そらまめの日記15



  ピンクと赤  2018年10月14日

骨董市でスピーカーボックスを買った。今までの真空管ラジオは角形で丸い曲線の 古いものが欲しかったところだ。中には古いマグネチックスピーカーが入っている。 4千円の値付けに躊躇していると3千円でいいよ、中のスピーカーが生きていれば それだけで1万円以上の価値があるとの口上で買うことにした。戦前のスピーカー は導線の絶縁物の品質も悪く経年変化で生きているものはほとんど無い。生きている 確率は10%もないだろう。帰ってスピーカーの導通を計ってみるとやはり断線して いた。外して以前骨董市で買って修理したマグネチックスピーカーと交換した。 真空管ラジオに接続して「昔の音」が出たところでひと段落。あとは眺めてノスタル ジックな気分にひたるのみ。 今年は台風が多かった。台風が近づくと上空の空気の流れや日本付近の海水温などを ネットで見ながら自分なりのコースや衰弱の予想をしている。海水温の色分けは低い 順に青や緑の寒色、そして黄色になりダイダイから赤になる。そしてもっと高いと ピンクになりさらに高くなると白っぽいピンクに変わる。民放の評論家たちがピンクが 赤より温度が高いのはおかしいとしばらく騒いでいた。弱々しいピンクよりくっきりした 色彩の赤が温度が高いと思いたい気持ちも少しはわかるが気象庁の基準が物理現象的には 合っていると思う。溶鉱炉などで溶けた鉄は少し温度が下がると白っぽい色から赤い色に なるし、星たちも若くて最盛期は温度が高くて白い色をしているが寿命が近づくと温度 が下がって赤い星になる。 それにしても昔はヤンボーマーボウの天気予報を見るしかなかったのが今はネットで色々な 気象情報が流れてきて予想を楽しむことができる。昔は写真のDPEだったカウンターから 2台の壁掛け時計が消えてから久しい。コダック、サクラ、フジのフィルム、どれが色が 良いかと騒いだのも昔話。DIYショップに行けば大概の修理ツールも材料も手に入る。 ネットで注文すれば日本の果てからも翌日には品物が届く。多くの情報は電線の中のパルス の送受信で目的が達成できるが、物を運ぶ運送屋はますます重要になってきている。街角で インタビューをすると「世の中便利になりすぎて人間関係が希薄になった」と嘆くひとが ほぼ100%だ。反対するひとが誰もいないのに人間関係が濃くなっていかないのも人間社会 の「不可思議」だ。

  台風24号  2018年10月2日

台風24号が過ぎていった。関東地方も記録的な暴風になるとのこと。上陸しても 勢力は衰えないし関東は進路の南側にあたる。ベランダのプランターに風対策を した。プランターの差し込む支柱は最近便利なものができていて丈夫で曲げやすく しかもローコスト。不織布は依然ロールで買ったものがたっぷりとある。不織布を 被せてテント状にした。冬山で強風にあおられてもテントの中で登山者が熱い紅茶 をすすっている姿を想像した。 予報どおりに暴風は急速にやってきた。夜中の2時ぐらいがピークだったと思う。 車には買ったばかりの発酵鶏ふんが3袋と苦土石灰が1袋、合わせて65キロほど が積んである。ひっくり返らないための多少の重しになってくれるだろう。ガラス が割れるのではないかという心配と気圧の写真を撮りたいとのことで眠れない。 気圧は976ヘクトパスカルまで下がった。ネットで見ると風速は19メートル との表示だったが、後ほどネットで最大瞬間風速を見ると31メートルだった。 朝明るくなりプランターを見てみると2台分の不織布がはがれていた。見ると固定 するために縛っていたビニール紐がずり落ちていた。プランターの形は下にいくほど 細くなっているのでずり落ちやすい構造ではある。次回からはしっかりと縛らないと いけないなと思いながらひらめいた。不織布の余っている裾を結んでコブを作れば 良いのではないか。やってみるとコブで不織布は持ち上がらないしコブでビニール紐 はずり落ちない。これがWin-Winの関係ではないか。 はがれていたプランターの若い芽はそれなりに風害を受けていたが今はリハビリ中だ。 今日は台風一過で穏やかな天気。湿度も30%台まで下がっている。ベランダの手すり を見ると何やら白い結晶のようなものが。友人からもベランダに塩らしきものが付着 していたとの話を聞いていたので恐る恐る舐めてみた。塩だ。はじめて見たのでびっくり。 東京湾の海水だろうか。それともフィリピンや台湾あたりの海水が「うなぎのたれ」状態 で混ざり合っているのだろうか。 今度は台風25号が日本を狙っているようだ。異常気象がそのうち異常でなくなる日が やってくるのだろうか。

  台風通過  2018年9月5日

非常に強い台風21号が日本列島を通過していった。日本列島の手前で方向を変えたが 予報どおりに淡路島あたりを通過し北海道の西側を北上した。いつものことながら高く なった予報精度に感心する。 我が家は台風から離れていたが「速度を上げて北上」といっていたので「吹き返し」の 風を心配していた。案の定、ひと晩風が吹き荒れた。途中で地震があり雷も鳴りの オンパレードだった。 台風の予想進路の図が気になる。あの黄色の円で表現される「強風域」だがほとんど 形式的に思える。関東は傍らをすり抜けていたときは黄色の円の中でもほとんど無風 状態だが、はるか北海道に抜けていったときの「吹き返し」のほうが強風だ。刻々と 変わる雲の衛星写真を見ていると北海道に頭のある歌舞伎の連獅子の「毛振り」のような 雲が関東にかかり、遅れてはならじと急いで本体に追いつこうとしているようだ。 本当は黄色の強風域は「たれ目のパンダ」のようになると思うが気象庁の予想図的には 美しくないのだろう。 ひと晩強風が吹き荒れたわりにはベランダの植物たちはダメージを受けていなかった。 特にケールの新芽や挿し穂したばかりのタイムは気になっていたが大丈夫だった。 先ほど水分補給完了。

