そらまめの日記16



  安息角  2019年10月7日

先日新聞を読んでいたら「安息角」という聞きなれない言葉が出てきた。粉体を 自然落下させて崩れないぎりぎりの角度のことを言うらしい。アリジゴクの巣は まさしくこの安息角で出来ていて蟻は這い出そうとしてもなかなか這い出ることが できない。ただ蟻も一生懸命に走り続ければ這い出せるチャンスはあるらしいが このときはアリジゴクが巣の中心から砂を噴射して浴びせかけてとどめを刺すらしい。 安息角ははじめて聞いたが「安息香酸」という言葉は以前聞いたことがあった。調べて みると安息香という樹脂に含まれる成分とのこと。安息というからには何か人体に 関係があると思って読み進めると気管支の治療に用いられていたとのこと。なるほど 「安息」という言葉の出どころはこの辺らしい。 不謹慎だが自分は葬式とかクラシックの演奏会とか緊張する場所にいくと何故か笑いが こみ上げてきてそれを抑えるのに困ることがある。歯医者でも口を開けているときに 回りの「ほうれん草がはさまるんですよ」などというおかしい話が聞こえてきて笑いた くなることがある。これは事前にある程度担当の歯医者さんと会話をすると軽減する ことがわかってきた。ところが以前、目の前に「笑気ガス」と書かれたボンベが置いて あった。この文字を見て笑いがこみ上げてきた。自分の唇の緊張が先生の指にも伝わった らしく「ちょっとお休みしましょうか」と言ってくれた。この「笑気ガス」は吸い込むと 気持ちが良くなる一種の麻酔作用があることはあとで調べてわかった。

  台風15号通過  2019年9月11日

一昨日の朝5時頃に台風15号が頭上を通過していった。周りに前線も無く単独台風 ということでその振る舞いを観察するには絶好の機会だ。とは言っても逸れてほしい 弱って欲しいと頭の中で念じていた。それなのに東京湾近くで勢力は増すし吸い寄せ られるように我が町に近づいてきた。予報どおり近づいてきてから急に風が強くなった。 最初は東風、通過後は北風だったのでベランダのガラスへの直撃はなかった。遠くへ 目をやると街灯に照らされた光景は木が大きく揺れて典型的な暴風だ。時折トタン板が はがれるような音もしていて飛んでこないかとはらはらした。 普段は壁にぶら下がって閑そうにしている気圧計の出番だ。針はアナログ表示なので iPhoneの気圧計アプリのデジタル表示と比べて正しいことを確認した。気圧計をパソコン のモニターの前に置いて刻々と変わる台風の様子と気圧計の針の両方が同時に見れるよう にして写真を撮った。台風の中心が最接近した時には見ている間にも針がじわじわ下がっ ていく様子が見られた。結局970ヘクトパスカルを下回った。 雨のリアルタイム表示よりも面白いのが風向の表示だ。台風の中心を確認するには風向き が一番だ。刻々と渦の中心が移動していくのがわかる。 翌日は所用で成田方面に向かう。道路の脇には風でちぎれた木の枝や葉っぱが積み重なって いる。途中の信号機は壊れて点灯していないものが5〜6箇所あった。コンビニに寄ったが オニギリ、サンドイッチの棚は空っぽ。トラックで輸送できなかったのだろう。ノンアル・ ビールを買い求める。交差点で車が混んでいるなと思ったらハンバーガー屋さんへのドライ ブスルーへの列だった。コンビニで買えなかったのでこちらに来たのかも。ガードレールや 電柱が斜めになっている様子も多数あったが今回の台風のせいなのか、もともと斜めになっ ていて田舎の町の予算の関係でほったらかしにされてたものか定かではない。 帰りに畑の様子を見に立ち寄った。モロヘイヤやサトイモなど背の高いものは倒れていた。 道具をしまっている大きなポリバケツのフタが飛んで中が水浸しになっていた。 ソバは元気に本葉を広げていた。 その後ニュースを見ると送電線の鉄塔が倒れたりゴルフ練習場のネットが倒れたり、工事の 足場が倒れたり、被害は大きかったらしい。停電で冷凍庫の中身が解けてきたりエアコンが 使えないので近くのショッピングセンターで「納涼族」をしたり大変らしい。今日もテレビ の字幕でも給水車やスマホの充電の場所の情報がひっきりなしに流れている。

