木曜日の風のいろ2

 10年ほど前、心が折れそうになることがあって、、、逃げ出したい、、、抜け出したい、、、
 でも、それ以前に、なぜ自分がここに居るのか、なぜこういう状況に直面しなきゃいけないのか、
 自分を納得させるために、自分に問いかけ、向き合わざるを得ませんでした。
 そんな暗中模索の中、自然発生的に生まれ出てきた言葉たちです。
 今もまだ、完全に吹っ切れた訳ではないのですが、、、、今日は今日の風が吹いています。
 九州の空の下より風に乗せてメールを送ります。
 お読み頂けたら幸いです。  (はるか)





    まだ間に合うから      まだ間に合うからって      言ってくれたよね      空の色がなぜ青いのかなんて      山の向こうには何があるのかなんて      そんなことは誰もが知っているよ      夜明け前にそっと降りる霜のはかなさや      朝日に輝くカモメの群の美しさ      庭の隅に咲く石蕗の日だまりのような暖かさ      夕刻に生まれる風の寂しさ      あまりにも当たり前な      ほんの些細なことを      どう感じれば      どう受け止めれば      きっといつかは      一つ年齢を重ねても      もうすぐこの一年が終わるとしても      夢を見る幼子のように      微笑みを浮かべながら      今夜も眠りにつくよ      昨日じゃない今日      今日じゃない明日      まだ      まだ間に合うから
    先行き      蝶々が道の真ん中で死んでいた      車にでも潰されたらと思い      そっと羽根をつまんでみたが      すでに轢かれた後で      胴と片方の羽根が地面に貼り付いていた      あきらめて      指先に付いたリン粉を払いながら      その場を後にした      どんな先行きが待っているのか      人間も動物も自分では分からない      友人から学生時代の同級生の      事故死を知らされたのは      つい数日前のこと      数カ月前には知人の父親の      自死を知らされていた      賛美するつもりは毛頭ないが      自分で決められる唯一の方法      なのかも知れないと思ったりした      すっかり年老いた愛犬を連れて      眠りに就く前の散歩をしながら      ふと思いを巡らせた初冬の      夜更けのひとときだった
   顔      鏡の中の私は      うつろな顔をしている      これが私の顔なのだろうか      いや違う      こんな顔じゃない      目にはもっと輝きがあるはず      口元はもっと引き締まっているはず      頬にはもっと張りがあるはず      そこに映し出されている顔は      心の中で想う私のそれとは      あまりにも違う      でも      きっとそうなのだろう      これが今の私なのだろう      目をそらせてばかりはいられない      これからは      本当の私を映し出せるように      引き締めるのは気持ち      張りと潤いを与えるのは心      ちゃんと見なければ      まっすぐ見なければ
   冬の星たち      いつのまにか      積み重なってしまった年月の      その重さに      立ちすくんでしまうことも      あるけれど      冬の風に吹かれて      冬の星たちを見上げて      明日の希望を確かめたい      たとえ風は冷たくとも      その冷たい天空に      星は輝く      星の数だけの光りがあり      星の数だけの瞬きがある      独りぽっちじゃない      両の手を伸ばせば…      両の手を広げれば…      まだまだ続くその道は      自ずとその方向を指し示してくれている      きっと迷いはしない      私らしく生きていけばいい      私の前に続いているのは      私の道なのだから      冬の星たちが清らかな光りを      届けてくれている
   出会い      生まれてから死ぬまでに      何人の人に出会うのだろう      何人の人の顔を覚え      何人の人の声を聞き分け      何人の人の影響を受け      髪を撫でるだけで      手をつなぐだけで      心を通い合わせ      愛を分け合って      人として育って行くのだろう      嬉しいことも      悲しいことも      たくさんの人との出会いによって      生まれ      たくさんの人との出会いによって      築かれる      たくさんの出会いがあってこそ      人として生きて行くことができるのだろう
   のんびりね      もう      忘れてもいいよ      みんなみんな      忘れてしまったとしても      ほら      こんなに穏やかな      笑顔がある      ほっこりした      ひだまりの中で      のんびり      生きてゆこうよ      子供のときのように      時間は      ゆっくりゆっくり      過ぎてゆく      きっと      そう思えるときが来る      もう      忘れてもいいよ      忘れたことを      とやかく言わないよ      神様がくれた特権だものね      ずっとずっと      そばにいるよ      のんびり      生きてゆこうね
   階 段      初めて自分の足で      階段を上ったのはいつだろう      母と手をつないで      だったのだろうか      一番上の姉は      一人で上りたがる私の後ろから      いつも上って来てくれていたらしい      ちっとも覚えていないけれど      少し大きくなった頃は      童謡をくちずさみながら      父とよく上っていたのを覚えている      覚えていてもいなくても      いっしょに上る誰かがいて      踏みはずさないように      守られていたんだ      父はもう      人生の階段を上りきってしまった      兄姉たちもそれぞれの階段を      上を目指してもくもくと      上っているのだろう      私は      母の手を引きながら      ゆっくりゆっくり上っている      今度は私が      守る役目となりながら