  九州の旅  2018年8月24日

先週の一週間は九州の旅だった。いつもであればJRの緑の窓口で指定券を買うところ であるがお盆の時期のハイシーズンだし娘や孫も一緒ということもあって旅行会社の 窓口を訪ねた。新幹線という条件でさがしてもらったら旅行会社のチケットのワクが あるとのこと。結局、新幹線のぞみのグリーン車のチケットが入手できた。しかも 値段が安い。 初日は午後4時頃に鹿児島中央駅に着いた。レンタカーを借りて霧島温泉郷に向かう。 温泉地区に入るとゆで卵のような硫黄温泉のにおいが立ち込め温泉の湯気があちこち噴出 していた。ベランダからは噴出する湯気、遠くに海そして桜島を見ることができた。 翌日は島津家の別宅だったという歴史施設や黒酢の壺畑を訪ね宮崎に向かった。孫は ハトコたちとご対面。夜は庭で花火をした。 堀切峠からの展望は地球の丸さを感じるほどだった。芭蕉の葉をかき分けながら下り 「鬼の洗濯板」へ。洗濯板の溝は小さなプールのようになっていて小さな魚や貝がいっぱい。 孫娘が喜んで採取する。台風の余波か波が少し高かったが鬼の洗濯板のギザギザが波けし ブロックのような働きをするのか、波は近くまではやってこない。さらに南下して鵜戸神宮 に参拝した。階段やトンネルがありアプローチが長かった。お決まりの運玉投げもやってみた。 さらに南下、油津、南郷を過ぎ景色の良い海辺のレストランで食事をした。 次の日は宮崎から銀鏡へ。たまたま来ていた映画「銀鏡 SHIROMI」の撮影スタッフ。孫娘が トカラヤギと遊ぶところが撮影された。ヤギは柿の葉が大好きで、たっぷり与えるとと雑草を 食べるのをさぼるとのこと。枝付きの柿の葉を吊るしてやると背伸びして葉をむしり食べるの が大好き、枝の葉が無くなると、しょうがなさそうに人の手から葉っぱを食べる。宮崎の 郷土料理のぜんまい、シイタケ、タケノコの煮物や珍しい「クサギナ」の和え物が珍味だった。 朝起きるとヤギたちの声。小屋に近づくと上目づかいでメーメーと柿の葉を欲しがっている様子。 昼間に小屋から出て遠くで雑草を食べているときも人影を見ると顔を一斉にこちらに向け柿の 枝を持っているかどうかを確かめている様子に見える。ハトコたちがブルーベリーの実を摘んで 「くろまめ」がジャムを作った。 木城方面へ。「えほんの郷」は前回訪問した時よりも縮小しているようだった。ランチで入った 食堂は量が普通の2倍はあり「チキン南蛮」は満足できた。近くの公園でトランポリンやターザン 滑車などでハトコたちを遊ばせる。静かでよい場所だ。大人たちはベンチに腰掛け子供たちの 元気な動きを見守るのみ。ケーキ屋さんでお茶して宮崎へ戻る。久しぶりに甥っ子たちも合流して の宴となった。 翌朝8時に宮崎を出発。途中で宅配便センターに立ち寄り主だった荷物を送り返す。高千穂峡に 立ち寄る。車が混んでいるらしく第三駐車場に案内される。シャトルバスもあるとのことだったが それほどの距離でもないので歩くことにする。お決まりの場所で記念撮影。その後阿蘇山へ向かう。 高度をあげ中岳に近づく。前回来たときは緑がきれいな山肌だったが今回は山肌が崩れ緑と茶色の 縞模様状態が目立った。山頂近くにある土産物のビルは窓ガラスが壊れたままで廃墟のようだった。 軒下には火山灰が積もっていた。火口のなかの青い水と噴煙は相変わらずだった。さあ後は今夜の 宿の博多に戻るのみ。レンタカーを返す前のガソリンを満タンにする必要があるので初日に鹿児島 でもらった「博多のガソリンスタンド」の電話番号をカーナビに入れた。一路山を下る。かなり麓 まで来た時「通行止め」にぶち当たった。そういえば地震は豪雨のせいか道路工事が多い。「通行止め」 を迂回するために近辺の道路を走り回る。普通であればカーナビが新しいルートを探してくれるので あるが今回はしつこく「通行止め」の場所に引き戻されてしまう。思い切って山の中腹まで戻って やっと熊本方面へ迂回することができた。ところが高速の九州道に入るとカーナビの案内の矢印が 鹿児島方面に出ている。さすがにカーナビを無視して福岡方面に走る。サービスエリアで車を停めて 確認すると鹿児島のガソリンスタンドの電話番号を入れていた。単純ミスだ。博多の電話番号を入れ直し 発進。午後7時の返却時間には何とか間に合いそうだ。返却場所は駅ビルの屋上らしい。駅に近づく。 人も車も多い。車の合流地点は斜めに割り込んでくる車で無法地帯のようだ。詳細がわからないまま 隣の違うレーンに入ってしまったがウィンカーを点滅し手で挨拶しながら何とか入れてもらった。 予定時間10分前にレンタカーを返却。 最終日、時間があるので博多駅の土産物コーナーをぶらぶら。すごい数の店と土産物の品数。それぞれ の土産物のネーミングがユニークで面白い。これだけの店が共倒れしないほど観光客が来ているのだろう。 新幹線の車内放送は自由席の乗降客が多いので遅れないように素早く乗り降りして下さいと言っている。 自由席の乗客はグリーン車には入ってこないので静かで、つかの間の殿様気分だった。

  時計狂う  2018年8月10日

台風が房総半島をすり抜けて北上した。970ヘクトパスカルが我が町の近くまで くるというので気象好きな自分は部屋の気圧計を見たりiPhoneの気圧計を見たりと 忙しい。のろのろ台風なので夜中の最接近だったがそれでも990ヘクトパスカル どまりであった。なかなか中心が通過するというチャンスはないものだ。 愛車のカーナビが壊れて以来、選局できなくなりラジオはFM東京だけが流れている。 時計はルームミラーにはめた腕時計だ。この腕時計はクォーツで正確に時を刻んでいた。 先日見ると2分ほど遅れていた。この猛暑で車の中の温度はサハラ砂漠並み(行った ことは無いが)。さすがのクォーツも水晶振動子が膨張して固有振動数が下がったかな と思っていた。数日後に見たら完全に時計が止まっていた。お店に持っていって電池を 交換したら完全復帰。クォーツはそんなにヤワではなかった。