  ワイヤレススピーカー購入  2019年9月1日

ミニコンポでネット配信の音楽「Tunein」が聴けるようになって喜んでいたがぬか喜び だったようだ。どうも初期設定がうまくいかないし通信エラーが出て実用的でない。 通信で最新のファームウェアにアップデートした。するとメニューに新しく「Spotify」が 現れた。ではということで「Spotify」に乗り換えることにしてパソコンとiPhoneに インストール。いよいよミニコンポと通信させようとしたら無料版ではだめで有料版 限定らしい。有料版に乗り換える気はないので方針転換して無料版のままiPhoneの出力を ワイヤレスで飛ばして直接スピーカーから音を出すことにした。 電気屋さんで「JBLのCHARGE3」を購入した。スピーカーの出力は10W+10Wだ。一回充電する と20時間は再生できるとのことなので車の中でも使えそうだ。ちょうど車のオーディオ 装置が壊れていて代わりになるので良かった。 「bluetooth」も簡単につながり曲の選択など操作はすべてiPhoneから行える。ミニコンポ の狭い表示から操作する時代ではなくなったようだ、 「コルトレーン」の演奏を聴きながらこの文章を書いている。

  ミニコンポ復活  2019年8月24日

孫と海に行くということで夏用のテントを買った。砂浜に広げると「拠点」となって 役に立つ。これまでは50年ぐらい前に買った冬山でも使えるテントなので海岸で ういていた。ペグ代わりの袋が四隅に付いていて2リットルのペットボトルも入る。 コンパクトな袋にはいっているので現場でのぶっつけ本番で持って行った。袋を開くと 本体が自立してあとはペットボトルに海水を入れて重しにした。帰りは簡単に折りたた めると思っていたが説明書を見てもなかなかコンパクトにならない。しばらくトライし たが諦めて半タタミのまま車の収納に押し込んだ。説明書のQRコードを読み込んだら 動画が出てきて簡単に折りたたんでいた。皆さんトラブっているに違いない。近日中に 再トライだ。 ミニコンポもトラブっていた。我が家の「工房」で音楽を聴こうと場所を移動したが ネット配信の音楽が聴けなくなってしまった。無線LANの装置から距離が離れたので 電波が弱くなったせいと思い込んでいた。ところが元の部屋に戻してもエラーになる。 パソコンでネット配信にログインし、そのIDとパスワードをミニコンポで設定すると 連動して使えるとのこと。ミニコンポの表示は1行。昔のワープロは表示が1行でも 便利と思っていたが今の時代はやはり使いにくい。肝心のIDとかパスワードの表示 が出てこない。マニュアルでもわからないので「カスタマーセンター」に電話をした。 無線LANと通信していないようですねということで一旦両方の電源を切り1分後に 無線LANの電源を入れてその後にミニコンポの電源を入れてみて下さいとのこと。 そのとおりにやってみると表示にログインのためのIDやパスワードの表示が出るよ うになった。作曲家、楽器、ジャンル別の無料音楽が復活した。

  猛暑  2019年8月6日

梅雨が明けてからは連日の猛暑だ。これまでは温かい日本茶を好んで飲んでいたが さすがに冷たい飲み物を飲むようになった。朝一番で沸かしてポットに入れておいた お湯が翌朝まで残っていることが多くなった。 先日はスズメが植木鉢に巣を作っていたが今度はハトがベランダの上に置いてあった ムシロに目を付けて居座っていた。ムシロを下して退散してもらった。「工房」で 作業していたらいつの間にかセミが腹を上にして部屋の中にいた。足を静かに動かして いたがそっとしておいた。 つい先日ベランダの目隠しにスダレを張ったが太陽の光を遮るのには不十分でヨシズを 買ってきて遮光した。少しは効果があったようだ。 最近、パソコンに向かっていて涼しくなる方法を見つけた。地図で世界中の街並みを 見ることができる「ストリートビュー」という機能がある。いかにも自分がドライブ しているように窓の外の景色を見ることができるものだ。涼しいときはアフリカの 国立公園の中の道路などを見ていたが、こう暑くなると北極圏の寒々とした景色を 見ることが多くなった。ノルウェイやカナダなどの北の果てに続く道路をどんどん 進んでいくと高い木が無くなり家が無くなり舗装が無くなり最果てムードがいっぱい になる。湖が出てきて雪が積もったりしている。「ストリートビュー」の行き止まり まで到達すると監視小屋みたいのがあって道路がUターンしたりしている。世界の 各地の勉強をしながら涼むことができて一石二鳥だ。