   昨日今日明日      もう昨日に戻ることはできないから      不消化のまま      喉元につかえていることも      それはそのまま      今日という時間を      噛み砕き      少しずつ少しずつ飲み下す      いいんだ これで      今までだって      そうやって過ごして来た      きっと      暗い雲の隙間からでも      少しの光と      少しの風が      不消化のものの      形を変えて行ってくれているんだ      立ち止まった道は      まだ続いている      西の空に茜色が見えたなら      明日は晴れのしるし      少しずつ消化したものが      これからのエネルギーに      形を変えると信じたい      明日はきっと晴れる
   「レスター」への詩      直太朗さんは      「ねぇレスター      煌めきの中 僕はもう一人の自分を殺した」      と語りかける      そうなんだね      やっぱり殺さなきゃいけなかったんだね      でないと      新しい自分にはなれないんだね      たった一回だけ…      凜とした決意を持って…      きっとそれは許される      「煌めきの中」というシチュエーションがいいね      その行為は眩しい中でこそ      行われるのがふさわしい      「寝過ごしてしまった」日の「夕方四時」      自分を「置いてけぼり」にして時は進み      世の中は「黄色い空」に染められている      そんな中で「膝を抱えて」      「ねぇレスター」と語りかける      「あどけない文字」を書く自分には      「もう二度と戻れない」      と心を強張らせる      そして      「鏡の中」の僕は      「あなたは誰?」と問うても      「返事」さえ返さない      時はさらに過ぎ      「足踏み」をしている僕はそうしてやっと      一歩を踏み出すことができるんようになるんだね      レスターは直太朗さんの      幻影なんだろうね      レスターへの語りかけを聴きながら      私の心の中にも      黄色い煌めきが広がって行く気がしたよ       「森山直太朗傑作撰」に寄せて
   秋の蝶              すっかり秋色に染まった野原を      蝶がさまよっていた      似ていると思った      やわらかい日差しの中にいた春は      遠い過去      まぶしい輝きに溢れた夏は      とっくに終わり      さわやかさを感じた初秋の風も      冷たさを増して来た      晩秋になる前に      今得るべきものは何なのだろう      不安を抱きながら      さまよう秋の蝶      羽根を休める緑の草も      のどを潤す花の蜜も      なかなか見当たらない      薄い羽根を頼りなげに震わせて      何を探し求めているのだろう      安堵のできる場所を      冬に立ち向かう勇気を      見つけることはできるのだろうか
   月の夜      雨降りお月さんという歌がありました      お月さんは雲の陰に隠れて見えません      花嫁さんも思案にくれています      一人でかさをさして行こうかな      お馬に揺られてぬれて行こうかな      うすいレースのような      雲がかかったお月さんがありました      お月さんはきっととても喜んでいるのです      花嫁さんがうらやましくて      ちょっと真似をして      ウェディングベールをかぶってみたのです      次々雲がやって来て      次々お色直しをしてみます      こんな不思議な月の夜は      たった一人で      窓から月を見上げます      こんなきれいな月の夜は      希望を少し持てそうで      風に吹かれて見上げます      きっといいことあるよ      いろんな夜があるけれど      見えない夜もあるけれど      私はいつもここにいる      ここから見守っているよ      お月さんはそっと微笑みかけてます
   旅立ち前夜      椎の実が      椎の木を離れる前の夜      やさしく月の光りが輝いて      椎の実の旅立ち祝ってる      月の光りを浴びた椎の実は      いよいよお別れ近づいて      明日の朝には心を決めて      ひとつひとつ木を離れる      地面に落ちた椎の実は      ことり音立て      無事の着地を知らせてる      ころころころがって      溝に落ちてしまうもの      その地にかわいく芽吹くもの      誰かのポッケに拾われて      新たな土地を捜すもの      どんな未来かわからない      それでも      きれいな月の夜      明日の旅立ち夢見てる      ひとつひとつ違う道      やさしく月の光りが輝いて      明日の旅立ち祝ってる
   精一杯に      愛犬との散歩のときに      ちょっとした野原を通ります      春にはタンポポ イヌフグリ      夏にはクローバー ヒメジオン      秋にはツキミソウにアカマンマ      名前も知らない花たちが      まだまだたくさんあるけれど      それぞれ精一杯      そのときそのときの      命の花を咲かせています      昨日とは違う今日の花      今日とは違う明日の花      ほんのひとときではあるけれど      毎朝の大切な出会いの時間      季節を教えてもらえる      なくてはならないひとときです      今日も一日がんばろう      名前も知らない花たちに      背中を押されて歩きます      私は私の道を      愛犬は愛犬の道を      歩きます
