里津子の窓10

人生で大切なものは”孤独の引き出し”です。家族や友人も知らない一生自分しか開けない
引き出し。それぞれが、整理したり何か彩を加えたり要らないものを捨てたりする。ある人
はその中に絵や歌や詩やゲームやメールや様々なものをしまっておくのは言うまでもありま
せん。何も置かないすっきりした空間で安らぐ人もいるでしょう。そこはとても大きなパワ
ースポット。自分の心の中の引き出しです。

******** 「里津子の窓1」の下段に「写真ギャラリー」を移設しました。********





ネズミが消える日 (2016年12月20日)

いつの間にか小さな秘密の籠を持ち歩いて もうすぐ5年になる 中で小さな白いネズミがちょろちょろと移動したり よじ登ったり飛び移ったり甲高く鳴いたり 床で寝ていたりちゃっかり小鳥に変身したり 居ることは確かな事だ 困ったなあと覗き込むと こちらのハラハラドキドキをよそにその環境を 楽しんでいるかのように見える ところがある日さらにその姿が小さくなっていた ネズミも本当はどこかに帰りたかったのだろう こうやって物事に囚われてシンパイして暮らし すっかりエネルギー不足になったオバサンは もういやだネズミよ消えてくれ去れと叫んだ ネズミはオバサンジシンであり又他の者でもある こんなややこしい夢はもうこりごりだ エネルギーの消費量ときたら大変なものだ よれよれにこんがらがり修理行のパソコンのエネルギー もすっかり食べつくされ破壊されてしまった 幸いハードディスクを新品にして10から7に戻り こうして又オバサンの役に立ってくれている しかし5年の間に3回も壊れた 大切な命のエネルギーは自分のために使わないといけない オバサンは今週銀座画廊暁でグループ展がある ハラハラドキドキ恥をさらし熟年の知恵や努力を 継続させるのだ難しいことも考えないといけない ボケたりコケたりしていられない だからネズミよ去れ そら君が起きなさいとベッドに近寄りいつものように 手をペロペロなめて家族全員を起こし始めた 新しい朝が訪れた

日常と反省と学習と (2016年10月22日)

8月以来ダルイツカレル治りにくいという事が続きカロナール1錠を 飲む日が多かった。薬は人により効果が違うと思うがやはりこの薬は 自分の肝臓には合わないと確認した。風邪には市販の風邪薬を飲んで症状を 改善する位がよさそうだ。このことは既に経験済みなのに悪い習慣が出て しまったと思うが他に頼るものがないからだ。反省。 先日通院があり家人のおしりたたいて同行してもらった。病院でも何とか 美味しい物を見つけたい人なので困る。あちこちにある血圧測定器 は使用可能なので試していたが上が160と印刷された紙を握りしめ 折りたたんでいた。今倒れられても困るのだ。先生にはがん検診が おすすめですと脅かされたが憶するところ無しの様子だ。 帰路のバスの中で前方の椅子に座った家人が隣の夫人のコートをお尻で 踏んだらしくてひと悶着を起こしているのが見えた。あとで聞くと家人は 夫人がコートを引っ込めなかったからだと怒っていた。四角い厳つい肩 で腕組みした熟年おじさんはわけもなく嫌われる運命だ。欧米人のように 笑いながらマダムコートがと言えないものだろうか。が海外では言うだろう。 病院通いは一日がかりだと友人たちも言っている。病院内はさまざまに 改善の様子が見られ張り紙もあり何となくうれしかった。英語表示のみで 和訳のない病名がありケイタイ辞書で調べてみたが不明であり釈然としない まま帰宅して調べないうちに忘れてしまった。以前5年の間に2回ほど 病院に問い合わせの電話をした際に交換に即医師に回されてしまい困った 経験があるので今回はCT検査の予約を帰宅する前に変更してみた。 診察の順番の間に挟んで中に入れてくださり変更できた。学習した。 家人に読みかけの本でノンフィクションがん4000年の歴史を取り上げられ 下巻から読むしかなくなった。2か月ぶりにトリミングと預かりを経験した そら君はふわふわすべすべの毛になりよその子みたいになっていた。 その店で購入したのに店長さんに虚弱犬で困ると愚痴を言ったらお試し用の 犬エサの子袋を沢山くれた。しかしそら君はぷいと横を向いて食べない。 相変わらずピーマンやキャベツの堅いところやサツマイモに目がない。 病院はいくら遠くても通えるうちが華であるとしみじみ思ったことだ。 最近自然観察などがおろそかになっているので反省している。

仏画を描く人や試練など (2016年9月12日)

シゲシゲと観察していたら仏画は昔全部手描きだったのに今はプリントが 多くなったと話し始めました。お寺に行っても近寄ってみることはないから 解らないでしょうでもこうやって金箔を効果的に貼るのは蝋燭の灯りが 下からあたるからです。なるほど丸い小さな模様が配置されていました。 繊細な筆さばきと少ないながら吟味された色彩で単純な顔の表情から 各々が読み取ります。色んなリーダー的存在の作家さん達の展示でした。 台風の日の夕方なので画廊には当番の作家さんしかいなくて熱心な説明を してくださるのを楽しく拝聴しました。風と雨が過ぎ去った安心感から 以外に時間が経過したような気がします。生涯学習の身ですので何でも 有り難い経験です。挑戦した絵画が展示されなくてガッカリでしたが 又次の挑戦を探している自分にびっくりです。この頃考えすぎてしまい 持ち前のノー天気や単純さがなくなってきているような気がします。 ジャカルタ時代の写真などをまた眺め直して記憶を引き寄せました。 先日近所のショイカーゴで新鮮な新生姜の束を購入した時にその葉の 素晴らしさに感動して備前焼の花瓶に投げ入れました。後日ジンジャー の白い花も加えました。この花は一夜限りのはかなさですが香りは いつまでも脳裏に残ります。しょうがの葉のふちが茶色味を帯びても 備前の色とマッチしていて日持ちが良くて気に入っています。 週末に愛犬のそら君に手の親指を噛まれました。断食矯正のトレーニング 中でイライラしているそら君が振り返りざまにあてた牙が親指の関節 を直撃。血を多めに出してから流水で洗いエタノール綿で消毒して 置きましたが翌日の昼にはバンドエイドの下の指が根元まで赤くなり 腫れが引きませんでした。普通の人はこうやってばい菌と戦えますが 自分はいろいろと注意しないといけませんのでストックしてある クラビットを一錠飲みました。検索してみると病院に行くと処方される とありとりあえず一錠だけです。通常は3,4日飲むものなのです。 使用方法を守らないと抗生物質が効かなくなるという事になります。 夜半の大汗と苦しさは薬の副作用なのかわかりませんが久々の試練 でした。翌朝には腫れも引き曲げてもあまりいたくない所まで回復。 よその犬などにかまれたら即病院に行かないといけません。数年間 寝ていたクラビットに感謝。この薬は医師の処方でしか手に入らない はずです。そら君は毎日指を見せられて叱られるしエサは食べさせて もらえないし不満な日々です。こうして主も犬も試練が続きます。

新しい月の朝 (2016年9月1日)

9月の朝はムラサキツユクサの青い花と淡いクリーム色や真っ白や 八重の芙蓉の花をケイタイ撮りする事から始まりました。そら君が リードをグイグイと引っ張るので下を向いたり横を見たりしている 花の顔をパチリと収めるのはなかなか大変です。 タマ地区でも道端の写真を沢山撮りましたが先のリンゴ嬢は太目で 重たくてもおとなしく抱っこされていましたので仕事が進みました。 朝6時の太陽は既に容赦なく暑くて首に巻いたタオルが重く湿ります。 椅子型カートを押した高齢者が車道を緩々と進んでいて同じく車道 を選んで歩いている私たちと遭遇しました。お互いに笑顔で明るく 朝のあいさつを交わします。毎朝3,40分の犬散歩が滞りなく 出来る日々に感謝です。 先月はカロナール200の出番が毎朝になりました。棚の中で冬眠 していた薬も引っ張り出して活躍です。外出は極力控えて体調維持に 努めていますのでさほどの変化もなく暮らしています。 玄関ドアの前でひっくり返っていたセミを2匹逃してあげたら 大忙しでビービー鳴きながら空を目指していましたので一安心。 秋虫の声が目立つようになり台風を避けて出し入れしていた鉢たち に少し肥料をあげました。生命力の強い植物は根を張り差し枝した バラも青々としています。 優先順位を考えて焦点を当て暮らしたいです。力試しに挑戦した 絵が入選したらよいのですが現実はどうでしょうか。絵画は人目に 触れて批評されてこそ存在価値があると思います。どんどん恥を かくしかないのです。80歳を超えてなお勉強している先輩たち の背中を追い精進です。

ご先祖様からの切望 (2016年8月3日)

お盆恒例のご先祖様からの夢を見ました。不思議かつ良く当たるので ココロしてみないといけない夢なのです。暗闇に短冊が3枚浮かんでいて 最初のには2名の名前が書かれていますがぼんやりしていて読み取れません。 2枚目と来たら名前がさらにぼんやりしていておまけに後ろに引いていくので 解りません。3枚目は家人の名前がハッキリクッキリ黒墨で書かれています。 亡義父の達筆に違いありません。80歳過ぎてから小型船舶の免許を取り 地元新聞に掲載されたりせんべい布団の枕元には六法全書が置かれて いた眼光鋭い義父でした。あるいは遠方の墓参りをせよというお知らせ かもしれません。 自分のことばかりでなく一人だけ残った息子をよろしく頼むという事です。 リタイアしてから家事買い物掃除といろいろ教えていますのでだいぶ 苦にならなくなったリタイア生活なのですが少なくとも市の健診くらいは 受けてもらわないといけません。タバコもやめないので以前内科医にも さじを投げられているのです。悩み多き熟年カップルです。 昨日千の風になって2年目の先のリンゴ嬢のお墓参りに行きました。 もういろんな法要のお誘いには行きませんが実に多くの仲間たちと眠る 場所ですのでさみしくないなと思いました。家の中にもいっぱい写真が ありますので毎日お話しています。そら君にエサを食べるようにきつく 言ってねとかお家を守ってねとお願いしています。誕生日を過ぎたので そら君には普通の犬のしつけをビシバシしていくつもりです。とは言え 二日目の断食中なのです。狩猟犬時代の名残で食べられる時にまとめて 食べるという習慣があるのかと考えるほど我慢強くテコでも食べません。 この地域も最近のゲリラ豪雨に悩まされていますがこの間の朝方には 西の空に2重の虹を見ました。そら君が雷を恐れて吠えることが無くて エライと思いましたが眠れなかったと見えて昼間バクスイでした。 こういう雨の降り方はジャカルタ時代に慣れていますので冷たい風が 吹きはじめ黒雲が集まりだすとサッサと洗濯物を取り入れます。 色んなご先祖様に感謝。

小さな仲間たちの生命力 (2016年7月29日)

数年楽しんでいた鉢植えのローズマリーが枯れた。残りの鉢も枯れそうだ。 植替えもして気を使って来たが茂るままにしてカットしなかったのが良く なかったのかも知れない。バジルや葉セロリも枯れた。ところがスーパーで 購入した料理用のバジルを食べないでコップにさしておいたのが白い根を 生やして成長している。この間一つに花まで咲いた。 空いた鉢にカラミンサネペタ(しその香りのハーブ)と根の出たバジルを1本 植えてみた。撒くだけで土が再生するというのも試してみた。これは以前 使い残しを見たらコムシがわっと出て来て超びっくりしたので今回は使い 切りを選んだ。土壌改良菌等の働き者が詰まっている土だ。 コップにはまだ根の生えたバジルが2本残っているのでココロ強い。 園芸店の鉢も2,3か所探してみたがどういうわけかバジルは元気がない。 過去に松ぼっくり枝も菊も根が出て外の鉢で成長出来なかったが花に添え られていた葉物の末裔は4,5年たっても細々と在る。今ツル葉を差してある のであわよくばこれにも根が出ないかなと期待している。 枯れる寸前の柊の鉢をひっくり返して中の土を調べたら大きなナメクジさんが 沢山お住まいだった。土ごと処分して根元がすかすかしているのに柊は 新しい葉を出している。またかび病から完全に生き残ったバラは花をつけて いるので繁殖するかもしれない。この方は実にしぶとくて偉いがカビた葉を せっせと摘み取るのは実に厄介な仕事だった。 部屋の窓辺に新しい鉢ローズマリー・モーツァルトブルーがこぶりながら 元気に茂り薄い水色の花が香りを立てている。オリーブの枝には12,3個 の実がボトンとぶら下がりスダチは今年3個だけでイチジクには実がない。 ブルーベリーと来たら花がたくさん咲いたのにほんのの少ししかみのらない けれど自家製完熟の一粒一粒はダイヤモンドみたいだ。 明日が無くても今日の花に水をあげましょうという気持ちはヒトだからこそ。 我が家でこの気持ちを持続する事ができるのはジブンしか居ないので 鉢たちの行く末が非常に気になる。リタイア家人にぼちぼち教えるしかない。

テコでも食べない犬 (2016年7月24日)

