやっていたが少し遠いので近場
の店を予約する予定だ。
如月に入る 2026年2月3日
早くもカレンダーを一枚めくる。昨年は壁掛けカレンダーと卓上ダイアリーの「日曜日」
の場所が違っていたので少し混乱して今年は昔ながらの「日曜日」が頭にくるものに統一した。
でも確かに現代の現役の人たちは週末として土・日がくっついている方が便利そうだ。
車のカーラジオのタッチパネルが壊れて言うことをきかなくなってから久しいが温度に関連が
あるようだ。真夏には5%ぐらいの確率でしかいうことをきかなかったが今は30%ぐらいの
確率でいうことをきいてくれる。でも選局した後は勝手にパラパラするので福袋的な気持ちで
聴いていないとストレスがたまる。前の車に無かった機能で有難いのは近接物があるとピッピッピッ
と知らせてくれる機能、踏切が近づくと教えてくれる機能、夕暮れになるとヘッドライトの点灯を
アドバイスしてくれる機能だ。
窓から見える夕日の沈んでいく場所が季節とともに移っていくのを見るのを楽しみにしている。
富士山の左に沈んでいたので頂上に沈むのを楽しみにしていたがある日気が付いたらもう右側に
なっていた。時の移ろいがはやい。
野に種まく 2026年1月29日
日本列島は大雪が降っているが関東平野は連日の晴天。雨が降らないので畑の野菜たち
が心配なほどの水不足だ。太陽が昇ると外出しやすい気温になる。高齢者になると足腰
の衰えが気になり何かと用事を作り出して外出することにしている。「不要不急の外出は
控えてください」との言葉はよく聞くが「不要不急の在宅は控えてください」の心境だ。
今日は近くの散歩コースの菜花やからし菜が群生している場所の様子を見に行くことにした。
近付いてみるとその場所は工事現場の控えのプレハブが建っていて資材置き場にもなって
いた。ちょっとがっかりしたが隣にはまだまだ空き地があり野性のアブラナ科が大きくなっている。
ケサエ菜を「繁殖」させたいとの思いで種を持参してバラまいた。これからの観察が楽しみだ。
このエリアはほとんどが田んぼで建物はなく空が丸く見える場所だ。田んぼの農道を歩くと
早くも田んぼの土に耕した跡がみえる。風は冷たいが光は春を感じることができる。
白鳥とオオバンのたまり場に立ち寄ってみた。子育ての時期なのだろうかちょっと灰色がかった
幼鳥も混ざっていた。
歩いていると頭上にユリカモメがやってきたのでパチリ。
昭和の歌 2026年1月12日
夕食時にはアルコールを飲むのを常としているが特に昭和の歌を聞きながらの
時間が至福の時だ。長い間生きているとその時代時代が歌で思い出される。
最近の紅白歌合戦はグループというか団体で歌うのが多くてしかも動き回る
ので視線が固定できない。控室やトイレは建て増しをしないと追いつかないのでは
ないだろうか。受け答えや表情もコピーしたように同じでシンクロナイズスイミング
かと思うほどだ。速い動きについていけない動体視力の落ちた年寄りのひがみか。
昔の歌は良かった。歌手や歌に個性があり視線を定めてゆっくりと聞くことができる。
矢沢永吉の姿には「くろまめ」がしびれる〜と言っていた。
当時は歌詞もじっくりと解釈せずに聴いていたものだが歌詞をじっくり再評価できる。
グループといっても4〜5人でボーカルとバックコーラスに別れているので良い。
そういえば最近はリバイバル的な番組が増えてきた。嬉しいことだ。
昭和は遠くなりにけり・・・。
2026年始動 2026年1月2日
今年も初詣の帰りに校庭の遊具でぶら下がりをやった。例年のことだが
「そらまめ」はぶら下がりができず「くろまめ」は今年もできた。
帰省していた孫娘は鉄棒で逆上がりなどやっていた。
昼間に「アルミ防寒シート」を丸めていたら突然ブレーカーが落ちた。そのときは
エアコンと電気ポッドが通電されていただけで落ちるはずがない。「アルミ防寒シート」
を丸めていたときなので静電気が発生してそれが原因で切れたものと思われる。
雷が遠くでなっていてもブレーカーが切れることがあるので静電気のせいであろう。
ブレーカーの復帰は簡単だが昔の「安全器」は大変だった。昔はブレーカーの替わりに
白い瀬戸物でできた安全器というものが各家庭にあり中に「ヒューズ」が入っていた。
過電流でヒューズが切れると交換でちょっとひと手間だった。
今日は夜になって雪になった。明日の駅伝は波乱含みか。