投稿7

知人・友人たちの日常、脱日常の中で発見したことや感動したことなどを紹介します



  良いお年を! (2011年12月30日) (はるか)

 いろんな出来事が多かった今年も残り数日になってしまいましたね。 今年も一年、なんとか続けることができました。 ありがとうございました。  ほぼ10年前のものばかりですが、ことに辛いことの方が多かった今年、 一つ一つを読み返し、その頃の気持ちを思い返し、今の状況や季節柄 なども考えながら、心をこめて投稿させていただきました。 つたない作品たちですが、来年もよろしくお願いいたします。 ******************************  はるかさん ありがとうございます。 九州から毎週木曜日に投稿してくださりありがとうございます。  私は「あ、木曜日だ!」って新聞を開くたびに思うのです。はるかさんの10年前 の心情を私のその頃と重ねながら読んでいることもあります。 時間は確かに進んでいますが、過去の時間に思いをめぐらすことも楽しいです。  ところで、大分県短文学大会に応募されたことを伺っていましたが、先日、入選作 品集の「現代詩作品集」を手にすることができました。それで「くろまめ展示室」に 紹介したくお願いしたしだいです。ご了解くださりありがとうございます。くろまめの 投稿・写真のコーナーに掲載いたしました。今後のご活躍をお祈り申し上げます。  来年もどうぞよろしく!                      (by くろまめ) ************************************


  メリークリスマス! (2011年12月24日) (はるか)

こんにちは〜。 寒波襲来らしく、寒いで〜す。 雪マークが出ていてクリスマスらしくて良いですね〜。 昨年も、時々遊びに行ってる赤ちゃんのお家の小さな子たちに、クリスマスプレゼントとして、 手作りのおもちゃ(牛乳パックを布でカバーリングした積木)を持って行ったのですが、今年 は、手緩いでスタイ(よだれかけ)を20枚。クリスマスプレゼントらしくないですけどね(笑)。     材料は娘のハンカチや私のエプロンや夫のシャツなど、色も形もいろいろ(笑)。       20枚を入れる袋もフエルトとチロリアンテープを使って作りました。    風邪ひきなので、一緒に遊べそうにないけど、届けにだけ、行って来たいと思いま〜す。 くろまめさんもステキなイブをお過ごし下さいね。


  からいももち (2011年11月11日) (あつ子@カナダ)

家の前の街路樹がはらはらと葉っぱを落とし落ち葉拾いが大変です。 とは言っても私がやるわけではないのですが・・・。笑)  そろそろ「あつ子@カナダ」に登場しようと準備していますがその前にめるすき さんの「いただきま〜す」を読んで懐かしくなりそれどころではなくなりました。  以前帰国した際に近くの叔母が「何が食べたいね。」と聞かれ「からいももち」 と答えたら翌日には届きました。「うま〜〜い!」とつい声を出したほどに懐か しい味でした。日本で体重がなぜ増えるのか分かった瞬間でした。 来年の2月頃帰国の予定です。その時にそのからいももちが食べれるかなあ・・・と 心密かに期待しています。私が帰国と決めると3人の子達も「一緒に日本へ行くよ。」 と今から仕事の調整をしているようです。 日本食通の子供達にこの懐かしい味をぜひ食べさせたいとわくわくしています。


  いただきま〜す (^-^) (2011年11月10日) (めるすき)