  縄文展  2018年8月5日

7月末日、東京で飲み会があった。普段は一緒にいることが多い「くろまめ」。 たまには一人の時間が欲しいのか午前中から早く外出してほしい雰囲気だ。ちょうど 上野の国立博物館で「縄文展」をやっているのでそれを見ることにした。以前から 縄文土器や土偶に興味を持っている「くろまめ」、一緒に見に行くことになった。 国宝クラスの土器や土偶。その形のユニークさ、素朴さ、力強さに圧倒された。当時 から漆が使われていたのにも驚いた。親子の情愛を示す土器や子供の足型などにも 感動した。 昔の仲間との飲み会。膝の骨折の快気祝いなのか納涼会なのか、ワイワイといつもより 酒の吸い込みが良かった。 友人の引越し祝いに招かれて出かける。一緒に出席する友人をピックアップして 手土産とノンアルビールを途中で調達。ひと月前に速度違反で捕まった道が近づいて きた。友人と「同じ場所でまた捕まったら笑い話だね」と笑いながら話していたら チラッと警察官の姿が見えた。その手前に道路工事の一方通行があって、そこを抜けて ちょうど加速するあたりに速度感知の機会が据え付けてあった。「連携」しているの かと疑いたくなるようなコンビネーションだった。しばらくはソロソロと走った。 一昨日の明け方、ベランダでキッキッと鋭い声がする。風を通すために網戸も開けていた。 セミが入ってきたら大変と目を開けると至近距離で物干しざおにとまってこちらを見て いるハトと目が合った。ハトも驚いたらしくすぐに逃げて行った。ハトはデーデーポッポー と鳴くのにキッキッという鋭い声だった。体もひとまわり小さかったのでムクドリらしい。 ネットでムクドリの声を聴くと似たような鳴き声だった。便利な世の中になったものだ。 引越し祝いに招かれて部屋の家具や置物のセンスの良さに刺激され、今のソファを木製の ベンチに替えたくなった。いくつかアウトレットとか家具の店をまわる。展示品でいいのが あった。在庫切れで取り寄せると何日かかかるとのこと。安くしてもらって展示品を持ち帰る ことにした。自分の車には乗らないので軽トラを貸してもらうことになった。担当者は まだ新人らしくて軽トラを貸し出すにあたっての書類手続きをベテランさんに一生懸命に 確認していた。慣れない車なので速度違反や一旦停止をしないように注意した。 何回か行かなかった隣町の骨董市へ。暑さのせいか駐車場も人も少なめ。くろまめは木を くりぬいて作ったお盆に引っかかっていた。ポーカーフェースのできない「くろまめ」は 「買いたいオーラ」をまき散らしていた。店のオジサンは3000円のところを2500円 にしてくれこれ以上は無理と言いながら早くもビニール袋を広げている。買って帰って洗い 乾かし植物性オイルを塗ったら良い雰囲気になってきた。 晩には手賀沼花火大会に車で出かけた。沼に通じる土手沿いの道路には車がいっぱい停車 していた。土手に上がって椅子に座ってみている家族も多数。とにかく大きな建物がない ので遠くからでも綺麗に見える。写真や動画はスマホで撮ったのでなかなかピントが合わせ づらかった。 最近パソコンを新しくしたが、古いパソコンのディスクを外さないまま量販店に引き取って もらったのではないかとしばらく気にしていた。あれほど個人情報には慎重でパソコンを 替えるごとにディスクを外してドリルで穴を開けたりしていたのにディスクを外した記憶が ない。ただ台車に乗せた大きなモノを量販店に運び込んだ記憶だけ残っている。 先日、北側の部屋を見たら前のパソコンがダンボールの箱に入って置いてあった。ホッとした。 歳とともに記憶が明確で無くなってきたのか。では台車で運び込んだモノは何だったのか。 パソコンに書いている古い「日記」を検索してみた。昨年かクリーンセンターにゴミを 運び込んだときに「引き取れません」と言われた古い「ウィンドウ・ファン」だった。 うっかりパソコンを処分するまえに壊れたパソコンのディスクを早めに外すこととしよう。

  台風一過?  2018年7月29日

台風12号が日本を東から西に通過していった。異例の進路ということで気象庁は 「これまでの経験が通用しない場合がある」と再三発表していたが、これは市民に 対する油断するなという注意喚起であって、気象庁が大気の大きな流れから計算した 台風の進路は予想とほぼ一致していた。観測精度があがって予報の信頼度はかなり 上がってきたと思う。 異例の進路のために雨雲が東側からやって来たせいか前日の西の空はきれいな夕焼け だった。台風が南側を通過したので北風となり植木鉢のあるベランダは平穏だった。 台風が通過してもからっとした台風一過の青空とはならずに湿った南風になった。 湿った南東の風があたる山の側では雨量が多くなり山越えの日本海側ではフェーン現象 で気温が上がっている。予報の信頼度はかなりのものだ。 精度といえば宇宙の惑星探査機でもスイングバイを利用したりイオンエンジンを利用して 何年もかけて目的の小惑星にぴったりと近づく技術には驚かされる。宇宙の営みも天気も 規模は違うが物理の法則で動いているので計算が可能なのだろう。深海1万メートルあた りの人知れず進化してきた生物は計算では導き出せない不可思議だらけの世界のようだ。

  ニンニクむき  2018年7月16日

先日のラッキョウむきに続いてニンニクむきだ。畑で作ると見栄えの良いニンニクと 人には差し上げることができないような小粒のニンニクがいっぱいできる。家での 料理にはそのようなB級品から使ってゆくが処理しきれないほどある。こういうものは むいて醤油漬けにしている。昨年はニンニクの汁で指が痛くなったので昨日は手術に 使うようなゴム手袋をしてむいた。今日はめんどうなので容器に水を用意して洗いながら やれば良いのではと思いながらやったがニンニクの強さにはかなわず結局ゴム手袋を することになった。畑でできたものはもったいないので綿棒の先みたいに小さなものまで むくのでニンニクの汁の指への刺激はかなり強い。 一昨日、夫婦でスマホの機種変更をしてiPhone8とiPhone8-plusになった。前のiPhoneに蓄積 されていた写真やデータを移行してフィルムを貼ってケースに入れて一段落。契約の日に カウンターで「ここで働いている方たちのスマホはやはり自社の契約なんでしょうね」と 聞くと「そんなことはありません。色々ですよ」とのこと。私が現役の頃は車のメーカー に営業に行くときは、その会社の車でないと駐車場に入れてくれないとか、時計メーカー に営業に行くときはそのメーカーの腕時計に替えて行くとかしたものであるが・・・。