  匂い  2019年7月22日

ツル植物は強い、どんどん上に伸びても細い茎が水分養分を十分に供給する仕組み を持っている、との記事を書いたことがある。そのベランダの「千成ひょうたん」 の元気が無い。日照が少ないせいなのか鉢が小さすぎたのか、花がポロポロとしか 咲かない。これでは雄花・雌花どころではない。下の葉は枯れてきても上にどんどん 若いツルが伸びて葉を付けていたので安心していたが花の数が少ない。これからかも 知れないのでしばらく静観してみようと思う。 北側の部屋に入るとベランダから鳥が慌てて飛び立つことが何回かあった。さては 巣を作っているのではと「調査」。すると逆さにして置いてあった植木鉢の中に 巣のようなものが。ヒナがいると大変だなと思ってよく見るとヒナはいないようだ。 「くろまめ」が安心していた。写真を撮ってから穴に網を被せてズレないようにして おいた。諦めた頃に掃除しようと思っているが網の間から匂いがするので引きずるかも 知れない。 「匂い」といえばヨーロッパの牧場の紀行番組で興味のある光景を見た。羊が出産して 子羊が死んでしまったときには親羊は動かない子羊に感情が不安定になってしまうとの こと。体に良くないので飼い主は死んだ子羊の毛皮を剥ぎ別の元気な子羊に被せるとの こと。親羊は自分の子供の匂いのする元気な羊を自分の子供と思い込み、お世話をして 精神が安定するとのことであった。 人間も動物なので本来「匂い」は重要なアイテムと思うが、近ごろのテレビのCMを見て いるとことさら体臭を目の敵にして除菌だの消臭だの香水だのの商品だらけだ。

  攪乱  2019年7月9日

先日、コンビニの帰りに停めていた車をソロソロとバックさせようとしたら一瞬 頭の中が真っ白になって慌ててブレーキを踏んだ。何が起きたのか。数秒経って 呑み込めた。隣の車が同時にバックを始め自分の車より少し速かったのだ。その 車が視界に入っていたので相対的に自分の車が前に進んでいるように感じて脳が パニックになったようだ。最近出発時に間違えてアクセルを踏み事故になるニュース をよく聞くがこのようなパニックの時もあるのではないだろうか。 最近のモノの売り方には頭の中をかき混ぜられる。ポイントプレゼント、クーポン、 キャッシュバック、お得チケット、何パーセント還元、期間限定、などの用語が 飛び交い、欲しいモノと支払う対価である円の関係が直感的にわからない。 パソコンの画面にはどこで調べたのか自分の住んでいる地域の不動産情報がいつも 表示されているし、何か製品を調べるといつのまにか画面に類似商品の広告が現れる。 キャッシュレスが叫ばれ悪い人間に悪用される。レジの無人化とのことで現代風の 若者が棚から商品を取ってズボンの後ろポケットに入れそのまま出口から外に出る 映像が流れる。やはり店側の人間との何らかのコンタクトが無いと「万引き」を イメージしてしまう世代だ。 テレビの番組もその話題が突然別の話題になりまた元の話題に戻ったり忙しい。 終わりや始まりを明示しないのが今どきの番組作りなのだろうか。 頭の中がかき混ぜられるようなこの頃だが「オマケ」的なものは目に見えるグリコ のオマケや、バッグを買ったらミニバッグを付けます、ハミガキチューブを買ったら 旅行用のミニハミガキチューブを付けます、ぐらいにしておいて欲しい。