       くろまめさん、こんにちは。   くろまめさんちの畑の恵みを幸せいっぱい感じながら頂きました。   有り難うございました。   宮崎の郷土料理、ねりくりを作りました。   黒砂糖を入れた黄な粉をかけて懐かしい味に感激!!   六年生の頃、家庭科の授業で作った想い出の茶きん絞り   ちょっといびつになりましたがスキムミルク入りにしました。   里芋は塩味と甘味噌で。   素材が新鮮ですのでとっても美味でしたね〜〜               ごちそうさまでした。                        めるすき                      ***************************    めるすきさん こんばんは〜  今日ははるかぶりに趣味の仲間の家でお茶しました。 7ヶ月ぶりでした〜。互いの健康を気遣う齢になっていました(笑)。  知り合いの家で干し柿作りを手伝ってきたという友人が「柿の皮を干してお漬 物に入れると甘みが出ていいんですってね。皮をいっぱい干してきたわ」と話し てくれました。  山の子育ちのくろまめとしては黙って聞くのは〜 ちょっと待った〜〜(笑)。 曾祖母と母が剥いてヘタに紐をつけて縁側の天井から吊るしていた光景と庭に筵 を敷いて柿の皮を広げていた光景などを話しました。しかしみんなには黒ずんだ 干し柿の甘い味わいについては伝わらんごつありました。  宮崎では、蒸かしたサツマイモとお餅を練り合わせた”おやつ”を「ねったくり」 とか「からいももち(唐芋餅)」とか「ねりくり」とか言いますね♪  まこっちゃったですがね〜。甘くした黄な粉とかを掛けて食べていましたね♪ 私の実家では「からいも餅」って呼んでいました。まこち美味しかったなあ。  私も作ってみたくなりました! ありがとうございます。                          くろまめ(2011/11/10)


  追伸 (2011年10月31日) (arisan)

「銀鏡神楽」のページで故郷関連の新聞記事を拝見しました。 浜砂伴海さんの記事も大きくして読みました。焼き畑復活の記事には懐かしさが 募りました。多分子どものころにそんな光景を目にしたことがあった気がします。 帰郷していたときに椎葉の焼き畑の話題をNHKテレビで見たのですが、つい先 日はこちらのテレビでも放映していました。銀鏡でも昔の暮らしが少しずつ取り もどされているのですね〜。郷愁を呼び起こす話題でした。 ***************************  ありさん、読んでいただいてありがとうございます。 銀鏡は、神楽ならいが始まったそうですよ。 この時期になると中学校の同級生から「神楽帰ってくっと?」と聞かれます。 歌に有楽町で会いましょうがありますが(笑)。銀鏡の幼馴染のみんなとは 「くっと?」だけで「神楽じゃねー」ってなります。 焼畑のことは、パチパチ火の音と山肌を這う煙が見えるように感じられます。 数年前帰省したときに焼畑でこしらえたダイコンの葉っぱをいただいたこと があります。あのダイコン葉の漬物は銀鏡でしか味わえんですがねえ。                   くろまめ(2011/11/7)


  ごちそうさま♪♪ (2011年10月31日) (arisan)

     サツマイモがあんなに美味しいなんて初めて知りました。   素材をそのままいただきます。   くろまめさんの干し芋を見て私も初めてつくってみました。          お弁当にサトイモを入れてみました。       


    ポタージュ (2011年10月31日) (T.F.)

     サツマイモ早速使わせて頂きました。      ポタージュとサラダにサツマイモ使ってます。      美味しかったです。


    サツマイモ (2011年10月30日) (Yumi)

        早速、サツマイモを蒸かして頂きました。こないだ野菜直売所で買ったものより   全然美味しかったですよ。大きな物はスイートポテトを作りました〜。   写真の通りかなり不恰好です。ご馳走さまで〜す。


  !? (2011年10月27日) (智恵子)

        昨夜、生姜を使おうと思って取り出したらなんとも愛嬌のある生姜が出てきました。   何かを語っているようで写真を撮りました。   そらまめさんと5・7・5でも作ってみてくださいな♪    *****************************************************************   智恵子さん、なかなか面白い姿ですね。   *** これほどに叫ぶことなく六十路過ぎ *** (そらまめ) *****************************************************************
  

  2011年8月31日 (くろまめ)

    めるすきさん、はるかさん、智恵ちゃん かずこさん、そしてみなさん、  体調のことお気遣いいただきありがとうございます。  ゆっくりですが良くなってきています。  窓から見ていたニガウリは、いろいろ楽しませてくれました。葉っぱはなかなか枝を 広げようとしませんでした。蔓を伸ばして網に絡ませてあげましたがなかなか広がりま せんでした。けれども実が生ってくると毎日の実の生長も楽しみになりました。昨日の 朝、突然まっ黄色になって落ちていました。  秋ですねえ。  光さす網戸と光の透ける葉っぱと光を浴びるニガウリと蝉時雨。夕刻になると風が出 てきて、虫の声も。部屋を冷ましてくれます。南部鉄の風鈴があればどんな感じかな?  台風12号が近づいてきていますね。どうぞ雨風に足元にご用心下さい。              8月の終わりに 感謝の気持ちを込めて。  くろまめ