来月で2歳になるそら君はケガ2回の後遺症なのかとにかく食事に 欲がなくて困っています。同じ悩みを持つトイプー仲間も多い様子です。 オヤツで好きなのは蒸したサツマイモを干してカットしたものや柔らかい 砂肝などですがこのサツマイモはヒトが見ても実においしそうなのです。 キャベツの芯も好きですが先日はベランダのピーマンも小さくて柔らかい うちに収穫して与えました。辛みが強いよという顔をしていました。 好みでないおやつには振り向きもしません。ドライ牛タンスライスは安く 無かったので家人のおつまみにしたいくらいですが実行出来ません。 ドライフードに鶏レバー缶や水を足して時間を置きやわらか団子にして 2日に1度は与えています。エサを食べないとイライラして寝つきも悪く こちらは大迷惑なので仕方なく強制的に食べさせます。小さな団子を 舌の奥や上あごに張り付けて口を閉じて鼻に触るとごっくんと飲みます。 比較してはいけないと思いながら先のリンゴ嬢は最後の日まで食い気が 強くて長生きだったとタメ息です。時々カアチャン大好きだよという顔を して目の前にきちんと座っている姿を見ると複雑な気持ちになります。 すでに骨格が出来ているので痩せタイプの犬という特徴になるのでしょう。 エサの悩みを除けばめちゃくちゃ元気で大分言う事も解りつつあります。 涼しい季節になるまではエサを口に運ぶ母犬になるしかありません。 主は今月カロナールの出番が14回になりました。病に対する研究が そのうちにスタートするのではないかという希望もあります。どうやら コケの一念が星に届いた様子です。いつスタートしていつ成果が出る のかそれは不明です。難病の数の多さと言ったらすごいものですから。 右にある肝嚢胞が団子状に3個もくっついてそれが10センチという 状態や左の大きな単体と他数えられないという現状は困ったものです。 まだ食欲には影響していませんので食欲系で今年の夏を乗り切ります。 主治医と穏やかにお話が出来る様になりその辺の安心感は計り知れません。 8月は銀座の画廊のグループ展があり9月の公募団体へトライもあり 少し緊張して暮らしています。来年の国展のエスキースを先生と沢山練り 相当考えたりして大幅に進歩したかもしれません。変化は進歩なのです。

小さなムラサキイロの蝶 (2016年7月12日)

中一位の女の子が二人 早朝のイチョウ並木の下の狭い道を ふさいでゆっくりもたもたぐずぐず歩く 脇によって道を譲ってほしいな 朝は忙しいんですけれど 犬もチョロチョロクルクル前に出たい 別れたんだよね 肩を落としてタメ息さえ聞こえてきそうな 中一女子体型でも話すことはオトナ 慰める友人の声は意味不明だが 紺の制服が深刻に足並みをそろえる 右側の子がふと道の電柱の根元を見た 小さなムラサキイロの蝶がひとり はかなげにヒラヒラヒラヒラ 青春が迷いながら哀しげに 電柱の根元で羽ばたいている 犬を急かせて左の車道を選び 白いジンジャーの花や夏草の茂みを確かめた 香りは届いてこないが安らぎがうずくまっている そこの赤い自動販売機のところを曲がれば 見慣れた脇道と角と家々と畑と空き地が 手慣れた老年の日々の選択のように ただ現れては去り住み家へと導かれる ふと小さな蝶に目を奪われた頃 哀しげにその行方を追ってみる 無垢な気持ちと一瞬のココロの輝き わたしのムラサキイロの蝶とは どこで別れたのだろうか

タナバタの通院 (2016年7月9日)

新宿のいつもの停留所でバス待ち顔していたら隣の親子の辺りから ちょっとあんたこの赤い線に沿って並ぶんでしょとキツイ声が聞こえました。 注意されたのかと思い八として並び直しますとその母親がさらにキツイ 声であんたバス代自分で払いなさいエッ足りないの財布の中見せなさい なに165円しかないじゃない私と一緒じゃなかったらバスに乗れない じゃないの。ちょっとちょっとそれはやりすぎでしょうと思いよく見ると 言葉の割には普通の母親と中学生くらいの女の子でした。こういう教育 方法もあるのでしょう。世の中考え方色々で鉄は熱い内になのでしょう。 朝七時半に家を出て正解の日でした。各駅停車の電車はさらにノロノロ 運転で途中で快速に乗り換えても到着ギリギリでした。10時のエコーと 血液検査が終わると問診まで2時間以上あります。バスでデパートにでも 行くか時計の電池でも入れてこようかと迷いましたが蒸し暑い夏日で 頭もボーッとしていて駅のおにぎり専門店でおいしそうなおにぎりもゲット したので移動は止めにしました。 エコーの時に吸って吐くがものすごく早くて過換気症候群にになりそう だったと想い出し怯えていたら今回は回数が減り一安心。2年半前の先生 だとは気が付かないくらい容貌が変化していました。月日は人を変えます。 問診時に確認したらガスの影響を避けるために呼吸を素早くする時が あるそうです。正確性のために色々と指示されるのでしょう。経過観察中 の身ですので大した変化はありませんでした。 待ち時間は病院内の人気の少ない空いた場所の窓辺の椅子で読書や 地下のおにぎりタイムの場所の発見があり病院に慣れてきたと思います。 観察はもう飽きましたのでひたすら落ち着ける場所探しでしょうか。 薬局の人にお腹のガスの問題を相談したらコンビニでも売っているある ドリンクヨーグルトを教えてくださいました。こういうことはドクターより 栄養士の人の方が良く知っているらしいです。自分で調整したら長年の 悩みが止まりもっと早く学ぶべきだったと後悔しました。ご自分で試した 方法を伝授して下さったいつもの薬局のご親切に感謝です。 帰路駅から10分の道のりなのに汗ダク。消防署の前では保育園児の移動 ノロノロや自分のようなヒトのお邪魔通行で今まさに消防車も救急車も 出動という状態を妨げていたのです。手荷物4個もぶら下げたおばさんで ごめんなさい。家では初めて7時間留守番のそら君がいろいろとやらかして くれていましたがケガはなくて先に帰った家人があれこれと処理していて 大助かり。犬も家人も緩々と成長中で経験を重ねています。虚弱な犬を とても大切に心配する家人ですが連れ合いにも配慮して欲しいものです。

昆虫が少なく汗だらだら (2016年7月3日)

早朝でもすでに暑くて元気なのは8月で2歳になるそら君ばかりです。 玄関を出たとたんに悪い癖が出てワンワンシズカにが始まり散歩が 嬉しくて興奮するので困ります。時間をかけて諭すしかなさそうですが 地面に降ろす時もめちゃくちゃ暴れです。集合住宅は外まで抱っこルール ですが帰宅時は静かなのです。2回のケガで心が荒んでいるのに違い ありません。主は首タオル帽子長袖サングラス。犬とは長い間互助関係 なのですがエサも平気で2日は食べないので口に運んであげる始末です。 近所観察が足の速すぎるそら君のおかげでおろそかになりました。 ひまわりさんの道では犬の落とし物チェック騒動が多くて通過するヒトと 犬に対して威嚇的だということが判明。日陰道なので残念なのですが ちょっと道を変えたりしています。ある家の前では手提げチェックまで されてムッとしましたが相手の気持ちもわかるマナー違反者は居るのです。 おばあさんの小さな畑には去年のお化け大根がまだそのまま生えていて 花まで咲いています。まるでおおきなカブのお話みたいです。おばあさん は腰を曲げて畑の中でゆっくりと仕事をしていて幸せそうに見えます。 その先の家で早朝からサッカーボールを向かいの家の塀に蹴りつけて いる子供がいて余りに続くのでウルサイと小声で注意して通過したところ 以後姿を見ません。以前公園で野球する中学生たちにボールを当てられ 付添の母親に文句を言いましたがその後ボール遊び禁止看板がさらに ふえていて練習はなくなりました。ニュースで問題が起こり親の責任を 問うかどうかという事があったと記憶していますが意地悪ばあさんでは ありません。意地悪ばあさんに似てきてはいると思います。 PCの10への移行はまあまあ問題なく済みましたが勘違い削除とその復旧 の苦労やトロイノモクバや不正アクセスの多さやサービスの終了問題等が が目白押しで相談する業者やウイルス対策がなかったら旧人類は生存 出来ないでしょう。それだけでもストレス過多です。困るヒトを相手に ゲーム感覚の新人類が存在することは確かでやはりストレス発散方法 なのだろうかと推察しています。お互いに大変な時代です。 そら君と夕暮れのベランダ角風を楽しんでいる時先のリンゴ嬢は床に ムササビ状態が好きで抱っこは嫌いだったなと想い出しました。 誕生日が過ぎたらそら君にキビシイシツケをせねばと決意しています。 外は急激な温度変化に依るのかいつもの年に比べて昆虫が少なくて 何か変だなと思います。動物的な感覚が的中しないことを祈ります。

青い紫陽花とグレーの犬 (2016年6月26日)

近所の大型ホームセンターで鉢植えの青色大輪紫陽花をシゲシゲと 眺めました。季節は夏に移りつつありますのでこの鉢花を来年用に 購入しようと決めました。ベランダにある一鉢は切り戻し過ぎてしまい 今年は花が咲きませんでした。3年ほど前に八王子で捨て値で購入 した花火模様なのです。購入した青色紫陽花の花を仏様の写真の前に 飾ったりしましたが水揚げの悪い花故持ちが短くて1週間ほどの間に 残ったのは鉢の3輪ほどです。今花のふちが黄緑に変化しています。 太陽光に誘われて日陰のありそうな公園に出かけてみました。睡蓮や ハスの花が咲き亀や大型鯉が水面の上めがけて泳いでいました。 小川で子供たちがザリガニを取っていましたがその会話が大人顔負け で家庭の様子や力関係が見て取れ思わず吹き出してしまいました。 そう言えばドラゴンはちゃんと子育てしているかしらねと家人と噂して もう子供が二人くらい居るかもねと。お日様も嫌いだしショッピングも できるのかねと。本当にドラゴンだったのか狐に騙されていたのかは 不明です。とにかく毎日のように応援していたのが懐かしいです。 グレーの毛で頭や背中に黒が混じるそら君は緑の葉に覆われた公園 でほとんど宙を駆ける様に走りくるくるまわるので疲労が激しくて大変です。 車で出発する前にいつも条件反射で普段食べないドライフードをパクパク 食べるのが可笑しいのですがむせない様に気を付けます。ゴマ麦茶が 好きになりとにかく冷たい麦茶系がお気に入りの贅沢犬です。 主はガスモチンを飲まない日はおなかや右横腹が張ります。パリエットと この薬とヨーグルトとビオフェルミンの飲み合わせは合わないとわかりました。 腸内お花畑にどんな花が咲いているのか枯れているのかわかりませんが 来年新しく咲く花もあるかもしれません。人それぞれ合う合わない食べ物 や薬があるのは当たり前です。胃腸のガスはのう胞を押し上げたりして 痛みを感じさせるような気がします。エビデンスになるのかならないのか。 公園を降りて大きめの川を目指す道の目印として皇帝ダリアが植えられて いますがまだ緑の藪に見えました。夏の終わりから冬まで大きな花と姿で 人々のお役に立つ花です。ポニーテールの外人女性が自転車を降りて いきなりその辺の芝生に寝転がったのでビックリ。虫がいるんですよ。 同じく外人男性の中型犬は頭に保冷布を付けて命令通りに座っていました。 わがそら君は頭にタオルをかけられて日陰を目指し早々に帰宅。

海辺の無料ジャズフェスティバル (2016年6月17日)

あのーこっちの方に屋外音楽場ありますかと尋ねられました。相手は 70歳後半と思われる普通の千葉風おばちゃんで手荷物を2,3個 ぶら下げています。彼女の向かっている方向は海辺の公園のヨット ハーバー寄りであり進もうか帰ろうか考えあぐねている様子でした。 バス停で降りてから反対方向にすたすた歩いて来てしまったのでしょう。 習慣的に公園の駐車場の一番奥に駐車してそら君の大暴れに備えたり 車内でおにぎり大急ぎ昼食をしていた私たちは運よく彼女に遭遇しました。 道を間違えたみたいなんです。ここら辺でジャズフェスティバルがある んですというのを聞いて開場までにまだ1時間もありおまけに日差しが きつくなって来ているのに熱心なんだなと正直なところ驚きました。 道をしっかり教えながら家人とジャズフェスティバルだってよと意味深に 目顔で頷き合いました。松林の下の日陰を選び大きなアリさんのお仕事を 邪魔しないように気を付けてそら君と歩いていくと聞こえてきました。 ワクワクする音量とジャズ風な歌声の練習が。濁った色の海水が割合と 穏やかに押し寄せる海岸と防風林と白いヨットと沖のタンカーの景色は お決まりですが最近ではエアレースもあり現代風で若者やその家族の 週末生活がおしゃれな海浜公園エリアです。 大柄女性と男性二人が準備中の小さな会場の段々椅子には2,3人の 老齢組が陣取っていました。ぐるりと取り囲む木々の奥からは若い カップルが集まり始めている様子でした。住んでいたジャカルタの部屋だけ は広い田舎家でジャズのCDを流しながら絵筆を振り回していたのを想い 出しました。接近している隣の家のガレージには感じの良くない運転手が 待機していて我が家の庭を突っ切って道に出るのに腹を立てたりしていた ものです。マレーシア人が住みその向かい側にはイギリス人そして反対 隣りはドイツ人という国際色でした。今はオルゴール音楽でノー味噌を 落ち着かせています。 絵画を続けることにより自分で自分の心身をコントロールしたり癒したり して来ました。言わば絵画療法とでもいうのでしょうか。成功には遠くても 重要なのはプロセスに違いありません。 駐車場に戻るとおまわりさんとおばちゃん2人組が熱心に話していました。 家人はあっとっつかまっていると自分のことのように叫びましたが又間違え て会場を探している人たちだとすぐに分りました。おまわりさんを差し置いて ジャズの会場を教えました。あっでもこの道から行った方が近いですよと むきになり教えているお若い仕事熱心なお二人でした。 このところ1日出かけると2,3日はダルイツカレル生活が続いています。 先月はカロナールの出番が10回もあり今月はすでに7回です。1日1回に していますがカロナールの悪口を言ったのできまりが悪いのですが自分に とってはお助け薬としてノー味噌が認識しているのに違いありません。 疑似薬という言葉があり中身は砂糖でも効くと思えば効くものらしいです。 色んな炎症が起こる気配などは経験的に察知できるのが有り難いです。 銀座暁画廊主催のグループ展が8月8日から13日まであります。 現代絵画・抽象展です。また少し顔見知りの方や初対面の方々にお会い 出来そうです。ペーパーボードにボールペンやマジックインキやパステル を使い自由でのびのびした作品にトライです。うまく描けるかどうか不明 ですがエスキースつくりに励んでいます。レベルの高い作家の方々に 教えて頂けるラッキーなチャンスに感謝。

