そらまめの日記20



    あたたかい 2023年12月16日

あたたかい毎日が続いている。晴れた日は午後になると部屋の奥まで日射しが入り 温室状態になる。部屋の中に取り込んだシーグレープやパキラもベランダに出して 日光浴させる。パソコンに向かっていても足元まで日射しがありハッピーな気分に なる。ノートパソコンの画面に真横から日が当たると普段見えていないホコリまでが あらわになる。ぬぐい取ろうとすると画面が反応してしまう。キーボードの手前を 拭こうとするとタッチパッドが反応してしまう。まあ電源を切ってからか設定を変えて から拭き取れば問題ないことなのだが。これからも使わないであろうタッチパネルと タッチパッドの機能でプチストレスだ。 車で若干のストレスを感じていることがある。前の車は下車してカギをかけてから レバーをガチャガチャとしてロックされていることを確認して安心するという手順 だったが、今度の車は電子式なのでロックしたあとでレバーにタッチすると開いて しまう仕組みだ。ロックされたことは「信じる」しかないので毎回若干のストレス を感じる。 古い人間になってしまったようだ。

    アイドリング 2023年12月1日

前回、頭の中で音楽のメロディーが繰り返すと書いたが、これは一種の脳のアイドリング状態 ではないのだろうか。特にやるべき事柄が無いときに脳が完全に活動をやめてしまうと脳の血流 が滞って、次にアクションを起こす必要が生じたときに反応時間の遅れが生じるのではないだろ うか。昔昔の狩猟時代などに危険に即対応できなければ死活問題だ。 車も今の季節になると早朝はエンジン音でエンジンオイルの粘度が増している違いを感じる。多少の ガソリンは消費するがアイドリング運転は必要だ。パソコンもスタンバイモードにしておくと 立ち上がり時間がはやい。完全に電源オフにすると「まな板」の上に「冷蔵庫」から「食材」を ゼロから持ってくるのに時間がかかってしまう。「まな板」の脇に「食材」を準備しておく スタンバイモードは、多少のバッテリーの電気は喰うがありがたい。 スタンバイといえばその昔の昭和のテレビが出始めた頃はブラウン管だったので電源を入れても 映像が出てくるまでにしばらく時間がかかった。テレビに限らずラジオも真空管だったので音が 出るまでに5秒ぐらいはかかっていたと思う。世の中が今よりのんびりしていた時代だからテレビ の映像がすぐに出なくてもそれほど困ることは無かったが、やはり新しい工夫で映像がすぐに出る テレビが登場した。予めブラウン管のヒーターに微弱な電流を流してスタンバっておいてスイッチ を入れるとすぐに映像が出るものだった。液晶テレビの時代になって昔話になってしまった。

    もうすぐ12月 2023年11月28日

今年もいろいろあったがもうすぐ12月だ。恒例のカレンダーと卓上ダイアリーを購入した。 カレンダーには主にこれからの予定が書きこまれていて卓上ダイアリーには日々の記録と 役割が決まっている。昨年は曜日の配列をあまり気にせずに買ってしまったのでカレンダーは 日曜日から始まり卓上ダイアリーは月曜日から始まるというネジレ現象が起きていた。 来年のものはどちらも日曜日始まりに統一した。 同じことが頭の中で繰り返すのは脳の老化とよく言われるが自分の場合は音楽のメロディーの 繰り返しがおよそ1週間ほど続く。今週は♪さぎりきえるみなとえのふねにしろしあさのしも・・・ だ。そとの空気が冷たくなってきたのでこのメロディーが浮かんだのだろうか。中ほどで ♪ げにこはるびののどけしや・・・とあるが、この「げに」についてははっきりとした意味が わからないまま半生を過ごしてきた。今度こそはきちんと検索して意味を納得しようと忘れない ように明け方布団に入っているときからこのフレーズを頭の中で繰り返しながら起床した。 しらべると「げに」は「本当に」とか「いかにも」という意味の古語とのこと。なるほど 七十数年ぶりに明らかになった。 「くろまめ」に「げに」って知ってる?と尋ねると、使っていたよとのこと。くろまめの おかあさんが普通に使っていたらしい。ついでに「くろまめ」が昔よくつかっていた 「おらぶ」という言葉も「大声を出す」という意味の古語らしいことがわかった。 昔の古語が地方で使われ続けて残っているという話は聞いたことがあるがまさしくそのとおり だなと再認識した。 「くろまめ」の体調が安定してきたように思える。それにつれて冷蔵庫の中の一等地である 缶ビールの所定のポジションが侵食されている。冷蔵庫の扉を開けても奥まったところに追い やられているときもあり探すのに2〜3秒かかることもある。風呂場のシャンプーなどの容器 は一応「くろまめ」と「そらまめ」に別れてまとめてあるのだが、なぜか風呂掃除用の洗剤の 容器が「そらまめ」の場所に鎮座している。まあスペースが余っているのは事実だが・・・。

    続・「くろまめ」の顛末 2023年11月16日

病院の先生からの「退院OK」の電話を待たずに13日の早朝に最寄り駅を「見切り発車」した。 新幹線の車内販売が10月末で廃止になると聞いていたので東京駅でおにぎりとドリンクを仕入れた。 走り出して間もなく先生から電話があり退院OKとのゴーサインが出た。白血球の値もGoodとのこと。 安心した。今回は間際の新幹線指定席の購入だったので通路側になった。壁側にある100Vのコンセント は使うことができずに充電が気になってLINEのやり取りもほどほどになってしまった。 神戸とか岡山あたりを走っていると車内販売がやってきた。あれっ?廃止じゃないのと思ったのだが 同じ「のぞみ」の車両に乗り続けているのに廃止になったのは東海道新幹線で山陽新幹線は廃止ではない ということらしい。欺かれたような気持ちでおにぎりをほおばった。 今回は小倉乗り換えで日豊本線の特急を利用したが特急とは名ばかりで単線のためすれ違いの電車を 駅構内で待つことが多く単線のローカル線と同じだった。夕方に宮崎駅に到着、親戚が迎えに来てくれた。 「退院祝い」の前祝いで「だりやめ」。 翌日は退院。ずぅ〜と個室だったこともあるためか金額が多くなったのでカードで支払った。 「くろまめ」は廊下を歩いて「セルフリハビリ」をしていた。元気な様子で安心した。 昼過ぎから親戚のご主人が愛車の「ロードスター」に乗っけてくれて近場の観光地を案内してくれた。 中年?老年のオジサン2人が幌をあげたオープンカーに乗っているのもあんまり見られる光景ではない だろう。夜は自宅の脇に組み上げた「バーベキュー小屋」でバーベキューをしながら「だりやめ」。 小さな電球の光の下でなかなか良い時間を過ごした。 翌日は別の親戚の家に場所を移し歓談。イノシシ肉などを食べる。夕方から予約しておいた市内の ホテルにタクシーで移動。宮崎はスポーツのイベントが多くてタクシー業界は忙しいらしい。 ホテルでは「くろまめ」のお母さんの形見分けの着物をダンボールに詰めた。 翌朝、「くろまめ」は持参しているミキサーに妹の煮たカボチャや生協の豆と野菜のスープなどを 入れてペースト食を作っていた。ミキサーは必需品なのでダンボールで送り返したりはせずに ハンドキャリーしているスーツケースに入れている。着物を詰めたダンボールはチェックアウト時に 宅急便で自宅に向け送りだした。タクシーをお願いすると3件ほど掛けてくれたがゴルフのトーナメント がありタクシーを呼ぶのはほぼ不可能という状況らしい。通りにでるとすぐにサラリーマン風の何組かが タクシー待ちをしている様子だったが「上流」に陣取ったらすぐに空車のタクシーを拾えた。 運転手さんと話しをしたがコロナで若い運転手が辞めていって年寄りの運転手が多いらしい。 スポーツイベントが多いので結構有名人を乗せることがあるらしい。先日「ダ○ビッシュ」を乗せたが 4千円を料金のところ1万円を出して「釣りはいらん」ということになったらしい。空港に着いて 料金は3,090円だったが3,100円だして「ダ○ビッシュします」と言って車を降りた。 現役を定年退職して以来、飛行機に乗っていない。久しぶりだ。搭乗前に「モーニング定食」を食べた が生玉子が付いていた。生玉子を食べるのは飛行機どころではない何十年ぶりだ。飛び上がって1時間半 ほどで東京に着くのだから、やっぱり速い。便利だ。ニュースで明日から台風並みの暴風ということだ。 全く運が良かった。

