そらまめの日記16



  「クリティカルパス」  2019年5月22日

「妻のトリセツ」に続いて「定年夫婦のトリセツ」も読んだ。その中で女性脳は ちょっと無責任なマルチタスク、男性脳は精密なシングルタスク、とあった。 これには身に覚えがある。自分はパスタを茹でるときなどお湯が泡立ってきて沸騰状態 になるまでガスコンロの前に立ってじっと見続けている。女の人はその間にいくつかの 仕事を並列処理する。確かに男は並列処理は苦手だし自分の仕事と自分に与えられてい ない仕事は明確にする傾向がある。これは女の人が忙しいのに手の空いている男が手伝って くれないという問題の本質だろう。男が社会に出れば分担された仕事に全力を注ぐので あって違うグループの仕事に口を出すのは「悪」だったのだ。そうやって橋を作りビルを 作り、コンピュータを作り月に人を送り込んできた。家庭で育児をしながら家事をこなす 重要さとは別次元の話なのだ。 女性脳は臨機応変な多重タスクだが「クリティカルパス」を見ていないのでたまには水が あふれたり家族の出発時間がずるずる遅れたりする、とある。クリティカルパスは重大経路 や最長経路などと訳されることもあると思う。例えば野外でバーベキューをするときに、 ある人は肉を、ある人は魚を、ある人はトウモロコシを持ち寄ったとしても肝心の炭や枯れ木 などの燃料が揃っていないと焼き方が始まらない。この燃料の調達が遅れそうなときはこれが クリティカルパスになりリーダーはもっと人を割り振って燃料調達を急がせる必要がある。 会社の納期でも管理者はクリティカルパスが何かにより工程を組まないと納期遅れになってし まう。 クリティカルパスという言葉で私の脳によみがえったのはコンピュータの中の電子回路だ。 電子回路には「加算器」というものがあり「キャリー」という桁上げの信号がある。加算器 の桁数が増えるとこのキャリー信号の計算がクリティカルパスになるのだ。例えば「そろばん」。 足し算で、ある瞬間に下の玉が満杯になると桁上がりし、その桁上がりで満杯になるとまた 上位に桁上がりするといったように、下からの桁上がりがイモヅル式に最上位の桁上がりに 影響してしまう。そろばんの名手はあっという間に玉をはじくがコンピュータの世界では このコリティカルパスである「桁上がり信号」の生成を高速に行わないと全体の計算速度が 遅くなってしまう。そこで考え出されたのが「キャリールックアヘッド」という回路でキャリー の「先読み」をする。多少の消費電力の増加と回路の複雑度は増すが何より重要な計算速度が 速くなるのだ。イモヅル式に桁上がりを生成するのではなく並列処理的に桁上がりを生成する 方式だ。 何十年も昔に扱ったコンピュータの電子回路と最近読んだ「定年夫婦のトリセツ」の内容が クルティカルパスという言葉で妙にリンクしていたので面白かった。

  南房総ドライブ  2019年4月4日

先日はファミリーで房総方面にドライブした。朝方は曇っていた空だが昼過ぎごろ には南の方に青空が見えてきた。南に向かっているので気分は最高。海岸にある 漁師料理の店でランチ。煮魚が食べたいと思っていた。キンメダイは一匹丸ごとと いうことなのでカレイにした。身がぷりぷりしてあぶらがのっていてノンアルビール を飲みながらで最高だった。その後海岸に降りてみた。砂浜と磯が混在していて 貝殻の種類が豊富。小さな砂粒が波の力で長い時間回転して作られたと思われる石の 穴も多数見つかった。楽しい貝殻拾いの時間だった。 半島を横断して水族館やイルカのショーを見に行く。イルカが餌の魚を食べ食べ色々 な曲芸を見せてくれる。大きな種類のイルカは小さいイルカほど細かい芸はできない が迫力はある。水族館の中のクラゲや魚の群泳、ウミガメの子供などかわいい生き物 がいっぱいだ。パークのすぐ際まで海が迫っている。津波よけの堤防がないので景観 が良い。「いつか来るかもしれない津波」のために日々の景観は犠牲にできない。 勝浦の宿に向かう。山の上にある宿から見る海の景色は素晴らしい。緑の木々の間に ぽやっ、ぽやっ、と桜のピンクが見える。桜が自然に伸びてきたのか人が種を蒔いた のか知らないが絶妙な散らばり具合だ。興覚めなのは太陽光パネルだ。山肌を削って かなりの数のパネルが並んでいる。狭い国土が太陽光パネルで覆われてしまう前に規制 しないと大変なことになりそうだ。夕食に出た「アワビの踊り焼き」。思っていたより 柔らかくて食べやすかった。はじめてアワビを食べる孫娘。感想は「キノコみたい!」。 翌日は「いすみ鉄道」散策。単線の線路に菜の花と桜。カメラを構えている人たちも いた。道端や土手に自然に生えてきたような菜の花と桜。のんびりした田園風景だ。 新しい元号は高速道路の車の中で聞くことになることは予測していた。自分の車のラジオ は壊れていて東京FMだけしか選局できない。こういう時はNHKで聞きたいものだ。家族の スマホのネットラジオで聞くことができた。こういう特別なことを車の中で聞いたという ことも思い出に残って良いものだと思う。昔、オウムが霞が関にサリンをまいたニュース も房総旅行帰りの車の中で聞いた。有給休暇をとっての旅行だったが出勤していればその 時間に霞が関で被害にあったかも知れないとぞっとしたものだった。