   変化の中      いつまでも空は青いと      思っていてはいけない      たとえ小鳥のさえずりが聞こえていても      心地よい木もれ陽があったとしても      吹き抜ける風がかすかな気配を連れて来る      小鳥はすみかへ帰り      木もれ陽は雲にうばわれてしまう      そのままの姿でその場所に      居続けることは誰にもできはしない      だんだんと空は無機質へ      モノクロの世界へと変貌して行く      継続している「今現在」は      8秒間だという      9秒前はもう過去      吸い込んだ息は吐き出され      飲み込んだ水は胃へと落ちて行く      とどまっていてはいけない      空気も水も身体も思考も      全ては変化の中にある      朝の空は午後の空へ      そして深い闇へ      また青く染まるとしても繰り返されるとしても      全ては…
   戯いないこと      鳥のように飛びたいと思った人は      セスナやハンググライダーを      操縦する人になっているだろうか      魚のように泳ぎたいと思った人は      スイミングやスキューバを      楽しむ人になっているのだろうか      私は      何をしたいと思っていたのだろう      絵が好きだった      クレヨンや色えんぴつや絵の具の      いろんな色が好きだった      絵を描く人になりたいと      思っていたのだろうか      空の色を思う 飛ぶ鳥を思う      海の色を思う 泳ぐ魚を思う      鳥のようにはなれなくても      魚のようにはなれなくても      絵を描く人にはなれなくても      飛ばせていよう      泳がせていよう      夢を描いていよう      心は自由なのだから
   ひとさじのスープ      鍋のスープを      ひとさじすくって味見をする      全部飲まなくたって      ひとさじすくえばわかるはず      ひとさじだって鍋のスープと同じはず      この青い地球は      知らないところが多過ぎる      知りたいことが多過ぎる      でも      どこにだって行ける訳じゃない      全部を知り得る訳がない      ここに生まれ育って      ここを出たことが一度も無い      ここだけしか知らない      でも      ここだって地球の一部なのだから      ここにいたってわかるはず      地球のなんでもわかるはず      私のまわりに吹く風は      宇宙をめぐる星たちは      見て来たいろんなことを教えてくれる      だから      私は風に吹かれて空を見る      地球にとって      ここはひとさじのスープなのだから
   波      今日      ひとつ      乗り越えたと思った      小さな波かもしれない      でも毎日毎日      そんな波を乗り越えて      引きずられたり      押し戻されたり      そんなことをくり返しながら      波間に      しっかり立つことなんてできなくても      足元を      すくわれそうになっても      それでも      おぼれないように      自分自身を見失わないように      なんとか      ひとつひとつ乗り越えて      明日の波なんて      予測もできないけど      ときには      ぷかぷか漂うくらいの気持ちで      明日の波を待てばいい
   一瞬の      船に乗った      デッキから海を見ていた      快晴に恵まれキラキラと輝いていた      ふと人生に似ていると思った      大きな海の中で輝いているのは      その時その場所だけ      太陽の角度 船の速度…      いろいろな要因が合わさり      一瞬だけ一ケ所だけに      輝きが与えられる      誰の人生の中にも      きっとそういうときがある      夏休みの作品をほめられたときかもしれない      初恋のときかもしれない      過ぎてしまって忘れているだけ      五年後の出会いかもしれない      十年後の友情かもしれない      まだ知らないだけ      船に乗っていること      この輝きを目にしていること      今の自分が気づいていないだけ      明日には分かるのかもしれない
   風が連れて来るもの      梢のあいだを      風が渡って行く      名も知らぬ鳥の声を運んで来る      たおやかなときを      過ごしているかのよう      白い花にとまろうとしている蜜蜂の      羽音も聞こえる      さわさわと揺れる草花の葉ずれの音も      何をおしゃべりしあっているのだろう      通り抜けて行く風が      いろんな音を      私のからだのなかに連れて来る      からだ中を耳にして      今日一日を過ごしていたい      自然の音だけを      からだのなかに取り入れて
   ひまわり      むかし観た映画「ひまわり」      ソフィアローレンが      ひまわり畑を彷徨っていた      その広大さに息をのんだ      力強い花のはずなのに      その果てしなさに不安を覚えた      炎の画家ゴッホが描いた「ひまわり」      自分の耳をそぎ取るほどに      精神に異常をきたしていた      ひまわりを描いたのは      その前だったのか後だったのか      ひまわりから何を感じとっていたのだろう      娘がまだ小学生の頃      学校から持ち帰った種を      植えたことがあった      玄関脇にも家の前の川沿いにも      ひまわり達は思ったよりもよく咲いた      その傍らで微笑む姿が写真の中にある      今年の夏は東京のお台場近くにも      ひまわり畑が出現したらしい      都会のひまわりは何を思って      どんな空を仰いでいるだろうか      ひまわりには何故か      せつなさが伴っている気がする