    「くろまめ」の顛末 2023年11月12日

10月25日の「くろまめ」の祖父の「50年祭」の日の深夜、寝袋で寝ていた くろまめの呼吸がはやい。声をかけても受け答えがもうろう、足に踏ん張りがきかない ということで119番に電話。救急隊員は山の中までくるのに1時間もかかるとのことで 車で降りてきてくれれば途中で合流したいと。途中で前方からやってくる救急車にパッシング ランプで合図、乗り換える。この時点でくろまめは救急隊員の問いに受け答えしていたので 少し安心した。なかなか病院が決まらずスピードはそれほど上げていない。救急車にはぐれない ように車間を詰めていると隊員が下りてきて鹿がでるので急停車することがあり危ないので車間 をあけてくれとのこと。またいくと途中で道路わきの藪から煙が出ていたら隊員が見に行って 問題ないらしいことを確認。2〜3分のロスタイムがあった。そのうち病院が決まったとのことで 隊員が降りてきた。後をついていきますよと言ったが今度はスピードアップするし一般車は信号を まもらなければならないのではぐれます、といって運転席に身を乗り入れカーナビの設定をしてくれた。 少し遅れて宮崎市内の総合病院へ到着した。隊員に聞くと鹿が4頭現れたとのこと。 「そらまめ」と「くろまめ」の兄は曇りガラスの外で待つことに。コロナの可能性もあるとのことで 曇りガラスの向こうでブルーの防護服を着ているらしい人影が動き回る。そのうちブルーの色を 脱いだようなのでコロナではなかったらしいと想像していた。1時間ほどして曇りガラスが開き 中に通された。女医さんからい血圧が低くいつ心臓が止まってもおかしくないと言われて呆然とした。 モニターの出ている5種類ほどの波形が時々乱れてアラートが鳴ったりして気が気ではない。 入院手続きをしてから「くろまめ」の実家へとんぼ返り。空が明け始めてきた。1時間半のドライブ。 荷物を全部詰め込んでまた1時間半のドライブで病院へ。鹿や野ウサギが道を横切った。 血液検査の結果、白血球の値が低いので原因を探るために骨髄検査をしますとのこと。骨髄検査の 簡易結果によると骨髄に異常なし。千葉の病院で9月末から処方されていた薬の副作用の可能性が あるとのこと。出現率は1%ぐらいらしいが。白血球がすくないので感染したらしいとのこと。 その後症状が落ち着いてきたので「そらまめ」はひとりで千葉に帰ることに。市内に「くろまめ」の 妹が住んでいるので心強い。宮崎から熊本の新八代にレンタカーでドライブ。途中濃霧の中を走る。 予定より1日はやく返すことになった。新幹線で帰宅。 今まで独り暮らしをしたことがほとんどなく家事もしていなかったので洗濯機の使い方がわからない。 洗剤の置き場所もわからない。幸いスマホがつながっているので指示を受けながら何とか洗濯完了。 ハンガーや洗濯ばさみは探してわかった。たくさんの洗濯物が洗えるらしいが2回に分けて笑われた。 食料は賞味期限を超えないようにバランスよく使うようにするのが案外頭を使う。菜っ葉類は買いすぎて ニワトリのように食べ続けた。ごはんパックが役に立った。ご飯をたかなくてもチンして米粒が食べれる。 洗い物が増えないように工夫した。食器洗剤が良く伸びて優れものだなと思った。 娘が心配してやってきて掃除をしてくれた。 病院の先生から電話がありあすの月曜日に退院できるかどうかの最終判断しますとのこと。10時ごろ までには連絡をくれるとのことだが8〜9割ぐらいは大丈夫と思うとのことなので明日の朝はやく宮崎 へ向け見切り発車で出発することにした。親戚から飛行機の株主優待券を2枚もらったので帰り二人で 飛行機で帰ることにした。現役時代は頻繁に海外出張したものだが会社でかけてくれる保険プラス自分 で追加の生命保険に入っていた。定年退職してから10年以上空を飛んだことはない。

    くりかえし 2023年10月4日

昔は「くりかえし」行うことが熱意や誠意の現れとして人々の心を動かした。 選挙の宣伝カーでも何度も来ることで熱心さをはかられたり三顧の礼という 中国の故事もある。営業の世界でも何度も足を運んで情にも訴えるということ もあると思う。恋愛期間中の電話や手紙の数もそういったものなのだろう。 現代の電子技術を使った汗をかかない「くりかえし」は有難みどころか迷惑な 「くりかえし」だ。有名企業のア○○○社を語った迷惑メールが頻繁に来ていた。 電子技術の進歩のおかげでこういう繰り返しは汗もかかずに機械が自動的に送れる。 対策としてパソコンの中のメールツールで振り分け設定をしてひと段落したが、 ケータイにも転送しているのでケータイの騒がしさが解決しない。ということで 大元ののプロバイダの設定で対応した。 簡単な設定でパソコンもケータイも静かになった。 くりかえしと言えば畑の帰りに「くろまめ」が足を洗うために洗い場に立ち寄る が前方に踏切が見えてその20メートルほど手前の道を右に曲がるのだが毎回 カーナビが「前方の踏切にご注意ください」との声を流す。 病院のトイレで便座に座るとせせらぎの水音が電子音で流れ続ける。電子音なのに 何か申し訳ない気持ちになる。 疲労を伴わない「共感疲労」なのだろうか。

    ♪ローレライ 2023年9月23日

母がまだ若い頃よく「早春賦」と「ローレライ」を口ずさんでいた。女学校か 師範学校で歌っていたのだろう。春は名のみの風の寒さや〜、を聞くと袴をはいた 女学生が合唱をしている光景が目に浮かび「良い時代」という思いになったものだ。 ローレライは英語で歌っていた。何度も聞いたので勝手に頭の中に覚えてしまった。 「I know not what it pressage what I am so does today」と思い込んで半世紀以上 頭の中で繰り返していたが、まてよ間違えているかもと思い検索してみた。 「I know not what it presages,That I am so sad to-day;」が正しいようだ。 まあだいたい合っていた。 最近の子供たちは学校でどのような歌を習っているのだろうか。お笑いとおふざけ、 派手で奇抜さがはびこっている今の世の中、文部省唱歌のような情緒のある美しい 世界に戻りたいものだ。