  ツル植物  2019年6月29日

梅雨らしい空模様が続くようになった。畑の収穫物を乾燥させることの多い我が家 では困ることもあるが、それよりも畑の野菜たちが潤ってくれるほうがありがたい。 いつもは憎たらしい蚊たちもこのようなときは葉っぱや物陰に隠れて避難していると 想えば少し愛しい。 先日、置時計を買った。価格は割と安い。ベッドの側に置くので夜光塗料であること そして狂いの無いクォーツであることが条件だ。あと数字が大きくて見やすいのが この歳になると重要な条件となる。ところがどの時計にも「クォーツ」の表示が無い。 安いからクォーツではないのかと最初は思っていたが高そうな時計にも表示がない。 しばらくして世の中のほとんどがクォーツなので表示しなくなったのだろうと推測した。 時計の狂いを心配してクォーツ表示をさがすのは昭和世代の習性のようだ。 表示で気になるといえば食品で「遺伝子組み換えの無い・・・」という表示だ。その ような表示が増えてくると、元々遺伝子組み換えの無い材料を使っていて表示して いなかった製品が遺伝子組み換え・・・を使っていると誤解されそうだ。自分は当初 から変わっていないのに周りによって変えざるを得なくなることがありそうだ。 今の電車の座席は色分けされているが昔は「正しい」真ん中に座っていても後から くる人が半分ずつズレて綺麗に座ってしまうと自分がズレなくてはならなくなることが 良くあった。「ダマシブネ」然り。 ベランダの「千成りヒョウタン」がどんどんツルを伸ばし始めたのでネットと支柱で らせん状に這うようにした。すぐに上に行かないように横に誘引するのだが朝起きて みると生長がはやいので先端が上に向かって手を伸ばしている。しかもガッチリと何本 かのヒゲツルをしっかりと絡ませている。基本植物は放任主義の自分はそのヒゲツルを むしり取り先端を水平にして括り付けるのを心の中で謝りながらやっている。上で葉が 茂っている割には根元の茎は心配になるぐらい細い。調べてみるとツル植物は物に掴まり ながら生長する戦略を選んだので丈夫になるための組織は省略して水分や養分の通る管 を立派にしたらしい。よって根元の茎は細くても上の葉っぱに水分はたっぷりと供給でき るのだそうだ。そして生長を速くして周りの植物より少しでも早く太陽の光に近づく戦略 のようだ。そしてツルの巻き方。昔の電話機のコードの螺旋は一方向に巻かれていたと 思うがヒョウタンのツルは途中で巻く方向が反転している。引っ張られても力を打ち消し あってちぎれない仕組みらしい。植物の世界にも驚きがいっぱいだ。

  粉&粉  2019年6月23日

先日は友人に誘われて古民家で開催されたSPレコードコンサートに行ってみた。 古民家の雰囲気のある座敷に手作りの蓄音器が置かれていた。針はサボテンの トゲとのこと。レコード盤の溝が傷みにくいらしい。大正から昭和初期にかけての クラシックや日本の曲が流れる。SPレコードは回転が速いのでちょっとした小曲 でも裏表に分かれてしまったりする。初期のレコード盤への録音は電気を使わずに 大きなラッパの前で演奏したり声を出したりしてその振動を針に伝えて溝を掘った らしい。録音から再生まで一切電気の力を借りずに物理的な振動を再生したとのこと。 後期になれば録音の時は電気のお世話になりメリハリのきいた音になった。でも初期 の電気の介在しない再生ノイズの大きい音楽もそれなりの趣があって良いものだった。 我が家の畑での初めての穀物、小麦を収穫した。娘や孫にも麦踏みをさせたので感慨深い。 ベランダに運び込んで干した。ブルーシートの上でフトン叩きで脱穀もした。思い切り 風で殻を吹き飛ばしたかったが隣近所迷惑なので第二ラウンドは畑で思い切り吹き飛ば した。といっても実際は風が弱かったのでまだ殻が少し混ざっている。 玄麦をすり鉢で製粉を試みたが全く潰れる気配なし。我が家のミニ石臼も上部の石が 持ち上がってしまい歯が立たない。調べるとコーヒーミルでも可能とのことだがミキサー のようなプロペラ式ではなく臼式(グラインド式)が良いとのこと。手動で細引き、粗挽き の加減ができるコーヒーミルを買い求めた。 玄麦は順調に潰れて小麦粉の部分とフスマの部分に分かれた。市販の小麦粉はふるいに かけてフスマを取り除くらしいが我が家の場合は全粒粉として全部使うことにした。 すこし前から「はったい粉」が無性に食べたくなって探していた。ある店では置いて いないので係りのおばさんに聞いたら以前は置いていたが今は置かなくなったとのこと。 次の店は自然食品の粉のコーナーがあったが置いていなかったので若い店員に聞くと 「えっ?」とわからない様子。そういうこともあろうかと別の名前を調べておいた。 「はったい粉」、「香煎(こうせん)」、「麦焦がし」など並べても何か宇宙人と話して いるような顔をしているので早々に退散した。今日、いつもの店を歩いていたら「くろまめ」 が「これじゃない!?」と。見るとサブタイトルに「麦こうせん」とある。間違いない。 さっそく帰宅して熱湯を掛けてかき回した。60年ぶりに懐かしい香ばしい味がした。 「くろまめ」は自家製のはったい粉を食べていたらしくもっと粗挽きのザラザラ感があった とのこと。