  40キロ制限  2018年7月6日

先日、速度違反で捕まりました。水彩画の展示会を見たあと8月の旅行の相談の ために旅行会社の窓口に向かっていました。その後は膝のリハビリの予定。 いつも通っている直線道路。周りは葦が生えているばかりの場所だ。前方に旗を 掲げた人が現れた。工事のオジサンかなと思っていたらわき道に導かれた。速度制限 の標識を見ていましたか、何キロで走っていましたかと聞かれたが標識は見ていないし 速度メーターも見ていなかったのでそのように答えた。40キロ制限のところを62キロ で走っていたとのことであった。15000円の罰金。数年前に「一旦停止」で捕まって からは「一旦停止」標識は気をつけて見ていたが「速度制限」の標識は注意して見て いなかった。昨日今日はさすがに速度制限の標識を意識してプラス10キロぐらいで走行 した。 オーム事件の死刑が執行されひとつの区切りがついた。地下鉄サリン事件のときには自分も 霞ヶ関に通勤していた。当日は母の誕生日ということで休みをとり家族で房総方面に旅行を していた。カーラジオでニュースを聞き、休みをとっていなければ巻き込まれていたのでは ないかと家族で話したものだった。 事件は平成が始まった頃であったが、その平成も終わろうとしている。

  味の記憶  2018年6月24日

チーズといえば最近はゴーダチーズをブロックで買い求めよく食べているが 先日チェダーチーズを買った。こちらもコクがありビールのつまみにはなかなか 良いものだ。「くろまめ」が昔行った「ルパン」でおつまみに出たと記憶していた。 昔はなんでも経験したくて銀座の「銀巴里」や「ルパン」にもいったりした。 太宰治で有名なバー「ルパン」。そのカウンターに座ったりした。「くろまめ」は そのときに出たチェダーチーズを食べた時の冷たい感触まで覚えているという。 以前から昔買ったものの値段とか人の顔を良く覚えているので驚いていたが舌の 感覚までとは驚いた。大雑把に生きている私には驚くばかりだ。 数日前の膝の検診で松葉杖は使わなくてよいこととなり返却した。ギプスは引き続き 着けてくださいとのことだった。診察後リハビリステーションに行った。膝の骨の 周りを指先でコリコリと探っていた。骨の状態や腱の状態がわかるとのこと。太もも の太さを計り膝の骨のすぐ上は腫れているので右足が太目だがもっと上はむしろ右足 のほうが細めとのこと。右足は運動していないので筋肉量が落ちているとのことである。 分度器のようなもので膝の曲がり具合を計り、曲がりにくくなっているのでリハビリで もとの状態までもっていきましょうとのこと。立派な太ももをしてますねと言われながら のマッサージはなかなか気持ちの良いものだった。患部は冷やしたほうが良いとのこと で氷水を入れたゴムの袋をマジックテープで巻き付けるような道具で膝を冷やした。 ここでもマジックテープが大活躍していた。 ギプスを外して車を運転して映画を見に行った。脚を伸ばしたかったがまっすぐ伸ばす だけのスペースが無く膝を折り曲げていた。完治していないせいかやはり家に帰りつくと 膝の周辺がむくんで熱っぽい。リハビリセンターで松葉杖をやめると膝に負担がかかって むくんだり熱をもったりすることが多いのでそのときは冷やしてくださいと言われたことを 思い出した。食料品を買ったときの生ものを冷やすための氷の入ったビニール袋があった のでこれを流用してみた。なかなか良い。氷が解けたので冷凍庫から枝豆の冷凍食品を 取り出した。結露するのでタオルを間において膝を冷やした。じわじわと冷気が伝わって くる枝豆もなかなか良い。小豆を袋に入れて温めて患部を温める商品があるが、それの 冷却版だ。

  日にち薬  2018年6月13日

ギプス、松葉杖生活が続いているが内出血の痕跡もだいぶ薄くなってきた。 「日薬(日にち薬)でだんだん良くなるよ」と励まされた。西日本では 割とポピュラーな言葉らしいが東日本人の自分としては聞きなれない言葉だ。 骨折など、良い薬を飲んだり手術したりしてもある程度の日にちが経過して 自己治癒能力にお任せしないと治らないときに慰めの言葉として使うらしい。 確かに高い薬で治療したから半分の日数で治ったという話は聞いたことがない。 失恋の病なども時が解決するしかないと「人生相談」の記事で見たことがある。 睡眠時間が半分でいいですよという薬も聞いたことがない。 いくら科学が進んでも人の体にかかわることは「日にち薬」の領域のようだ。

  膝、その後  2018年6月8日

昨日は膝の再検査で病院へ。病院への循環バスの停留所まで松葉杖。それほど 長い距離ではない。松葉杖の使い方もだいぶ慣れてきたとはいえ普段は使わない 腕の筋力勝負だ。車イスなどを使わない限り「エネルギー保存の法則?」で 足の負担が減った分腕に負担がくる。循環バスで病院到着。 この一週間自分の脚を観察していると内出血が原因と思われる「模様」がふくらはぎ に現れた。昔からふくらはぎの筋肉は第二の心臓と言われているらしいので足首 を動かしふくらはぎの筋肉を動かしていたら期待どおりに「模様」は退散したようだ。 数日経過すると足首やくるぶしから下のほうに青黒い色素が溜まりだした。血液の 比重の重い成分が重力の法則に従って下に降りてきたに違いない。手で揉んだら すぐに消えると思っていたがこれはしつこく居座っている。ちょうど味噌汁のお椀 をほおっておくとみその成分が下に沈殿するようなものと思う。脚の血液やリンパ液 はもっとダイナミックに循環していると思っていたがそうでもないらしい。 前回の診察で内出血が多いようなので見えないところで骨折している可能性が あるとのことだった。まずがCT検査。ベッドに横になると看護婦さんが「まぁ!」 と心の中でつぶやいたようで枕を20センチほど移動する。次に右足は伸ばして 左足は折り曲げて下さい、とのこと。折り曲げると動いたときに左膝が検査機の 丸い輪にぶつかってしまう。伸ばすと左足が検査の視野に入ってしまうようだ。 何度か繰り返してやっと位置が決まり足にストッパーのようなものがあてがわれた ようだ。それでも本番のときに少し左膝がぶつかった。 結果、膝の骨と骨のすり合わせの部分が骨折していて、じん帯が損傷しているとの こと。さすがに「輪切り画像」の威力はすごくて見えない所まで見えた。あと 2週間は今までどおりのギプス、松葉杖の生活で様子をみることになった。 一週間の間「別居」していた車を自分の駐車場に戻したい。畑もしばらく行って いない、ニンニクの収穫もしたい、様子も見たい。車で帰りたい。医者には聞けない。 こういうときは自分で理屈を付けるものだ。痛みは無いので薬は出ないことになった。 医者が患部のテーピングを外した。風呂に入っても良いと言った。脚をあまり動かさ ないでいると「エコノミー症候群」の心配は無いのか。アクセル、ブレーキは足首を 動かすが膝の負担は少ないのではないか。結局ギプスを外して運転して帰った。 畑は数日前にまとまった雨が降ったので湿気は十分だったが草が伸びて「自然農法」の ようだった。作業と写真撮影は「くろまめ」に任せて自分は車内待機とした。 アメリカニンニクは先に収穫したホワイト6片と中国ニンニクと一緒にベランダに 集合した。車は駐車場に。2週間後の病院行きは車で行くことになると思う。 車を運転して帰ったあとは特に変化は無いが反省の気持ちでギプスのマジックテープ を若干強めに締めている。