    「放牧中」 2023年9月17日

昨日は1時間ほどドライブしてフリーマーケットに行ってみた。5〜6年ぶりに通る 道は相変わらず狭くて交差点ごとにすり抜けのできない車がミニ渋滞。新しい建物が 出現したり更地になっていたり5〜6年でも変化があるものだ。それよりも道路わきの 何気ない景色が網膜に焼き付いていることも驚きだ。 大きな駐車場なので駐車エリアの柱の記号をスマホで写す。以前場所がわからなくなって 苦労して以来のルーティンだ。「くろまめ」を「放牧」して自分は日陰の椅子で人物観察。 若い世代が多いと聞いていたが確かに若い夫婦が子供の手を引いて歩く姿が多かった。 子供が脇に抱えられて嬉しそうに前方を指さしている。完全に親を信頼しきっている表情だ。 児童憲章というのがあることは知っていたが、全ての児童は愛情深く保護されて育てなければ ならない、という言葉が実感できた。あとお腹の大きい妊娠中の人が3人ほど通過した。 女の人の生物学的な強さというか男から見れば摩訶不思議なたくましさを感じた。 しばらくして「くろまめ」から第一弾の紙袋を預かり「再放牧」状態に。 その後車で30分ほどの海外の家具やリビングの大型ショップへ。大きなショールームを 散策した。 帰りの車のラジオから3人の女流作家の対談が流れていた。作家だけありなかなか繊細な 表現や気遣い、しかも自分の文章への考えをしっかりもっているので聞き入ってしまった。 自分といえば最近は本屋さんに立ち寄っても自然科学や数学の原理などの立ち読みが専門 でそれ以外の投資とか法律、老後の云々、旅行、ビジネス、文芸などには眼もくれなくなって いたがエッセーなどには何か面白そうなものがあるような気がしてきた。そういえば昔、 横浜の団地に住んでいたころ「現代用語の基礎知識」、旅行、などの実用書をむさぼり読んで いた時代もあったな。この歳になり体内クロックもゆっくり進むようになり周りの「情緒」 と同期するようになったのかも。急流の中で回り過ぎていた水車が穏やかな流れになって 微妙な水流の変化を感じるようになったような。よく自分でエレクトロニクスに例えるが 完全な導体でもなく完全な絶縁体でもない、ちょろちょろ流れる「半導体」になって初めて 微妙な電子のふるまいをコントロールできるようになったような。

    秋に入る 2023年9月13日

窓から見える田んぼは大方稲刈りが済んだようだ。夜になると遠くからの動力の低周波 振動を感じる。多分収穫したお米の脱穀か何かをしているのだろう。合わせてもみ殻を 焼くようなにおいもかすかに漂ってくる。毎年この時期の風物詩だ。 連日の雨で大地がすっかり冷やされたようで空気は秋の気配に変わった。一週間前は 日本各地で大雨。気象情報で「記録的短時間大雨情報」が出て「○○市付近では1時間に 120ミリの猛烈な雨が観測されました」という速報をよく聞いたが、今でもしかりと 理解できていない。実際に雨量計に120ミリの雨が溜まっているのか、それとも雨の 激しさを表していて実際には10分ほどしか降っていなくて溜まっている雨は20ミリ なのか。車で例えるならば高速道路を時速120キロで走っていました、といっても速度 は速いが実際には10分しか走っていないような。 調べれば正解はあるのだろうが何かもやもやしている。

    防火管理講習 2023年9月4日

2日間「甲種防火管理講習」というものを受けてきた。自治会の防火防災担当役員に なったのでその流れだ。世間にはいろいろな種類の建物施設があるがその規模に応じて 「防火管理者」を決めて消防計画作成また防火設備の維持管理を義務付ける制度だ。 分厚いテキストでなかなかためになる事柄も多かった。 まず世の中にある施設、劇場、飲食店、百貨店、寄宿舎、旅館、老人施設、学校、神社、 倉庫、地下街など考えられるあらゆる建物でその収容人員でおおまかに分類され、小規模 な施設は防火管理者を置く必要はない。管理者が必要とする規模も細分化され比較的小規模 な施設の乙種とどのような規模でも担当えきる甲種に分類される。ただ雑居ビルや高層ビル など幾つものテナントが入っている場合があるので決まりはシンプルではない。 アナログ的に存在する施設を取りこぼしなく法律で定義していくので消防法、何条、何項 が出てきて六法全書のようだ。法律的な記述に慣れ親しんでいない自分にはとっつきにくい ところもあったが後半の消火器やスプリンクラー、火災報知器などハードウェアの領域では 水を得た気分だった。スプリンクラーは天井の際まで水が来ていて火災の熱でヒューズが 溶けてメカニズムだけて水が放出する仕組みだ。電子回路は一切使われていない。天井の 際まで水が来ているので北海道などでは凍結してしまうので特別な工夫が必要らしい。 なたハイテクなコンピュータ室などでは火災が起こってもスプリンクラーが水を出すと 高価なコンピューターたちがダメージを受けてしまうので水の代わりに酸素を追い出す 不活性ガスを出すらしい。人が取り残されると酸欠で死んでしまうので事前に警報を鳴らす。 法律があっても大きな火災があったりすると法律もその都度変更になったりする。とにかく 現実に増殖していく施設や事件に法律が後追いをして定義するというような状況のようだ。 近頃、「多様性」という言葉が流行していてコメンテーターや芸能人や政治家などがスピーチ に多様性という言葉をファッションのように取り入れているが自然界や人間界は放っておくと 多様性に満ち溢れてしまうので「規格化」が必要なのだろう。 時計、物差し、カレンダー、数字など世界各地で自然発生した「多様性」を統一したから 豊かな世界になった。JIS規格などで電化製品や工業製品も互換性が保たれている。 生活が豊かになったから「多用性」をさけびセレクトできないほどの種類のモノがあふれている。 セレクトするのも困難でだtれかにお任せで本を選んでもらったり、あふれかえるYouTubeの チャンネルを見てもらいたくてセンセーショナルなタイトルをつけたり、あふれかえる製品の コマーシャルで奇声をあげたり変顔をしたり、世の中崩れてきているのではないだろうか。

    ミザールとアルコル 2023年8月26日

数日前、涼しくなったベランダに出て久しぶりに夜空を見上げた。南から湿気のある 大気が流れ込み積乱雲の空がしばらく続いていたが、やっとクリアな空になっていた。 北の空には大きな北斗七星が横たわっていた。 小さい頃から宇宙や星が好きで小学生の頃は図書室から借りた星座図を模造紙に写し 取ったり、もう少し大きくなったら厚いガラスを砂で磨いて天体望遠鏡を作ろうとした。 最初は倍率の高い望遠鏡が優れていると思い込んでいたが、そのうち口径の大きな望遠鏡 が優れているのだと知った。 その後買った双眼鏡を本日「秘密の箱」の中から引っ張り出した。しまい込むときに雑だった ので接眼部のゴムがよれていて再生できそうもないのでゴムは取り外し捨てることにした。 レンズの汚れをきれいにし、左右の眼の視力の違いを調整する機能も正常なことを確認した。 今夜ベランダに出てみると晴れていて北斗七星が見えていた。北斗七星の柄のお尻から2番目 の星は「ミザール」といってすぐ傍らに小さな星「アルコル」があることで有名だ。 昔は視力検査は、この小さな星「アルコル」が見えるかどうかで確認したらしい。もちろん今の 自分にはこの小さな星は見えない。部屋に戻って双眼鏡を持ち出した。 まず月を見てピントを合わせ右目左目の差もアジャストした。クレーターが見える。そして 北斗七星のミザールに双眼鏡を向けた。ありました。小さな星が傍にいました。本当に何十年 ぶりのご対面だった。肉眼では見えない星たちがいっぱい視野に入ってきた。 遠くのスカイツリーも見てみた。電飾がきれいだ。ディズニーランドの方角に花火が上がっていて これも鑑賞。光を点滅させながら飛んでいる飛行機。これもより詳細に構造を確認することができた。 昼間は入道雲の鑑賞、夜は星空の鑑賞。ベストな組み合わせだ。