   こんな日の始まりは      朝もやの中で目覚めた      小鳥のさえずり      かすかな風の匂い      流れて行くうすい雲      わずかにのぞく木立の中の空      やさしい光をもらす木もれ陽      水色のはねの蝶々      透きとおったはねの蜻蛉      まるで別世界の      一日の始まりに身を置いて      頭の中はからっぽに近い      からだの中は      緑の空気で溢れ      心の中は      少し疲れた夢と希望が      また息を吹き返そうとしている      どんな一日になろうと      今日は全てを許そうと思う      つまずいた石ころも      なくしたオレンジ色の時計も      ささくれのある指先も      憧れを捨てられない幼い自分も      緑の空気が溢れているから
    残 像      空は晴れわたっていた      海は青くキラキラ輝いていた      水平線はくっきりしていた      砂浜はどこまでも白かった      パンツ一枚で走りまわり      水とたわむれ      歓声を上げていた      兄姉や      従姉妹たち      叔父叔母      みんな仲が良かった      おにぎりのごはん粒を      ほほにくっつけ      ケラケラ笑い合っていた      みんなで分けた西瓜の赤も      まぶしかった      いつまでも      そういうときが      続くと思っていた      父も若かった      母も若かった      松林を吹き抜ける風も      また      若かった気がする
    夏たちの光景      夏が来れば思い出す      子供の頃に見た今よりも青い空      今よりも白い入道雲      眠気を誘う午後の風      山から匂いと共に      走って下りて来た夕立      雨上がりのくっきりした七色の虹      追いかけたとんぼ      綿で釣った池の蛙      じっと眺めた蟻の行列      神秘的な蝉の羽化      夕方の心地よい川風      部屋の中まで入って来た蛍の灯      それらはもう今は昔      父も母もまだ若かった頃の      兄や姉がまだ揃って居た頃の      まだ家族の団らんがあった頃の      ほんのささやかな日常の      ほんのひとこま      いつも目にしていた光景たち      いつも肌で感じていた夏たち
    な ぜ ?      こんなんでいいはずがない      みんなわかっているのに      何かが違う      何かが間違っている      その何かって何?      何が原因?      ただ首を縦に振れば      いいだけなのかもしれないけど      でもそれはできない      うなずかないでいることが      せめてものブレーキ      戦争だとか      拉致だとか      通り魔だとか      放火だとか      いじめだとか      なぜ?何のために?      疑問符ばかり      納得 充足 平穏      日々の人々の暮らしが      無事に送れれば…      望んでいることは      ただそれだけなのに      この時世に      うなずける人なんて      きっといるはずがない
    今日のこと      今日のこと覚えていよう      ここでのできごと      ここで出会った人      吹いていた風      流れていた雲      耳にした音楽      漂っていた香り      みんなちがう      昨日とはちがう      でも      今日のことは      昨日の続き      明日のことは      今日の続き      そうやって      ちがう顔      ちがう表情をしながら      一日一日は続いている      今日だけが      特別なんじゃない      でも      今日のことは覚えていよう      毎日が      昨日とはちがう今日なのだから
      空つれづれ        前夜から      かなりの雨を降らせた台風が      朝には通り過ぎていた      見上げれば      昨日が台風だったことや      まだ梅雨のさ中であることを      忘れさせてしまいそうな      爽快な空だった      いつもこの空に見守られているのに      私は見上げることを      よく忘れてしまっている      そうして      何かの折に見上げれば      必ずそこには空がある      鳥が飛び交い      雲が流れる      いろんな表情をしながら      私たちを見守っている      遠い空へのあこがれは      今も確かにあるけれど      見えなくなるぎりぎりの      山際の空が好き      夕焼けの茜色に染まるのも      もうすぐだろう
      粒 子      書店の片隅で      「空へ」という写真集に出会った      なぜか惹かれたそのタイトル      迷いもなく棚から引っぱり出し      その写真たちに見入った      紙の中の空なのに      知らない山の      知らない海の      知らない街の      その上に広がる知らない空なのに      とても懐かしかった      「おいで」と呼んでいるようだった      なぜか 空へ帰りたい と思った      雨なのだろうか      雪なのだろうか      そのかけらなのだろうか      いやもっと小さい粒子なんだと思う      空から降って来たほんのひと粒の      目にも見えない粒子なんだきっと      だからまた 空へ帰りたい と思ったんだ      店の外に出て本当の空を見上げた      小雨の降りそうなしくしく泣きそうな      そんな空を見上げた
   子猫の星      ボクは      どうなってしまったんだろう      雨に濡れた冷たいアスファルトに      横たわってる      あっと思ったときには      もう遅かったんだ      大きな車のタイヤが      通り過ぎて      行ってしまったよ      おかあさん      どこにいるの?      もう目も開けられない      意識が遠くなっていくよ      身体がだんだん冷たくなっていくよ      雨は降り続いてる      知らないおばさんが来て      ボクをそっと      タオルに包んで      空き箱に納めてくれたよ      この雨雲が切れたら      夜空に瞬く星が見えたなら      きっとそこに      子猫の星が      ひとつ増えているよ