  夢  2018年6月3日

先日夢をみた。オンボロの2両編成の気動車にのっていたらある街に着いた。 10名ほどが入れる大衆食堂。中華丼をたのむ。このときの自分は帰りの時間 が気になる状況だ。厨房でいくつかぼ料理を作った店のオヤジはこの後客の フロアに出てきてテーブルに突っ伏して休憩に入る。自分の中華丼もまだできて いないのに。隣の客もまだ料理が来ていないので聞くと「料理を注文しないで 座っているだけのときもある」と訳の分からないことを言う。帰りの時間が気に なるのでオヤジに急いで中華丼を作ってもらう。出てきたお皿を見るとライスが 30センチぐらいの高さに盛られている。ひとが急いでいるのを知っておちょく っているのか。でもひと口だけでも食べようとスプーンを差し込むと金魚すくい の溶ける容器のようなライスペーパーでできたような張りぼてライスだった。 スプーンで空いた穴から中を見ると小人の火祭りのような火が燃えている。 「インスタ映え」すると思ったのかスマホのカメラを近づけて中の火を撮ろうと する。スマホのケースに火が燃え移る。コトがおさまり駅に急ごうとすると店の オヤジが寄ってきてお詫びのつもりなのか宝くじや外国の銀貨、化粧水の瓶などを じゃらじゃらさせる。何かを貰ったのかどうか思い出せないが急いで駅に向かう。 まあ支離滅裂な夢だった。「夢」とはいっても格調高い将来への希望・願望とは 大違い。昔からドラマなどで新入社員に「将来の夢は?」などと聞くことに不思議さ を感じていた。調べてみると昔からの日本語の「夢」の意味は眠っているときにみる ユメや儚いといった意味しかなかったらしい。明治時代に英語の「dream」が入ってきた ときに、眠った時の夢と希望・願望という二つの意味があったが皆一緒くたに「夢」 という訳語を与えてしまったらしい。 ともあれ夢はよくみるほうだと思うが「列車」はよく出てくる。遠くの街に迷い込んだ ような状況になり都心の交通網になんとか早く戻ろうとするパターン。帰巣本能か。

  久しぶりの病院  2018年6月1日

一昨日は車検完了の日。車を引き取りそのまま「くろまめ」を乗せて買い物へ。 車を降りて駐車場を歩いていると車検の間に借りていた「代車」と同じ型の車が 駐車していたので「これだよ」などと「くろまめ」に説明しながら車のキーを 肩掛けバッグにしまおうとしていた。そのとき隣を歩いていた「くろまめ」の足 とぶつかりバッタリと前に倒れた。右ひざと右目の上を少し打った。すぐには 立ち上がれなかった。守衛さんがとんできて救急車を呼びましょうかと言ってく れたが20秒ほどかけてやっと立ち上がり大丈夫ですと応えた。「くろまめ」は すぐに病院へ行ったほうが良いと言うが何とか歩けるので簡単に買い物を済ませて 家に帰る。 翌朝、右足の膝が腫れて歩くとかなり痛い。さすがに病院へ電話して救急車をお願い すると救急車は別途電話してください。また救急車の場合はどこの病院へ連れていか れるかわかりません、とのこと。タクシーをたのんでも一階までは行く必要がある。 だったらあと数メートルのところへ自分の車がある。結局杖をついて自分の車に 乗り込む。乗ってしまえばアクセルとブレーキ操作は大丈夫だった。 病院でX線検査をするとヒビらしきものは顕著に確認できないが腫れているので水を 抜きますとのこと。注射器3本の水を抜いた。お医者さんが言うにはこれだけ水が 溜まっているので見えない所が骨折している可能性がある、一週間後にCTの再検査と いうことで膝を固定する器具を装着された。昔は石膏で固めた姿をみたことがあるが 今どきのものはマジックテープのお化けのようなものだ。看護婦さんがズボンをめくり あげながら「ちょっとズボンがじゃまになりますね」と。そのときひらめいた。はいて いるズボンはジッパーを外せば半ズボンになるタイプだった。看護婦さんに伝えると なるほどという感じで片側を半ズボンにして器具を装着してくれた。 その後リハビリセンターで「松葉杖」の使い方を教わり松葉杖を借りた。松葉杖の使い方 の実技は思っていたより丁寧だった。「くろまめ」は他に患者がいないので一部始終を ビデオにとっていた。 ちょうどこの日来客があり一泊することになっていた。入院はなく自宅に帰れること になったのでお客に予定通り来訪してくれるようにすぐに電話を入れた。 膝をしっかりと固定されたのでさすがに自分の車は運転できずタクシーを呼んで自分の 車とは一週間の別居となった。看護婦さんにアルコールを飲んでも良いか確認すると、 酔っぱらってまた転ぶと大変だから飲まないほうが良いとのことだったが自宅でしっかり と椅子に座って体を安定させて久しぶりに再会した来客とビールの宴となった。 最後に倒れたときの考察。多分ほとんど手を着かないで直角に倒れたと「くろまめ」。 なぜ手が出なかったか。老化現象で反応が鈍くなったのと、転ぶときでも車のキーを しまうことの優先度を変えない頑固さ、と「くろまめ」説。「そらまめ」説は転んだ ときに代車と同じ車に注目していたので倒れてゆく途中でも地面が迫ってくる場面が 見えなかったのでは。いくら老化していてもキーをしまおうとしていても地面が迫って きたら反射的に手を出すものだ。 それにしても久しぶりの病院で久しぶりの注射針。一本目のチクッは覚悟していたが医者 が注射器もう一本と言ったときは見えないながら2回目のチクッがあるかなと緊張したが 注射器本体だけを替えたようでチクッはなかった。3本目の声が聞こえたが繰り返しと思い 緊張はなかった。