    踏み台 2023年8月19日

台風が過ぎても連日35℃ぐらいの気温、湿気もありとても秋の空気ではない。 でも田んぼの稲は黄色く熟してきた。今回の台風の予想進路もほぼ予報どおりと なった。予報の精度の進化には驚かされる。自然界のふるまいにはそこに人間の 心理のような予測不明な要素が入ってこないので割と単純に計算できるのかもしれない。 あとは観測のデータの量の多さとお互いに絡み合う計算の速度のアップなのだろう。 風の向きとそこに立ちはだかる山で雨量が全く違うというのも最近再認識している ところだ。昔、等高線ごとに紙を切って山の模型を作ったりしたときに水平方向の 広がりと比べると山って低いんだなと思った。その低い山が風の向きで集中豪雨の もとになったりするので驚きだ。 以前、エアロバイクを買って室内に置いている。毎日またがって足を鍛えている。 私「そらまめ」の足の長さに合わせてサドルをセットしているため「くろまめ」には 高すぎる。かといって毎回ネジを緩めて低くセットを変更するのも手間だ。という ことで価格も手ごろで場所もとらない健康器具の「踏み台」を購入した。さっそく 「くろまめ」が利用している。あらためて説明書を見ると「80キロ以上の人は利用 しないこと」とある。合成樹脂製なので長年使っているうちに「樹脂疲労」がおきて ひびが入ることがあるのだろう。普段は滅多に自分の体の測定はしたことが無いが 体重計に乗ってみた。80キロオーバー。 当面はエアロバイクは「そらまめ」、踏み台は「くろまめ」ということになりそうだ。 先日ピンポーンとインターフォンがなり出ると警察の人とのこと。最近はまず「偽物?」 と思ってしまう。定期的な住んでいる家族の調査だということで目の前で台帳を広げる。 内容が見えるので台帳が一種の身分証明書みたいなもので「偽警官」ではないことが わかる。サギの電話は掛かってきませんかと尋ねられるが不明な電話には出ないのでと 答える。すると交通安全キャンペーンをやっていて年末までに交通事故にあわなければ 抽選で商品券が当たるとのこと。「めんどうなことは無く、ここに名前を書いてもらうだけ でエントリーされます」と言う。普段から抽選とかには積極的ではないので、「参加し ません」というと再度「名前を書くだけなので是非」と。集めた人数が警察官の「成績」 にもなるのかなと思い名前を書いた。奥様もと紙をめくって2枚目が出たので名前を書いた。 あとで考えた。あの筆跡は間違いなくコンピュータに登録されて犯罪の照合に使われる のではないだろうか。将来はマイナンバーカードに指紋も登録したいのだろう。貯金通帳を 作るときに指紋を押してくださいという時が来るかもしれない。

    大気擾乱 2023年8月6日

今日の空は入道雲の予備軍があちこちで湧きあがり待ち南から北へ移動している。 レーダー雨雲を見ると沖縄のあたりは台風の中心で大変な状況だが遠く離れた ここ関東ではちぎれた雲の群れが次々と北上しており雨が降ったりやんだりで 畑をやっているのでありがたいばかりだ。 低層を流れる黒い雲、そして聞こえる雷の音、そして黒い雲の切れ間の遠くには 夕方の日に染められた巨大入道雲がもうこれ以上発達できませんという具合に 立ちあがっているのが見える。この大気のダイナミックな活動を感じるのが大好きだ。 最近、頭の中に四六時中現れるのが「くま」という単語だ。我々が小さい頃は確か 「く↑ま」と後ろのほうにアクセントがあったと思う。いつのまにか「く↓ま」と前に アクセントが移ってきたようだ。日本語は名詞の後に動詞がくるので「く↑ま」が 走る、「く↑ま」が襲う、などのように昔ながらのアクセントのほうが自然に次の動詞 につながるように思える。囲炉裏の周りで年寄りが「くま」の武勇伝などを語るときに 「く↑ま」が・・・と言うとまわりの子供たちは次にどうしたか期待感が高まるが 「く↓ま」と言ってしまうと尻切れとんぼでそこで話がストップしてしまう感が。 英語では「テディベア」など「ベ↓ア」と前にアクセントがあると思う。英語は動詞の 次に名詞がくるので囲炉裏端で英語で熊の武勇伝を話したとしても「戦ったよ・熊と」 と最後に「ベ↓ア」と言い切っても不自然さは無いように思える。 「テディベア」の流行の影響で「く↑ま」が「く↓ま」になってきたのであろうか、 それとも若者言葉が単語化してきて後ろに続く続かないが関係なくなってきたのか。 勝手に推測をひねくり回している。

    8月に入る 2023年8月1日

明け方雨の音で目が覚めた。久しぶりの雨で雨の音に懐かしさを感じたほどだ。 その後ひと段落して昼頃に雷雨となった。まずは砂漠のような畑が潤ったことが 嬉しい。日照りの間タンクで水を運んで水やりをしていたが追いつかずサトイモの 葉は外側から黄色くなり、ナスは焼きナスの一歩手前の様子、モロヘイヤも乾燥気味、 だがトマトは元気だ。あのトマトの実の中にため込んだ水分をダムのように日照りの 時には放出しているのだろうか。 最近はコイン精米機の横の無料で持ち帰ることのできる糠(ヌカ)を利用している。 栄養があって発酵させると良い肥料になるとのこと。また虫退治にも効果があるようだ。 栄養豊富なヌカがまかれていると害虫の幼虫の芋虫が喜んで食べて腹いっぱいになるが サラサラ乾燥しているので体の中から脱水状態になり死んでしまうらしい。ベランダの コンポストも野菜クズの上にヌカをまいているが「干からび効果」か虫がほとんど見当たらない。 観葉植物のパキラが生長している。これまではずっと5枚の葉が一点から放射状に広がる 形だったが先日一点から6枚の葉が広がりかけていた。珍しい。四つ葉のクローバーみたい に縁起が良いかもしれないとネットで検索。結果、5枚、6枚、7枚も珍しいものではない らしい。 コロナもひと段落ということで各地で花火大会や催し物が再開されている。何万人もの 人ごみをみるとトイレ事情はどうなっているのかといつも不思議だ。現役時代の電車通勤 でいっとき腹具合の悪い時期があって停車駅のトイレの場所を確認していた自分にとって 高速道路の渋滞ニュースをみると他人事ながらいつもトイレの心配をしていた。花火大会 などで何万人もの人出がありましたなどのニュースを見るとついトイレ事情を考えてしまう。