  はったい粉  2019年6月10日

妻との会話のなかで「はったい粉」が出て久しぶりに食べたくなった。小さいころは あの独特な香ばしさが好きだった。お店に行って探したが、はったい粉は無かった。 では母の好きだった「マコロン」をと思ったがこれも無くなっていた。マコロンも ピーナツ味でよいおやつだった。結局黒砂糖でコーティングされた「黒棒」にした。 世の中どんどん変わっているけれど最近歌番組が少なくなったようだ。特に「演歌」の ヒットがないように思われる。その昔、「日本がまだ伸び盛りの頃・・・」、地方に住む 人は「花の東京」にあこがれて上京し、東京に住みながら田舎を思う「望郷」の気持ちが 強かった。田舎に住む親を思い10円玉をいっぱい持って公衆電話の前に立った。この頃 は東京を想い田舎を想う歌がヒットした。歌手も情感を込めてその気持ちを表現したもの だった。 ヒットする歌も情感を込めた楽器でいえば二胡やバイオリンのようなアナログ的なものから 木琴を叩くようなデジタル的なものに変わってきたように思われる。公衆電話からLINEに 替わり親世代がバブルを満喫した時代なのだから「望郷」といった言葉が死語になりつつある のではないだろうか。 昭和は遠くなりにけり。

  クラフト展  2019年5月29日

今月の25日、26日の二日間、市の主催する「クラフト展」に参加した。知り合い からのお誘いを受け、これまで趣味で作っていたガラス細工、真鍮細工、鹿角細工、 木工細工などのアクセサリーを並べた。はじめてのことなので値段付けには頭をひねった。 当日はテントの設営から始まった。ニュースでも記録的な暑さを報道していたが暑い日 だった。自分で売れると思っていたものが売れずに、参考程度に出したものが売れたりして なかなか今後のための参考になった。知り合いの知り合いなどがメインであったが二日間 の売り上げは想定以上のものがあった。 そんなに頻繁にお客様が立ち寄るものでもないが目の前の広場でいろいろなバンドが 入れ替わり立ち代わり演奏と歌を歌うので楽しかった。ポップス、フォーク、カントリー など演歌以外の曲が流れた。若い世代がバンドで歌う。良い光景だ。若い人には歌が似合う、 などと半分歌を忘れかけた中年(老年?)のオジサンは心の中でエールを送っていた。

  「クリティカルパス」  2019年5月22日

「妻のトリセツ」に続いて「定年夫婦のトリセツ」も読んだ。その中で女性脳は ちょっと無責任なマルチタスク、男性脳は精密なシングルタスク、とあった。 これには身に覚えがある。自分はパスタを茹でるときなどお湯が泡立ってきて沸騰状態 になるまでガスコンロの前に立ってじっと見続けている。女の人はその間にいくつかの 仕事を並列処理する。確かに男は並列処理は苦手だし自分の仕事と自分に与えられてい ない仕事は明確にする傾向がある。これは女の人が忙しいのに手の空いている男が手伝って くれないという問題の本質だろう。男が社会に出れば分担された仕事に全力を注ぐので あって違うグループの仕事に口を出すのは「悪」だったのだ。そうやって橋を作りビルを 作り、コンピュータを作り月に人を送り込んできた。家庭で育児をしながら家事をこなす 重要さとは別次元の話なのだ。 女性脳は臨機応変な多重タスクだが「クリティカルパス」を見ていないのでたまには水が あふれたり家族の出発時間がずるずる遅れたりする、とある。クリティカルパスは重大経路 や最長経路などと訳されることもあると思う。例えば野外でバーベキューをするときに、 ある人は肉を、ある人は魚を、ある人はトウモロコシを持ち寄ったとしても肝心の炭や枯れ木 などの燃料が揃っていないと焼き方が始まらない。この燃料の調達が遅れそうなときはこれが クリティカルパスになりリーダーはもっと人を割り振って燃料調達を急がせる必要がある。 会社の納期でも管理者はクリティカルパスが何かにより工程を組まないと納期遅れになってし まう。 クリティカルパスという言葉で私の脳によみがえったのはコンピュータの中の電子回路だ。 電子回路には「加算器」というものがあり「キャリー」という桁上げの信号がある。加算器 の桁数が増えるとこのキャリー信号の計算がクリティカルパスになるのだ。例えば「そろばん」。 足し算で、ある瞬間に下の玉が満杯になると桁上がりし、その桁上がりで満杯になるとまた 上位に桁上がりするといったように、下からの桁上がりがイモヅル式に最上位の桁上がりに 影響してしまう。そろばんの名手はあっという間に玉をはじくがコンピュータの世界では このコリティカルパスである「桁上がり信号」の生成を高速に行わないと全体の計算速度が 遅くなってしまう。そこで考え出されたのが「キャリールックアヘッド」という回路でキャリー の「先読み」をする。多少の消費電力の増加と回路の複雑度は増すが何より重要な計算速度が 速くなるのだ。イモヅル式に桁上がりを生成するのではなく並列処理的に桁上がりを生成する 方式だ。 何十年も昔に扱ったコンピュータの電子回路と最近読んだ「定年夫婦のトリセツ」の内容が クルティカルパスという言葉で妙にリンクしていたので面白かった。

