そらまめの日記17



   疑似カラーテレビ  2020年10月25日

昭和のやっと白黒テレビが普及し始めた頃、まだ小学生の頃であったろうか、 テレビの画面の前に色付きのプラスチックをぶら下げて「カラー画像」として 楽しんだ時期があった。色は確か上から青、赤、黄だったと思う。今思えば相当 なインチキであったが当時は感心していたものだ。確かに上が青であれば外の 景色であればだいたい青空になり感動すらしたものだった。 最近、昔の白黒写真をカラー写真にして、じいさんばあさんがそれを見て懐かしむ という番組があった。以前から白黒写真からカラーがわかるわけがないと信じていた 自分ではあるが再現写真をみたおばあさんの「こんな色の服持っていたかしら」という 発言で、ちょっと調べてみたくなった。 結論からいうと白黒情報からカラー情報が得られるものではなくあくまで「推測」。 今日の進んだ技術で画像が屋外か、室内か、昼か夜かをAIで推測してそれに応じて 人の肌の色や空の色や葉っぱの色などをそれに応じて色付けすることはできるが 人工物の色はお手上げ、どのようにでもとれる「セピア色」に仕上げてしまうらしい。 確かに人工物でも葬式や結婚式の和服は黒、運動会のハチマキはだいたい白と赤、と 決まっているがセーターの色やネクタイの色などわかるはずがない。でもセピア色の 鳥居であっても赤い鳥居として見てしまう人の脳、学習効果すごい。 映画の看板が全盛期の頃、下のほうに「テクニカラー」とか「総天然色」といった 文字があったが。「昭和は遠くなりにけり・・・」。

   火星を見る  2020年10月7日

昨日は好天。畑で刈り倒しておいた枯れ草を「レーキ」でまとめた。畑のあちこち に島のように積みあがった枯れ草。久しぶりに土の表面が現れた。 前回掘り残したニンニクから芽が伸びていて、まだ時季が早いが観察のために畑の 片隅に植えておいた。実ができないため手入れもせずに半ばあきらめていたミョウガ、 気が付くと黄色い花を咲かせていた。ダイコン、聖護院ダイコン、つるありインゲンの 種まきに続き、ターサイ、チンゲンサイ、シュンギクの種も蒔いた。 フランスキクイモの花が咲かないと思っていたら野生よりかなり遅れて黄色い花が 咲き始めた。背丈が伸びすぎて倒れた茎から首を持ち上げて咲く生まれたてのきれいな 花。恒例の野生のキクイモの花採取時にはピークを越えた花が多かったので新鮮だった。 春先には繁殖を広げようと若い芽があちこちに出現したので「モグラたたき」のように 畑に行くごとに刈り取っていた。そのうちに諦めたのか自らの茎の生長に専念したようだ。 鳥の声を聞きながら、昆虫の生態を観察しながら、疲れたら休み、適度な疲れ。 なかなか充実した畑の作業を楽しんでいる。 昨晩は火星が接近するというのでベランダから空をのぞいた。木星と土星は西の空に 明るく輝いていたが火星はマンションの建物の陰でまだ現れていなかった。予定どおり 9時ころになり建物を越えて火星が現れた。スマホでパチリ。 小さい頃に望遠鏡に興味をもちレンズを組みあわせたり厚いガラスを磨いたりして望遠鏡 を作った。とにかく大きく見えれば性能が良いと思い込んでいたが、後日、性能の良い 望遠鏡ほど星が小さくピンポイントで見えるものだと知ってなるほどと思った。近くにある 惑星は別だが何万光年も離れている恒星は面積が無くピンポイントの光になっている。性能の 良い望遠鏡はピンポイントで見えるので近くにある2個の星を分離して見れるが安い望遠鏡 は大きく広がって見えるので2個の星も1個に見えてしまうとのこと。 久しぶりに火星を見た。 火星といえば愛読していた、今も時々読んでいる高村光太郎の詩を思い出す。 **********************************************************   火星が出てゐる    高村光太郎 火星が出てゐる。 要するにどうすればいいか、といふ問は、 折角たどった思索の道を初にかへす。 要するにどうでもいいのか。 否、否、無限大に否。 待つがいい、さうして第一の力を以って、 そんな問に急ぐお前の弱さを滅ぼすがいい。 予約された結果を思ふのは卑しい。 正しい原因に生きる事、 それのみが浄い。 お前の心を更にゆすぶり返す為には、 もう一度頭を高くあげて、 この寝静まった暗い駒込台の真上に光る あの大きな、まつかな星を見るがいい。 火星が出てゐる。 木枯らしがp角子(さいかち)の実をからから鳴らす。 犬がさかって狂奔する。 落葉をふんで 藪を出れば 崖。 火星が出てゐる。 おれは知らない、 人間が何をせねばならないかを。 おれは知らない、 人間が何を得ようとすべきかを。 おれは思ふ、 人間が天然の一片であり得る事を。 おれは感ずる、 人間が無に等しい故に大である事を。 ああ、おれは身ぶるひする、 無に等しい事のたのもしさよ。 無をさへ滅した 必然の瀰漫(びまん)よ。 火星が出てゐる。 天がうしろに廻転する。 無数の遠い世界が登つて来る。 おれはもう昔の詩人のやうに、 天使のまたたきをその中に見ない。 おれはただ聞く、 深いエエテルの波のやうなものを。 さうしてただ、 世界が止め度なく美しい。 見知らぬものだらけな無気味な美が ひしひしとおれに迫る。 火星が出てゐる。 ********************************************************