  虫入り琥珀  2019年3月18日

先日東京での飲み会があり、途中上野で時間つぶしをした。美術館では見たい ものが無くて足は自然に国立科学博物館へ。65才以上は無料とのことで迷わず 入場。太古の昔から現代までの生物や鉱物の貴重な標本が凝縮されている場所なの で飽きない。今の日本の人口は1憶人とちょっとだが昔からの日本人の累積人口は 5億人ぐらいらしい。真空管式の初期のコンピュータ、リレースイッチの開閉を 組み合わせた計算機、木製の連立方程式の解を求める装置など感心するものばかり。 実験の積み重ねにより世の中を司る法則や原理を発見し、それを応用した装置を 作り、今や遠い星に着陸してサンプルを持ち帰るまでになっている。画像や映像が 瞬時に相手に伝わる。すごい世の中になったものだ。 土産物売り場に虫入りの琥珀があった。太古の虫の姿の入った琥珀は昔から欲しか ったものだ。数千円だが説明パネルに「若い・・・」という文字が見えた。頭の中 には公園の木の樹脂にカブトムシの足がからまってもがく姿が浮かんできた。次に らせん状の「ハエとりリボン」。買うのはやめた。調べてみると樹脂が3000万年 以上も経過して化石化したものが琥珀で、それより若い「半化石」はコーパルという のだそうだ。またコーパルの屑を溶かして中に虫を入れて固めたものもあるとのこと。 このように後から入れた虫は「きれいな姿」をしているものが多いそうだ。大昔に 樹脂に捕まった虫は暴れたりもがいたりするので姿は悪いものらしい。「琥珀」を 調べて少しは詳しくなったと思う。 昨日は墓参りで横浜へ。帰りに有楽町で途中下車。「大江戸骨董市」を歩いてみた。 会場の「東京国際フォーラム」は現役時代に会社のキックオフミーティングが行われて 以来で久しぶりだ。「くろまめ」はボロ布やアクセサリーに関心がありそうだが自分は 木彫りや昔の二股ソケット、アフリカ系のマスクやアンモナイトの化石などがおもしろ かった。内部構造がわかるようなアンモナイトの化石も買えるような額ではあったが 先日の「琥珀」を思い出して見るだけにした。 「振り込め詐欺」や「アポ電」など世の中が騒がしい。私の友人にもそれらしき電話が 掛かってきたらしい。本当に物騒な世の中になってしまったものだ。昔の小学生は名前 を書いたハンカチを胸に付けて歩いたものだ。電話に出たらまずはこちらの名前を名乗り なさいと言われていた時期もあった。外では子供に「〇〇ちゃ〜ん!」と呼びかけては いけないと聞いたこともある。昔は小さな瓶に紙に書いた住所・氏名を入れて川に流し 日本や海外からの手紙を待つという遊びもあった。少数の悪い人間のために良い文化が 簡単に壊されてしまう。いやな世の中になってきた。ところで誰かが言っていたけど、 これらの詐欺が必ずといっていいほど「老母と息子」といった組み合わせであって「娘」 が出てこない。やはり女同士というのは変な「情」が入らない特別なものなのかも知れない。 最近「妻のトリセツ」を読んで女の「不可思議さ」を少しずつ学習している。