  パソコンラック  2018年5月24日

最近新しいパソコンラックを買った。今までのラックはモニターがCRTの時代の もので2000年頃以前に買ったものと思われる。フレームはしっかりしているが 奥行きが長かった。新しいラックは奥行きが短くなりスペースの節約になる。古い ラックはベランダに出して作業台となる予定だ。 ラックを組み立てた後、ケーブル類はなるべく外さないで機器を移すことにした。 最近の装置はほとんどがACアダプター付きになっていて余分な箱が増えている。昔は 100Vのコードを電源に差し込むだけだったのでシンプルだった。これを機会に全て のACアダプタをラックのフレームに固定したのでケーブル回りがスッキリとした。 古いラックに固定してあったテーブルタップ。粘着テープで固定していたのだが全面の 強力粘着テープと経年変化でびくとも剥がれない。マイナスドライバを隙間に差し込んで 抉ってみたがテーブルタップのプラスチックが壊れそう。シンナーかベンジンを流し込ん でみようかとも思ったがこれも危険そうだ。ふと思いついた。カッターナイフを隙間に 差し込んでノコギリみたいにゴシゴシすれば分離できるのではないかと。予想どおりの 結果となりテーブルタップは簡単に分離できた。 今までの機器はコンパクトに収まり新しいラックは快適に機能している。ベランダの新し い作業台で木材や金属の切りくずが部屋に散らからないようになるのと「干し場」が増え たので「くろまめ」は満足気である。

  レトロ好き  2018年5月18日

骨董市で昔の「ハカリ」を買った。ただ眺めるだけだが小さい頃の銭湯の体重計や 行商のおばさん達の使っていたサオバカリなど、懐かしい「記憶の旅」のきっかけ になる。一升ますは見たことがあったが一斗枡は始めてだった。丸い形なので最初は おひつみたいなものかと思っていたが口切いっぱいで一斗ありお米などを計っていた らしい。これは眺めるだけではなく入れ物として使っている。 先日は友人の引っ越しのお手伝いに行ってきた。家具のほとんどが手作りで分解でき ないものが多く引越し屋のお兄さんたちが搬出搬入に知恵をしぼっていた。大きな木の 切り株がいらないとのことなので喜んで貰って帰った。この頃木の切り株が欲しくてさが していたところだった。重い。一人では抱えきれない。やっと台車にのせて持ち帰った。 裏からみると臼だったらしい。存在感がある。いっしょに貰った形の面白い台は木が古く 少し傷んでいたので削りなおした。古い木なのに切り口からは爽やかな香りが立ち上がった。 蘭奢待(らんじゃたい)を思い出した。4本脚で支えているので長さの調整が大変だ。 笑い話で椅子のバランスをとろうとして足をカットし続けたら短くなってしまった、という のがあるがまさにそのとおりになった。三脚はありがたい。四脚は難しい。 戦前の真空管ラジオも鎮座していて、我が家の狭い「工房」は物置になりかかっている。

  たからくじ?  2018年4月15日

先日買い出しに出かけて分かれて買い物をしていたら「くろまめ」からスマホに連絡が あり珍しく宝くじ売り場に居るという。申し込み用紙に5枚と書いて申し込んだのに 1枚しかくれないのだという。見てみると今まで見たこともない用紙に数字が並んで いる。明らかに過去に購入したことのある「宝くじ」とは違うものだ。 私も知識がなかったので帰ってパソコンで調べてみた。用紙に「BIG」とあるので間違えて 「サッカーくじ」を買ったようだ。5枚申し込んだのに1枚しかくれないと言われた窓口 のおばさんも半ばあきれ顔だったらしい。これまで我が家は普通の宝くじしか買ったことは なくサッカーくじの知識は皆無だった。調べてみて大まかな仕組みは理解できた。 本日は当選発表日。ひと目で当たっていないと分かったが念のためにパソコンに照会番号 というものを入れてみたら詳細をアニメーションで丁寧に教えてくれた。結果は「残念」。

  パソコン顛末記  2018年3月20日

いつものようにパソコンをいじっていたらカーソルが動かなくなった。マウスは 先日新しくしたばかり。そのうち画面に乱れが。一旦電源を落として再投入しよう としたが数秒で切れてしまう。前回冷却ファンのゴミを掃除して復活したばかり なのできれいだが、買ったばかりの「エアダスター」を噴射、コネクタの抜き差し をしてみた。復活せず。素人ができることはこれぐらいだ。相当長く使っていた ので買い替えることにした。 早速電気店に行く。デスクトップ型はあまり陳列されていなかった。海外のもので コストパフォーマンスの良い製品があったのと説明員の感じが良かったので即決。 Windows7からWindous10にOSが新しくなったので操作に少し手間取った。データの バックアップは1か月前にとっていたのでそれを取り込んで少し復活。ただ1か月 の間にほぼ毎日更新していた「ホームページ」のデータは無くなっている。困った ことになったと思ったが、アップロードするときに使っている「ファイル転送ソフト」 を逆方向に利用する「ミラーリングダウンロード」を思いついた。転送ソフトの設定 が終わった時点でトライ。ホスト側からローカル側への最新データの「吸い戻し」に 成功した。 長年の間に蓄積してきたデータファイルの数々が「強制断捨離」ですっきりした。 重要なパスワード群の入ったファイルはバックアップしていたから良かったが消滅 していたら大変なことになっていた。冷や汗ものである。電子ファイルは印刷して 保管することにした。

  修理&修理  2018年3月15日

長年使っていた台所の蛍光灯のスイッチが故障した。元々は紐を引っ張るごとに 点いたり消えたりするSWだったが、あるときからペンダントSWに交換して いた。そのスライド押しボタンのバネがゆるくなりスカスカになってしまった。 早速近くのDIY店へペンダントSWを買いに。涙型のものを探したが風情の無い 「都こんぶ」型しか入手できなかった。 100Vがきているところなのでブレーカーを落とす。元々の涙型を開けて見ると コードの先に端子が付いている。楽に交換できそうだ。ところが端子が大きすぎて 新しいSWのフタがしっかり閉まらない。いじっているうちに片方の端子が取れて しまった。しまった!あたりは薄暗くなってきていた。南側電灯ブレーカーを 落としたはずなのに何故かコンセントまで電気が来なくなっていたのだ。工事屋 さんの配線ミスがあったのか。半田付けが必要だ。隣の部屋から延長テーブルタップ で何とか半田ゴテは温めることができた。いよいよ暗くなってきたので「くろまめ」 に懐中電灯で照らしてもらいながら半田付け完了。ブレーカーを入れて修理完了。 次は灯油ファンヒーターだ。「換気エラー」で頻繁に停止するようになった。 シーズンの初めにはファンの回りや中のほうのホコリは掃除しているし部屋の換気 をしてもエラーになる。2002年製だから相当長く使っているヒーターだ。掃除 の時に毎年気になっている部分が一箇所あった。背面の下に小さな空気取り入れ口 があり掃除機もハブラシも綿棒も入らないので掃除できていない部分があるのだ。 ネットでマニュアルを見ると「気化器」に空気を取り込んでいる窓と思われる。これ は重要だ。エラーに関連がありそうだ。細いノズルを挿し込んで見えない所にあると 思われるホコリを吹き飛ばすしかないようだ。 DIY店でカメラレンズのゴミ掃除に使われるイチジク浣腸のような「エアブロアー」 を入手して先っぽに細いビニールチューブを付けてパコパコやれば良いのではと思い 出かける。探していると「エアダスター」というスプレー式で空気がジェットのように 噴射できるというものが見つかった。値段も安い。決定。早速ノズルを挿し込んで噴射 すると面白いように綿ボコリが飛び出した。一件落着したようだ。まだまだ使える。