   紫外線  2020年8月19日

コロナ菌が紫外線で死ぬというニュースを聞いて梅雨が明けて夏が来るのを期待していた。 降り注ぐ紫外線でコロナ菌が消毒され感染の拡散も収まるはずと思っていた。現実は そうでもないようだ。実際赤道に近い年中夏の南の国々も患者数が増えている。調べて みるとコロナ菌にダメージを与えることができるのは紫外線の中でも波長の短いもの らしい。この波長の短い紫外線は太陽光線には含まれているものの上空の大気の層で 吸収されてしまい地上にはほどんど到達できないらしい。夏になっても患者が減らな いのもさもありなんだ。最近は短い波長の紫外線の発生装置が作られ人のいない病室の 消毒に使われているとのことだ。ちなみに我が家にも紫外線発生装置があるがこれは UVレジンを硬化させるためのもので紫外線でも波長が長いほうなのでコロナ菌の消毒 には使えないものだ。 最近気になっている言葉がある。日々発表されているコロナの「感染者数」だ。感染が 確認されても無症状の人もかなりいるとのこと。PCR検査は「増幅」して菌を検出する ので空中を浮遊する菌が口の中の唾液に付着していてこれが感度の高いPCR検査で 陽性になっていることはないのだろうか。 調べてみると「感染」というのはウィルスが体の中に侵入し定着・増殖している状態を いうらしい。感度が高すぎて唾液に「付着」しているだけの状態の人も「感染者数」に 加えている可能性もありそうだ。コロナ菌はトイレの床や猫の毛皮でもしばらくの間は 生きているという。ネコの毛皮を綿棒でなぞってPCR検査をしネコが感染者だと言わ れてもネコも戸惑うに違いない。 確かに感度の良いPCR検査は菌の拡散度、付着度を調べ警告を発するのには都合の良い ツールではあるかもしれないがニュースの「感染者数」の中には単に「付着」している 人も大勢いるのではないだろうか。その点、「抗原検査」というのはコロナ菌が体内の 細胞に入って感染した細胞が特異的に出す抗原を検出するというのだから本当の「感染者」 を示す指標になるのだと思う。 花粉の存在を高感度で検知する検査があったら春先のほとんどの人々の唾液の中からは 花粉が検出されるのではないだろうか。 とは言え全く医学の知識のない「そらまめ」の寄せ集めの知識での勝手な推論です。

   シースルー  2020年8月2日

急須を壊してしまった。替わりの急須はいくつか在庫があるが中が見えないので 好みではない。これまでも耐熱ガラスの急須を使っていた。中のお茶の葉やお湯の 量、お茶の色などが全くブラックボックスの陶器の急須は全く使う気がしない。 ということで早速買いに出かけた。急須売り場は9割かたが陶器製でガラス製は数個 しかなかった。選択肢が少なく今まで使っていたものと同じ急須になってしまった。 ちなみに湯呑の内側は白色と決めている。同じようにお茶の色がわからない湯呑は好み ではない。 小さい頃に海に行っても浜辺で水に入り足元が見えないのは苦手だった。どういうことを やっているかも分からないが賢いAIが処理していますというのも好みではないし エアコンも除湿だの冷房だの個別の設定が好きでオートモードで最適な動作をしています というのも好みではない。シースルーの急須と共通点があるのかも知れない。

   タイムトラベル  2020年7月21日

コロナで世の中の仕組みががらっと変わってしまった。テレビでアクリル板ごし とか昔の番組の再放送とかも普通の光景に思えるようになってきた。再放送番組の 「感知スピード」は「くろまめ」のほうが格段に速い。登場人物の顔を良く覚えて いるが私は顔を覚えていることはほとんど無い。モンタージュ写真の聞き取りには ほとんど役に立たないと思う。 このところ「工房」で指輪とかアクセサリーを作る時間が多くなった。真鍮を 切ったり接着したりガラスを溶かしたり。ガラスの屑を耐熱レンガの上に置き バーナーで熱して溶かしてビーズを自作したり。表面張力で丸くなったビーズ がレンガに食い込むことがあり表面のきれいなセラミックの耐熱シートをさが していた。たまたま通りかかったタイル売り場に20センチ四方のタイルが あったので係りのオジサンにバーナーのロウ付けでも割れないかと聞くと 「タイルは基本1000℃の炉で焼いているので大丈夫」とのこと。半信半疑 だったが安かったので買って帰り試してみると10秒で割れてしまった。全体 をまんべんなく1000℃まで熱して割れなくても部分的に熱すると簡単に割れ てしまうようだ。 水害などで一般人が撮った特ダネ写真がニュースで流れたりする。ほとんどの人が スマホを持っているのだから臨場感のある画像がどんどん流れてくる。昔は災害が 起こるととにかく車で苦労して現場に駆け付け撮った画像をいち早く新聞社に送る ために公衆電話ボックスに駆け込みピーヒョロ〜ヒョロ〜とモデムで送ったと聞いた ことがある。隔世の感がある。世の中5Gとか騒いでいるが思ったより普及はしてい ないようだ。周波数が高くて電波の到達距離が短いので実際にはものすごい数の アンテナが必要になるらしい。反応速度が桁違いに速いということなのでリモートの 手術とか「遅れ」を許さないアプリにしばらくは限定されるのかも知れない。他社と 差別化してを製品を売りたい営業サイドからの圧力もあるのだろうか。その昔は マイコンジャーとかAIエアコンとか、4K8K、車の自動運転とか、まだ先端技術 の用語の定義付けが曖昧なうちにビジネスが先走っているように思える。 強度が必要な部分はロウ付けが良いが力が加わらないような部分ははんだ付けが 手ごろだ。1メートル四方の机をライトで照らしてハンダの匂いが立ち上がって くると真空管ラジオをいじくりまわしていた頃に一気に時間が戻る。パソコンの 前に座ってYoutubeで若かりし頃の音楽を聴いて時間旅行できる。まことにお金の かからない生活ができるようになったものだ。