  2011年8月30日 (智恵子)

 おはようございます。  体調は如何ですか〜? 日本の代表が決まり昨夜は我が家でも、三人の投票権のない者がそれぞれ誰が良かった か等と論議をしました。  中学生は前原さんが一番イケメンだから…の今時の女の子の意見で笑いました。娘は、 海江田さんは泣きながら話すからね〜政治家は泣いちゃダメだよ!なんって感じで一言、 誰がやっても同じかもよ〜で終わりました。  私は二人の話を聞きながら、久しぶりに熱い緑茶を頂いておりました。  カーテンが優しく揺れ海からの爽やかな風に夏の終わりを感じます。                         智恵子


  2011年8月18日 (はるか)

 残暑お見舞い申し上げます。 そして、くろまめさん、大変な日々を過ごされていたのですね。 何も知らず…、お見舞い申し上げます。 でもでも、良性だったとのこと、良かったですね〜。安堵いたしました。 残暑はまだしばらく続くと思いますので、くれぐれも気をつけてお過し下さいね。 ネットでちょっと水平線のことを見ていたら、水平線までの距離の出し方というのがあ りました。水面に近い浜辺からだと4.5`から5`、ビルや船上など20bほどの高さから だと16、7`ほどの距離になるそうです。 数学的になんて考えたことなかったので、捉え方っておもしろいなと思いました。                                 はるか


  2011年8月14日 (めるすき)

 残暑お見舞い申し上げます。  HPをいつも楽しく拝見しています。 暦の上では既に立秋、現実はそうはいきませんね。まだまだ猛暑日つづきそうです。    今年も私の大好きな花、ひまわりを買い求めリビングに飾っています。いつも殺風景 な我が家のリビングですが、「ひまわり」の絵(byくろまめさん)とともに華やいだ 雰囲気を味わうことができ心も和みます。    福島では復興のシンボルにしようと、「福島ひまわりプロジェクト」を立ち上げたそ うで、福島から全国各地に種を送り育てられ実った種を来年福島に戻し沢山のひまわり を育てるという企画、土壌改良につなげる試みとして、また絆を感じて欲しいという目 的で取り組まれたとのことです。マスメディアでも時折紹介していましたが、見事に大 きな花を咲かせているようでしたね。  燦々とふりそそぐ真夏の日差しを浴びて炎天下をもろともせず花を咲かせるその姿は、 見る人の心に力をくれるように感じます。  ひまわりのようなくろまめさんが手術治療をご無事に終え、明日は退院の予定である ことを知り嬉しい気持ちいっぱいですが、ひまわりパワーが届いたのかも知れません。 勿論ご主人さま始めご家族皆さまの思いが通じたことは申し上げるまでもないですね。    ゆっくり、ゆっくりご静養されて、またお元気なご様子をHPで見せてください。                                      めるすき


  2011年8月8日 (かずこ)

      暑中お見舞い申し上げます。  7月26日から8月24日までインスブルックで避暑する予定です。  天然クーラーで身も心もリフレッシュ。  アルプスの山々がステキ!!  毎日日帰り旅行で南ドイツや北イタリア等へ足をのばしています。  8月中旬からはデンマークの友人と合流してハイキング・登山(私はムリ!!)を楽しむ予定です。


  2011年7月12日 (くろまめ)

    毎日暑いですね〜。みなさんいかがお過ごしでしょうか。    友人のご家族様が投稿された宮崎日々新聞の「お茶の間」。  「思いやりって なあに?」  母親と幼い息子との会話。  私は読んでいて、ここに紹介したくなりました。 


  2011年7月7日 (はるか)