  絶対音楽  2018年3月9日

最近は作業をしながらインターネットラジオから流れるBGMを聴くことが 多くなった。数多くのチャンネルから選べば無料で特定のジャンルの音楽が 流れるのだからありがたい。その都度自分で曲を選ばなくても「おまかせ」 で流れてくるのも心地よいものだ。古典音楽やバロック音楽に多い音楽その ものを表現するものを絶対音楽と言い、現実世界の何かを音楽で表現するもの を標題音楽というらしい。ネットで調べると作曲者のみが付ける題名を「標題」 と言い誰でも付けれるのが「表題」と言うらしい。ショパンの番組で、絶対音楽 として人々に感動を与えたいのに「表題」を勝手に付けられることを心地よく 思っていなかったとあった。自分の絶対音楽に変な先入観をもって聴かれたく なかったのだと思う。 現在の歌詞をもつ音楽はほとんど「文学的表現」とのこと。お経や詩吟なども 言葉が最初にあったのかな。言葉が介在しないと純粋な音楽だけでは「感動」 できない時代になったということか。 そういえば「表題」をつけて勝負しているものが結構あると思う。お菓子や さんで「創業300年」とか、西洋レストランで有名シェフと肩を組んだ「写真」 を飾っているとか、ブランドもののドレスとか、大間のマグロとか。大脳の 表面で理解する味覚や視覚は「表題」でだまされることもありそうだが脳の中心 で感じると思われる音楽は感覚的で「だまされにくい」のではないかと思われる。 ネットでいろいろ調べていると偶然に新しいキーワードに遭遇することが多い。 「困難は分割せよ」(デカルト)が目に入った。

  草木萠動(そうもくめばえいずる)  2018年3月1日

朝方に風雨が強くなったが思ったより早く天気が回復した。九州の西にあった 低気圧の卵が予報どおりに発達して関東を通過して北海道方面に抜けた。 「ヤン坊マー坊天気予報」の頃に比べて近頃の予報は良く当たるようになった。 気温が20℃ぐらいにあがり久しぶりに北側と南側の窓を開けて空気を通した。 今まで身を潜めて寒気に耐えていたタイムも若い芽を伸ばしてきたようだ。種蒔き の時に粗い粒子と細かい粒子の土に蒔き分けてみたが粗い粒子のほうが顕著に生長 が良かった。土に隙間があり根が生長しやすかったためと思うが、その後は細かい 粒子の土のほうが盛り返して追い抜いた。粗い粒子だと根に栄養が行き渡らなかった ためなのか。人間の離乳食も必要な時期はあるが大きくなったときは間に合わない ようなものか、と勝手に解釈している。 昨年収穫したワタの種とりをした。自作の「種とりローラー」は使い勝手がイマイチ なので手作業と決めた。ワタの種はマンゴーのように繊維がしがみついている。完熟 で摘み取ったワタは種の回りに繊維がいっぱい出来ていて比較的種からはがれ易いが 未熟な状態で摘んだワタは無念さがあるのか繊維の「しがみつき度」が大きかった。 根気のいる作業だがやっているうちに雑念が遠のきスピーカーから流れるクラシック を聴きながらよい気分に。そのうちに指先が少し痛くなってきた。筋肉は痛くないが 歳をとると数日後に筋肉痛になるらしい。途中で作業を終了した。

 ついにインク交換  2018年2月22日

昨年の暮れごろからプリンターのインクに3色に残量警告が出ているのに ケチケチモードで使い続けていたがついに交換することになった。良かった のは印刷している途中ではなく印刷前に「1色要交換」のメッセージが出た ことだ。でも「黒色のみの印刷は可能」と親切なメッセージが。ここまで親切 にされるとこれ以上プリンターに迷惑は掛けられない、ということで3色の カートリッジを交換した。 買物に出かけることになり灯油タンクのひとつに灯油があと数センチ残って いることに気が付いた。満タンがもうひとつあるので急いで補充する必要は 無いのだが、ひと缶開けて買物ついでに補充したい想いがムクムクと沸いてきた。 タンクの残りの数センチを灯油ストーブのカートリッジにポンプで移した。 まだ残っているので別の予備の灯油ストーブのカートリッジにも「安全基準」の 目盛りを超えるほどにポンプで移した。悔しいことにまだ残っている。ここまで くると意固地になっている自分がいる。隣の満タンのタンクの少しの「余裕」に 逆注入を実行してしまった。もちろんあふれ出ることには最新の注意を払って 液面を確認しながらゆっくりと逆注入・・・、したつもりだった。ところが 中でボコッと大きな泡が発生したらしく大量に灯油が溢れ出てしまった。始末が 大変だった。「不要不急」の灯油買いにこだわり過ぎた顛末だった。