足元の小さな世界 (2016年5月27日)

夕刻の電車内でドアの真横に立つ男性が ボロボロ涙を流して顔をぬぐった 突然の目の前のドラマを驚いて見つめた 背広姿だが真新しいスニーカー風の靴が 仕事の世界を物語っている コンビニ袋から20%引きのタグが付いた卵サンドを 引っ張り出して食べ始めて又涙を払っていた ポテトスティックにも取り掛かりさながら 食欲に慰められている様子だ 中年の男性のそんな姿を向かいのドアの若いサラリーマンが 批判的に眺めていたが時々ビールにおつまみ組もいる そういう人は臆することなく楽しみの世界に浸る その手前にはミニスカートの若い女性がいて あごの下に粒チョコの袋を挟み込み 両手で携帯を操作していた 見回すと車内は携帯をのぞき込む人々の群れだ 足元の四角いスペースに小さな世界が生まれて それがどこかの空間につながっているような錯覚 朝にはヨコスカ線の中のドアの前で赤いヘッドホンを つけた男の子がダンスを踊る姿を見た かかとのターンや腕の動きなどがシャープで 心の中で拍手してみた くるっと後ろを向いた時にそれが届いたと思う めったに居眠りしないと観察していた外国人がバクスイする車内 5月の若葉が白く翻り伸びた雑草が空き地を覆う 薄い水色の空には湿った明るいグレーの雲がある 天気予報は雨で南の海のほうから風が吹いている タワーマンションとセットで登場するスーパーやスタバが 景色の中を流れて行きどこかの経済が動いている証拠の 建築現場があちらでもこちらでも地中に大きな穴を作る 思い立ち踏み出せば気が付く様々な世の中の動きだ 足元の小さな世界から出発してどんな場所に着地しようか

そら君の留守番 (2016年5月21日)

エーッどうして留守番なのさとボウゼンと立ちすくむ リビングのドアの細いガラスから覗き声も出せない もう1年くらい一人でお留守番なんかしていないよ クッションも何もかもテーブルの上にのせてある キッチンのガスもロックしてあるのはこの前 腕の中からじーっと見つめていたからだね あちこちロックして脱走できないようにしてある 毎日いっぱい観察してインプットしているからだ 脱走は無理だけれどこうなったらアバレルゾー テレビなんかつけてあってもみないんだよ ガチガチの堅い皮オヤツは留守番の時だけもらえる お気に入りなのでブンブン振り回してみた アラーッ椅子の下の奥に入っちゃって取れないよ 食べるのに30分はかかるオヤツがなくて どうやって過ごすのさエサなんかよりオヤツだ オヤツ出てこい出て来いと細長い前足でがんばる あきらめて長椅子の敷物をくわえて引っ張り下ろす それを足掛かりにエイッと飛び上がった 同じく隠し忘れたグリーンのひざ掛けも引っ張った それからはどうしようとウロウロ考える悩む 小さな脳みそは恐怖限界とうとうオシッコモチビル タダイマーとママの声がするけどドウシヨウ アアアアアーと走り寄ってくる 飛んだらポキッだよホラッと毎日実演されていたから とうとう飛ばなかったんだよエラカッタデショ 怒る怒る血圧が上がるのにストレスは体に悪いのに ケージにいれてバチンと鍵をかけられて 一人だったらここでも暴れ放題 今はションボリするだけさツカレタよ 動物病院のオカザキサンは後ろ足もあるからねーと 脅かしていたけれど奇跡のお留守番記念日 危なかった3時間の大試練 もうこれでサイゴにしなくちゃいけない ホントニモウ試練が多すぎる子犬だ

犬の安堵と恒例問題 (2016年5月18日)

そら君の前足2本がギブスで完治したのはまだ1歳前の時の事故で あり犬の骨が成長期だったから出来た事ですと動物病院のイシダ先生 が言って居ました。2本の記録はまだ破られていない様子です。最近 食欲のない犬にエクストラスモールジュニアという小粒の餌2種類に カットドライサツマイモやグリーンやレッドのピーマン少々やドライササミ もまぜたりしてあたえています。割高なので家人が割引デーにまとめて 購入しています。キャベツの芯に近いアクのあるところも好きです。 もちろん缶詰め類やイヌのミルク(水増し)も足してあげますが半年で 200グラムしか増えていないのです。食が細くむらが有るので食べ残しを 時々犬の寝床の横に置くと夜中にカンショクしてステンレスのお皿が ピカピカに輝いていて苦笑します。毎朝主の歯磨き時に横で見上げて いて歯磨きが大好きですが立派な牙の出番が有りません。 主は昨夜天国みたいな所で何かのお仕事につきそうな夢を見ました。 理想的に整えられた植栽の中のオープンオフィスや時々すれ違う色んな 外国人男女。皆さんソレゾレ自由な服装でヤサシク微笑んでくれます。 友人みたいな女の人が近寄って来てオメデトウよかったわねと言いました。 選ばれた様子で其のうちに面接みたいなことが始まりました。 目の前のボードに写真が数枚と原稿用紙に鉛筆書きのが貼られていて タイトルは何とかの魂と読めました。人々が代わる代わるお仕事の事を 説明してくれますが誰か辞める人が居るらしいのです。いつもの夢だな と思い家に帰ろうと考えました。そう思ったとたんに景色が消えました。 所が大変でした。狭い急な梯子を下りて行かないとイケマセン。下の方 はどんどん暗くなり高所恐怖症の身にはとても危険な行動でした。 辞めて帰る女性らしい人と出会いました。最近37度近い熱が良く 出ます。過去を遡るとこの季節恒例の問題です。多分もう少し熱が高く なっている状態なのでしょう。今月はカロナールと風邪薬5回位ずつ 飲んでいます。右脇腹の張り感と痛みと発熱のパターンは2012年から 定期的に続いています。感染症が何処かの嚢胞で寝ているのでしょうか。 雨なのでベランダ掃除に精を出してデッキブラシも使い張り切ったのが 良くなかったのでしょう。家人にとても教え切れませんし覚えたくない でしょうし反発されます。しかしメゲズニ常に教えていますので多少は 主夫らしくなりました。

若葉色の精霊たちの囁き  (2016年5月14日)

朝8時過ぎは既に陽射しが多くて犬散歩は桜樹の下に溜まる青い影や 学校方面の銀杏並木の長い静かな黒陰を探して歩く。半年で200グラム 増えて2.4キロのそら君は運動量が激しいので家人がリードに沢山 結びコブを作ったのをしっかり手繰り寄せ巻きつけ握りしめて脱走に 気を付けて歩く。先のりんご嬢の時には向かい歩きヨタヨタ20分散歩 だったので早朝4,5時も厭わなかったものだ。この頃面倒な時には 桜並木の下を行ったり来たりしてごまかしている。そら君はいつも クルクル回り立ち歩きをして不思議なくらいお散歩大好き犬である。 この時期は誰でも体調を崩しやすい。肝嚢胞患者も風邪気味や胃腸力 の低下などで右横腹などが張りやすい。さすっているうちに平ら気味に なる事も有る。少し熱が出ることも多い。気にする程の事でもないのか。 そら君はいつも一番の理解者ですでに子犬とは思えない思いやりの 眼差しをする。時々虚空を見て唸る時が有るがこれは良く聞く話だ。 総合グランドの柵越しに中学生の運動とブラスバンドの行進を眺めた。 ホルンみたいなのが3つも同時に開始の音を出したのでそら君は ビックリして帰ろう逃げようともがいて腕の中でバタバタ暴れた。 脇道ショートカット中町内班長というプレートが出ているお宅の庭で バリ島のガラス楽器のようなのが沢山ぶら下がり風の中で鳴っている のを見た。周りはアパートが多いので音の迷惑を言われないのだろうと 思った。何とも心地よい金属音である。ナスとトマトの畝も見えた。 ベランダの鉢植え植物たちは風や陽射しの多さで頻繁に水を要求する ようになった。今年はブルーベリー3本が鈴なりだ。オリーブにも蕾が 沢山みえる。スダチは昨年7個もなり今年は2,3の花しか見られない ので実生り隔年の我が家だ。忘れていた鉢からミョーガが2本でた。 紫陽花はカットしたので花が咲くのか心配。寄せ植え鉢にはレモンバーム のピンク色の花が咲いている。ゼラニウムに追肥してから花が大きくなり 毎日枯れた葉や花を取り除くのに忙しい。集合住宅は上下左右を気にする。 カビ病で葉をむしりとられ過ぎて元気がない薔薇に1本蕾が成長中だ。 切り戻しした柊に又アリマキがびっしりついて若葉を全部取り除いた。 ショイカーゴでそら君が好きなピーマンとバジルを1本ずつ買い求めたが すでに小さなピーマンが生っている。イタリアンパセリの花を咲かせない様 にしているので今年も葉を使えそうである。そら君はアクのある野菜が 好きなので注意して与える。我が家のベランダに5月の精霊たちが集い 穏やかに囁き交わす暖かい今日に感謝。

W&Nの36色パステル  (2016年5月7日)

実にちゃらんぽらんな性格ですのでインドネシアから帰国後5年目の 今頃になってもまだ引っ越し荷物がほどけていません。長い年月の間 に簡単に捨てられないものも溜まりますので相当処分したのですがまだ まだ整理です。引っ越し回数も多く帰国後も1回引っ越しましたので 引っ越しするぞ気分は抜けませんがすでにエネルギー不足です。 この間ジャカルタでは半額で購入できたウインザーニュートンの36色 パステルが出てきました。この箱は大きくて丁度高級チョコレート風 で箱の表面には紫ピンク系のクレマチスの花があでやかに描かれて います。家族がこのチョコレートは何時食べるのだろうと訝っていた と聞いて大爆笑です。 自分にとっては豪華なパステルでしたのでチビチビと使用したため 現在もあまり減っていません。4人姉兄の末っ子ででお古ではない オニューのそれも36色です。多分本物だと思いますので大切にし過ぎて 仕切りのスポンジが危うい脆弱さです。子供の頃24色クレヨンを持つ 友人にびっくりの田舎育ちなのです。当時の物価の安さが様々な夢を 叶えさせてくれた有難いジャカルタでした。今は値上がり中だそうです。 これで来年の油絵用エスキースを描いてみました。大好きなハイビスカスや ブーゲンビリアを題材に考えてその花の中にもぐりこみ上を見あげる構図 を考えて描きました。さてどうなるかは不明です。いつも不思議なものを 描いて難しい世界に迷い込みます。花をそれらしく描く事はしません。 最期の仕上げの色や形が大問題なのでピシッと決めるのがコツですが 其の点が難しくて課題なのです。その問題で又1年過ごすのでしょう。 5月30日から6月4日まで銀座アーチストスペースでジャンピングアート展 (20人)が有ります。例により知った人は数人なので又新しい出会いが あると思います。今の所テーマ性というものに懲りたいと考えてはいますが 好き勝手に描いてしまい悩みの種です。あの絵と言えばこの人が理想です。 30号でちょっとインドネシアらしい絵に仕上げてみました。通りすがりに お立ち寄り頂けるとウレシイです。画廊が連続している6丁目です。 珍しく普通の風邪を引いて市販薬を飲んだ所利きました。カロナール多用 の頃はほとんど引きませんでした。風邪を引くという事も人間の仕事の 一つだと認識しました。頭が痛いとかくしゃみが出るとか喉が痛いとかは 普通の反応なのでしょう。横腹の痛みなどはあまり出ていません。 目標を持ち夢も忘れず1年過ごせる事に感謝です。

5月の若葉の下で  (2016年5月1日)