   ウクレレとコッピングソー  2020年7月4日

つい最近ウクレレを買った。もう半世紀ほど持ち続けているクラシックギター は年に数回引っ張り出してはしまい込み今は「くろまめ」に聞かないとどこに しまってあるかもわからない。断捨離されないだけでも良いのかもしれない。 コロナのステイホームで巷ではウクレレが流行っているらしい。小学生の頃に 縁日でブリキ製のウクレレを買ってもらったことも記憶にあり、さっそく買いに いった。 「初めてのウクレレ」という教則本はさすがに「半世紀のギター愛好者」という こともあり買わなかった。チューニングツールもギターで買ったものがあり 買わなかった。ケースは付属していた。 チューニングツールと調子笛は一緒にしまわれていた。チューニングツールには ウケレレのモードもあり視覚的に簡単にチューニングできた。調子笛は耳で合わす のだが今後も使わないだろうなと思った。余談だが以前、浜松の有名楽器メーカー を見学したことがあった。ビジネス訪問だったが通常は商社の人間は見学不可なの であるが外人と同行していたため一緒に見学することができた。そのときピアノの 音のチューニングの工程で音をマイクで拾いオシロスコープで周波数を観測しながら 合わせていたのには新鮮な驚きがあった。固定観念でピアノは難しそうな顔をした 調教師が首を傾げながらネジを締めているものだと思っていた。もっとも波形で 音合わせをしても最終段階では「耳」で仕上げをしているのかもと思った。 ハワイアンやビートルズの曲のコードはネットで検索するといろいろ出てくる。 Youtubeでは動画で丁寧に教えてくれる。ただ楽譜は著作権の理由と思われるが 鮮明な画像は入手しにくいようになっている。画像サイズが小さかったり大きな 画像が得られても「いじわるモード」で字が読めないように処理されていたり。 でも動画を一時停止させてスクリーンコピーして印刷したり何とか使える楽譜 を入手できた。本日本屋さんに行き楽譜の本を探したが全くジャンルの違う曲が 一冊に納まっているはずもなく、残り99%の曲に金を払うのもばかばかしくで 諦めた。 ビートルズの曲などでも初心者向けに数個のコードで弾き語りできる楽譜もあるが さらに中級になってくると追加のコード、不協和音が挟み込まれて微妙な味付けが されている。この指一本をずらすことで微妙に和音に深みが増すのは癖になりそうだ。 真鍮や木をカットするツールとして「糸鋸」を買いに行った。最初のイメージは 細めの刃にギザギザのノコギリ刃が付いているものだったが売り場にぶら下がって いたのは「コッピングソー」というもの。刃はらせん状に刻まれていて、そのため 方向性は無いので丸く切ったり角を鋭角にカットしたりに最適とのこと。NASA でも使われているという宣伝文句に乗せられて購入。早速試し切りをしてみた。 使えそうだ。

  『現代用語の基礎知識』 2020年7月3日

なぜか突然、新婚時代の横浜の部屋に置かれている『現代用語の基礎知識』が 思い浮かんだ。なぜか床に置かれていて夕陽なのかオレンジ色の外光が差し込ん でいる。当時はネット検索など影も形もない時代なので結構役に立ったものである。 本は分厚くて紙質も辞書などに比べれば厚かったと思う。年末に刊行されると 本屋さんに買いに行ったものだった。 本棚を久しぶりに開いてみると『現代用語の基礎知識』はもちろん無かったが 『広辞苑』が鎮座していた。1991年頃に買ったと思われる。6500円だった。 本棚をのぞいたついでに最近購入したウクレレのコードの載った本が無いか探して みたら音楽の本は何冊かあったがちょっと見当違いのものだった。 「くろまめ」によると若い頃は手帳を愛用していたが電子辞書が出た頃から手帳は 使わなくなったらしい。世の中の変化が速くてもはや印刷物では追いつかなくなった。 昔の戦国武将の肖像画も取り違えていたという情報も出てきているので教科書のお下がり を譲られる時代でもないのだろう。「教科書をゆずる」という言葉ももはや死語なのか。 ウクレレも小学校の頃、祭りの縁日でブリキ製の派手な模様のものを買ってもらったのが 最初だった。カーバイト灯の匂いとやはりオレンジ色の光が差し込んでいた。歳をとって 昔の思い出にひたることが多くなった。たいがいオレンジ色やセピア色に半ばかすんでいる。 昭和は遠くなりにけり。