    「別れのワルツ」 2023年7月23日

ひところの猛暑と比べるといくぶん過ごしやすくなったこの数日、遠くのセミの 声が聞こえるとこのまま秋が来てしまうのではないかとふと思ってしまう。 まだ7月だが道端にはセミがひっくり返っているのが見られるようになってきた。 昨日は家の網戸の外側にセミが張り付いていて動かない。しばらくして見にいったが 動いていない。網戸で力尽きてお亡くなりになったのか網戸のメッシュに足の爪が 引っかかって動けなくなっていたのかは定かではないが、今朝見てみたら居なくなって いたのでほっとした。 先日、病院の待合ロビーで涼んでいたら斜め前方10メートルぐらいのところでボクシング のパンチを避けるために頭を低くするような動作を繰り返している男がいた。数秒後に これはシャドウボクシングではなく虫を避けている動作ということがわかった。10メートル はなれたところからでも黒い蜂のような昆虫が飛んでいるのが見える。周りの人たちも立ち 上がり始め自分も腰を浮かせかけた。カウンターにいた女子事務員が「警備員に連絡してすぐに 来てもらうようにしました」と。その次に別のシニアっぽい女子事務員はクリアファイルを 丸めて虫を追いかけ始めた。ちょうど衝立の陰で見えなかったが周りの人たちから拍手が 沸き起こったので仕留めたらしい。自分もしっかりと椅子に座りなおした。しばらくして 警備員がやってきて苦笑いをしていた。 相変わらず朝のベッドの上でのまどろみタイム、頭の中には「昭和枯れすすき」が。 どうも無意識に脳が3拍子になっているらしく、この歌も3拍子だ。それではとネットで 3拍子で検索してみた。その中に「蛍の光」があった。自分の知っている蛍の光は卒業式 などで歌うあの歌だ。でも頭の中でタクトを振ってみても4拍子だ。おかしいなと思って 更に進んでみるとデパートの閉店間際にかかるあの曲。「蛍の光」が流れたからと帰り支度 を始めるアレ。正式な曲名は「別れのワルツ」(蛍の光)というらしい。確かにワルツという だけあって3拍子だ。もともとの原曲は同じでアメリカで「別れのワルツ」になって再輸入 されたらしい。卒業式の「蛍の光」は4拍子、デパートの「別れのワルツ(蛍の光)」は3拍子。 ネットはいろいろ調べることができてためになる。

    「川は流れる」 2023年7月18日

一昨日の朝の6時、パンパンパンと花火が上がった。地元の神社のお祭りだろうか。 いつもこの時間は目は覚めているがベッドの上で目を閉じて頭の中で流れる歌を リピートしている。大概は昭和30年代に巷に流れていた歌だ。一度はまると一週間 ほどは続く。今は「川は流れる」だ。仲宗根美樹のゆったりとしたテンポがまだ完全に 目覚めていない脳にぴったりなのだろう。 頭の中でタクトを振ってみる。ん?ん?一般的な4拍子で振るとどうも合わない。 ゆったりと三角に振ってみると、なるほど3拍子なんだと気づく。珍しい。 3拍子といえば「美しき天然」だ。祖母が時々口ずさんでいた。地元にやってきたサーカス も良くこの曲を流していた。 3拍子といえばワルツであるが目に浮かぶのは紳士淑女たちが広いホールで軽やかに踊る光景だ。 曲が変わって突然「川は流れる」が流れたらどのようなことになるのか、想像してベッドの上で 笑ってしまった。 外に出るとき普段はジーンズをはいている。夏になってもジーンズだったが一年前に比べると 脚が重い。歳のせいかとも思ったが汗でジーンズがまとわりついているからだろうと思い込も うとしていた。さすがに暑くなって半袖半ズボンにしたが相変わらず脚が重かった。 歳のせいだ。このことを「くろまめ」に話したら早速新しい半ズボンを買ってきてくれた。 「くろまめ」は自分の半ズボンも買っていた。

    7月に入る 2023年7月5日

7月に入りはやくも5日経った。線状降水帯の被害をニュースでやっているが今のところ 我が家の周辺は適度な雨で畑も潤っている。天気予報で風向を示す矢印が出ると毎回の ことであるが一瞬考えてしまう。矢印が北を向いていると北から吹いてくる風と学習し 何十年も生活してきた。いつの間にか矢印が北を向いていると南から吹いてくる風になった ようだ。風見鶏の矢印は今でも昔ながらの矢印の方向から吹いてくる風を示しているようだ。 矢印が傘のように両方にあるマークは南からの風で矢印が片方しかないマークは北からの 風と区別があるのかもしれないが天気予報を見るたびに一瞬??となってしまう。 車のオーディオ装置で音楽CDを入れ替えようとしたらCDが入っていく途中で勝手にメカが 閉まり始め挟んだまま固まってしまった。いそいであちこちボタンを押して何とかCDを 救いあげたが、やっぱり挟まった跡がついてしまった。レコード盤であれば針が飛んでしまう ところだがズボンの繊維でゴシゴシこすったら跡はかなり小さくなった。再生してみると 問題なく音楽が流れた。今回の件で思い出したのが良く通っている病院の自動支払機だ。 お札を入れるところにフタは無いが小銭入れのところは小銭を入れて数秒すると勝手にフタが 閉まりだす仕組みだ。いつも慌ててしまう。何でもスピードが重要な時代とはいえ小銭を入れる ときは財布の中身をみながらゆっくりと投入しボタンを押してから閉まるようにしてほしいものだ。 車のオーディオといえばFMもAMもNHKを選局しているのが通常の状態だが「ひるのいこい」が 始まるとAMに切り替えるのが常だ。「ひるのいこい」のナレーションは音質の悪いほうで 聞きたくなるのだ。自分の頭の中で昭和の音質の悪いラジオから流れていた番組を求めている ようだ。 話は全くオーディオと関係ないが「I will keep you informed !」という言葉が海外で ミーティングをやって別れるときに良く言われた言葉であった。「随時ご連絡を入れます」 ぐらいの意味で単に挨拶の言葉としてとらえていたのであるが最近この言葉は重要だなと 再認識している。普段の生活の中でも物の売り買い、サービスのやりとりでも、いつでも コンタクトがとれる状態というのは大切なことだ。特に最近ネットのトラブル関連でサービス 係りに電話をしてもコンピュータの声で何番を押してくれの繰り返し、やっとオペレータに 繋ぎますと言ったあとも呼び出し音が続き混んでいますのでおかけ直しくいださい、など が多かった。「I will keep you informed」、これだけ短い簡潔な言葉でも人に安心感を 与えることができると思うこの頃である。