  南房総ドライブ  2019年4月4日

先日はファミリーで房総方面にドライブした。朝方は曇っていた空だが昼過ぎごろ には南の方に青空が見えてきた。南に向かっているので気分は最高。海岸にある 漁師料理の店でランチ。煮魚が食べたいと思っていた。キンメダイは一匹丸ごとと いうことなのでカレイにした。身がぷりぷりしてあぶらがのっていてノンアルビール を飲みながらで最高だった。その後海岸に降りてみた。砂浜と磯が混在していて 貝殻の種類が豊富。小さな砂粒が波の力で長い時間回転して作られたと思われる石の 穴も多数見つかった。楽しい貝殻拾いの時間だった。 半島を横断して水族館やイルカのショーを見に行く。イルカが餌の魚を食べ食べ色々 な曲芸を見せてくれる。大きな種類のイルカは小さいイルカほど細かい芸はできない が迫力はある。水族館の中のクラゲや魚の群泳、ウミガメの子供などかわいい生き物 がいっぱいだ。パークのすぐ際まで海が迫っている。津波よけの堤防がないので景観 が良い。「いつか来るかもしれない津波」のために日々の景観は犠牲にできない。 勝浦の宿に向かう。山の上にある宿から見る海の景色は素晴らしい。緑の木々の間に ぽやっ、ぽやっ、と桜のピンクが見える。桜が自然に伸びてきたのか人が種を蒔いた のか知らないが絶妙な散らばり具合だ。興覚めなのは太陽光パネルだ。山肌を削って かなりの数のパネルが並んでいる。狭い国土が太陽光パネルで覆われてしまう前に規制 しないと大変なことになりそうだ。夕食に出た「アワビの踊り焼き」。思っていたより 柔らかくて食べやすかった。はじめてアワビを食べる孫娘。感想は「キノコみたい!」。 翌日は「いすみ鉄道」散策。単線の線路に菜の花と桜。カメラを構えている人たちも いた。道端や土手に自然に生えてきたような菜の花と桜。のんびりした田園風景だ。 新しい元号は高速道路の車の中で聞くことになることは予測していた。自分の車のラジオ は壊れていて東京FMだけしか選局できない。こういう時はNHKで聞きたいものだ。家族の スマホのネットラジオで聞くことができた。こういう特別なことを車の中で聞いたという ことも思い出に残って良いものだと思う。昔、オウムが霞が関にサリンをまいたニュース も房総旅行帰りの車の中で聞いた。有給休暇をとっての旅行だったが出勤していればその 時間に霞が関で被害にあったかも知れないとぞっとしたものだった。