  6月も終わりに 2020年6月29日

久しぶりの乾燥した空気だ。これまでは外気の湿度が80%以上だったが今日は 50%ほど。コロナの陽性者の数が横ばいで推移しているが検査対象が同じでは ないようなので単純に増えた減ったは言えないようだ。ネコの毛にもコロナ菌が 付着していることがあるらしいがこのネコも検査すれば陽性になるのだろうか。 外出自粛もひと段落して食料売り場の人出は元に戻ったようだ。自粛解除直後は 混雑の中でも距離を保とうとする意識が感じられたが今は普通に戻ったように 思える。カートに触れるのでアルコール消毒とレジ待ちの距離のキープは励行され ているようだ。距離を保つための行列が長く先日はお菓子の米菓の陳列棚の前で しばらく時間をつぶすことになった。普段はさっと通り過ぎてしまうのだが昔ながら の煎餅を見つけたり現代風の味付けなど見ていて面白かった。米の粉と油が基本な のにこれほどいろいろな種類に細分化されていてネーミングも感心するようなもの があった。人のビジネス遂行のパワーはすごい。 連日、真鍮を削ったり木を削ったりしている。ノミを使ったり彫刻刀を使ったり ミニルーターという回転ツールを使っている。ミニルーターの先端ビットは何種類 もあるが使いやすいビットがあり真鍮や黒檀の削りにも使っているがさすがに消耗 したようで切れなくなってきた。切れなくなったとは言っても突然ゼロになるわけ ではなく木目の方向によってはまだまだ使えるのでついつい長く使ってしまう。 行きつけのホビーの店ではぴったりのものが無いので通販で何種類か発注した。

  6月に入る 2020年6月7日

6月に入り天気の良い日は窓を開け放って風を通しても気持ちが良い。いつもの 散歩コースの田んぼの苗も日増しに緑が濃くなっていく。オオヨシキリの鳴き声 が心地よい。 ベランダに干しているニンニクも順調に乾いているようだ。親戚に貰った木材で ベランダの柵を作った。すのこ状に作ったが自分でもニンマリするほどしっかりと 安定した出来となった。鉢植えのラベンダーの挿し木の花芽の穂が太陽に向かって カーブしていたが「すのこ」になって太陽光が30%ぐらい減ったからか部屋の網戸 側に向かってカーブしていた。たった2時間ほどでこれほどまでに光を求めるものか と驚きであった。日差しが傾いて網戸からの反射が少なくなったのか気が付くとまた 外側に向かってカーブしていた。ヒマワリの花が太陽を追って首を回すと聞いたこと があるので今日のラベンダーもありなのかもしれない。 先日、車から降りてキーのロックボタンを押しても反応が無かった。何回か繰り返しても 反応なし。電池が切れたのか。ボタンの機能は無くなっても直接鍵穴に差し込んで開閉 できるので緊急度は無い。その後ボタン機能は回復した。どうも車が「ハンドルロック」 状態になっていたものと思われる。でもキーのネジを外して中のボタン電池の型名を 確認した。店に行ったらあって値段も高くなかったので安心のため購入した。保存して いる間に使えなくなったらもったいないなと思い「賞味期限」を確認したら「使用推奨期限」 が2024年12月とあったので安心した。 テレビの録画機能が時々おかしくなっていた。外付けの録画用ハードディスクのUSB端子 の接触不良と思い抜き差しをすると機能が回復するので接触不良と信じていた。その後も 時々おかしくなるがリモコンのオンオフでは直らないが壁のコンセントの電源ケーブルを 抜き差しすると回復することがわかった。ここ数か月はUSB端子を抜き差しすることなく 録画機能は維持している。今思えばUSB端子の抜き差しで接触が良くなったのではなく ハードディスクの電源が切れることにより内部のソフト的な不具合がリセットされていたので あろう。素人なのでこれ以上の原因追及は難しく電源コードの抜き差しの対症療法しか なさそうだ。

  ドライブレコーダー 2020年5月22日

車検で車を預け代車で帰宅した。「満タン返し」して下さいと。代車には 自分の車には無いドライブレコーダーが付いている。車検完了の日、自宅までの 往復でほとんど走っていないしもちろんガソリンの表示もピクリとも減っていない。 このまま返そうかとも思ったがドライブレコーダーが付いているので立ち寄り先が 記録されているに違いない、会話も録音されているかも。ということで記録のために セルフのガソリンスタンドに立寄り給油した。もしかしたらほぼ満タンで給油ゼロも ありかなと思っていたが2リットルの給油で済んだ。ノズルの差し込みの誤差かも。 借り物の車のドライブレコーダーの存在も気持ちの悪いものだ。 近頃はテレビの番組も自宅からのネットでの出演が多くなってきた。面白いのは 皆通常のスタジオでの顔と違いどこかのオジサン、オバサン的だ。カメラの性能も あると思うがプロの化粧や照明の違いも大きいのだろう。どこか生活臭も感じられて むしろ面白い。 コロナも下火になってきて巷ではマスクがちらほら見られるようになってきた。皆さん あれだけマスクを探していた様子の割には手に取って高いと思ったらしく買い物かごに 入れている人は少ないようだ。高村光太郎の詩にある、「・・・凱旋の将軍の婦人が 偸視(ぬすみみ)の如き冷ややかにしてあたたかなる・・・」といった複雑な心境なの だろうか。 クラスターやオーバーシュートなどを日本語で表現しろという声も聞こえてくるが 最先端の科学や医学の用語などは素直にカタカナ語を使うほうが良いと思う。日本語 で説明できないこともないと思うが複雑怪奇で実用的ではないし社会の進歩にブレーキ をかける。西洋のカレーやコーヒーなど入ってきたときはそれを自然に使って日本語に 置き換えなど考えなかったと思う。中国でも最初は「電脳」とか意味を持たせていたが さすがに追いつかなくなって最近の先端用語は「当て字」のようだ。