   どんなふうに      自分の人生なのに      なぜ      自分で決められないんだろうね      ああ生きたい      こう生きたい      と思っても      思うようにならないこと多いね      どんな親の元に生まれ      どんなふうに育って      どんな人に出会い      どんな恋をする?      どんな夢を持ち      どんな仕事をし      どんなふうに生きて行く?      いつ      どこで      何を?      どんな最期が待っている?      多分たどり着くところは      決まっているんだろうね      ただ      それが      自分ではわからないだけ      自分では決められないだけ
   幸せもの      愛犬に誘われて      散歩に出かける      たまの休日は      小高い山の途中まで      ちょっと足を延ばしてみる      ほんの10分ほどで      その空気は      日常生活の中の      清涼剤となってくれる      杉やいろんな雑木が      枝や葉を重ね      木の匂いが広がっている      その途切れたところから      海の水平線が      目の前に見えて来る      私は幸せものだと思う      いつでも      この空気を      この眺めを      この場所を      思ったときに手に入れることができるから      傍らで愛犬が      同じときを      共有していてくれると思うから
   失わないために        このあいだまで      あの角にあった建物が今はもうない      目を背けて通った子猫の死体      昨日までそこで遊んでいたかも知れないのに      目の前でとんびにさらわれたつがいの小鳥の片方      残された一羽が      ぼう然と鳴き続けていた      いつ何が      突然消えてしまうかわからない      テレビのニュースは      関係ない者同士の心中を告げる      自分の手のその先さえ      霧におおわれているような今の世の中      その手につかもうとしているものは      何なのだろう      大切なものは      しっかり握りしめておかなければ      しっかり胸に抱きしめておかなければ      ふいに消えてしまわないように      見失ってしまわないために
   自分らしく      煩わしいことを      目の前から      取り去りたいと      思うのではなく      いつも      その煩わしさの中から      自分が居なくなってしまいたいと      思うのです      いけませんか      きっと      努力が足りないのでしょうね      いつも      一歩引いてて      そのまま      後ずさりしたくなるのです      後ろ向きなのではありません      ちゃんと前は向いています      ただ      ほかより歩みを遅くしたいだけなのです      たまに      立ち止まって      まわりとの距離を確認しているだけなのです      そうすると      心が落ち着くのです      ほっとできるのです      たとえ人に遅れても      自分らしい一歩で      歩いて行きたいと      思っているだけなのです
   再生を信じて      チェンソーの音がしていた      何を伐っているのだろう      だんだん近づいてみた      一本の桜の木だった      あっと息をのんだ      足が止まった      なぜ?      確かに      年々花が少なくなってはいた      でも今年だって      わずかだけど      花を咲かせていたのに      伐り倒された桜の木は      幹や枝を      いくつにも分断され      トラックの荷台に      積まれていた      トラックはどこへ行く?      作業の人たちは淡々と      仕事をこなしていた      見守る私だけ      ひとり      お葬式の気分だった      役目がもう      終わったってこと?      長年ごくろうさんだったねェ      心の中でそっと手を合わせた      明日もこの道を通るのに      頑張ってる姿は      もうない      ほかの風景は      何も変わらないのに      心を落としている私に      姉が教えてくれた      姉の家の食器棚は      桜の木製だという      そういう再生があるんだ      トラックの行き先が      火葬場ではなかったと      信じていよう
   母の話      まだ大正の香りが残る頃      母は生まれた      七人姉弟の三番めだった      ハイカラ好きの祖父は      カメラを持ち子供たちの写真を撮った      おんばひがさで育った祖母は      のんびりと子育てをしていた      でもそんなときは長くは続かなかった      軍靴の足音が聞こえ始め      物資は乏しくなっていった      祖父のわずかばかりの蓄えは      あっという間に食糧に消えた      母は家族から一人離れ      老齢のひ祖母の世話をすることとなった      そんな日々の中で      幾度も空襲警報を聞いた      青春なんて響きはかき消されていた      愚痴をこぼしてもしようのないことだった      そして      嫁いだ母は      四人の子育てに追われた      父の営む小さな商店は順調とは言えなかった      川で貝を採り川原で野草を摘んだ      まだ混沌とした時代だった      店を閉じ転地を決意した      幼稚園にも上がっていなかった私は      感傷に浸る思い出さえ      持ち合わすことができなかった      あまり丈夫でない父は再就職にも苦労した      母の苦労もまた長く続いた      家計を支えるために内職でミシンを踏んだ      それでも余り布で人形の服を縫ってくれたりしていた      毎日必死だったのだろうけれど      家族の仲は良かった      多分暗い顔なんてしてる暇さえなかったのだろう      子供たちは成長して家を離れていった      いろんな時代を経て      いろんな人を見送って      今はひとり      自分だけの時間の中で生きている      ときおり思い出話をする      いつの間にか      私の知らない子供時代の母が登場する      母はきっとしあわせだったと思いたい      今だってきっとそうに違いない      まだまだ聞かせてもらわなければ      しあわせだった母の話を      今だってきっとしあわせな母の話を