    ネット回線のトラブルの顛末 2023年6月16日

最近、室内のWi-Fiが途切れてネットが使えないことがしばしばあった。リモートワーク の人が増えてネットが「渋滞」しているのではないかと思いしばらく経つと回復するので 様子見をしていた。 今回は半日経っても回復しない。最初はルーターのインターネットのランプが消灯していたが、 そのうちモデムの「VDSL」ランプが点滅し始めた。かなり重症だ。Wi-Fiは繋がらないがケータイ の4Gでネットは使える。パソコンもケータイから出力されるWi-Fi電波を受けて普通に使える。 4Gを酷使したので今回は「自動的に次のステップに移行します」とのメッセージが早くも月初めに やってきた。世間の通信障害情報を検索してみたがリアルタイムの障害は見つからない。 モデムやルーターの電源のオンオフ、ケーブルの抜き差しは何度もしたので、いよいよ回線の ハードウェアが悪いに違いないと思い、おおもとの「N社」の故障受付に電話をした。 電話はコンピュータの音声で「何番を押して下さい」の繰り返しで直接話したいオペレーター にはなかなか到達できない。やっとつながったが本人確認で契約に登録されていません、 まずはプロバイダー契約をしている会社に一報入れてくださいとのこと。 「ぷ社」の故障受付に電話。自社でのトラブル情報は無いのでと「ド社」に回された。ド社の担当から お決まりのモデムやルーターのオンオフ、ケーブルの抜き差しなどを指示され、もう何度も確認 してます、と言いたかったけれど先方も業務上の手順があると思うので指示どおりに実行。 いよいよ室内の装置の故障ではないと判断され今度はひとまわりして、また「N社」の故障窓口へ。 元請け、下請け、孫請けの仕事の流れが徹底されているようだ。 「N社」の担当がモデムの動作が不安定なことも良くあることなのでまずは装置を送りましょうかと。 それをやっていると修理が遅れ遅れになるしモデムは正常だと思うのでお断りして修理依頼して 日程が決まる。 我が家は古いマンションでマンションの入口までは光ケーブルが来ているがマンションの各戸には 昔ながらのワイヤーの電話回線が配線されていて「VDSL」というアナログ信号が流れている。 各戸まで光ケーブルを引くのは高速通信という観点からは理想的だが工事費用が相当高額になるので 「VDSL」方式はコスト対メリットの妥協点と思う。我が家はマンションの一番端なので途中で信号が 減衰しているのではないかとかいろいろ考えてしまう。 修理依頼の日程が決まった翌日に外出して帰宅してみるとモデムやルーターのランプが正常になって いてWi-Fiが使えるようになっていた。修理に来てもらって現象が確認できませんでは都合が悪いので すぐに「N社」に電話をしてその旨伝える。担当のオペレータは違う人になっていた。ただ話した「履歴」 はしっかりとコンピュータに入力されているらしくつじつまの合う話ができた。便利な世の中になった もので前回手術で入院したときの看護師さんも次々に変わるがきちんと引き継ぎされていて感心したもの だった。「N社」のオペレータの話によると修理日程が決まったあとに別件で我がマンションに作業員が きて光ケーブルのあたりを修理したとのこと。その流れでなおってしまったんですかね、という話になり 訪問修理はキャンセルにしてもらった。 一件落着と安心していたらまた現象が再発。いそいで「N社」に電話してキャンセルのキャンセルをして もらい来てもらうことになった。 修理当日、修理担当者から光ケーブルからの変換器あたりが不良がみつかり修理しましたとの動作確認の 電話があり。Wi-Fiも固定電話も正常に復帰していた。

    ニンニクで暇つぶし 2023年6月11日

ベランダに干してあるニンニクがだいぶ乾燥が進んできた。当初は15センチぐらいの 長さでカットしていた茎がだいぶ乾燥してきたので3センチぐらいに短くカットした。 ラックに並べてあるニンニクたちの一番外側の薄い皮が日焼けの後の皮膚みたいに はがれかけて風にひらひら揺れている。それを見つけて剥がしてやるのが最近の 暇つぶしだ。乾燥して完全にニンニク本体の「引力圏」から離れようとしているので最後の お手伝いをしてやっている。薄皮は5枚ぐらいあって中身のニンニクを囲っているが中に いくほど丈夫になっていて乾燥が進んでも丸裸にはならないような仕組みになっているらしい。 3センチほどになった茎の先端を見てみると順調に畑で成熟して「満足しきった」ものは 切り口も順調に乾燥してゆくが、まだ生長仕切っていない「未練の残る」ニンニクは その3センチの切り口から細い2ミリほどの緑が伸びて最後の自己主張している。そういう 個体は指で押してみると少し弾力の若さを感じる。完熟したニンニクはブラックホール みたいに自己収縮モードに入っている。 まだしばらくはニンニクで楽しめそうだ。

    網戸の張替えと脚力 2023年5月22日

網戸の張替えをした。大規模修繕で網戸をいったん外したタイミングでよれよれになって いた網をはがした。工事が一段落して網戸を元に戻すことになり張替え作業をすることに。 押さえのゴムを専用ローラーで押し込んで1枚完成だが立ちあがるのが大変だ。 以前よりしゃがむ動作は苦手で畑でも柄の長いホーを使って草刈りをするのが自分の作業分担 だと勝手に決めて、しゃがんでの畝の中の草刈りは「くろまめ」に任せてきた。あと数年で 後期高齢者になるこの頃、筋肉の「劣化」を感じる日々だ。テレビで若い主婦などを対象には カビだの菌だの匂いだの低カロリーだのがビジネスのキーワードになるのだろうが、年寄りに なると膝の痛みだの歩く速度だのに効くとの栄養食品がビジネスになるのだろう。 若い頃から筋肉は固くて、前屈して指先が地面に付くかなどの測定は座高を測られるのと同じ ほどいやだった。背中に両腕をまわして指先を絡ませるなど、できる気配もなかった。でも 若いときは運動とは筋力増強が目的であって柔軟体操というものの必要性には疑問を感じていた。 数年前に外でトイレに行きたくなりやっと見つけて駆け込んだのが「和式」。立ちあがるときに つかまるものが無くて苦労した。今や洋式か和式かの選択肢はなくて洋式MUSTだ。洋式が無い 時代のじいさん、ばあさんたちは筋力があったのだろうなとつくづく思う。 脚力の重要性は認識しているので、なるべく外出する機会を作り、車を駐車する場所も目的の 場所から離れたところに停めて歩くように心がけている。本当は万歩計を付けてウォーキング するぐらいしないと間に合わないのだろうが・・・「くろまめ」はスマホのアプリで万歩計を 設定しているがいつも歩数が少ないと嘆いている。 車で外出する機会が多いので遠くの横断歩道を歩く人を見かけるが若い人は膝が伸びて背筋が 伸びて早足なのでわかりやすい。シニア族をみると自分たちより若いのか歳なのかつい見定めて しまう。歩行者信号が赤になりそうなときに小走りしていそいでる姿勢を周りに示す以外は 走ることも無くなった。子供がスキップしているのを時々見かけるが、自分にとっては昔話の 世界だ。先日「くろまめ」がスキップのまねごとをしていたが靴の底にゴキブリホイホイが 塗ってあるのではないかと思うほどの粘着性だった。(笑)

    Summer has come! 2023年5月17日

いよいよ夏らしい気候になってきた。気温は30℃を超え、車に乗り込むと黒色 の天井から放射されていると思われる遠赤外線でしばらくはパン窯の中にいる気分だ。 ケータイの充電をしても85%ぐらいまでしか上がらずにそろそろバッテリーの寿命が 近いかとおもっていたら、ケータイが勝手に持ち主の充電のパターンを理解して100% までいかないようにしているらしい。自分の場合は暇さえあれば充電のコネクタを 差し込んでいるタイプなのでバッテリーを長持ちさせるように「満タン」にしない らしい。そういえばパソコンの充電モードも電源アダプターを差し込んでいることが 多いので最大60%までに自分でカスタマイズしていた。 桜の季節もツツジの季節も過ぎ去ったが、「花が咲き誇る」という表現には常々疑問 を感じている。特にコスモスなどは一本一本は楚々とした花なのに人間が種をいっぱい 蒔いて花畑にして「咲き誇る」などと表現しているのはコスモスとしても迷惑なのでは ないだろうか。単に語の調べを良くするために言葉を足しているのは「大運動会」や 「大売出し」なども。「小運動会」や「小売出し」などは聞いただけでも滅入って しまいそうだが。 日が長くなってまだ明るいうちから家で一杯やるのがルーチンになっている。 「ホヤ」が目に入ったときは好んで買い求めているが今日はコストコで「コマイ」の 干物が目に入った。タラの仲間で小型、あぶって食べると美味。25本ほども入っていた のでしばらくはコマイ三昧か。「くろまめ」はコストコの大きな人参パックを買い、 せっせと千切りにして冷凍保存している。しばらくは朝食に人参とセロリのジュースが 出てきそうだ。 カエルの声をききながら。