  カエル鳴く 2020年5月4日

気温がだいぶ上がってきて夜にベランダに出ても寒くなくなってきた。 田んぼに水が入ってカエルの声がにぎやかになった。三十数年前に 引っ越してきたときに大量にいたツマグロヨコバイはいなくなったが まだまだ自然を感じることができる。 自然界は普通に季節が巡ってきているが人間界は大変な変化がきている。 朝起きて新聞受けの新聞を取りに行くが以前は厚くて引っ張り出すのが 大変だったが今は薄くなってスッと抜ける。スポーツやイベントが休んで いるし芸能活動も無し。ページ数がかなり減って広告も無し。 世界的に経済活動が低くなっているからかガソリンが安い。排気ガスが減って いるので空気がきれいになって、見えなかった山が見えるようになったとか 見通しは良くなったようだ。外国の女の子がCO2削減のために飛行機に乗ら なかったというニュースも最近であったが国際線がほとんどストップになって CO2が減って良かったという話はニュースになることもない。 国民に配られるマスクに「異物」が入っていたというニュースがあって思い出した。 画像処理関連の展示会で「相談コーナー」に座っていた。ここには画像処理に関する いろいろなリアルな相談が持ち込まれるのでけっこう面白い。ある相談者が前に座り バッグから取り出したのはブラジャー。聞くとブラジャーの下請けをやっているが 田舎の田んぼの中に工場があるので蛍光灯に小さな虫が寄ってきて不織布みたいな 繊維の中に潜り込んでしまうらしい。何とか検査できないか、とのことであった。 コロナ騒ぎはいろいろ昔のことも思い出させてくれる。 テレビに出演している評論家も忙しい。新しいデータが出てきて感心することも あるが政府の数値目標に対して、エビデンスを出せとか根拠を示せと主張するのは いかがなものか。菌自体が未知、感染する人と人の距離もアナログ、咳の強さも アナログ。試行錯誤しながら進んでいかざるを得ないものと思う。評論家がいろいろ 意見を言った最後に「人の命がかかっているんですから」的な発言には違和感を感じる。 今までも災害のあとに「こうして欲しい、人が死んでいるんですから・・・」とか 「命」とか「死」を出して反対の意見を封じ込めようとする手法はいかがなものか。 昔の「畏れ多くも天〇〇下・・・」で直立不動にさせる手法に似てはいないか。

  コロナの日々 2020年4月16日

歴史的な出来事になった「コロナ」、世界中がマスクをして医療崩壊を おこしている様子がリアルタイムでお茶の間に届く。自宅待機の人々が インターネットを使って発信して連帯をキープできる世の中だ。便利に なったぶん飛行機でウィルスが世界中にばらまかれるのもあっという間だ。 シニア夫婦のわが家の生活は世間ほどの変化はない。定期的に病院へ通って いるが徐々にソーシャルディスタンスの適用が厳しくなってきた。待合の 椅子は一個置きに座る。ソファは定期的にアルコールで看護師さんが拭き掃除。 ただ拭き掃除の看護師の一人が3秒おきに咳をしていてもちろんマスクはして いるが下や横を向くのでもなく口を押えるのでもなく真正面を向いて咳をして いるのはいかがなものか。近くまで来たら立ち上がろうかと思っていたほどだが 途中で帰っていった。病院のエントランスでのアルコール消毒はもちろんだが 手に付いた余分なアルコールをマスクにも塗り込んで消毒している。さらに持ち 歩いている水筒のお茶で「プチうがい」。ドリンクが無いときには梅干しを思い 浮かべ唾液をためて「プチうがい」をしようかと思っている。若い人は年寄り よりも唾液の分泌が多い、ストレスがあると唾液の分泌が少なくなるなども 感染症のかかりやすさに影響があるのではと素人ながら考えている。 シニア夫婦は少しボケがきているのかテレビ番組の再放送でも「見たことがある かも」と言いながら半分新鮮な気持ちで見ることができる。領収書やお知らせも 以前は箱を分けて分類していたが見直すこともあまりないので時系列で一つの 箱に詰め込むことにした。むしろバラバラにならなくて便利だ。 春になり畑も忙しくなってきた。コロナ菌の心配なく作業ができる。気温が上がれば 雑草も元気になる。蚊はまだ出ていないがそのうち耳元で羽音が聞こえることに なるのだろう。昔は日本脳炎を媒介すると言われていたがコロナ患者の血を吸って 畑に飛んでくるのだろうか。 半人半魚の「アマビエ」という妖怪がコロナ封じということで巷で流行っている とのこと。知り合いに聞いて木彫りを作り何体かは嫁入りした。ミニルーターは 酷使しすぎたせいか回転のムラがでて止まりそうになることも。同じモデルを 通販でオーダーし予定よりはやく届いた。早速試すとスムースで雑音も少ない。 雑音は徐々に増えてきたと思われるので「ゆでガエル現象」で気が付かなかった。 古いミニルーターは回転が少し持ち直したようでしばらくは使えそうだ。2台を 交互に使えば熱もクールダウンして便利に使える。 家の中で木を削ると木屑が飛び散るので車で削ることを考えて先日DC-AC変換器を 買った。車で削れることになったがエンジンをかけてやっている。数年前に駐車場 でバッテリーが上がり「お助け会社」に来てもらった。エンジンをかけていないと バッテリーあがりになるのではないかとトラウマになっている。でもガソリンが もったいない感じがする。調べると1時間ほどアイドリングしていてもガソリン代 は100円ほどらしい。少し安心した。その後ノコギリで切るときは傍に掃除機の 吸い込み口を近づけて弱にしておけばクズを吸い込んでくれることがわかった。何か 治具を作れば使えそうだ。ミニルーターで削るときは自作の「ミニ新生児保育器」の ようなものの中で削りクズの飛散を防いでいる。