   春 愁      たとえばようやく明けた      清しい朝陽を浴びた      芽吹いたばかりの薄緑色だったり      ほんのかすかな風に      誘われるように舞う      たった一枚の花びらだったり      冬から春へ      春から夏へ      移ろって行く季節の      小刻みな秒針のよう      小学校の図書室へ続く廊下の      軋む懐かしい音だったり      そこを歩いているまだ自分の      未来さえ知らない幼い私の      足音だったり      親しいと思っていた人の心のよう      だんだん近づいて来る気配      だんだん遠ざかって行く気配      耳の奥を      心の奥を      訪れては消えて行く波のよう      くり返される春の中の      ほんの細やかな愛しいものたち
   眼鏡もどき      ときどき      両手の親指と人差し指で      わっかを作って      眼鏡のように目にあててみる      ずっと目は良い方なので      眼鏡というものをかけたことがない      先日ふと      そのわっかを作って目にあててみたら      同じはずの風景が      同じはずの世の中が      少し違って見えた気がした      それからときどき      そのわっかのお世話になっている      頭が痛いとき      眠気におそわれたとき      アーアとため息をつきたくなったとき      なぜだか      そのわっかの中に      いつもは見えないものが見える気がして      いつもより鮮明に見える気がして      気分を変えたいとき      手間いらず副作用無しの      私だけの      一人のときだけの      特効薬
     今日の私は      夜が明ける      夜明けがやって来る      今日が生まれる      昨日はもう遠い過去      明日はまだ遠い未来      一匹の魚となって      海深く泳ぎその暖かさを知り      波間に漂い太陽の煌めきを知る      一羽の鳥となって      空高く飛びその潔い青を知り      梢に羽を休め      見下ろす町の静けさを知る      昨日の私は      何をしていただろう      明日の私は何をしているだろう      一本の木となって      枝葉を揺らす風の優しさを知り      土深く根を張りその先に自分の在り方を探す      心の抜け出た私は      机に向かい仕事をしている      身体を抜け出た心は      今日はどこで何をしているだろう      まぶしい太陽と深い闇の間で      呼吸をし続けているだろうか
     みんな同じ      あの小高い丘の上にある楠の木は      根を大地に深く張り巡らせ      梢はたっぷり広がって空を仰いでいる      あの場所から一歩も動けずにいるけれど      でも多くのことを知っている      春になれば小鳥が歌うこと      お日さまきらめく夏があること      夕焼けの広がる秋の空は寂しいこと      冬の空気はとても澄んでいること      吹く風の強さやさしさ      風向きが変われば雲の流れも変わる      雨上がりの虹      巡る星の数々      足元をかけて行くいたちの子供      野原を散歩する犬の姿      視線をまっすぐ向けた先には海があり      尾を引いて船が出航して行くこと      見おろす町には人々が      小さな楽しみや小さな悲しみをかかえて      精一杯生きていること      いたちの子供も私も楠の木も      みんな同じ      どの町もきっとみんな同じ
     桜      母の記憶の薄かりし      薄き記憶を拾ひけり      我の想ひ出遠かりし      遠き想ひ出たぐりをり      合はせて巡れどふるさとは      全く違ふ顔をして      永きのときを感じをり      父の自転車見送りし      ガタガタ土の細き道      車の流れを気にしつつ      四角き町を捜しけり      今はもう失き家の跡      家の向かひの寺の堂      姉とままごとかくれんぼ      野の草摘みにおにごっこ      今は何処と捜しけり      町のはずれの川の土手      登ってみればとうとうと      ふるさとの川は流れをり      その土手さへも顔をかへ      我らに想ひ出なけれども      土手に咲きたる満開の      桜は我らを包みけり      やさしく我らを包みけり      駅のホームに立ちしとき      胸のつかへは消へにけり      永きのときに消へにけり      ふるさとを胸にいだきけり
     つながり      ひとつひとつのできごとが      ひとつひとつの出会いが      一本の線路の上で      ずっとずっとつながって来ている      あっちにぶつかりこっちにぶつかり      あっちへ曲がりこっちへ曲がり      思うようには行かないけれど      それでも      山や谷を      トンネルを抜けるように      鉄橋を渡るようにして      一本の線路でつながって来ている      今日ここでのできごとも      今日ここでの出会いも      私という線路の上で      ずっとずっとつながっていること      あなたという駅に寄り      明日への希望を分けてもらい      明後日への夢として      私という線路は      ずっとずっとつながって行く      私という駅は      あなたの線路の上で      きっと同じように      つながっているはず