  骨董市  2019年3月2日

恒例の骨董市へ出かけた。日差しは春だが日陰に入ると空気が冷たい。 入口の中古ラジオ屋さんに入る。ラジオいじりの熱もちょっとさめている ので挨拶して立ち去ろうとすると写真アルバムを出してきた。自分のお父さんが 硫黄島で戦死してちょくちょく島に慰霊に行っているとのこと。民間の飛行機場が 使えなかったので50人乗りほどの自衛隊の輸送機で行ったらしい。島は錆びた 戦車などが放置されており蒸気があちこちで噴出し、硫黄ガスの匂いがすごいとの こと。民間人は住んでいなくて自衛隊が駐屯しているらしい。商売そっちのけで しばし硫黄島の話になった。 古道具を置いている店に砧(きぬた)があった。店のオジサンと話がはずむ。砧は 今では本来の使い道は無いがショーウィンドウに帽子やネックレスを陳列する使い道 もあるとのこと。一斗枡の中に太い麺棒のようなものがあった。お米を枡で計るとき にこの棒で摺り切りぴったしに使うものらしい。小さな枡であれば手のひらが替わり をしてくれるが一斗枡になると手のひらでは追いつかないからとのこと。 「くろまめ」の着ている服を触って裏返して褒める人が数人いたとのこと。そういう 服を売っているオバサンは通りまで出てきてひとしきり褒めちぎっていた。パッチワーク で使われている生地が大正時代のものだとか生地が良いとか言っていた。帰り際にも 丁寧に大切にしてね〜とか洗うときは手洗いで〜とか叫んでいた。 土器のかけらが売られていた。かけらを3個買った。たまたま近くを通りかかった学者風 のひとが、これは千葉県の阿玉台貝塚のもので土に雲母の粉が混ざっているのでキラキラ 光るのが特徴とのこと。確かに日にかざすとキラキラしていた。五千年ほど昔のものらしい。 さらに歩いていくとテーブルの上に昔風の写真アルバムが10個ほど置いてあった。 パラパラ開いてみると白黒写真や色あせたカラー写真。写真の四隅を差し込んで固定する 昔風のアルバムだ。和服での集合写真から洋服での集合写真まで時代の移り変わりを感じ させる。皆、へえ〜、誰がこんなもの買うのかしらと言いながら通り過ぎてゆく。断捨離 か遺品が流出したものと思われるが人生の結晶でもあるアルバムがこんな場所でペラペラ めくられて千円で売られている。少し悲しい気分になった。 くろまめは財布を買った。また磨くものが増えて嬉しそうだ。

  南岸低気圧  2019年2月11日

ここ数日は春の雪が降っている。気象庁によるとこの時期の関東地方の雪はほぼ100% 南岸低気圧のせいだとのこと。娘の誕生した日も横浜は雪が積もっていた。南岸低気圧が 通過していたのか。当日の天気図はどうだったのか。 パソコンで検索してみると昔の天気図が閲覧できるサイトがあった。1883年3月1日 以降の天気図を見ることができる。娘の誕生日を入力すると天気図がでてきた。確かに 典型的な南岸低気圧が通過していた。 面白い。さらに1883年の天気図を見てみると観測所の数が少なくてかなりシンプルだが 天気図になっている。終戦の日も世の中ドサクサだったと思うがちゃんと天気図ができていた。 私が生まれた日の上空はゆったりとした移動性高気圧におおわれていた。 100年以上もの間、一日も欠かさずに天気図を作り続けたプロ魂に感動した。

  カレンダー  2019年1月12日

暮れにカレンダーを買った。毎年のことであるが紙質がザラザラで鉛筆で記入できるもの、 メモ欄が数行あるものを買った。そして誕生日だの畑の予定などを記入して壁に掛けて 眺めていたが、何故か違和感があり落ち着かない。理由がわからないで何日か経った。 あっ、そうかいつもは一番左にある赤い日曜日が一番右側にきている。「毎日が日曜日」 で日曜日の位置などあまり関係ない生活を送っているのに長年の刷り込みによって脳が 無意識に違和感を感じていたようだ。 調べてみるとヨーロッパではかなり以前から「月曜はじまり」に統一されていたようで 日本でもビジネス界では「月曜はじまり」が多いようだ。確かに週休二日制であれば週末に 土曜日と日曜日が隣り合っていたほうが予定が書きこみやすいだろう。シニアは昔ながらの 「日曜はじまり」が好みらしい。

  麦踏み  2019年1月8日

暮れに作った黒檀の土偶が皆に「おもしろい」と言われ気をよくしている。2体は もらわれていったが新年も張り切って作りたい。 孫とおもちゃ売り場に。テレビや雑誌のコマーシャルを見ていて買いたいものは既に 決まっている様子。そのひとつが電池式電動ドライバーでプラスチックのネジを絞め たり緩めたりしながら組み立ててゆくもの。スイッチで回転方向を逆にできるなど自分 の持っているミニルーターができないこともできる。接着剤を使わないので何度もネジ を緩めて再利用できるところが現代風だ。 もうひとつのオモチャもパーツを組み合わせて大人でも使えるようなバッグを作るものだ。 これも接着剤を使わない再利用可能なものだ。我々が小さいころに遊んでいた薄いボール紙 を折ったり糊付けしたりして作ったオモチャと比べると隔世の感ある。 母娘3代の麦踏み。「くろまめ」以外は誰も実際に麦踏みをしたことのないはじめての経験。 程度がわからないので心配で後日おそるおそる見に行ったら倒れていた苗が立ち上がっていた のでひと安心。 部分日食が見れるというので納戸からレスキューシートを引っ張り出した。何年か前の 日食観測のときに使ったらきれいに見えたのだ。ところがシワシワになっていてうまく 見えない。替わりのものをいくつか試してみたが明るすぎたり暗すぎたり丁度良いものが 見つからない。そこで真空管を思いついた。昔の真空管はガラス管の内側に銀色の金属を 蒸着させているのだ。どこかに最適ポイントがあるに違いない。スマホのカメラの部分に 真空管をかざして回転させたりずらしたり。光が乱反射して余計なものが映っているが 何とか上半分が欠けている太陽の姿をとらえることができた。