  雪が降る 2020年3月14日

寒い日になるとの天気予報ではあったが雪が降ってきた。芽出しのために ベランダで広げていたジャガイモをボックスの中にしまい込んだ。アンデス の原産地で寒さには強いと思われるがジャガイモの窪みから伸びてきた芽や 根っこらしきものが寒風にやられないように。 テレビで「コロナ菌の専門家」が喉の粘膜にとりついたウィルスは20分ほど 経つと細胞の中に入り込んでしまうのでうがいをしても意味が無いというよう な発言をしていた。逆に言うと20分おきにうがいをしていればマスクを すり抜けたウィルスも洗い流してくれるのではないかと勝手に解釈して 人ごみの建物を出たときにはお茶で「プチうがい」をすることにしている。 相変わらずのマスク不足でマスクを使いまわしているが病院やスーパーに 置いてあるアルコール消毒液。手を消毒したあとはマスクの裏表にもなすり 付けている。アルコールはきらいなほうではないのでしばらくは匂いで心地よい。 ただ警察に飲酒運転を疑われるだろうなと思った。

  DC-AC変換器 2020年3月9日

コロナ騒ぎで大相撲も無観客試合となっている。テレビ中継の映像も椅子 だけが目立つ奇妙な映像になっている。小さい頃から相撲の映像は見てき たが立会いの時間になっても歓声が聞こえてこない妙な映像になっている。 観客がいないから懸賞の垂れ幕もないものと思っていたらちゃんと下げて 土俵を回っていた。テレビの時代でむしろ広告効果は高まっているのかも 知れない。 ショッピングセンターではトイレットペーパー騒ぎもひと段落して数量制限 なしの売り場が復活していた。ジャガイモの植え付け時期が近付いてきたので 種芋を買った。例年は丸ごとや半分にカットして植えていたが今回は十分に 芽出しをしてカットする場所を見極め4分割ぐらいにしたいと思っている。 トイレのハンドドライヤーがコロナ菌拡散防止のため使用不可になっていた。 確かにジェットで前の人の水分の飛沫が飛んできそうではある。 あたたかくなってきたので天気の良い日は家の外で「作業」をしたくなった。 作業ゴミが発生してもどこかへ飛んで行ってくれる。はじめはミニルーター のDC12V電源モデルを購入しようと思っていたが逆に車のシガーソケット のDC12VをAC100Vに変換する装置があれば良いと思うようになった。 調べてみるとそれほど高価ではない。最近の車は新幹線のようにAC100V の端子が装備されているようだが古い車なので変換装置を間にかますしかない。 AC100Vができればミニルーターだけではなくコーヒーメーカーも動かして 淹れたてのコーヒーも飲めるかなと思ったがシガーソケットが最大120Wまで と制限されているためにコーヒーはあきらめた。120Wに過不足ない120W モデルの変換器を購入した。早速ミニルーターが正常に動作することを確認した。 後部のトランクルームにもシガーソケットがあった。この車を購入してから全く 認識することなくフタが開いたまま放置されていたので中に塵埃が溜まっていた。 次回にきれいにクリーニングしてから試してみることにした。

  「プチうがい」 2020年3月5日

マスクの効果とかウィルスのすり抜けなどマスク不足の報道が過熱しているが 「プチうがい」にはあまり触れられていないようだ。 今どき、外出する時は水筒に温かいカテキン入りの緑茶を入れて持参すること にしている。病院やスーパーを出たところで「プチうがい」をする。マスクを すり抜けて上あごの粘膜で増殖し始めようとしているかもしれないウィルスが 胃液に囲まれてアップアップしている様子が目に見えるようだ。 濃厚接触が宿命のタクシーの運転手は昔から一回ごとにお茶を飲んで健康対策を していたらしい。赤ちゃんや子供に感染者が少ないのも唾液が多くて喉の洗浄作用 があるからなのではないだろうか。若者がペットボトルを持ち歩いて水分をよく 摂っているのも良いのかもしれない。年寄りは慢性的に乾燥注意報だ。 例えれば真田丸はマスクで、本丸防衛は「プチうがい」をこれからも心がけたい。