    5月も半ばに 2023年5月13日

前回のこの日記のアップが桜の時期だったがはやくも5月の半ばになっていた。桜の 季節からツツジが咲き、そして散って道端にオリエンタルポピーが咲いていた。 土の中で休眠していて季節がくれば順番に地上に現れ花を咲かせ種をばらまきまた お休みモードに入るという自然の摂理。植物はすごい。田んぼに水が入り夜、窓を 開けるとカエルの声が聞こえるようになった。 畑の雑草の種類も季節によって次々に入れ替わる。最近は雑草の花も愛でる心境になって きた。今はニンニクの収穫がメインの仕事になっている。生長にバラツキがあるので 何度かに分けて収穫し、茎と根っこをカットしてベランダで干している。ニンニクを 積み込んだ車の中はニンニク臭でいっぱい。呼吸をしているだけで元気になりそうだ。 土の中の肥料分を吸い上げ合成して数か月かけてニンニク成分を作り出すのだから その仕組みに感心するばかりだ。 数年前にテレビがこわれたので新規に購入した。いつものように下調べもなく説明員の 感じが良いし値段もリーズナブルだったので決めた。購入後に気が付いたのはチューナー の数が以前より少なくなっていたことだった。裏番組を録画するときに以前は複数の番組 を同時録画できたが今度は一つの番組だけになった。ちょっと不便だが見逃した番組は ネットで「見逃し配信」というアプリがあるので、それほど不便ではない。 良くなったのはワンタッチで「YouTube」が見れるようになったこと。土地付きの古民家を 格安で買って家財道具を処分したり床や壁をDIYで直したり庭を整備するのを若いカップル が何か月もかけて材料を買い付け工具を駆使してやる姿は美しいと思えるほどだ。完成形が 目的というよりはその過程が目的でもあるのだろう。共感できるものがあり良くみていた。 最近の動画の好みは「シニア世代の暮らし」に移ってきた。60代、70代のシニアが 年金暮らしで節約生活をしながら毎日をエンジョイする様子は共感できるところが多い。 技術の進歩で画質はとても良いし字幕を入れる編集技術もすごい。毎日の料理の風景の 他に趣味の豊富さに感心する。ゆったりと流れる生活のリズムに共感する。 「そらまめ」はアウトラインはながめていても詳細は思い出せないことが多いのだが 「くろまめ」はファミリーの相関関係や家具や置物、アクセサリーなどを実によく記憶 している。陶器の体裁の良い爪楊枝入れを買ったのを見て「若い世代の家」だなと推測 していた(笑)。

    4月に入る 2023年4月3日

今年の桜は満開を過ぎ散り始めた。窓から見える高校通りの桜はここに引っ越して 来たあとに苗木が植えられていたがそれから数十年。何本かの木は老化で地上50センチ ぐらいで切られている。ひとつの大きな命のサイクルを見届けたような寂しさだ。 恒例で訪れるいくつかの桜の場所を今年も訪ねてみた。満開の桜もむんむんとむせ返る ようなきれいさだがシベが赤みを帯びてきて若い葉が伸び始めた桜もまた良いものだ。 そこにラジオから「ひるのいこい」の牧歌的な投書が流れてくると平和な世界になる。 3月の手術のときに酸素マスクの固定の邪魔になるからとそり落としたアゴ髭だが また復活させることにした。同じ病室の患者で夜中に激しいセキをする人がいた。 看護師との話で肺の影が広がっているとか血痰がどうのこうのとかの声が聞こえていた ので病室内はマスクをしなくて良いことになっていたがマスクをすることにした。 カーテンの隙間が無いように重ねた。よくテレビでみる空中のゴミが拡散してゆく様子が 見えるようだ。持ち込んだスプレー式のマウスウォッシュを時々使って消毒を試みた。 見上げると抗生物質の点滴の袋がぶら下がっていたので仮に感染しても抗生物質が菌を 殺してくれるのではないかとひそかに思っていた。それからかれこれ3週間ほどたったが 元気だ。思い過ごしだったようだ。 恒例の骨董市に数か月ぶりに出かけてみた。アルコールの容器がふんだんに置かれていて コロナ対策がしっかりとなされていた。大学イモを販売している店でオバサンがこの大学イモ はどれぐらい日持ちしますかね、と聞いていた。どのような回答をするのか興味があり耳を 傾けていると、ツバが飛んでいなければ一年、と答えていた。おもしろい!

    胆のう手術 2023年3月14日

12年前の東日本大震災も大きな出来事だったが12年後の3月も個人的に大きな 体験をした月だった。以前より2センチぐらいの大きさの胆石があることは会社の 人間ドックでわかっていたが特に悪さをすることもなくそのままにしていた。最近 痛みが出て12年ぶりに病院で検査をしてもらったら石が少し大きくなっているようだ。 薬で痛みは治まったが脂っこいものは食べれないアルコールもだめ、こんな生活が 一生続くのもいやだ。ましてや炎症を起こし手遅れになれば命にかかわるなどという 記事もちらほら。腹腔鏡手術であれば良く聞くしイメージしやすい。ということで 手術を申し込んだ。 人生初の入院、人生初の手術。いろいろな書類が出てきて手術のリスクの説明を受ける。 腹腔鏡手術で対応できない場合には開腹手術に切り替える。レーザーメスで血管からの 出血を止めながら進めるが止まらない場合には血液製剤を使う。何万分の一だけれど 悪い病気になる可能性がある。サイン。全身麻酔の説明が。意識がなくなるので肺呼吸が 止まる。外から機械で酸素を送り生命を維持する。麻酔薬は心臓や肺にも負担がかかり かなり低い確率だが心臓が止まる可能性がある。サイン。なりゆきでサインはするものの 自分の意識が全く無くなる中で自分の命を100パーセント外部にあずけることになる。 初めてのことだ。怖ろしい状況だ。しかし「まな板のコイ」。物事は自然に進み続ける。 風呂に入って体をきれいにしてください。ヘソは看護師さんが軟膏できれいにしてくれた。 チューブを通すらしい。2時に手術室に運び込まれた。すぐに麻酔薬が抽入されたらしく 麻酔専門の医師が上に見える照明がぐるぐるしてきたら教えてくださいと。どうですか、 まだですを3回ぐらい繰り返したらその後すぐに麻酔状態になったらしい。 「xxさぁん、xxさぁん、聞こえますか〜」の声で意識が復活した。腹腔鏡手術で対応 できず開腹手術になったとのこと。胆のうが炎症があったり太い血管が来ていたとのこと。 2時に始まり6時、4時間が経過していた。よく話には聞いていたが4時間の空白は 「だるま落とし」のようにすっぽりと抜けて気が付いたら終わっていた。 「くろまめ」がスマホの写真を見せてくれた。そこには胆のうと3センチほどもあるウズラの 玉子状の胆石と5ミリぐらいの大きくなれなかった小惑星的な胆石が15個ほど写っていた。 「くろまめ」が医師に記念に撮らせてくれと言ったらしい。 病室に戻ってからは点滴と術後ドレインの毎日。身長が高いのに合わせて点滴スタンドの 横棒は一番上まで持ち上げられている。点滴バッグを取り替えるときは小さな看護師さんたちは 飛び上がるようにして着脱している。ほとんど水分に近いものを一日一升瓶ほどの量を注入 されるので夜などおしっこの回数が増えてしまう。抗生剤も注入されるがこれは重要だ。あと 痛いときに押してくださいと新たな点滴バッグが横から割り込む。痛みが増していったら 大変だが痛みが徐々に改善されているときはやたら痛み止めを使うことは無い。看護師さんは 無理をせずに痛み止めを使ってくださいねというが結局使わなかった。 点滴での栄養補給を早めに切り上げてもらい三分がゆ、五分がゆ、全粥にしてもらった。 やはり口から入れた食べ物が栄養になる実感がする。 術後ドレインの観察もした。徐々に血液が減って最後には出なくなった。良い傾向なのだろう。 最後にドレインを抜いたときに先端がどうなっているか見せてもらった。 本日退院し駐車場に停めていた自家用車を久しぶりに運転した。若干足や感覚が弱っているので 運転は慎重にした。 いろいろな「初体験」。現実世界に戻れてよかった。