     きれぎれの      ジグソーパズルのように      小さな断片を拾い集めれば      思い通りの絵が      できあがるのだろうか      からまった智恵の輪を      ひとつひとつはずして行くように      もつれた糸をほぐして行けば      心の霧は晴れるのだろうか      過ぎ去った時間と      まだ見ぬ未来の時間を      ようやくつなぎ留め      現在という場所に      やっとの思いで佇っている      不確かなこの現実      伸ばした指先に届くものなど      広げた両の手に包めるものなど      たかが知れている      いくら闇におおわれていようと      道が閉ざされた思いでいようと      こらした瞳で一歩を踏み出せば      それは否応なしに未来へと続いて行く      北の空に広がる名残雪を降らせそうな雲が      薄ら笑って私を見下ろしている
     お 墓 お墓って何だろう 遺骨の入っているところ お彼岸やお盆にお参りに行くところ 小さい頃からいつも母に連れられて 母の実家のお墓に行っていた 母の兄は早くに亡くなり 母の弟たちは遠方に住む 母の実家のお墓は 母の手に委ねられていた その母が歳を重ね 役目が私に 回って来ようとしている 草を取り水で清め 線香に火をつけ花を手向ける 手を合わせ頭を垂れる そんなことはなんでもない でもなぜ私なのだろう 疑問に思うことすら おかしいのだろうか 生家のでもなく婚家のでもない 私もここに入れればいいのに お墓の問題は難しい
     香りを乗せて      いつか生まれて      いつか年月を重ねて      いつか残りの方が少なくなって      誰だってそうなのだけど      わかってはいるのだけど      思い出す頃がだんだん遠くなって      思い出すことがだんだん多くなって      忘れていくこともだんだん多くなって      たぶんそれは仕方のないこと      そしてそれはきっといいこと      楽しいことだけ      嬉しいことだけ      ゆっくり時間をかけて      焙煎していこう      おいしいコーヒーや      焼き上がるアップルパイが      いい香りを放つように      いい思い出もきっといい香りを放つはず      だからそのために      今からでも      いろいろな思い出      いい香りの思い出      たくさん残していこう
      今は母のお雛様                    てのひら大のささやかなお雛様が      今も実家にある      長姉が生まれたのは      まだ物資がとぼしかった頃      新しいお雛様など揃えられるはずもなく      祖母がどこからか探して来てくれたものだという      その後      次姉と私が生まれ      母の娘時代の人形や      姉妹たちの人形も飾りに      加えられていった      今は      実家に母ひとり      人形たちは姿を消していったけれど      お雛様だけは      お二人並べて      今も飾られている
      存 在                    ちょうちょにとんぼ      せみ かえる      かに とかげに      すずめ ひよどり      はと からす      こねこにこいぬ      いたちなんかもいたりして      目の前を通り過ぎていった      小さな生き物たちよ      誰かにその名前を呼ばれることもなく      誰かに振り向いてもらうこともなく      ただ存在し      確かに存在し      この世の中に生きた証を残していった      そのとき その場所に      行き合わせてしまった私はその証人      手の貸しようがなくて      悲しい思いをすることも多いけれど      でも きっと      それは仕方のないこと      誰かに認められることもなく      誰かに見とがめられることもなく      ただ存在している      確かに存在している      それだけでいい      人だって      多分      きっと      そんなものだから
      赤                     靴 バッグ ソックス      スカーフ Tシャツ セーター      かつては好んでいた      今は      店先のりんご      プランターのミニトマト      花だんのチューリップ      金魚鉢の金魚      夕焼けの空      おいしいよ      元気が出るよ      きれいだね      いっしょに遊ぼうよ      明日また会おうね      そんな声が聞こえる      そんなものたちが好き      身体の中にも流れてる      休むことなくいろんな思いを抱いて      「生かされている」      そんな生命の赤い色たち
      経 過                 どのくらい経つだろう 逃げる夢を見なくなった あんなに必死で 何から逃げていたのだろう たんぼのあぜ道だったり 森の中だったり 迷路のような屋敷の中だったり 追っ手の姿があったりなかったり いろいろだったけど いつも逃げていた ハアハア息を切らしていた 胸をドキドキさせていた まわりはいつも暗い闇だった 決して行く先に 光が見えていた訳ではなかったけど いつも何かを目指して走っていた 今もまだ 光は見えて来ないけど 多分 真夜中は少し過ぎたのだろう 闇は深くなっても その先に 夜明けがあることを 今は信じられるから もう逃げずに ここで息を静めて待っていよう