  「コロナ」の日々 2020年3月1日

3月に入ったが世間は相変わらずのコロナ騒動。世界の一点で始まったウィルスが コピーを作り続けあっという間に世界に広がってしまう。生命への危険もさること ながら経済も停滞、各種の催し事も一瞬にして吹っ飛んでしまう。その影響力は 想像以上のものだ。この「威力」を評価して「生物兵器」の開発を進める国がない ようにしてもらいたいものだ。科学の力で一日も早くコロナのワクチンを開発して 欲しい。 ニュースではコロナの陽性検査を行うために「ドライブスルー検査」なるものも登場 したらしい。確かに半分隔離した状態で検査するのは良いことかも知れない。以前、 「ドライブスルー焼香」も紹介されていて歩けないお年寄りが葬儀場のドライブスルー でお焼香をして遺族はモニターで様子を見ているというのがあった。昨今のコロナ騒ぎ で結婚式や催し物など人が集まることを中止する傾向にあるので「ドライブスルー焼香」 も増えるかも知れない。 先日、山形まで親戚に会いに行った。帰りの新幹線の中で「くろまめ」がたまたまマスク を外した状態で咳をしていたら斜め後ろにいた男の人が「すいません、もしマスクをお持ち でないようなら手持ちがありますから差し上げましょうか?」とチェックが入った。ほぼ 100%の人がマスクをしている中だ。「すいません、持っています」と丁寧に謝罪した。 この時英語の「仮定法」というワードが頭の中に沸き上がった。なるほど「マスクを持って いないと思うので・・・」と断言するよりは「マスクをお持ちでないようなら・・・」と言う ほうがかなり「丁寧な表現」になるなと思った。 我が家にトイレットペーパーやマスクにある程度の在庫があるものののんびりできるもので はない。世間の様子を見に出かけた。車のCDカセットは普段はあまり頻繁にはいじらないが 春の雰囲気なのでCDを交換した。昔聴いていた懐かしいメロディーを楽しんでいたら音が飛ぶ。 レコード時代は「針が飛ぶ」と言ったがCDは針が無い。良く見るとうっすらとカビらしき 汚れが付いていた。丁寧にふき取って一件落着。春らしい暖かな日差し。道路わきには梅の花が 満開だ。コロナ騒ぎで愛でるのをおろそかにしていた。この暖かさでコロナウィルスにも退散し てほしいものだ。 「くろまめ」は大きなマスク。胸には目薬、ケータイ、ルーペを下げてのいでたちだ。 案の定。品薄は深刻だ。 広い「ペーパー類コーナー」もがらんとしている。 消毒用アルコール類も棚は空っぽ。お酒のコーナーで世界で一番アルコール度の高いウォッカ の「スピリタス」を買おうと思ったが完売していた。アルコール度が98%もあり消毒用には 薄めて使ってくださいとあるのにアルコール度50%の普通のウォッカは売れていないという 面白い現象であった。 我が家に戻りウォッカの在庫を登場させた。 春の日差しでパピルスへも光は十分だ。日陰だと徒長するということなのでなるべく光には当てる ようにしている。容器と水のレンズ効果で火事にならないように置き場所に気を付けていたが アルミホイルを下に敷いてみた。ちょうど焦点にあたる部分をアルミホイルで反射させてしまおう という算段だ。反射した光は空中で拡散してしまうという想定だ。ネットで検索するとアルミホイル はレンズ効果ではむしろ悪者扱いだ。アルミホイルをパラボラアンテナみたいな形にしないで平面に 平らに置けば焦点の光を反射、拡散してくれる効果はありそうだ。 昔、ブルガリアに出張していた時にはトイレのカギは閉まらないしトイレットペーパーは無くて 研究室で使われたプリンター用紙をカットしたものが置いてあった。硬いので水に流せるもので はなく尻を拭いた紙は目の前のゴミ箱に捨てる仕組みだった。コロナ騒ぎでもトイレットペーパー はメーカーに在庫は十分にあるらしい。シュレッダーのような装置に新聞紙を入れると柔らかくなった 紙が出てきますよ、といった製品は登場しそうにはないようだ。

  USB端子接触不良 2020年2月11日

テレビの録画用に外部ハードディスクを使用しているが録画されていないことが 頻繁に起きるようになってきた。接続用のUSB端子を抜き差しすると復活して しばらくは録画ができる。外部ハードディスクの寿命かと思い買いに行こうかと 思ったが抜き差しでなおるのだから接触不良の可能性が高い。昔から簡単に脱着 できるものは不良が起きやすいものだ。がま口の金具、ファスナー。丁寧に靴紐 を締めなおして履いた靴はしっかりしているが靴ベラは楽だけど脱げやすい。 ほぼ接触不良と思われるUSBだが何度も録画ミスが起こるようでは問題だ。 接点復活剤というものも販売されていて効果はあるらしいが今回は物理的な接触 強化を試してみた。奥まったところにある電極には手を付けずに外側の金属面の こすり合わせの「ツメ」をドライバーで曲げて抜き差しをキツクした。最初は 曲げすぎて端子が入らなくなったのであわてて少し戻した。適度な感触でUSB端子 が差し込まれるようになり録画ミスはそれ以来一度も起きていない。 めでたしめでたし。そういえばスマホの充電用コネクタも時々接触不良が起きている ようだ。

  盤寿 2020年1月31日

最近メールに毎日のように届く広告。お手軽に情報が送れるようになったものだ。 昔買った高級な?食品でもバーゲンセールのように思えて逆効果だ。 お手軽な世の中だからこそやっぱりそれなりの「重み付け」がないと人は感動しない ようだ。江戸時代の直訴はそれなりの作法で行い命をかけていたようだ。仮想通貨の 仕組みは今でも理解できないがネット上のコインを作り出すことを発掘(マイニング) と言うらしい。コインを入手するためには大型コンピュータで計算作業をすることが 必要とのことだが電気代と比べてもペイするかどうかの少額らしい。そんなに簡単に コインを入手できない仕組みが考えられているようだ。ゴールドラッシュで男たちが 金を掘り当てるために人生をかけて穴を掘っている姿が浮かんでくる。 年寄りのお祝いを卒寿とか白寿とかいうのは知っていたが81歳の祝いを「盤寿」と いうのは最近知った。将棋盤が9x9=81のマス目でできていることからきたらしい。 自分をあてはめてみるともうすぐ最後の9列目に入る。9列目に入るとあとは数える ぐらいしかマス目は残っていない。昭和は遠くなりにけりなどと長いこと生きてきた ような気がしていたが将棋盤で視覚的に見るとたったこれだけかという気持ちになる。