  こんばんは。  九州南部の梅雨開けは大部前な気がしますが、我地域はまだのよう…。  大雨や小雨や薄曇りが行ったり来たり。    今日の詩は、いつだったか流星群の時に、夜空を見上げた時のもの。  あちこちで観測会などもニュースになっていました。  たくさんの人々が流星群を見たと思います。数は群という程はなかった気がしますが。  「わ〜、きれい!」とか「あっ、あっち!」とか言うのが精一杯で、願い事なんてなか  なか言えません(笑)。    でも、それでいいんだ、と思いました。ニュースの映像、みんな幸福そうな顔をしてい  ましたから。無になる瞬間がいいんだと思います。  今日はちょうど七夕なので、織り姫彦星は登場しませんが、星にちなんだ詩を選んでみ  ました。  「あの日は心の中に」を読ませて頂きました。    うんうん、そうそう、分かる分かる!と頷きながら。  いろんな時代のいろんな思い出が、どなたの心の中にもありますね。  大切にしまい込んでるだけじゃなくて、たまに引っ張り出してあげるといいですねェ。  うんうん、そうそう、私にも、っていろいろ共感させて頂きました。    ありがとうございました。


 影絵展  (2011年6月01日) (泉龍)

     *******************************   6月4日(土)は、コンサートもお楽しみくださいませ。       


 ちょっと 報告  (2011年4月05日) (はるか)

  こんにちは。  今年の年明けの頃、「全国夢一文字コンテスト」(国東ルネッサンス主催)に、皆で参加 しよう!と先生(学生時代の同級生)に言われて、書道教室(私はまだまだ初心者です。 私以外は皆さん若い)の希望者で応募をしました。往復ハガキに書いて応募するというも のでした。「木曜日の風のいろ」の風の字を書きました(書く字は自由ですが、その字を 選んだ理由も書かなければなりませんでした。それも審査の対象。写真ちょっとボヤケテ ますが)。  1000を越す応募作品の中から特別賞(小中高大一般合わせて40強、その下に金銀…)に選ば  れました。  こんな時期ですが…、こんな時期だからこそ…、ちょっと嬉しかったことのご報告。  「風」という字を選んで良かったです。   


 校長先生の手紙  (2011年3月29日) (ねこまま)

 「こんな手紙があります、読んでみてください」とキングストンにいる一人の日本人から来ました。 ************************************************        卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ  諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。  また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。  とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、 心からの御礼を申し上げたい。  未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。  このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の 脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ 狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べる ことは、あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私 は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述べておきたいと思う。私はこの ささやかなメッセージを続けることにした。    諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得 るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大 学での青春とは、如何なることなのか。    大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあ っても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終 わりはなく、知識に不動なるものはない。    大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しか し、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。大学は、学ぶために行くと広 言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。    多くの友人を得るために、大学に行くと云う者がいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会 人になることのほうが近道かもしれない。どの社会にあろうとも、よき友人はできる。大学で得る友人 が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。そんな思い上がりは捨てるべきだ。    楽しむために大学に行くという者がいる。エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。こ れほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。  君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。  学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。  誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。  大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。  言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言 い換えてもいい。  中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理され た。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。  大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。 高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。それは、家庭を持って も変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。    大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。  池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行ける のだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそん なことは出来ない。  「今日ひとりで海を見てきたよ。」  そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。  悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色 の波の音かもしれない。  時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは 、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由 の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空 費にうつつを抜かすな。  いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。  いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。  海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。  真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の 時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとし ても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。  鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。 愛に受け身はない。  教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。  「真理はあなたたちを自由にする」(Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ ヘー  アレーテイア エレウテローセイ ヒュマース)・ヨハネによる福音書8:32  一言付言する。  歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意 を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出し たいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進 歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫 ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。い ち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提 供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の 各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのこと を考える。  泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ 少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ 親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。  今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに 対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私 たちがいることを。  被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅 立ちを誓っていきたい。  巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。  本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定され ているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)  被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみ を希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。                                 梅花春雨に涙す2011年弥生15日。                                  立教新座中学・高等学校                                    校長 渡辺憲司 ***********************************************


母ちゃん ありがとない (2011年3月21日)(牛久のかっぱ)