お勉強は沢山していますか キラリ目でずばりと問うのでごまかせない イイエでもちょこちょこと続けています ウーン今年の絵の出来は3割5割だ エッそんなものでしょうか シショウガキイタラナントイウダロウ ボクだって若い時は選外経験しているよ 隣りの友人画家がボクだって同じだよと言う エーッそうでしたか 結構昔に有名美術学校を終えられた先生方だ メゲズニ図々しく携帯写真をみせて さらに講評をお願いしてみる お勉強のチャンスなのだ 色んな人の意見は大切だ こうやってね何か貼りつけずに 直接描くんですよと 最新の思いつきに水が落ちてきた ウーンそうだねHさんみたいな絵をかいたら? 図録を広げて見せてくれたが Hさんはプロだからすごい絵を描く 方向転換しないといけないか デモ嫌いではない絵だ しかしようやくテーマが見つかった所だ ネガマジメなので冷や汗がドーッと流れ 先生もそれを察してか2杯目の 麦茶を勧めてくださる 更に勇気を出さないといけない 如何程の事でもないのだがここで敗退はイケナイ この会の先生方の特徴は聞きやすい点だ 結構真剣にシモジモの生徒の悩みに答えて下さる それを良いことに腰をあげない私達だ 2人の画家は御自分の制作方法を説明する メカラウロコガイチマイオチタ ワタシノエハダレノニモニテイナイ ソレハイエルジシンヲモトウ 好きこそものの上手になりたい 無駄を省き自分の伝えたいことを 剥き出しにして描かないといけない テクニックは必要だ アドレナリンの窯に木を放り込み 取敢えず家に帰りつくまでは燃えさせよう そして2人の名前を確かめねばならない 絵画の世界ではヤマノウエに住む人たちだ 5月の若葉をふり仰ぎ お勉強するぞと 思い切り背筋を伸ばしてみた 物忘れに効くと言う健康薬も購入した 珍しく絵の構図に悩む夢も見た シッパイハセイコウノモトデアル シッパイシテキモチガラクニナッタ

ヤティさんのゴブラン刺繍  (2016年4月23日)

ゴブラン刺繍は黒地のゴブラン織リ布に刺繍されたものです。荒目地に 刺繍糸で緑や黄緑や花の赤やピンクのごく基本的な模様が数個刺され た30p四方くらいの布でした。お別れの日にヤティさんが家から持って 来てくれました。イギリスやフランスからインドネシアに伝わり庶民の人々が 手習いしているのでしょうか。婦人会のようなヤヤサンと呼ばれるものもあり ました。噂話や家族の相談など手造りお菓子など食べながら楽しむ場所 だと想像しました。ドイツやオランダなどの文化も割合良く見ました。 家事やら仕事やらで忙しいのにわざわざ持ってきてくれたのが嬉しかった です。ニョニャ(奥様)はイブ(お母さん)みたいだと言われ抱きついて泣かれ ました。日頃拙いインドネシア語で家庭はイブがしっかりしていれば子供 (アナック)は親にイクット(就いて行く)よ。子供はいつも見ている(リハット) と道徳めいたことを言っていたものです。悪い見本の人も沢山見ていました ので一応雇主として心を込めての事でした。家族同然というところまでは とても無理でしたが現地対応として精一杯だったのです。日本でこういう 感動的な状況が生まれることはほとんどない生活です。 その布地と友人にもらった本物(アスリー)バティックで色も青黒く端糸が つながって輪になった状態の布は引き出しの奥深く眠ったままです。 本物の草木染めは庭の井戸水などでジャブジャブ洗い干すのが理想的 であり移染防止的です。普通の家の中ではどこで洗うかが問題です。 洗うと多分青黒い色はマジックの様に素敵な柄が見えることでしょう。 インドネシアの人々の素敵な笑顔と人見知りしない明るさの中で暮らした 経験を時々想い出さないとココロの引き出しの中でカビテしまうでしょう。 その明るさこそがワタシを変化させてくれた不思議な魔法でした。 公募展の春ですが今年は飾ってもらえないので残念です。やはり本当の 想い出を引き出しながら絵にすることが大切かも知れません。来年の 審査をパス出来る様に目標を持ちキボウやヨクも忘れず頑張るぞと うなだれた気持ちが2時間で立ち直ったノー天気者です。大海に船一艘 というような暗ーい絵を描いていた頃から比べると雲泥の差の明るい 現在の絵ですのでご指導していただいているT先生に感謝しつつまた 1年トライです。これは多分気合を入れられているのに違いないとも 考えました。それにしても4回目で選外は意外です。 毛が団子になりトリマーにバリカン刈りされたそら君にドウシテカナアと 尋ねてみましたがトリミング時のガマンストレスでイカリプンプンなので 睨まれただけでした。顔がますます野性的になり頼りになりそうな賢い 眼差しになって来ています。去勢はしましたが黒ひげが口の周りにあり ちび犬とは言えおろそかに出来ない風格を感じる今日この頃です。

ヤンティやヤティさんの節約など  (2016年4月15日)

彼女たちはジャカルタ時代にプンバントゥ(お手伝い)として働いて頂いた 人達の中の二人です。とてもよく似た名前です。こういう名前の女性はとても 多く現地に嫁いでいた友人曰くこの名前は太郎さんや花子さんみたいなもの なのよ。お手伝いの一人は女の子にプトリ(王女様)と付けていましたがその 名前は上流階級の人も使って居ましたので最近の習いでしょう。 ヤンティさんはごく最初の頃働いた人です。前任者の紹介状を持ち家人の 会社の総務まで出向いて来たそうです。そういう人は非常に少ないと言え ますので家人も感心したそうです。慣れない単身生活のスタートで家の事は すべてお任せ時代でお手伝いにとっては天国だったことでしょう。洗濯物を 持ち込み自宅の食事つくりだんな様の服のアイロンがけなど自由にしていても 家人は全く気が付かなかったと思います。運転手が家庭車を家に持ち帰り 自宅用に使ったりもしていました。もちろんお手伝いの住まいではタライで 手洗いの昔の日本の姿です。生活の節約が最優先の使用人たちでした。 一度日本から訪れた時に冷蔵庫内をチェックしました。干からびた明太子や 人参のシッポやその他僅かな日本食材などが転がっていました。キッチン の下の棚にはゴキの痕跡がはっきり見えました。その後行った娘の帰国時 の買い物リストには漂白剤や消毒スプレーなどが増えていたものです。 その娘は大学の寮で集中勉強した時腐った牛乳を飲み腹イタを経験しました。 当時のワタシは庭で見かけたアビシニアンみたいな野良猫に感動している ノー天気オバサンで飼い猫に出来るかもしれないなどと思って居ました。 お手伝い部屋の片面がガラス張りになっていた場所やドアというドアに鍵が 有り冷蔵庫にまで鍵が付くお手伝い社会が在った事などを遠い不思議な国 の出来事みたいに想い出します。今では日本の大ビル会社も進出している そうですので全体的に近代化されたのだろうかイヤそう簡単には改められ ないだろうと観ています。日本に観光に来る方々は中流以上の人です。 若い運転手は日本のレストランなどで働きたいと言って居ました。 節約家のお手伝いが1本の人参を3回に分けて使うなど工夫するのを見る と栄養的にどうだろうと訝しく思いました。二つの冷蔵庫に日本食スーパー 等から購入したものをギュウ詰めしていたミセス(奥様)は贅沢だと観られ ていたに違いありません。しかしそんな我が家で働いた彼女たちは最初の 頃の青黒い痩せた姿から普通になりました。運転手もカンゾウだかを悪くして 数か月休職したと聞きましたが割合と普通に戻ったと思います。色んな病気 が往来していたと思いますがいちいち気にしていたら暮していけない滞在 生活でした。ピロリ保菌者も多い国ですので味見等で移る事も有るはずです。 栄養面のバランスがもっと良ければなあという感想を持つ国でありました。 ある欧米の若夫婦はよちよち歩きの幼子が裸足で道を歩くのを気にして いませんでした。日本に帰り消毒だの漂白だのマスクだの沢山警戒して 暮していますが悪い事だけではなく意外な免疫力も身に着けてきたかも 知れないと考えたりします。そして今でも我が家の冷蔵庫の中には物が いっぱいです。危機意識は一度経験してしまうとなかなか消えるものでは ありません。いつも常にハティハティ(危険注意)です。

荒天の翌日の通院  (2016年4月9日)

チョットお話ししても良いですかと隣にいた80歳後半と思しき婦人に 声をかけられました。通院の日で新宿のバス停に並んでいるのは二人 だけです。いやだなあ占いとか勧誘なのかなあと困惑しながら姿をよく 眺めるとオシャレできちんとした服装の人でした。自分も珍しくスーツを 引っ張り出して着ていましたので彼女も観察してまあ大丈夫そうだと 判断したのでしょう。年輩程身なりで判断される日本だなあと外国人 みたいな感想を持つ今日この頃なのです。日本の倉庫に預けたものを 殆ど処分して冬物などもまだ買い整えていませんのでアヤシイアジア人 に見られているのです。都心の病院では服装も大事だなと思います。 嫁がね家に来なさいと言うんですがどうしたものかと悩んでいるんですよ。 いきなり言われてもびっくりはしません。散歩時の犬友はほとんどこれ 位の年齢だからです。お住まいはこの近所なんですか便利な所ですよね。 だって新宿の大デパートにバスで10分くらいなんでしょう。息子がね今 家に来ていて聞いてみたら3日と持たないだろうと言うんですよ。嫁は サバサバした性格なんです。ううむこんな便利な場所でおしゃれして暮らして 居たら無理だろうなと思うワタシです。いつまでも健康でいられたら良い ですがねえ。いつも相談できる人が近所に居たらねえ。などと難しい問題 だと考えていたらバスが来たので後ろの席目指して乗り込みました。彼女は 5,6分先で降り振り返りもせずスタスタ歩き去りました。いつも見る団地 にお住まいなのでしょう。健康だったら単身でも文句なしの立地条件です。 病院では肝嚢胞の写真を観ながら先生とお話ししましたが最近では段々 他人の臓器を見る感覚になり冷静に眺めています。すごいですねえ小さい のもどんどん大きくなったらどうなるんでしょうねえ。大きくならないでしょう と先生が答えます。こんなのを始めてみる先生はびっくりするでしょうねえ。 そうですねでもめったに悪くはならないんですよなどと慰め気味の先生です。 色々と聞いても体調変化がないと様子見なので7月にエコーをして頂きます。 今は痛くもないし脹れも少ないし蕁麻疹が多くなったことくらいでしょうか。 何の解決策もないので検索も尽きてしまい先生方が忘れてしまわない事を 祈るばかりです。緊急時以外はすぐ生死に関係しない所は有難いです。 曜日や時間帯により混み具合が違いますが今では恵まれていて時間を 掛けて問診していただけるので遠方から通いがいが有り感謝しています。 メモを見ながら聞きたい事を確認しますがウカツにも一つ忘れました。 先日の明け方の夢で荒れた電車内のような場所のガレキを避けながら 歩いていると見慣れない茶色のがっしりした中型犬が隣に現れて一緒に 外を目指しました。犬に何か食べ物をあげないといけないと考えていたら 外に出ていて犬は大型猫ほどもある動物をくわえて去りました。野生化 したのでしょうか。しっかりしたイヌだと思いました。以前応援していた ブルードラゴンが姿を変えて出てきたのかも知れません。家人に説明して みましたが半分くらいしか理解してくれませんでした。バス停の老人に 対しては冷たすぎると言う感想を述べられました。いつも嵐の通院でした が翌日だったし物事は僅かながら良い方向に動いたのかも知れません。 そら君ものどに詰まらせただけでセーフで家人は用心深くなりました。 嵐で桜は地面にも散り積もりこの世とは思えないコントラストの景色を作り 出していてクリケットをする老人たちがシアワセそうなアクセントの構図の 絵です。それらを電車やバス窓からゆっくり眺める春の一日でした。

4月の午後の出会い  (2016年4月2日)

太い幹の下方がクネッと曲がり前方未確認の自転車などがよくぶつかる 松の木が在ります。衝突注意と大きな紙も貼られています。海まで続く マラソンロードなので一人で散歩や二人でスキー杖使用や黙々と孤独に アスレチック遊具を試したりとこの辺りの年輩者は足腰鍛えに前向きで 健康維持が日課です。最近この景色に一重や八重の桜花が加わりました。 濃い紅色の花モモや浅い黄色のレンギョウや水仙やブルーのヒヤシンスも ニギヤカニ咲いていますがスモモの白い花はあっという間に風に散ります。 4月の午後その松の木の横から黒シバとおばあさんのコンビが現れました。 あっお会いできて良かったですお元気そうですねと声をかけました。 アッダレデシタカ?アタマガネオカシクナッチャッテワカラナイノヨと笑い ましたのでいえいえそれはわたしもおなじですよ(タダの犬ともだちだし)と 言いながらワンちゃんは何歳になりましたかと尋ねたらタシカネー16,7 サイダトオモウワ。真白く濁った眼をまっすぐ前方に向けたまま立ち尽くす 黒シバは静かに私たちの会話に耳をそばだてている様子でした。 経験的に高齢犬とのヨロヨロ散歩は立ち話より少しでも多く散歩です。 近所の黒ポメくうちゃんに会う時もお互いにそそくさなので黒シバコンビと すぐにバイバイしましたが顔見知りに多く出会う様子のおばあさんでした。 彼女は赤い色が散りばめられたおしゃれな服を着ていましたのでご家族に 愛されているんだなと感じました。素敵な服ですねと褒めるのを忘れた事 が残念です。きびきびして相変わらず細身でした。自分はまだおばあさん ではないとカラゲンキだけはあるワタシです。 デデポポ―と山鳩が鳴き大きな松の木を移動しながら小学校の校庭の 方に消えていきました。この鳥に哀愁を覚えると見える高齢者おじさんが 私と同じように首をめぐらして探していました。今はカラスの子育て準備 中で巣作りに励んでいますので要注意なのです。様々なものをくわえて 飛んで行く白いフンが落ちている木の下は避けないとイケマセン。メジロや 鶯を期待できなくて残念ですが先日銚子方面にドライブした時には道を 横切る雌キジの地味な姿を見かけました。 若者風に3,40分早歩きして帰宅したら心臓がバクバクで左手がブルブル。 最近左に問題が出やすいので注視しています。すぐに収まりましたので ひと安心。タンスイカブツカタ、タンパクシツフジュウブン,スキキライハダメ デス、ウンドウフジュウブンデスと人工知能が居たら叱られそうです。 かねてから手直しを考えて居間に運んで眺めていたキャンバスに向かい ルフランのチャイニーズレッドヒューをびしっと塗ってみました。このレッドは 心臓のチの色に近いのではないかと思うくらいビビッドです。いつも批評 している家族がこの思いがけない展開をいイイネとホメてくれました。 本物ルフランを沢山使って描きたいのですが叶わぬ夢です。