  虫入り琥珀  2019年3月18日

先日東京での飲み会があり、途中上野で時間つぶしをした。美術館では見たい ものが無くて足は自然に国立科学博物館へ。65才以上は無料とのことで迷わず 入場。太古の昔から現代までの生物や鉱物の貴重な標本が凝縮されている場所なの で飽きない。今の日本の人口は1憶人とちょっとだが昔からの日本人の累積人口は 5億人ぐらいらしい。真空管式の初期のコンピュータ、リレースイッチの開閉を 組み合わせた計算機、木製の連立方程式の解を求める装置など感心するものばかり。 実験の積み重ねにより世の中を司る法則や原理を発見し、それを応用した装置を 作り、今や遠い星に着陸してサンプルを持ち帰るまでになっている。画像や映像が 瞬時に相手に伝わる。すごい世の中になったものだ。 土産物売り場に虫入りの琥珀があった。太古の虫の姿の入った琥珀は昔から欲しか ったものだ。数千円だが説明パネルに「若い・・・」という文字が見えた。頭の中 には公園の木の樹脂にカブトムシの足がからまってもがく姿が浮かんできた。次に らせん状の「ハエとりリボン」。買うのはやめた。調べてみると樹脂が3000万年 以上も経過して化石化したものが琥珀で、それより若い「半化石」はコーパルという のだそうだ。またコーパルの屑を溶かして中に虫を入れて固めたものもあるとのこと。 このように後から入れた虫は「きれいな姿」をしているものが多いそうだ。大昔に 樹脂に捕まった虫は暴れたりもがいたりするので姿は悪いものらしい。「琥珀」を 調べて少しは詳しくなったと思う。 昨日は墓参りで横浜へ。帰りに有楽町で途中下車。「大江戸骨董市」を歩いてみた。 会場の「東京国際フォーラム」は現役時代に会社のキックオフミーティングが行われて 以来で久しぶりだ。「くろまめ」はボロ布やアクセサリーに関心がありそうだが自分は 木彫りや昔の二股ソケット、アフリカ系のマスクやアンモナイトの化石などがおもしろ かった。内部構造がわかるようなアンモナイトの化石も買えるような額ではあったが 先日の「琥珀」を思い出して見るだけにした。 「振り込め詐欺」や「アポ電」など世の中が騒がしい。私の友人にもそれらしき電話が 掛かってきたらしい。本当に物騒な世の中になってしまったものだ。昔の小学生は名前 を書いたハンカチを胸に付けて歩いたものだ。電話に出たらまずはこちらの名前を名乗り なさいと言われていた時期もあった。外では子供に「〇〇ちゃ〜ん!」と呼びかけては いけないと聞いたこともある。昔は小さな瓶に紙に書いた住所・氏名を入れて川に流し 日本や海外からの手紙を待つという遊びもあった。少数の悪い人間のために良い文化が 簡単に壊されてしまう。いやな世の中になってきた。ところで誰かが言っていたけど、 これらの詐欺が必ずといっていいほど「老母と息子」といった組み合わせであって「娘」 が出てこない。やはり女同士というのは変な「情」が入らない特別なものなのかも知れない。 最近「妻のトリセツ」を読んで女の「不可思議さ」を少しずつ学習している。

  骨董市  2019年3月2日

恒例の骨董市へ出かけた。日差しは春だが日陰に入ると空気が冷たい。 入口の中古ラジオ屋さんに入る。ラジオいじりの熱もちょっとさめている ので挨拶して立ち去ろうとすると写真アルバムを出してきた。自分のお父さんが 硫黄島で戦死してちょくちょく島に慰霊に行っているとのこと。民間の飛行機場が 使えなかったので50人乗りほどの自衛隊の輸送機で行ったらしい。島は錆びた 戦車などが放置されており蒸気があちこちで噴出し、硫黄ガスの匂いがすごいとの こと。民間人は住んでいなくて自衛隊が駐屯しているらしい。商売そっちのけで しばし硫黄島の話になった。 古道具を置いている店に砧(きぬた)があった。店のオジサンと話がはずむ。砧は 今では本来の使い道は無いがショーウィンドウに帽子やネックレスを陳列する使い道 もあるとのこと。一斗枡の中に太い麺棒のようなものがあった。お米を枡で計るとき にこの棒で摺り切りぴったしに使うものらしい。小さな枡であれば手のひらが替わり をしてくれるが一斗枡になると手のひらでは追いつかないからとのこと。 「くろまめ」の着ている服を触って裏返して褒める人が数人いたとのこと。そういう 服を売っているオバサンは通りまで出てきてひとしきり褒めちぎっていた。パッチワーク で使われている生地が大正時代のものだとか生地が良いとか言っていた。帰り際にも 丁寧に大切にしてね〜とか洗うときは手洗いで〜とか叫んでいた。 土器のかけらが売られていた。かけらを3個買った。たまたま近くを通りかかった学者風 のひとが、これは千葉県の阿玉台貝塚のもので土に雲母の粉が混ざっているのでキラキラ 光るのが特徴とのこと。確かに日にかざすとキラキラしていた。五千年ほど昔のものらしい。 さらに歩いていくとテーブルの上に昔風の写真アルバムが10個ほど置いてあった。 パラパラ開いてみると白黒写真や色あせたカラー写真。写真の四隅を差し込んで固定する 昔風のアルバムだ。和服での集合写真から洋服での集合写真まで時代の移り変わりを感じ させる。皆、へえ〜、誰がこんなもの買うのかしらと言いながら通り過ぎてゆく。断捨離 か遺品が流出したものと思われるが人生の結晶でもあるアルバムがこんな場所でペラペラ めくられて千円で売られている。少し悲しい気分になった。 くろまめは財布を買った。また磨くものが増えて嬉しそうだ。