  母は、昭和4年、福島県郡山市湖南町の雪国に生まれました。若いときから手の器用  な母です。家族のためにいろいろな手作りのものをたくさんこしらえてくれました。雪  深くなると待ってましたとばかりに針を持ち、私たち3人の子供に似合う柄、孫が誕生  すれば孫たちに似合う柄を選んで縫ってくれました。       ↓それらの中の一部分ですが見ていただければと思います。    母、ミヨ子の手作りです。
 孫達にアンサンブルの着物と綿入れ半てんを。これらは私の子供が成長したので知人に  差し上げました。子供には子供なりの柄を選び、大人にはその歳なりの柄を選び、また  母の若いときの着物を洗い張りして縫ってくれました。今でもそうですが、物を大事に  し工夫して生かしてくれます。  長い丹前は今で言えばガウンのようなものだと思います。  幼い私は父がよくパジャマの上に着用していたのを今思い出します。  母は、現在82歳ですが、この先、もし縫い針が持てなくなったら、編み棒が持てなくなっ  たらと言っては、私たちに、そして孫に、そしてひ孫にたくさん縫っています。今年の冬  は、ひ孫のために毛糸の帽子を編んだり、靴下を編んだり、ちぎり絵や折り紙などをしな  がら楽しんでおりました。「毎日毎日楽しい楽しい」と電話をくれる母です。  最後にはかならず「ありがとない」と言います。  「ありがとない」は、ありがとうという意味です。  母は、私達子供が元気でいてくれていることが親孝行だ、とがんばっています。     母ちゃん、私たち子供は最高の母の子供でいられて嬉しいよ。母ちゃんが元気で楽しい  日々を送ってくれていることが私達子供には最高の子孝行です。ありがとない。


伝えたい思い (2011年3月17日) (はるか)

 毎日テレビに映し出されている映像、辛く悲しく胸が痛みます。  こんなとき、何を考えればいいのか、何をすればいいのか、、、  伝える言葉も浮かんで来ず、もどかしい思いをしてしまいます。  胸を痛めつつも、節電や募金などのできることはして、そして、  たんたんと日常生活を送ることなのではないかと  今、遠くにいる人間にできることは、普通にしていることなの  ではないかと、、、。    なので、投稿するものを迷ったのですが、10年近く前の  同じ3月半ば頃に書いたものにしました。  東京の空だけでなく、被災された方たちの地域の空にも  思いを馳せながら投稿させて頂きました。  早く穏やかな気持ちで空を仰げますように。                                         はるか                     


 非常食 (2011年3月13日) (ねこまま)

 北米では、今朝(こちら時間の3月12日)から、震源地近くの被害地での食糧や水不足  のレポートが報道されていました。揃えてありますか? 非常食や水等の以下の物。  成田空港が閉鎖になっていると云う事は、食材を含めあらゆる物資が海外から届いていな  いと云う事です。被害地以外がそれに気づいてパニック状態になる前に非常事態に備えた  物をもう一度確認してください。例えば、私が思いついた物をあげてみます。余震が続く  限り、また大きな地震が他の地域に起こる事もあるかもしれません。何が原因で断水する  とも限りません。  水 ペットボトルは非難の際に役立ちますが、場所を取るので、ブリタ等のフィルターを  使い、大きな容器に水を蓄えるのも一理です。    コーンフレーク等のシリアル(牛乳ナシでも食べられます)。缶詰のスープ 蓋がリング  式になっていて、指にひっかければ開くタイプ。最悪の場合、冷たいままで食べられます。  缶詰の野菜ナッツ類 (塩分の低い物)干した果物(プルーンや干し柿)せんべい、揚げ  せんタイプじゃなくて、塩分の少ない全くのおせんべい乾パン(今でも売ってるのかしら  ん?)。何斤かの食パンを冷凍にしておくピーナッツバター。  チーズ(この際ナチュラルだのプロセスだの云ってないで、長持ちするプロセス:例 雪  印の6Pチーズ)。ただのチョコレート(チーズもチョコレートも山岳部経験者にとって  はなるほどと思う、これは非常用エネルギー食)。    ホッカイロ等の携帯用ヒートパッド(日本はまだ朝晩冷えます)。  短波放送が入るラジオと余分なバッテリー。緊急手当てに必要な物。余分な処方箋の薬。  懐中電灯。余分なトイレットペーパーやティッシュペーパー。  薬品会社が出している、栄養ドリンク(リポビタン、アリナミンみたいなエネルギードリ  ンクと混合しない様に)。  もし、福島の原発に想像を絶する様な問題が起こった場合、お米の値段もあがるかもしれ  ません。お米もちょっと買いだめするのも良いのでは?