ビートブレインなグループ展  (2016年3月25日)

銀座6丁目の居酒屋二次会で隣に座ったSさんはダカラネ初対面では 名前を覚えるのに工夫が要るんだよホラあなたはダレソレそしてあなたは ナニナニそれからあなたはナニ子さんという話を何回も繰り返していて ソレゾレの絵やエピソードや住んでいる場所等の特徴をブレインに刻み 折りたたんでいる様子でした。全員見事に年配者ですが話す内容は若く 真剣で清々しいのです。マイペースで一生懸命に絵を描いてきた人生が ふんわりと寄り集まりなかなか良い雰囲気です。ある意味で余裕というか ギスギスする戦いが見えないのが気の利いた味付け料理多国籍風です。 遠方から車と電車を乗り継いでやってきたT夫人は私と同じソフトドリンク。 後のテーブルでは朝から展示などの支度で忙しかった男性が超お疲れで 机の上に突っ伏して眠っています。ちょっと参加の自分が恥ずかしく感じら れたものです。こちらのテーブルの向かい側に座ったYさんは会の常連らしく フンイキつくり抜群で笑みを絶やさずご自分の事をいろいろお話ししてから こちらの事を聞いてきました。この様子はジャカルタで日本の津々浦々から 集まって来た友人達との最初の出会いに似ていると思いました。最優先 する事が出会いの大切さと必要という点でしょうか。マイペースで絵を描いて 居ると仲間というものが実に少ないのです。大公募団体では皆それぞれが ライバル関係で戦いの場でありあまり交流がないのが現実です。 チョット揚げ過ぎのカキフライ一つと千切りキャベツ。レバーとジャガイモの 炒め物は味も色も濃くてレバー嫌いの私は目を点にしてジャガイモをゲット。 ビールは結構並んでいましたがこれで1時間一人千円。たくさん名刺を 頂き皆さんニコニコと感じが良くて楽しい時間でした。しかし来年お会い する機会があったとしても覚えているかどうかは怪しいです。家に帰り 名刺を拝見しているとそれぞれが会の重要なポジションにおられるので マタマタビックリして疲れて寝ている場合ではありませんでした。 絵と作者が紹介されたパーティーでは食べ物の興味より講評者探しです ので海外で会得した社交術を駆使して奮闘しました。ある人はタイやインド に滞在経験があるそうでワタシの赤道直下の国の記憶の絵の色に共感して 下さいました。やはり忘れないうちに沢山絵を描かないと段々日本色に変化 してしまいそうです。冬日に似て寒く雨もありましたがビートブレインな一日で 笑顔が甦り幸せでした。途切れたりしながらも描き続けて良かったです。 一人では高くてとてもチャレンジできない銀座画廊ですが30人くらいが 集まれば三十分の一の負担になりそれで年間5,6回も出来たら結構な チャンスです。画廊のお誘いがあり実現できている事です。2年間で 10回も飾っていただいて我ながら予想外の行動です。日々精進。

発熱と夢のパターン  (2016年3月20日)

この頃体調が落ち着いたと喜んでいたら2,3日前から右(自分から見て) わき腹が張り始めて37度位の熱が出た。体調一番で管理していたので 訝しかった。風邪かと思い市販薬を飲んでおいた。翌朝はカロナールも 飲んだが市販の風邪薬との重複はイケナイ。やはり時々感染症がイタズラ するのだろうか。感染は身体のいたる場所から入り込むと説明されている のを思い出した。みて見ぬふりや気にしない作戦は無効らしい。嫌なモノ と共存する事になってしまった。普通の風邪は発熱して黴菌と戦える。 たいてい諸症状をやり過ごしたら一定期間で回復するのが一般的だと思う。 普通の人が簡単にカロナールなどを飲む必要はないし処方に依るものだ。 夕食に生イワシとマグロの刺身を食べたのでレスタミンコーワ2錠も飲んだ。 ボケ防止的な食べ物なので避けたくないがサバやエビなども気を付けている。 この頃足首などに蕁麻疹が出ることは無い。これはチェックポイントだと思う。 翌日遠方まで電車に乗った時に不覚にも降車駅で急に目が覚めてお気に入り の傘を忘れてしまった。失くし物はめったにしないし外は雨でガクゼンとした。 発熱時の夜半に実際は何度の熱が出ていたのかは不明だがアヤシイパターン の夢を見た。多分女の友人だと思うが連れ立って帰宅した。何処か山の中の 小さな駅に停車して友人はそのまま乗って行ってしまった。下車した場所は いつものパターンで皆目不明なのだ。思い出そうとしても何もわからない。 時々通りかかる人に尋ねてみた。しつこく尋ね回るうちにようやく村の役人 みたいな人に会いハッキリとした答えを聞いた。こういうところから車に乗って 帰る人は少ないのです。制服を着てこの車の中で待っていてくださいと言われ たので中を見ると数人の人が制服みたいなのを着て影の様に座って居た。 今まで似たような夢は見ているがこの服装は始めてだ。一定の人数が揃えば 帰れるという事の意味が理解できなかったし入って待ったのか覚えていない。 諦めずにしつこく帰りたいと言う意志を示し行動することが大事だと思う。 例え夢の中であれスナオに言われる通りにしたらお終いなのだろう。 現実の世界でもへこたれず怠けずに日々努力を心がけてみたいものだ。 朝方に枕元の紙に鉛筆で書き留めたのを後で読み返すと吹き出しそうに荒れ てお粗末な文章だ。そら君がいつもの時間より早く甲高い恐怖感のある声で 鳴いて家人の布団に追いやられた。先のりんご嬢もそら君も主の熱や体調 に敏感だ。もうパターン化してしまった発熱時の夢だ。現在わき腹は元に 戻っているがなんだか少し怪しい痛みはある。鶴亀鶴亀。

お役に立てるのでしょうか  (2016年3月16日)

5年程前に大腸特大ポリープの内視鏡治療を受けた3か月くらい後 に肝嚢胞から来る右脇腹の痛みが始まりました。それ以前には 海外生活中ヨガの時に痛んだりアザが出来たりしている程度でした。 海外から引き上げる時に大荷物の移動や方付けが沢山あり重い物 も上げ下ろししていました。無茶な行動は日常あまり見られない例に なると思います。また多発性巨大肝嚢胞症に対する知識が皆無でした。 右脇腹の痛みとして感じたのはその時が初めてでした。 わき腹の張り感と痛みとお腹の真ん中あたりをまるで血管の中を走る ようなぴしぴしと言う痛みが有り予定外の外来に行きました。代診の 先生とのやり取りは理解不足に終わりました。それから更に3か月後 位に予定の外来で説明しましたが相互理解不足だったと思います。 その4,5か月後に2回程転倒して(側溝に足を取られたり玄関でうつ伏せ に打ち付けた)嚢胞がつぶれたらしいです。この不測の事態は海外生活 では普通に街路を歩けずひたすら車生活だったという事から来ています。 日本での暮らしになかなか戻れなかったのですが現在では有り得ません。 嚢胞は針で刺さないとつぶれないと言われていますが転倒でつぶれる事 もあります。当時は椅子に猫背で座れないほどの張り感が有り体調も 悪く疲れやすかったですが食欲はありました。病気を理解していませんでした。 その2か月後くらいに2週間入院して穿刺治療を受けました。内出血や がんの疑いもあり嚢胞2個の水(黒っぽい緑でねばねばしていた)を少し だけ抜いてすこしだけミノサイクリンを入れたそうですが殆ど元に戻りました。 感染症も出て色んな検査が続きました。治療後8か月後くらいには寝返り が出来ない痛みに対してカロナールとパリエットが処方されました。この 薬を3年ほど調整しながら飲み続けました。途中でガスモチンも加わりました。 38.5度位の発熱時に使用するクラビットも処方され2,3回使用しました。 とうとう救急車に乗り救急外来に行く経験はしないで済みました。何故に それほどの危険性があるのかは色々検索して自分なりに納得しました。 5年目の現在はカロナールを2か月ほど前から月に数回に減らして他の 薬は続けています。脹れ感や痛みはほとんどありません。朝からダルイ という感じが無くて家族にも元気になったねと言われます。2,3日続けて 外出したり無理をすればどうかわかりませんしワガママ主婦ですので 有り得る事なのかもしれません。しかしこれが実状です。今後は現在の 主治医にお任せして様子を見たいと思います。多分3か月ごと位の通院です。 多発性巨大肝嚢胞症の例が極わずからしいですので恥を承知で投稿して いますが必ず同病のヒトのお役にたてる事もあると信じています。出来るだけ 正確な記憶を心がけていますが間違っている事も有るかも知れません。 もちろん最初から肝嚢胞レポートを考えていたわけではありませんが途中で 余りにも確立されていない治療の事や情報などが気になったのです。 希望の星に届いて欲しいお願いですのでちゃんとキャッチしてください。

そら君の今日この頃  (2016年3月7日)

1歳半になったそら君は毎朝5時〜6時頃に正確に目を覚まして ストレッチ体操しています。主のベッドの横木に長い前足をのせて ぐーっと思い切り伸びをして後ろ足をさらに後にぐいーっと伸ばして というのを何回か繰り返してからお早うカアチャン大好きとハシャギます。 これを見て主もゴキブリひっくり返り運動やバウアーや思い切り伸びの 運動をするのです。ジャカルタで覚えたヨガ運動はほんの少し試します。 小さな犬用クッキーを半分に折りオスワリオテオカワリ+床のアタマの先 においてフセをしてから与えます。小食なので子犬用のドライフードも 手の中に握りすこしづつあげます。2度の怪我時にはケージの中に入れて リードを握り締めて寝ていた事を考えると夢のようにラクチンです。 現在家人は犬の寝かしつけが特技になりました。居間で小さなひざ掛け をかけられてまるでヒトの子供の様にスヤスヤと寝ているそら君です。 そら君の顔は変化しました。最初の頃はロボットの様に表情が少なくて 緊張していましたが今は家族愛に包まれて可愛い系オス犬になりました。 散歩していると必ず何人かの人が可愛いねと言ってくれます。そら君は 人も犬も苦手になってしまいましたので近寄られると逃げます。その度に 主は原因とかを説明して謝ることになりますが犬でもマイペースでいいと 思います。よその犬に吠えられても吠えかえさずクールな所が好きです。 今朝は家人のタビックスをくわえて離さずクッキー作戦も両方すばやく ゲットで失敗したので一悶着ありました。今週は雨予報ですので止んだ 隙にお散歩です。雨のしずくがぶら下がるベランダの手すりに近寄り ホラ雨だから朝散歩は出来ないよと教えました。早咲きの桜の花びら や公園の梅の花も教えましたがりんご嬢と同じようにパクッとしてました。 連日の雨でジョギングロードの桜並木も明るいグレーになり水分が 幹から枝先にドンドン伝わり活動期に入っていると言う感じで楽しみです。

カンノウホウと油絵  (2016年3月5日)

6年位前に肝嚢胞の事をPC検索していて出会ったのは北斗星でした。 医師の説明を聞くよりも先に情報として持参しました。北斗星で内容 を知りましたとお伝えしましたらそうですかという事でした。その後 専門者用に限定されてしまったのかどうかわかりませんが最新版等 に出会って居ません。少ない知識のまま年月が過ぎて行き最初は 大腸の特大ポリープ治療でその後海外でのピロリ菌除去後の検査が有り それから多発性巨大肝嚢胞治療へと進みましたので一つづつ解決と いう事です。今一番心配なことは何ですかと尋ねられたこともあります。 一度に色々お伝えしても混乱してしまいますので患者も冷静が必要です。 尋常性白斑症の方は年齢的にそれほど困りませんので時々シウンコウ を塗る程度ですが広がりは増えています。難病指定はされている様子です。 この嚢胞というものは子宮やら腎臓や乳房内などいろんなところに 出来るらしいです。早め早めに検診したり病院に行けば良いと思いますが 自分の場合は虚弱な幼少時代が災いしてとにかく医者嫌いでしたので 後手後手になってしまいました。それで自分の子供は医者嫌いにならない 様に注意して育てて正解でした。現在は症状が安定しているのでこの隙に 子犬と散歩の時間をだんだん増やしている所です。一人前の主婦としての 仕事量はこなしていませんし外出は週に1,2度だけです。 何より病院で切り捨てずに前向きに考えてくださるお若い先生方にお会い 出来ていることが心の支えや励みになっているのは確かな事です。 結構ハードな質問や疑問をお伝えしています。特に現在の主治医は 信頼しています。いつも真剣に患者の立場でお話ししてくださいます。 油絵の方ですが横浜関内のアトリエ楽で大作を描いています。22名もの 様々な団体でご活躍されている先生方の教室の制作展が1Fと2Fの画廊 で3月14日〜20日まで開催されます。関内駅から大船方面に歩いて3分 ですが神奈川方面の方に声をかけるので精一杯です。4号の作品です。 最近は風紋をテーマに描いていますがデザイン的な方向に進むと失敗 しやすいと言う感じです。油絵具やアキーラの風合いを心がけています。 あちこちで実に多くの画廊で年がら年中個展やらグループ展やらが有る 日本は素晴らしい絵画文化を持っていると思います。失敗したり成功したり して本当は何を描きたいのかどんな色が好きなのか自問自答するのは 結構楽しいです。先生はいつも自分探しを見守って居て下さいます。