 人工知能?  2018年1月31日

はやくも一年の十二分の一が終わろうとしている。歳をとるほどに時間の 過ぎていくのが速い。寒さのせいでタイヤのなかの空気が縮まったのか、 タイヤが少しエアが足りないように見えたのでエアを補充した。タイヤの キャップを4箇所締めたせいか指先が少し痛い。こういう「ネジもの」は 苦手だ。どこまで締めたら良いのか不安になり、ついつい締めすぎてしまう。 近頃はAIとか車の自動運転とかの話題が多く聞かれる。家電の電気炊飯器 やエアコンまでAI制御だというからAIのインフレ状態みたいだ。確かに 多くのサンプルを覚えこませることにより作業の手順を変えてゆくといった 点ではこれまでのプログラミング手法とは違うが、人間がコントロールして いる手法は違うがプログラミングの範疇であることに違いはない。「人工知能」 などというネーミングにしたために人間の最期の尊厳である「知能」を超えて しまうのではないかという議論になってしまう。顕微鏡にしてもブルトーザー にしても人間の能力を超えているものはいっぱいある。 AIでの音声認識や画像認識の進展はめざましいものがあるが、車の「自動運転」 にAIを使ってという話になると、AIを評価し過ぎではないかと思う。現在の センシング技術を使って車の「運転支援」ということであればありえるが完全な 「自動運転」はありえないと思う。自分の車の位置や周りの障害物の位置を知る ためにはGPSや画像やレーザーによる高度なセンシング技術が必要だが現在の 技術では雪や雨といった天候によって使い物にならなくなる。センターラインが 消えかかったり落ち葉で隠れたりすると画像として認識できなくなる。車の色も 黒っぽいとレーザーの反射率が悪くなる。レーザーを強くすると認識率は高くな るが人間の眼に入ると網膜がダメージを受けるなど技術的課題は大きい。その 技術的な不完全さをAIで補完しようとしているらしい。AIを過信しすぎている のではないかと思われる。 「自動運転」は非常にクリーンで理想的で限定的な環境でのみ可能であり、現実的 な道路状況では不可能と思われる。そのように不完全な機能でありながら「勇み足」 で公道に現れたりしたら生死にかかわることであるから危険極まりない。せいぜい AIは生死にかかわりない将棋、音声認識、画像認識、電気炊飯器などにしておいて 欲しいものだ。

 高村光太郎  2018年1月14日

昔の写真を引っ張り出してきてスキャナーで取り込んだ。「記録」は捨てる ことが出来ない性格なのでその量は膨大だ。選別しながら4枚ずつスキャナー に並べて取り込む。自分や家族の半世紀の記録が何の変哲もない箱の中に詰ま っている。そのうち忘れ去られてしまうのだろう。数年前にフィルムの控えを カッターで切り刻んで断捨離したが自分としては思い切ったことをしたものだ。 車の運転が好きなので家族であちこち旅をした。高村光太郎の足跡を訪ねて 九十九里、福島、二本松、花巻、十和田湖に出かけた。智恵子の「切り絵展」 があれば出かけたりした。高村光太郎や智恵子に関する本を自分のライティングデスク に並べ一人で光太郎の世界を楽しんだ。 新聞にたまたま光太郎の記事が載っていた。戦後岩手の田舎に疎開して粗末な 小屋に住み野菜を作り、詩を作り、彫刻をして晩年を過ごした。その小屋を訪ね たときの写真が出てきた。以下は以前にこの旅行のことをアップした文章だ。 ***************************************************************************************************  1999年の8月に家族で北東北へドライブ旅行。常磐、磐越、東北の高速を走り花巻インターでおりる。 高い建物がないので空が広い。高村光太郎が住んでいた住居跡へ。家の後ろは小高い崖になっていて 大きな木が家に覆い被さる。詩集の中で「木の実が落ちてきて屋根を鳴らす」といった場面があるが その様な情景を彷彿とさせる。近くに記念館があり縁のある品々が展示されている。光太郎は手足が大きいと いうことは本の中でたびたび紹介されていて大きな長靴の写真もあったが、まさしくその長靴が展示されていた。 *************************************************************************************************** (1999年8月撮影)

 「五草がゆ」  2018年1月7日

年が明けてから早7日経った。ベランダのハーブを入れても七草にならぬ 五草がゆを食べて正月気分はほぼ終わった。追加の年賀状が必要となり スーパーやコンビニに行ってみたが5日に販売終了とのこと。8日以降は 追加料金が必要との事情から締め切りを早めたのではないか、とコンビニ のオバサン。ネットで調べたら郵便局でも5日締め切りとのことなので 諦めて普通のハガキにすることにした。 3日にやってきた孫娘たち親戚と会食。近況を報告しあう。大晦日に見た ビートルズの特集が耳を離れずカラオケに行ってもビートルズ三昧となった。 孫娘は英語は読めないがカタカナを読んで上手にリズムにのっていた。 スポーツ音痴の自分はスポーツ用品店に行くことは滅多に無いが幼稚園の スキーツアーでウェアが必要とのことで付き合い最近のスポーツ用品事情 を覗き見た。普段は行かないちょっと高めのイタリアンを堪能する。 悲しいかな運転手はノンアルコールビールとなる。 観察して一気描き。くろまめおばあちゃんを描いたものだが額のシワもよく 描けている。眉の位置も目の状態もなかなかいい。 帰る間際にiPadで遊んでいた孫娘に母親が「トイレ済ましておきなさいよ」と 言うと、iPadが「オチカクノトイレヲアンナイシマスノデ、イチジョウホウヲ オンニシテクダサイ」と答えたので大人たちは大笑い。位置情報をオンにして いたら「チカクニハ○○エキノトイレシカアリマセン」などと答えたのだろうか。 iPadの音声認識機能もここまでくると驚きだ。 車の前の「しめ飾り」を久しぶりに見かけた。昔はよく見たがこのところ見かけ るのは皆無だった。正月風景もどんどん変わっていく。

 2018年スタート  2018年1月1日

新しい年が始まった。今年も恒例の初日の出を見に近所の田んぼに出かけた。 車はガチガチに凍っていてワイパー液が出てこない。空はだんだん白んでくる し、焦り気味にガラスの氷を掻き落とす。エンジンの熱で少しずつ透明には なってきたが狭い「窓」から外を見ながら、こういう時に事故は起こるんだ ろうなと思いながら注意深く車を進めた。 間に合った。何組か先客がいた。川には水鳥たちがいてぐずぐずしている。 橋の欄干に落ちている鳥のフンも凍り付いて針状のミニ霜柱に覆われている。 太陽が顔を出す。やはり神々しい気分になるものだ。思わずかしわ手を打つ。 日が昇ると水辺の鳥たちも一気に騒がしくなる。この辺りにいるのは白鳥と オオバンが多い。 この後は地元の神社に初詣。古い御札を焼く。家に戻って正月らしい食べ物 で一杯やる。年賀状の追加印刷をする。去年の暮れからインクの残量の警告が 出ているのだが、まだ刷れそうだということでしつこく使い続けている。 スペアのインクカートリッジは買い置きしてあるのだが・・・。 3日からは孫一家が来るので忙しくなりそうだ。この歳になると新年に あたっての大きな目標はないが、たのしく畑と戯れたい、金属を細工して 何か作ってみたい、ギターを上手くなりたいなどは例年どおりだ。