 アップルパイ第2弾 (2011年3月6日) (はるか)

 こんばんは。  昨日は快晴だったのに、今日は一転朝から雨です、一雨ごとに暖かくなるのかな。  娘からリクエストをもらって、アップルパイの第2弾を焼きました。  前回はお正月休みでした。りんごは紅玉でした。    今回はちょっとしょぼくれてしまった(笑)富士を使いました。  生じゃイマイチそうだったので。  酸味に欠けるかなとちょっとレモンを効かせました。  焼け具合は今回の方がきれいかも!    さてさてお味はどうかな?はるか   


 スローフードの感想 (2011年2月16日) (さつき)

 八角は、焼酎のお湯割りに入れると美味しいです。  今回紹介の朝日新聞のレシピ早速作りましたンガ〜、ドヘ〜ッ^^;  やっぱり、ミネストローネ風に煮込んだ方が旨いでした。ハハ^^;  酒粕は常備してるので、みそ汁に少しだけ入れたりしてはいます。  カリコボーズで賑わってますね〜^^/


『カリコボーズ』を読んで。(2011年2月15日) (はるか)

  タイトルのカリコボーズって何のことだろうなァと思いながら、興味深く読ませて  頂きました。こういうお話大好きです。体験された方は恐怖心の方が強いのでしょう  けど、聞く側はゾクゾク、ワクワクですね。途中、宮澤賢治の風の又三郎を思い浮か  べました。最後の方に登場したので、やはり!と思いました。南方熊楠の話も耳にし  たことがあります。   私の育った環境は、そこまで山の中ではないですが、目の前が川ですし、今はコン  クリートで固められて容易に入れませんが、昔は大きな石がゴロゴロしていて、よく  川に入り、その石を飛び回ったり石の上に寝転がったり・・・魚の捕れるような川で  はありませんが、遊び場でしたね。周りは田畑や野原でしたし、3、4分で裏山があ  りモガリブエなんかも耳にしていました。が、そんな伝説(実体験されたことだから、  こういう言い方は失礼ですね。私は残念ながら無いですね〜。     銀鏡の由来もへぇ〜っ!と思いました。神話も大好きです。なかなか、何とかのミ  コトとかの名前は覚えられないですけど。山や川でではありませんが、ちょっと説明  のつかない不思議体験、私にもあります(笑)。   とても興味深かったです。書いて頂いた榎本朗喬先生にも感謝ですね。   読ませて頂いて、ありがとうございました。                                はるか


チョコケーキ (2011年2月13日)  (はるか)

 こんばんは〜。  まだ2月だから仕方ないですけど、寒い〜ですね。  明日、バレンタインデーなので、毎年の恒例、  手作りのケーキを焼きました!      今年は粉やココアパウダー、チョコチップなどが  セットになったものを使ってしまいました。  でも3種類焼きましたョ〜。  会社の人達(夫と娘にも)へ感謝の気持ちとして渡すので、  どういうふうにラッピングしようかなァ?と今考え中(笑)。  それもまた楽しい。    渡す前に今日の内に味見をしとかないとですね(笑)。                                                        ではまた。はるか



 クッキーが焼けました (2011年2月8日) (しろまめ)

    


 ときどき郵便   (2011年2月4日)  (arisan)

  星野富弘さんの詩画カレンダーに心うたれて、父母に絵入りはがきを書いてみ  たくなりました。   二三日前にイワシの干物を焼いて、お皿に乗ったその干物が、なんとも絵にな  っていたので、描いてみたくなったのですが、自分で描こうとした絵とはほど遠  いものでした(苦笑)。  でも、気を使わない親にだから、まぁいいや!と出してみました。     久しぶりに絵を描いてみました。  邪気はらう”節分イワシ”  今日は節分です。  父さん母さんがこれからも健康でありますように。  時々こんなはがきを書いてみますね〜〜!!               2月3日 節分の日に  