空を飛ばないブルードラゴン  (2016年3月2日)

この間街角の交差点でブルードラゴンを見つけました。深いグレーの ドラゴン鎧ではない背広姿でびしっと決めてドラゴンのシッポは上手に 隠していました。もうブツブツつぶやいたりキョロキョロ辺りを気にしたり していなくてまっすぐに前を見つめて歩き堂々としてさえ見えました。 そういえばお決まりのマスク姿ではなかったと思います。 ネクタイは青い空に浮かぶ白い千切れ雲デザイン。薄いグレーのシャツ が何ともお似合いでした。四角いメガネフレームとPCやら書類がどっさり 詰め込まれた黒い重そうな肩掛け鞄姿はクールなビジネスマンもどき。 ドンドン稼いでファミリーの為にリッチにならないといけないのでしょう。 それが成長した姿なのか変化した姿なのか進歩したのか妥協したのか 何かから卒業したのか絶望すら感じなくなったのかまでは解りません。 いつまでも悩んでいる暇もないでしょう。人生は長くて短いものです。 オバサンネズミ対ブルードラゴンの小さな長い戦いも終わりました。 間違えないでください。オバサンネズミは追っかけオバサンではありません。 応援オバサンなんて今時涙ぐましいですがオビエルオバサンでもありました。 さっ次の迷えるイキモノを探してみましょう。春の空は青々として希望に 満ちているようにさえ見えます。そういえばブルードラゴンに出会ったのも 桜が舞いこぶしの白い花々が飛ぶちょうど今頃の季節でした。 オバサンネズミのお仕事は3月21日〜26日まで銀座画廊暁主催の グループ展に出品する絵にサインを入れる事です。サインはもうこれ 以上描けませんという仕上げの意味が有りますので重要です。 たらこ指ながら細い筆を使い何回も練習しましたがなかなかうまく 出来ません。もう少し大きい方が良かったもう少し力強い方が良かった と後悔しながら入れました。ふらりとどなたかが訪れて観て下さると てげうれしいです。知らない方が殆どのグループ展はフシギなものです。 多分又いろんな地方からや様々な絵画団体の方とお会い出来ます。 この頃信州の山の中で見た春山ツツジのオレンジや紫がかった桃色 や白色。霧を含んだような青い空色。光を吸い込みはじく黄色いヤマブキ。 灰色や水色を足した茶色など自然の色彩を懐かしく思い出しています。 そんな色でヤサシクてパワーのある絵が描けたら良いのですが。 赤道の国で経験した光と影のツヨサもプラスしてみたいなと想像します。 ちゃらんぽらんが特技のオバサンネズミに何が出来るのかダレも分りません。 それでも少しはシッカリした所もある普通のヒトに見えて欲しいです。 何だか変なオバサンが変に頑張って投稿しているとは思わないで下さい。 人生では訳が分からないままに色んな正しい行動を模索する時もあります。 苦肉の策の果てに表現するさらにノーミソ絞り文章はとても疲れました。 ブルードラゴンはその辺のところをちゃんと理解してフツーのヒトになって 欲しいと切に願います。ちっぽけなオバサンネズミだって歩き続けました。

薬の悪口は言いたくないですが  (2016年2月26日)

3年近くも肝嚢胞穿刺治療後の痛み止めや感染予防などの対策として 使用してきたカロナール200mgさんの事は悪く言いたくないのです。 しかしこの1月位から多くても月5,6回に抑えてきた感想としては 体調が以前に比べて良いと言うか気にならなくなったと言うか変化が 感じられます。薬に対しての個人差は当然ありますが多い時には 朝昼晩と600mgも使用していて常に体調が悪かった記憶が有ります。 飲み始めた頃は眠気やだるさや蕁麻疹や下部のおできなども出て薬の 副作用は乗り越えないといけないものだと納得して我慢していました。 この間の血液検査時には普通11から12位をチョロチョロしている 血小板数値が10まで落ちていてショックでしたが1月の検査ではまた 12に上がり最低が15ですので低いとは言え少し安心しています。 医師から自分で調節して飲みなさいとは言われていましたがこの調節 いう点が難しいものなのです。今は風邪気味の時には市販薬を使用 しています。蕁麻疹にはレスタミンコーワを塗ったり飲んだりです。 毎朝のパリエットと朝晩位のガスモチン習慣は変わりません。 肝機能が少し良くなったのかは解りませんが割合と体が軽く感じられて 運動しても体重が落ちないと言う点が改善しつつあるような気がします。 体重計や血圧計や体温計などをこまめに使用しない生活なのです。 だからと言って自分の身体でも内臓の様子やらは見えませんので明日 変化が来るかもしれない所が悩ましいです。患者はいつも決死の覚悟 で医師と会話するために通院しているわけではありませんので今後は ナントカ穏やかに普通のおばさんとして出向きたいです。 色んな薬の恩恵を受けないといけないヒトの立場で悪口は言いたく ありませんが多少のエビデンスになるでしょうか。いや必ずなると思い 書き続けています。雑用やら買い物やらを負担してくれるリタイア家人 のおかげでラクチンな生活をしている所が一番の薬と言える現状です。 毎日ハードな生活と戦い仕事や子育てをして居る人には申し訳ないです。

パソコン修理の時間  (2016年2月22日)

隣りの席はリタイアおじさんだろうか 赤と白の縞模様のラガーシャツを着ていて 静かに丸いスタンドチェアに座り これから修理するPCを目の前に並べている ワタシは紙に書いてきた簡単直球メモを読み返す ココを治してコレをコウシテそれから 出来ればこのまま使用できますようにと祈る 前の席の人も多分リタイアおじさんだろう 小柄ながら広い肩とがっしりた手の指だ 今は穏やかな目も会社ではピシッと光り 時間に追われ電車の中でうたた寝生活サラリーマン 重そうな二つの袋をカートの上から持ち上げて ユックリとPCを広げている姿は手馴れて見えた 時間はたっぷりあるし外はまだお天気のウィークデー その向こうの後ろ姿の人もリタイアおじさんに見える ソレゾレ慌てず騒がずまるでそうしていなさいと 誰かに言われたみたいにお行儀が良い 子供の目線で店内をウオッチしているのはワタシだけだ 若い店員が時間をかけて同じ内容の説明を何回も 根気よく確認していておじさんも懲りずに何度も尋ねる 料金が発生する、支払いも高くなる、問題も起こる、 回線とプロバイダーの選択、ダブルと割高になる、 機種や周辺機器の様子、出張取り付け出来る日などの事、 二年シバリや三年シバリの事、メールアドレスが二つになる、 違う店で買うと色んな面倒が発生するものだという事、 それらの会話が2人のアタマの上の空間を飛び交っている 湿度温度管理が完璧な店内は白色中心で原色チラホラ タナの中の商品みたいにヒトもキチンと収まってしまう不思議 PCは高度なオモチャなので使いこなすのがタイヘンだ イライラ度がエスカレートして問題が解決できない しかしたいていの場合問題解決方法はスデニ提示されている 解らないのは自分だけでほとんどのヒトは理解できるカモ ワタシのカンゾーだってストレスで青息吐息だ とんでもないエンドレスゲームに参加している 店内に新しいオバサン客が不安げに入って来た 考え考え窓口を目指し申込書を提出したが やり直しているので手順が違うのだろう そして唯一の女客であるワタシの前に座った 一時間待ちですと言う店員の言葉で外に出て行った ようやく店員がそばに来てドウシマシタカと言いながら ノロノロ展開するPCを素早く操作している わんちゃんがいますね、ウウムこれは一日預かりと宣言 受渡し書に記入する時にアレ今日は何日だったっけと ウッカリ確認した時にヤサシイ店員の目がきらりと光り 睨まれながらピシリと何日ですと告げられた 何処でも出会う高齢者の通過門の一つに違いないと思った 書類記入時の店側のボケ度チェックポイントなのだろう 一番遠いテーブルに一人座る一番年輩と思われる男性は 高価そうな大型PCの画面展開に夢中で横にピタリと座り 説明する店員と不思議にマッチしてみえる その姿がダンダン画面に吸い込まれていくような錯覚と シンパイと共に眺めしばらくは目の端に残って困った ナンネンナンガツナンニチキチジツナンジナンプン オテンキハコレカラアメアラシデスキヲツケマショウ 近い将来には人工知能ロボットに全て指示されて 何の疑問もいらないラクな人生がやってくるのだろう

マッサージ雑想  (2016年2月17日)

ジャカルタでマッサージを沢山経験しましたがこの間のTVニュースで 日本のマッサージクレームを観た時にヤハリネーッと思いました。腕が 赤黒く内出血を起こしていたり張れ上がっていたりしている画像に 治るのに時間がかかるのだろうなと可哀想でした。ジャカルタでは何回か 深刻な痛みなど経験してからは比較的ソフトなkenkoなどを選びました。 日本のマッサージ店は必ずしも資格が必要でないところも増えていると 観察していますが若い人はお手軽に利用している様子です。それとも 必ず資格を取るのでしょうか。比較して高すぎますのでまだ利用する 気持ちにはなりません。ジャカルタのマッサージ師の手順を想い出して 自分でモミます。肩は強者ですのでホカホカを貼ります。足裏を手の親指 で切るようにマッサージした時に痛みを感じる部分は内臓のどこそこが 悪いと言われたのも想い出します。胃や肝臓や腸の場所を指摘されました。 ジャカルタのマッサージ師は徒弟制度だと思いましたが実際は知りません。 アアしてコウして最後はコレという順番が有ります。最期に手の指をポキポキ 鳴らすように引っ張るのが恐怖でした。たらこ指で時々カンセツも痛むので ティダウサ(必要ない)サキット(痛い病気)と最初に説明するのを忘れません でしたが習慣に従い最後のシメとして指ぬきに入る人もいるのでうたたね は危険でした。ワニタ(女性)を指名するのも工夫の一つでありました。 家人はゴルフの後のアルコールと共にタイ式マッサージ&サウナなどに なだれ込んでいた様子ですので少々痛い目にあっても何だか痛いなあ 位にしか感じていなかったことでしょう。TVの映像を観てそういえばと 今頃理解しているようです。アルコール&マッサージ&サウナ&1時間の ごろ寝はジュクネンおじさんにとってはハティハティ(イノチ要注意)です。 今までよくぞ生き残って居てくれたと感謝しています。ゴルフは日本と違い 半日で終わり午後に出社も出来ました。日本の一日ゴルフは大変そうです。 現在はアルバイトをしてゴルフ代を捻出しているのは偉いと思います。

少し安心の日  (2016年2月13日)

通院して5年目の大病院で多発性巨大肝嚢胞症についてのシッカリ した説明を受けて納得と理解を覚えました。年月がかかりましたが サスガは大病院だと思いました。先生方は移動やらお勉強やらで お忙しい場所ですので患者としては慣れなかったり遠慮したり気苦労 が実に多いのです。帰国して初めてお世話になっている病院ですが 最初の頃はトンチンカンな遠慮が多い事でした。何故ならいつも一人 で様々な事に対処する習慣が有り一人で悩まないといけなかったから です。又病気に対しても初めてで慣れない事ばかりでした。 カロナールは痛み止めとして処方されていた事。感染症は普通大腸 からの逆流で出ることが多いとの事。エコーとCTは必ずしもセットでは なくエコーは年の半分辺りの月にしましょうとの事。嚢胞の大きさを 判断する際に機器だかのブレで増大したように見えることもある事。 多発性巨大肝嚢胞には症が付くので病気ですとの事。嚢胞が破裂する 時に肝臓の外に水が出ると腹水の黴菌が入リ危険状態だと言う事。 38.5度位の発熱や急激な痛みなどは危険状態ですぐ病院へとの事。 嚢胞が肝臓内でつぶれたりした時は割合と大丈夫そうですが痛みは あるらしい事。3つくらいの大きな嚢胞がつぶれてくっついても問題は 無いですとの事。又肝臓内で血管が切れても自然に止まるらしい事。 嚢胞が正確にはいくつかとか何センチあるとか肝臓の何パーセントか 等は気落ちがしそうで聞けませんでした。先生もおっしゃらないでしょう。 入れ子のような痛みはやはり解剖学的にありえないという解釈です。 もう数えられないほど経験していますが共感できない事は無理でしょうか。 ワタシに関しては経過観察で治療は無いとの事。3か月ごとの通院と 時々の血液検査になるのでしょう。はーっようやく安心して通院できるわ と本当に安堵しました。どうしてこういう説明が最初から無いのでしょうか。 それで患者は心配でセッセとネット検索に勤しまないとイケマセン。 体型は割合と普通の中年太りオバサン位だと思いますがやせ形が多い 日本では違うのかも知れません。一応痩せる努力中です。 どこの病院でも最初に納得が行く説明を聞けるようにして欲しいです。 程度別にプリントして渡していただいても良いのではないでしょうか。 いぜん健康診断時の医師は肝臓専門医ではないので解りませんと きっぱりお答えになりました。他の先生も私でしたら肝臓専門医に 回しますと言われました。 色々考えた末に自分の希望としては肝臓専門医の先生に診て欲しい という結論を持って行きましたので勇気を出してお願いしてみました。 病院の先生方の移動時には患者にとってモンドウムヨウである事を 考えるとワガママとは言えないと思います。先はながいと想定して 考えたい通院です。やはり It’s always worry me  かな。 一度家人を連れて来てくださいと言う言葉は患者にとっては治療の 相談か単に以前の患者としての様子伺いなのか悩ましくて困りました。 友人達はそれは家の人にも聞いてもらい治療をしたいんだよが多数でした。 後に座ってほとんどモノも言わない存在でも居てくれて有難い日でした。 アンタは割合と冷静に上手に伝わるように努力していたよと褒めてくれました。 もちろん一生懸命に考えて短くても伝わるメモにして持参していたのです。 道中タバコタイムがマメに入るので口げんかばかりの一日でもありました。