  西洋の鎧と辮髪 2020年1月22日

先日の「ハプスブルク展」で西洋の鎧の展示がいくつかあった。アーマーというらしい が別名、板金鎧とあるように金属の板の固まりで関節部分は動くように細かな細工が されている。高価なもので限られた王族や貴族のみが着用でき先代からのお下がりを 体形にあわせてカスタマイズし再利用していたらしい。重くて戦場でころんでも自力で 立ち上がることもできず落馬すれば再度馬に乗ることもできなかったらしい。そういう アーマー着用の馬上の敵を引っ掛けて引きずり落す道具も考案されていたとのこと。 会場ではアーマー着用の貴族の肖像画も幾つか展示してあったが徹底的に防御しています というアルマジロ的な姿なのに偉そうにしている。引きずり落されて動けなくなっている 姿を想うとちょっと滑稽でもあった。 中国のドラマで辮髪(べんぱつ)が出てくるが最初は奇妙な髪形と思っていたが何度も 見ているうちになじんできた。中国の北方民族の習慣だったが南下して中国全体を支配 したときに漢民族にも辮髪を強制したらしい。兜を被ったときに頭が不潔にならない ように剃ったとの説があるが日本の侍も頭頂部を剃ってちょんまげにしていたのは同じ 理由かも知れない。ハゲタカも首を突っ込んで動物の内臓などを食べるため不潔にならない ように剥げているという進化論と一緒なのだろうか。いずれにしても七三に分けるとか パンチパーマとかオールバックとか髪形をいじくることができない辮髪。正面から見れば 顔と額だけの生れ持った姿だけの勝負なので表情にかなりの気合が必要そうだ。

  2020年スタート 2020年1月8日

2020年がスタートした。世間はとっくに始動開始しているがシニア族の時間軸 はあいかわらずゆっくりだ。昨年のカレンダーは月曜日始まりのものを買ってしま ったので水曜日や木曜日を認識するのに2秒ほどの換算時間を要したが今年は日曜日 始まりのカレンダーを買ったので間違いが無くなった。長年の慣れとスマホカレンダー も日曜始まり、現役を引退してビジネス時間と縁遠くなったせいもあり月曜始まりは まだまだ馴染めない。 テレビの菜園番組を見ていたら野菜の育て方が丁寧だ。種の蒔き方、一番最初にできた 実は株が弱るから早めに摘み取る、脇芽を摘み取る、追肥の頻度、支柱の立て方等など。 我が家の畑は一言で言えば「放任主義」、広さも100坪から130坪に広がったこと もありHPの菜園ページを「100坪菜園日記」から「野放し菜園日記」と改めた。 新年早々に洗車をした。暮れに行ったら超混雑していて諦めた。新年はさすがにすいて いた。牧場の傍の行きつけの洗車場。夏場は特に気持ちが良い。洗車の頻度もだんだん 減ってきて有料のジェット噴射だけでは汚れが落ちない。しっかり汚れを落として ワックスをかける。くろまめは水の交換と車内の掃除が主な役割だ。そらまめは身長を いかして天井のワックス掛けに注力する。 娘一家がやってくる。書初めがしたいというので半紙を買って皆で書初めをする。自分も 何十年かぶりに筆を持つ。特に年頭の言葉も無いので「令和」と書いた。 今年はじめての骨董市に行ってみた。お目当ての中古腕時計の店がでていなかったので 馴染みの中古真空管ラジオのオヤジと話し込む。今の時期朝は寒いので店の中のテーブル に毛布を掛けて暖房に使っているという。毛布をたくし上げたら練炭コンロが入っていた。 一度火をつけると10時間ほどはもつそうだ。練炭は途中で消すことはできないが豆炭は 消壺に入れて再利用できるとのこと。昔は練炭の白い燃えカスが玄関前に置いてあったり したものだ。このような昔話ができる相手がいることは貴重なことだとあらためて思った。 恒例の畑見学。この時期は華やかな野菜は無い。ダイコンや聖護院ダイコンを抜く。 ニンニクの草取り、エンドウの支柱立て、アスパラガスの整備などは次回にまわし孫娘の 雑誌の付録のマイクロスコープのピント合わせのヘルプをした。自分も60年ぐらい昔に 雑誌の付録で簡易型顕微鏡を手に入れて大喜びしたものだった。今も昔もあまり変わらない。 我が家の畑で採れたソバ。コーヒーミルで挽いて粉にした。粒子は粗く「そばがき」に しようと思ったが水でこねて細く切りソバ状にした。石臼で挽けば粒子は細かくなったと 思うが省略したので粒子は粗くて切れやすく、包丁で切ってはみたものの形状は「うどん」 だった。でも太いぶん素朴感はあり、「くろまめ」は昔おばあさんに作ってもらったという 田舎ソバを思い出していたようだ。