宮崎   (2011年2月2日)    (あつ子@カナダ)

  フェニックスハネムーンのお陰で昔を思いだしました。  思い出を語るって本当に良いですね。   ガイド時代は、宮崎と同じように私が一番光輝いていた頃かもしれません。  辛くてきついこともあったけれど、でも宮崎をただひたすらに案内していた事  は自分でも誇りに思えるくらいです。宮崎交通が大好きでした。そこには、や  はり惹かれるものがいっぱいあったからだと思 います。   宮崎の顔と言われた私達の仕事はそれなりに訓練が真心で行き届き、それは  宮崎を創り上げた岩切章太郎会長のあのご尽力だと思っています。今の宮崎を  空の上からご覧になってどう思っていらっしゃるかなって思います。   鳥インフルエンザがまた宮崎を襲い、あの案内していた新燃岳が人々の生活  を脅かしている。グレーに染まった姿 がそこに住む人達の苦しみを伝えている。  辛いなって思います。   歌を口ずさみながらあの時代は良かった・・・自然を壊さずにそこに自然に  合う美しさを添えた宮崎がありました。  どんげかなるじゃろうか・・・宮崎。  頑張れ・・・宮崎。  


つないでいます   (2011年2月2日)    (しろまめ)

      


マフィンが焼けました   (2011年1月26日)    (しろまめ)

  明日の朝食にします。      


フランスより   (2011年1月25日)    (良子)

  パリまで12時間、乗り換えジュネーブ1時間、バスで5時間、夜中の12時ホテル着。   旅も体力を要すると実感。ましてや重い靴とスキーに年を感じています。が、青い空、   白い雪、すてきな仲間。楽しい初日でした。   1ヶ月前まで寒波で雪。その後快晴続きとの事。成田のほうが寒いかな?   A380 550人乗り二階建てに初めて乗りましたが、丁度翼の上、大きすぎて何も見えず。   4スターホテルなのにティッシュなし。タオルは、5日間で2回取替え。他有料。節電   徹底。でもハンサムなフランスボーイ野郎が結構親切。怪我しないように楽しみます。     皆様もお元気でお過ごし下さい。       


縫い初め   (2011年1月12日)    (しろまめ)

  ティッシュボックスカバーです。   遠目に見ると綺麗な仕上がりです。   立体を縫うのは初めてで、難しかったです。   ひとまず完成させることができて満足。   


新しい一年   (2011年1月8日)    (にゃんにゃこ)

  くろまめ様   また、新しい一年が始まりました。   皆さんの抱負はなぁに?   私は、怒らない一年にしたいな。   笑いが、あそこにもここにも顔をのぞかせて、私の、体からピンクのオーラが   ふわふわと漂うそんな感じ・・・。すてき。    すてきなこととを思うと、心臓がトックン・トックンするわ。   本年もよろしくお願いします。


大分より  本年もよろしく   (2011年1月6日)    (はるか)

  今年になって明日でもう一週間ですねェ。   遅ればせながらですが、明けましておめでとうございます。   昨年の途中からですが、お陰さまでなんとか無事に年末まで続けられました。   今年も、古いノートのページをめくりながら   ぼちぼちのペースで(笑)、頑張っていけたらと思います。   今年初めての詩、新年にふさわしいようなのが無いんですけど   いつも暗めなのしか書けないので(笑)、でも、その中から   再出発のような気分のものを選んでみました。   深呼吸をすると、胸の奥の方まで新しい空気が入って来て   気分も新しくできるような、、、。   ちょっとずつですが一歩一歩でも前進できればいいですよね   (座り込んで歩けなかった時期もありましたから)。   お正月休み中に、アップルパイと焼きりんご、無事に完了しました。   針をチクチクして自分用の小さなキーケースも縫いました。   今年も、自然体、マイペースをモットーに、自分らしく!でいきたいと思います。   もう少しおつきあいよろしくです。   今年もどうぞよろしくお願いいたします。はるか