西パプアのウォーレス線  (2016年2月10日)

PCでじゃかるた新聞を読んでいたら西パプアのラジャ・アンパットと ウォーレス線(ワタシはウンパット=4と思っていた)の記事が有り 植物学者の英人ウォーレスが1860年に極楽鳥の一種ベニフウチョウ を捕えに来たと書いてありました。ワタシのインドネシア語はとても いい加減なので大学の語学コースを試した友人にいつも叱られていた 事まで想いだしました。ラジャは王様の意味でしょう。 このベニフウチョウとアカミノフウチョウはラジャ・アンパットにしか居ない のだそうです。シュノーケリングとダイビングの聖地のひとつで世界の サンゴの75%が集中するとあります。シュノーケリングで耳貫が上手く 出来なかったことまで想いだしこの赤道直下の島々を訪れることは 最早難しかろうと思います。記事の書きうつしで申し訳ないのですが この新聞は見出しを読むだけでも面白いし異文化の香りが高いです。 インドネシアの宗教も少し理解できますし庶民の暮らしの様子なども 楽しく悲しく不思議に覗き見ることが出来ます。そして自社や地元やら 多分ニュースソースは色んな所から引っ張ってきていると思いました のは地元の大手新聞社を見学する機会を持った時の感想です。 滞在していた頃クマンの古い画廊の事務所の辺りの壁には多分この 古い時代の絵画とおぼしきものが額縁に納まり沢山飾られていました。 値段は安くなかったと記憶しています。のどかな島の入り江や昔の ヒトビトや帆船や小火山島などと共に蘭の花などの植物画も在りました。 これらの絵ハガキをたくさん購入して日本の友人達にクリスマスカードと して送ったものです。今も戸棚の箱のどこかに多少眠っています。 初めからセットの白封筒の角が少し汚れた感じがしていて日本の 友人はどう思うだろうかと心配したものです。 その画廊を想い出すとスパークリングの様に周辺を探検した事が湧き 出て来て一気に当時の生活にワープしてしまうのはとても楽しいのです。

〜らしいというアイマイさ  (2016年2月9日)

自分の文章の中にらしいと言う言葉が実に多いのですが検索や病院 での医師との会話などでは納得のいく解釈が割合と少ないからです。 あまり突っ込んで聞く時間もなく又あまり詳しく聞いて落ち込みたくない という気持ちもあります。色んな質問を飲み込んだまま帰宅して後悔です。 何でも質問しましょうと言う姿勢は良く聞かれますが実際はどうなのでしょう。 雑談やらで貴重な時間を過ごしてしまうとあ〜また失敗したと思います。 そして多発性や単発肝嚢胞で悩んでおられる方々の投稿等を度々目に すると情報の少なさや日々の暮らしの辛さが伝わり何とか自分の乏しい 経験でも役立てたいと考えて書いています。ひとそれぞれの環境や 持病や生活やら違いますので病に対しても一人一人が考え方も違うと 言う事は当然ですし治療方法もそれぞれ違うはずです。経過観察だけ で様子見して気にしなくて良い人は実に多いでしょう。 ワタシの場合は穿刺治療後に歯の治療で菌が入ったと言う推測 ですがエビデンスはありません。当然歯の治療が優先しますので アブナイと思ったら薬を処方してもらうとか自宅にあればそれを 飲む等のケアが必要だと思います。歯の治療はとても大切です。 海外で応急処置ばかりしていたので帰国した頃お口の中は大変な事 なって居て治療に3か月もかかったのです。差し歯はぐらぐらしていて 歯茎も歯周病手前で知覚過敏やら虫歯やらブリッジ処理要で治療が イヤダなんてとても言えない状態でした。これからも色んな説明をして 治療していただくのは困難だと思いますので自分で注意します。 多発性巨大肝嚢胞に関しては経過推移の注意や検査が大切だと検索 されます。年1回のCTやエコー検査は普通なのでしょう。ところが気が付くと エコーを2年もしていないのでビックリポンです。病院の先生方は移動などが 有りますので自分で注意していないとイケマセン。電話で会話などは出来 無い病院ですので往復3時間以上かけて予約を入れて外来に行きます。 いつもこの点を何とか改善していただけないものかと懸念しています。 もちろん会話だけでも次回に治療代に上乗せされる病院もあるでしょう。 落ち着いていたと思って居た肝嚢胞が風呂場の床掃除で又入れ子と言う のか何と言うのか解りませんがとにかく痛みました。左が特になりやすいと 思います。先日多少増大しているという事は伺いましたがそれでどうする のかまでは聞けませんでした。質問しやすい先生としにくい先生は確かに 居ます。患者は神経質ですと言われてしまうと言葉を飲んでしまいます。 近々ほとんど初めて位の同行家人と一緒に行きメモも持参してシッカリ 聞いてこないといけないと思っています。家人は入院して先生の問診が有る 時にトツゼン居なくなりまさかタバコタイムとは言えずに喘息の発作が出た と言わなければいけませんでした。かように頼りになるのは自分自身です。 落ち込まず運動栄養に気を付けて休息も取りプラス思考で生活しましょう。

8年近くから5年近くへ  (2016年2月5日)

昨日2年ほど前に出会った80歳代の元気印のおばあさんと目の悪い 黒シバ犬とすれ違いました。あっと御互いに同時に想い出し会釈を 交わしました。ジョギングロードの午後3時は結構人が多く立ち話を 出来なかったことが残念でした。二人のまわりにはさらに濃い年月 のシミがたち込めていて犬の目は真っ白に濁っていました。しかし おばあさんは小柄な背中をピシッとまっすぐにして颯爽とするように 努力していると感じました。アレッ新しい子だねという風にそら君を 見ていました。 狸の様に太った7キロの黒ポメラニアンのクウちゃんを連れたやはり 80歳代の婦人とも朝に出会います。11歳ですでにヨロヨロしていました。 内臓に砂が溜まっていると言うお医者さんもいるし病院により診断が 違うし診察代は高いし大変なのよとこぼしていました。14.7歳で千の風 になったりんご嬢は今更ながらインドネシアに適応して強くなりキアイ 充分で暮していたものだと悟りました。 犬の生活や寿命を見ていると帰国してから5年近くなり自分の状態を 客観的に見るカンも冴えて来たように思います。歩くスピードや思考も 持ち直してきました。子犬のそら君はまだ理解できないようですが 主が何故詩のボクシングならぬ文章ボクシングを長い間続けて来て いるのかという事を今では結構多くの人が理解してくださっていると 伝わりココロが晴れつつあります。8年近く住んだ経験が思いがけない チカラを発揮してくれました。何が何処に導くのか解りませんが感謝。

モミの枝先に寄せて  (2016年1月30日)

昨年末にクリスマスリースから切り取った生き残りの枝先2本を コップの水の中に入れてせっせっと水を取り替えていました。 モミの尖った香りは緩んだノーミソをピシッと修正してくれるので 時々鼻を寄せて深呼吸してみます。何としても脳ミソのブレが少ない 清く正しい熟年オバサンで居ないとイケマセンので色々努力中です。 これから先はブレタとたんに全てのゲームに負けてしまいます。 A.mariesii-枝を隠すほど葉が密につく種類。検索していてこれかな と思いましたがデンマークやオレゴンから沢山輸入されると言う記事 もありました。種はグルジアの森から採取され国内で成育されるという 事ですが高い木の上から採取するのはイノチガケらしいです。 オレゴンから輸入されるウラジロモミの画はワイエスの世界を連想 させてくれるので久しく忘れていたモノクロのぴんと張ったデッサン や孤独で美しい絵画のページを開いて観たくなりました。 コップの中のモミの枝に小さな丸い白いカタチの物が目立つようになり 今日よく観察してみるとその丸が密集していてどうやら松ぼっくりの アカチャンらしいと判明しました。こんなコップの中で子孫を残して どうするのさと困惑してしまいました。大きくなった松ぼっくりの種を 収穫して何処か里山の土に蒔いてみようかなとも考えたりします。 子孫を残す選択は冷静沈着にというわけにはいかない様子なのです。 雪予報の外は氷雨ですがホットカーペットの上の毛布に突っ伏して 眠る子犬の姿に癒されます。小さなガラスコップの中で生き延びる植物 達に遠い異国の森やツンドラの大地や穢れない雪原やこんな場所まで 来ても種を残そうとする偉大なエネルギーの凄さを教えてもらいました。

脳活エクササイズ的絵画  (2016年1月26日)

絵は感覚だよ。文章行動は目を使うけれどね。だから説明的に なってはいけないんだよ。観る人が色々想像して絵と会話できる のがいいんだよ。どれくらい時間が経っても飽きない絵がいい。 それにしてもこの黒十字線はいらない。何故入れたの。(入れたくて いれたんです)(ワタシの精神なんです)でもカタオカみたいだな。 このピンクはいいねそれに結構丁寧に描いているね。この辺りのカタチ はこちら側に出た方がいいんだよ。この線の雑な処理がいいな。 などといろんな先生方に講評していただき又会場に見えた知らない 先生の講評を待つ人たちのシッポに続きました。好き勝手に自分の 世界を描いているのが良いと褒められましたが意図するところです。 先生方はお酒を注がれ放題でこちらは聞きたい放題で健康面の点 では非常にまずいことになっていると思いました。ワイン、酒、焼酎など 好まれますが肝臓は大丈夫なんでしょうか。私はお茶のペットボトル 持参です。しかし酒豪でもおっしゃっていることに濁りは無いのです。 それにどの人にも平等に好評してくださる姿が自然で有難いです。 銀座の画廊は昔300近く在り今は100くらいに減っているそうです。 海外(欧米)では家庭や城や教会に絵画が在るのが(祖先の肖像画とか) 普通らしいですが日本では絵は美術館へ。画廊へと刷り込み教育されて います。常設展しか観れなかったと残念がるヒトはハズレ。それが 美術館の普通の姿らしいです。評論家S先生は銀座の画廊再興と 界隈の店舗にも絵画が溢れる文化を提唱されている様子でした。 五輪に向けて古いビルや通りが再開発されています。それで分散 されずチャンスとして絵画の存在が浮かび上がれば素晴らしいです。 溢れるほどある美大や美系の学生にも活路が出来てくると言うものです。 1時間余りのスピーチを聞く熟年高齢者+若者ちらほらは壁に寄りかかり 床に座り又は立ち尽くすのはいつもの光景です。みなさん真剣なのです。 ふむ我らジュクネンに期待が寄せられているのか。遅咲き組ばかりなので 肩の荷が重い感じも否めません。それでもマイペースでココまで追求して 来た人たちはなんだか似た雰囲気を持っていてすぐにお話できます。 NPOの世話役的な方は随分前からその画廊活性化とマイペース画家の 結び付けを考えてこられた様子です。秋田から木更津からと場所を聞くと 色んな方面から出品していて顔ぶれも毎回少しづつ違うのです。 志半ばで倒れられたS先生の力作が入ってすぐの場所に飾られています。 脳ミソ活性の日は寒い北風の夜道でも疲れ知らずの感じが有り信号点滅 にもダッシュして渡り切ると最近見かける満月がポツネンと輝いていました。

生まれた日から続くノート  (2016年1月22日)

暮しと孤独と困難と愛情と 命と滅亡とアナタとワタシ自身と 戦う とてもたどり着けない深い海の底や 果ての見えない道のりや 熱いマグマの流れる淵や メビウスの帯の様に蛇行して潜る 冷たい暖かい得体のしれない水に 逆らう たった一人のヒトが生まれてから出会う とてつもないエネルギーが渦巻く世界 解らない事ばかりの毎日 今どこに居るのだろう どこまでたどり着いたのか 何に傷つき誰を傷をつけてしまい 何故うなだれてしまったのかも判らない でもふと気が付くと世界の広さや 助けてくれるアナタや 暖かい心のアナタや 立ちすくんでいる仲間が見える 旅の途中で 見ない聞かない感じない 疲れてうずくまるヒトの背中にも 宇宙のエネルギーが降り注ぐ 今日も明日も届くイノチの素 エンドレスにも見える流れに乗り 何処かにたどり着いたり彷徨ったり 土手に打ち上げられて休んだり 草や木や石の様にそこに在るしかない ワタシというアナタというヒトの運命 一緒に泣き一緒に笑おう 戦うのはもう疲れたはず 生まれた日から遠い場所で見るものは すこしばかりのシアワセと子犬の温もりと 護りあう家族がみせ合うそれぞれの 手の中の時間 争わず深い知性と能力で 魔法使いの様に飛び回る アナタの姿が見たい 今の望みはただそれだけ アナタには出来る 修行は積んだはずだが まだ足りないのは当然のこと これで終わりはないのだから 時間と距離とイノチが絡み合う 生まれた日からのノートに 記してみたいキボウの言葉 アナタというワタシ以外のヒトへ