    胃カメラ 2023年3月3日

春らしい気候になってきた。畑の様子を見に行くとニンニクが伸びていた。前回草取り をしたので栄養が行きわたったのか暖かくなったからなのかは定かではない。 菜花が咲き雑草に花が咲きエンドウがツルを伸ばし「自然観察園」の中に居て飽きない。 先日は胃カメラをのんだ。現役時代の何十年も前に一度のんだことがある。看護師の 女の人がまずは体温を測ってくださいと。そして血圧を測定してくださいと言われた。 血圧計は病院の廊下などに置かれているのは見ていたが定年退職後は実際に測定した ことは無かった。説明書きのとおりに実行したら血圧がプリントアウトされた。 胃カメラは眠っている間に処置をするやりかたもあるとのことだったが、知らない間に 検査が進むのも気持ち悪いので普通のやりかたを選択。喉の痛み止めのためにコップ半分 ぐらいの液体を口に入れて飲み込まないで喉に5分間溜めておいてくださいとのこと。 最後には我慢しきれずに少し飲み込んでしまったが胃の痛み止めにもなるだろうと思った。 数十年前よりは技術の進歩で胃カメラも細くなっているに違いないと思いつつ、横になって から薄目を開けてみてみたら同じぐらいの太さだった。 終わって「どうでしょうか」と尋ねると「きれいです」とのことだった。

    免許センターへ 2023年2月2日

高齢者講習も終わり免許の更新期間は2か月あるが本日出かけた。平日でもありそれほど 混んでなく20分ほどで終了した。入口を入ると係りの女の人に声を掛けられ「正しく」 高齢者の窓口の前に案内された。 免許の更新という目的はシンプルだし大勢の人がこのセンターを訪れるので質問もシンプル でわかりやすい。視力検査をして写真撮影をしてから床の「高齢者」の色分に沿って進む。 シートに座って待ち窓口で新しい免許証を貰って終了。一度速度オーバーで捕まっているので 色はゴールドからブルーになっていた。

    十数年ぶりの採血 2023年1月30日

夜半より胃と背中に鈍痛が。眠れないまま朝に。近くの病院に行くと伝えると「くろまめ」 割と冷静。こちらは定年退職して以来途中転んでひざを打ち付けリハビリをしただけ。 まずは採血。若い女の看護師、声が小さい。針を刺すが血管が細いらしい。しっくり針の角度 が決まらないのか針に小さな「枕」を挟んだり苦労していた。夜中からお茶だけ飲んでいて食べていない ので血糖値が下がっていそうと伝えると、では点滴をしましょうと。その後栄養剤の点滴。廊下で待って いてくださいとのこと。立ち上がると点滴液のしたたりが正しくなくなってしまうようだ。大気圧のふる まいか。看護師さんが点滴バッグの支柱をするすると伸ばす。今度は正しくなったようだ。部屋を出ようと すると点滴の支柱がカモイにぶつかってしまう。かしげながらやっと出た。点滴しながらCT検査室に移動。 枕と足台を最大限に広げる。点滴はその後2時間ほどかかるというのでベッドに案内されて横になっていた。 ベッドも頭と足が柵にぶつかる。点滴液の落ちるのを見ているのも悪くない。 看護師さんたちの日常業務の緊急案件の電話の声が聞こえてきてそれなりに面白い。別の病院さがし。 家族への連絡など。 診断は胆のうの胆石が大きくなっていて炎症をおこしてまわりを刺激しているらしい。石は昔から 大きなものがあるとは知っていたが歳をとってからの好物の刺激物、脂っこい食べ物、アルコールで 限界を超えたようだ。すぐにでも入院、場合によっては手術とのことであったが薬で様子を見ましょう ということになった。 「くろまめ」は血液検査の数値結果を見てのコメントが先輩風だ。そのうち目が悪いのであとは自分で 調べてと。 しばらくは「おとなしい」食べ物にしてアルコールも休肝日を作るつもりだ。

    高齢者講習 2023年1月24日

車の免許更新の時期が近づいてきて今回は事前に高齢者講習を受けるようにとの 連絡がきた。本日近くの自動車学校で受けてきた。1時間は座学で高齢者になると 動体視力が弱ったり視野が狭くなるので安全運転を心がけるようにとのことが主な 内容だった。動体視力や視野の簡単な測定もした。テキストで高齢になるとこんなに 視野が狭くなるんだよというグラフを散々見せられたが測定してみると結構180度 近い視野があった。2時限目は車に乗ってコースをぐるぐる。前輪を縁石に半分 乗り上げてアクセルを踏み完全に乗り上げた瞬間にブレーキをかけ、いかに短時間で 車を止めるかなどの実技もあった。75歳以上の時の免許更新の時は認知症の診断も あるらしいが今回はこれでおしまい。無事に終了証明書をもらい一件落着。 日本中に寒波が押し寄せているというニュースであったが昼間は小春日和。夕方から 気温が急降下。雪もちらつきはじめた。

   写真の断捨離  2023年1月10日

新しい年になっても特に新しい目標設定をすることもなく早くも10日過ぎた。 関東平野は雨が降らずに道端の落ち葉も水分が抜けてからからになっている。 今日は少し風が強いが落ち葉の飛びぐあいが軽い。 畑のニンニクやタマネギにも雨が欲しいところだが「雑草マルチ」効果を期待して そのままにしてある。根の付いたままの雑草なので保湿どころか水分を蒸散させて いるのかもしれないが土が露出していないので乾燥防止効果はあるかも。 パソコンの中にたまっている画像が増えてきたので断捨離しようとするがなかなか捨てられない。 それでは大きな外部メモリーに保存しようとお店へ。外部ハードディスクのあたりでさがして いると係員が今はSSDの時代ですと言う。可動部分が無いので衝撃に強いし1TB(テラバイト) でもコンパクトだ。これにした。そういえば自分のパソコンもSSDを使用していて音はしないし 動作も速い。技術革新の恩恵にあずかることにした。 生活がシンプルになってきたので請求書、領収書、取説など全て時系列で箱に投げ入れていて いる。以前は「分類」していたがどこの分類に属するのかを思い出すのも大変だ。スーパーの 売場でも食品の分類は大変そうだ。調味料でも調味料の分類に置くのか、肉の調味料なので肉の 売場に置くのか。発酵調味料であれば発酵食品のコーナーに置くのか、分類は結構大変だ。 もっとも関連のある場所に分散しておいてある場合も多いようだ。 写真も最近はシンプルに時系列で保存してあるが昔はイベントごとにフォルダーを作り分類して いた。今となってはそれぞれのイベントの時間関係がわかりにくくなっている。パソコンで 昔から「日記」を入力しているので昔のイベントや購入日時など簡単に検索できるからかなり 役に立っている。 パソコンのイベントごとに整理されている写真たちを断捨離しようとしてもアンタッチャブルな 世界になっていて結局のところ購入したSSDメモリーに丸ごと転送しただけで一件落着。とりあえず 仕事をした気分に。考えてみれば画像は無理に削除しなくても部屋が狭くなることもなく費用が かかることもなく税金がかかることもなくおとなしくメモリの中に存在するだけなので断捨離の 必要がないのだろう。