  南岸低気圧  2019年2月11日

ここ数日は春の雪が降っている。気象庁によるとこの時期の関東地方の雪はほぼ100% 南岸低気圧のせいだとのこと。娘の誕生した日も横浜は雪が積もっていた。南岸低気圧が 通過していたのか。当日の天気図はどうだったのか。 パソコンで検索してみると昔の天気図が閲覧できるサイトがあった。1883年3月1日 以降の天気図を見ることができる。娘の誕生日を入力すると天気図がでてきた。確かに 典型的な南岸低気圧が通過していた。 面白い。さらに1883年の天気図を見てみると観測所の数が少なくてかなりシンプルだが 天気図になっている。終戦の日も世の中ドサクサだったと思うがちゃんと天気図ができていた。 私が生まれた日の上空はゆったりとした移動性高気圧におおわれていた。 100年以上もの間、一日も欠かさずに天気図を作り続けたプロ魂に感動した。

  カレンダー  2019年1月12日

暮れにカレンダーを買った。毎年のことであるが紙質がザラザラで鉛筆で記入できるもの、 メモ欄が数行あるものを買った。そして誕生日だの畑の予定などを記入して壁に掛けて 眺めていたが、何故か違和感があり落ち着かない。理由がわからないで何日か経った。 あっ、そうかいつもは一番左にある赤い日曜日が一番右側にきている。「毎日が日曜日」 で日曜日の位置などあまり関係ない生活を送っているのに長年の刷り込みによって脳が 無意識に違和感を感じていたようだ。 調べてみるとヨーロッパではかなり以前から「月曜はじまり」に統一されていたようで 日本でもビジネス界では「月曜はじまり」が多いようだ。確かに週休二日制であれば週末に 土曜日と日曜日が隣り合っていたほうが予定が書きこみやすいだろう。シニアは昔ながらの 「日曜はじまり」が好みらしい。

  麦踏み  2019年1月8日

暮れに作った黒檀の土偶が皆に「おもしろい」と言われ気をよくしている。2体は もらわれていったが新年も張り切って作りたい。 孫とおもちゃ売り場に。テレビや雑誌のコマーシャルを見ていて買いたいものは既に 決まっている様子。そのひとつが電池式電動ドライバーでプラスチックのネジを絞め たり緩めたりしながら組み立ててゆくもの。スイッチで回転方向を逆にできるなど自分 の持っているミニルーターができないこともできる。接着剤を使わないので何度もネジ を緩めて再利用できるところが現代風だ。 もうひとつのオモチャもパーツを組み合わせて大人でも使えるようなバッグを作るものだ。 これも接着剤を使わない再利用可能なものだ。我々が小さいころに遊んでいた薄いボール紙 を折ったり糊付けしたりして作ったオモチャと比べると隔世の感ある。 母娘3代の麦踏み。「くろまめ」以外は誰も実際に麦踏みをしたことのないはじめての経験。 程度がわからないので心配で後日おそるおそる見に行ったら倒れていた苗が立ち上がっていた のでひと安心。 部分日食が見れるというので納戸からレスキューシートを引っ張り出した。何年か前の 日食観測のときに使ったらきれいに見えたのだ。ところがシワシワになっていてうまく 見えない。替わりのものをいくつか試してみたが明るすぎたり暗すぎたり丁度良いものが 見つからない。そこで真空管を思いついた。昔の真空管はガラス管の内側に銀色の金属を 蒸着させているのだ。どこかに最適ポイントがあるに違いない。スマホのカメラの部分に 真空管をかざして回転させたりずらしたり。光が乱反射して余計なものが映っているが 何とか上半分が欠けている太陽の姿をとらえることができた。