陽射しの中で願う  (2016年1月16日)

8年近く住んだジャカルタでボンが又発生して残念に思います。TV画面に インドネシア人の幼稚園先生が現れてニコニコしながら状況説明していました。 カミナリさんかな?かくれんぼしながら歩こうねと園児たちに話しながら 安全な所に誘導したんですよという話でしたがそのニコニコというところを 理解する日本人は少ないと思います。経験しないとその国民性はなかなか 解らないものです。日常で様々な苦労が多い国なのですが笑顔度がbP 位素晴らしいのです。友人の一人は30年以上前にその仕事を経験していて 多少は知っていましたが最近転勤する日本人が多いと聞きますので園児は 増えているのに違いありません。特に小さい子供を連れて行っている家族 の通学などの心配が痛いほど心に沁みます。 ボンが起きたのは都心でよく知られた場所です。欧米店や大使館や国営の デパートや日本人向けの情報拠点とか高層ビル林立ですが2,3本裏道に 入ると普通の屋台やら住居が占めていて洪水多発でした。運転手が帰路に 抜け道として選んでいたなあと思い出します。大使館情報のプリントが配られ たり様々な連絡網もあり住居網や邦人向け新聞やら会社の指導やら友人 情報やら日本人社会の情報は結構すばやく行き渡ります。そういう時の為 にも日頃友人つくりなどに勤しんでいたような気がします。日本と違う社会です ので一人でボーッとして暮せるものではありません。気苦労は多いのです。 色んな意味で強くなり国際人的な考え方をしないといけないのは最早ヒトの 宿命なのでしょうか。熟年でもナントカ理解できるようになりたいものです。 インドネシア人の方々が力強い微笑みや素晴らしい互助精神を決して失う 事が無い様にとそして又日本人に力を貸してあげて欲しいとお願いします。 例年1月辺りのCTと胃カメラ検査が終わり今年も3か月おきくらいに通院して 様子見をする事になりました。胃の壁が少し膨らんだポリープが有りましたが 問題ないとのことです。検査時の鎮静剤の量が体重と比例するらしいのを 知りかかりすぎも在りと判り体重減量を目指したいものです。もちろん痩せて いても効かない人もいるでしょう。血液検査などもこまめに予定に入れて下さる ドクターの配慮に感謝しています。患者は覚えて頂いて一人前なのです。 患者としてドクターの名前や特徴を一生懸命に観察努力記憶をと刻んでいます。

心配の繰り越し  (2016年1月14日)

肝嚢胞は健診などで見つかる人が多いらしい。嚢胞の数が増えたり 大きくなったりしないと治療という言葉に出会わないらしい。経験してみて 初めて記する事が出来た。他の臓器との関連という難しい問題もある。 治療にはリスクが伴い治療方法も医院や医師により違うらしい。通院する ヒト自体少なくて統計を取ったり経過観察するのも僅かなのだろう。 大体ワタシのような状態になる人は極々少ない実態らしく推測ばかだ。 医療関係の検索をすると一般人でも専門的なレポートを見ることは出来る。 しかし専門用語やらハードな映像を目にするとこれは専門人の分野だと 思う。患者に説明するのも難しいのだろうなという事が理解できる。 知らない方が良い知る必要のない時期と言うのは確かに在ると思う。 初めて接する病に対して色々と勉強しないと解らない医師もいるはずだ。 最近医師だってヒトの子であり英知体力万能ではないと再認識している。 ストレスだって有るだろうし勉強以外に学ぶべき事は多いのだろうが 通院生活をしなかったらここまで理解することも無かったと断言できる。 自分の場合は最初の治療時にはニコニコ勇気リンリンファイト精神で 在ったがその後の感染症対策やら発熱や張れやの生活ですっかり普通 の病人並みにテンションが落ちてしまった。しかし当人以外には解らない 病である。食欲は落ちないし病だと言われたのもつい最近なのだ。 モロモロの悩みは心療内科でという診断もどうかとは思う。患者目線に 立った考え方をして頂きたいものだ。何だかうそつき患者みたいで悲しい。 嚢胞は家人にも小さいのが有る。旅立った老犬には巨大なのがあった。 女性に多くホルモンの関係なども検索されるしそれ以外のも事あるらしい。 嚢胞内の皮が水みたいなものを生産するらしい。皮の仕事は良否ある ので悩ましい。悪い方に転がり始めるとてげ厄介なことになる。治療すると 刺激して余計に大きくなる事も有るし隙間目指して他のが成長したりする。 最近は重要な用事以外は出かけないし家人が随分家事雑用を分担して くれるので日に何回も買い出しに行き側溝に足を取られ道でころんだり することもない。これはジャカルタ生活で運転手とメード付きの生活をして 又外歩きが出来なかったと言う後遺症でもある。交通機関不使用駅の階段 昇り降りゼロとか道歩きゼロを8年近く続けても即復帰の人はいるはずだ。 友人たちの中にはテニスゴルフ山歩きでかえって元気を付けた人もいる。 もともと運動嫌いでヨガ位しかしなかった。しかし信州の山野育ちという宝 があるので何とか掘り起こし犬にも助けてもらい脚力復活したい。 先週は造影剤なしのCT。今週は胃カメラと問診が有る。急に気温が下がり 犬の散歩が唯一の運動でこの所顕著な変化が出ていない肝嚢胞だが 不気味に思う。張らず熱もデズ耳鳴りと息切れがする位なのは年相応 なのだろうか。カロナールは今月2回だけ使用。風邪には市販の薬対応。 朝のパリエットと食後のガスモチンは習慣で時々蕁麻疹の薬に頼る。 子犬の将来の為にもニコニコ勇気リンリンオバサンにならないといけない。

植物達や犬の事など  (2016年1月10日)

我が家の鉢が4,5個しか入らないミニミニ温室の中で昨夏購入した オレンジ色のハイビスカスが沢山蕾をつけてしまいました。普通は 1日しか咲かない花なのに数日咲いたまま枯れる始末です。気温の上下 の為か蕾も心なしかシオッとしています。冬場の水やりは注意が必要 なので混乱中の植物達は試練の日々です。 昨年ムスメが知人の花屋で本格的クリスマスリースつくりに挑戦して 外国産モミの枝や松ぼっくりに乾燥スライスオレンジや姫林檎や シナモンスティックをくくりつけて有りましたが年末には枯れすぎてしまい 元気そうなモミの枝先を2,3切り取りコップに挿してあります。葉が落ちない ので生存中だと思います。深山のモミの木みたいな強い香りがプンと立ちます。 又アイビーも数年繁っていた鉢植えが1本残して全滅になりコップで根を 出したものが鉢で成長中です。ベランダで強風に吹っ飛ばされたお菊ちゃん もコップの中で根を出していてベランダの切り取られた方の株の小さな茎に 黄色い花が在りびっくりです。温暖とは言え冬日はこれからです。 四季なり大イチゴは3年ほどカビ病と闘い生き残りの1本に小さな実が 沢山ついていて味見してみたらグーですが小さすぎて食欲がわきません。 柊もカビ病になりホトンド枯れましたがほんの少しの生き残り組が株から 葉を出しています。植物のしぶとい生命力と試練に負けない強さに感動。 カビ病になるとアリマキが付き枯れるパターンにハマるようです。木酢酢 やカビスプレーやアルコールスプレー等試してみました。 そら君は毎朝5時位に目覚めて主を起こします。おやつで躾と朝のトイレ。 小食なのでパピー用の餌を手で与えます。握った手をちょんちょんと鼻で つつかせてすこしづつむせない様に与えます。ガリガリのやせ犬なので 服を着ていますがおかゆい所はございませんかと言いながらマッサージ。 動物病院の先生が教えて下さったように耳の中の毛も指で抜きます。 ギブスが取れて3か月目の足はまだ触ると嫌そうです。完治まで5か月。 こっちもあっちも痛かったのねと言い飛んだらポキッだよと脅しながら さわられる事を嫌がらない様に躾けます。その後は家人の布団の中へ もぐりこみおさみしリタイア家人との幸せな時間を過ごす犬です。 傷ついた犬もヒトのココロも不思議と回復し社会復帰への道も開けます。 キャベツや白菜の芯に近い所や乾燥カットブタ耳や細切り干しサツマイモ 等が好きです。餌はまだパピー用にレバーやササミ缶を混ぜて夕方には 完食です。先輩りんご嬢のぶかぶか冬服もたまには着たりしていますが りんご嬢は4,5キロでそら君は2キロ少々です。もちろんどうしても着こなせ ない服も在り主は寸法を直して着せてみようかと考えている所です。 昨日80歳過ぎた元気印のおばあちゃんと16歳くらいの目の悪いクロシバ を見かけましたが寒風の中を颯爽と歩いていたのでほっとしました。 お布団の中でぬくぬくしていちゃだめよと注意されたことを想い出しています。

そら君の初試練  (2016年1月5日)

ヤオヨロズ派の我が家は初体験の成田山を目指してみました。そら君の 社会見学とムスメの車の運転練習も兼ねているので主は膝に痛み止めを 貼り頑張ってみたのです。社を目指す人の為に専用や個人の家の庭など のスペースが用意されていて一家総出という感じで空いていますよと言う 呼び込みが喧しく歩いて10分渋滞1時間料金800円という場所に停めました。 社は本殿ではない様子でしたがただ事ではない上り下り車線の渋滞を 見て先を目指す努力はしませんでした。結局は歩いて30分でした。 そら君は抱っこするとバタバタ暴れるのでとりあえず歩かせてみました。 しかし道幅が狭くて歩行者用等ほんのわずかでコンクリート側溝上には 穴も続きジャリもあり難儀です。後からドンドン人が来ますので犬ペース というわけにはいかず脇道や階段そして上の方には屋台のひしめきと 隙間ない人の群れです。社には家人とムスメが行き私たちは邪魔にならない 場所で待ちました。向こうの石の椅子には外国人男女が座りタコ焼きを 美味しそうに食べていました。立ち歩きばかりするそら君は人の目を引き ますが最近度が過ぎますのでよその犬は皆大人しいオリコウ犬に見えます。 何か言われたり褒められたりするのが判るらしくサービスミエミエ。 大ラッキーとラッキーのおみくじで喜び顔の2人が戻り予定通りアウトレット を目指しました。社の帰りはさすがに抱っこが多いそら君でした。 アウトレットでは家人と駐車場待ちでしたがやけにカエルコール携帯が 多いと思ったらそら君の後ろ足からチが出ていてびっくり。てっきり爪が 折れたかと思いましたが家で消毒しながらよく見ると擦り剥けらしいです。 それにしてもそら君の難儀引き受けがこの程度でよかったと話し合った ことです。気持ちと行動とエネルギーのアンバランスが有る犬です。 今年は普通にお留守番が一人で上手にできる様になって欲しいものです。 菜の花が満開でロウバイの黄色い花や水仙の花も見られ気温も程々に 暖かく気持ちが緩む新年ですがそら君の試練を忘れないように過ごしたいです。

サルドシのハツユメ  (2016年1月3日)

トントコトントントコトンと電子音の小太鼓を 激しく打ち鳴らしながら空の端っこから エレキ風神雷神が下界を覗いている 白い縁取りの中が黒いキレイな渦巻き雲が ドロドログルグルと天上いっぱいにせり出してくる キャーッと騒ぐヒトビトの姿は声の割合には少ない 何処かの国のガラガラ道路やまばらな街ヒトに似ている ピリピリと稲妻型の光がトドロキ隠れる場所を探す ウソ世界なので建物の陰が在っても隠れる事は出来ない ビルなんかほんの少ししかなくて樹も描かれていない サミシイキビシイ作家の世界なんだろう モノクロなのでイキモノのフンイキが無い アッと言う間に斜め上の辺りまで繰り出してきて 電光ビームの機械みたいなのをセットし直している エレキ雷神はよく見ると子供の鬼の様に小さい 冷静無表情に角度などを確認している目は真剣だ サッと矢のような光が地上に届き一瞬霧のように視界が濁った 何かが破壊されて消えてなくなったのだが 存在したものと消滅したものの確認が出来ないのだ 狡いなあと怒りながら天を仰ぎ睨むが雷神たちは 踊るようにグルグル回りくまなく下界を探しながら 諦めたようにテンテコドンドコ空の隅に帰って行った マンガの世界だなCGの世界だなとノーミソが判断して 安心して又眠りの世界に戻ることが出来た 今年も又いろんな場所や空間に沢山用意されている 現実や非現実のダマシウチゲームに負けてはいけない 地球の周りを回るウルトラビームの噂もあるけれど イキモノは枯らさず壊さず生かさないと 共存共栄は出来ない孤独な星に住むイノチ ワタシの絵の中にも風神を描き入れてみた どういう姿かたち色に収めるかがモンダイだ それで自分の戦いや希望やパワーを伝えたい ハツユメの読み解きはオバサン腦にはてげ難しい サルはただ笑ってみているだけのような気がする