      まだまだ                      使い古しの歯ブラシで      タイルの目地を      ゴシゴシ洗う      はき古しの靴下で      いつもの靴を      キュッキュッと磨く      使い古しの歯ブラシは      喜んでいるかな      はき古しの靴下も      喜んでいるかな      捨てられてしまえば      それまでだけど      まだまだ      自分にできること      何か見つけて      もうひとがんばり      がんばれる自分を      喜ぼう      何か見つけて      がんばろう
      開演前                      運よく入手したチケットを手に      ソプラノリサイタルへ      開演間際の会場は      日常からつかの間      解放された観客たちの      ある種の高揚した空気が漂う      ある程度年令を      重ねたその人達の      少し控えめな      それでもある程度      華やかな会話が      そこここに広がる      開演のベルが近い      期待と緊張が      カーテンの向こう側とこちら側      両方にあることがうかがわれる      おしゃべりの声が      だんだん途切れてゆく      静寂が訪れたとき      カーテンが上がる      拍手とスポットライトの中に      ドレスに身を包んだ歌手が      輝いていた
     伝える言葉                      痛いときに痛いって      悲しいときに悲しいって      素直に言えたなら      きっと痛みは半分      きっと悲しみは半分      まだ幼かったころは      素直に涙を流すことができた      いつからだろう      自分の手で傷口をおおって      溢れ出るものを      抑えることを覚えてしまった      いつのまにか心は      潤うことを忘れてしまった      傷口から手を放して      つぶった目をそっと開いて      空を見上げよう      青い色や 過ぎゆく雲や      雨の粒や 七色の虹や      きらめく星や やさしい月の光が      辛いときにも      淋しいときにも      きっと伝える言葉を      教えてくれると思うから
     だからいいんだよ                      何を悩んでいるのかわからない      何を迷っているのかわからない      何を落としたのかわからない      何を失くしたのかわからない      何を見つけたいのかわからない      何をしたいのかわからない      でもいいんだ      このままで      きっといろいろ      みんないろいろ      捜しているものはここにある      胸の中の      一つ一つの想いに      綿毛のような羽根をつけて      ふわふわふわふわ      飛ばそうよ      窓をあけて飛ばそうよ      いつでも      どこへでも      ほら      もう心はこんなに軽い      だからいいんだよ      このままで      ここにいていいんだよ
     再 生                      もう着なくなった白いシャツに      はさみを入れた      衿を切り取った      袖も短くした      自分自身に      はさみを入れてる気がした      衿を切り取ると      息がらくになる気がした      袖を短くしたら      腕が自由に動く気がした      今までの私は      息苦しかったのだろうか      自由に動くことを      止められていたのだろうか      はさみを入れて気がついた      束縛していたのは      自分自身だったことに      案外簡単なことなのかも知れない      束縛の糸を切ることは      いらない部分を      切り取ったシャツのふちを      白い糸でかがった      再生シャツはでき上がり      再生私は 多分もうすぐ
      過ぎ行く時 過ぎ行くもの                     ただ寂しかっただけ      ほかに理由なんかなかった      いくつもの時を経て      いくつもの迷路をさまよって      やっとたどり着いた言葉      なんのことはなかった      ただ寂しかっただけ      だなんて      空を流れる雲は      行き先を捜しているのだろうか      熟れる前に落ちた木の実は      自分の本当の姿を知っているのだろうか      寂しさをうめるために      求めたものたちは      ただ通り過ぎて行くだけ      ここにとどまるものはいない      降る雨は地に吸い込まれ 咲き終わった花びらは風に舞う      いつも次の何かを求め      時はかけ足で過ぎて行く
      私の中の宇宙                      机にうつぶせて      音楽を聴いていた      耳に届いて来るのは      シンセサイザーの音色      閉じた瞳に浮かんで来るのは      果てしない宇宙      不思議なメロディが      不思議な空間を作り出す      肉体を離れた魂が      まるで一個の星のように      宇宙空間に存在している      全ての束縛から      解き放たれたかのように      柔らかな静かな空間を      穏やかに漂っている      なんの苦痛も      なんの抵抗もなく      ただ存在している      うつぶせている小さな机が      大きな宇宙になることを      感じることができた      人は      ただ存在していればいいことを      感じることができた
      必要なもの                      生きていくために      必要なものは      何ですか      食べ物ですか      空気ですか      健康ですか      住まいですか      仕事ですか      お金ですか      家族ですか      仲間ですか      友人ですか      音楽ですか      車ですか      本ですか      恋ですか      愛ですか      思いやりですか      生きていこうとする      気持ち      だということを      知りました
      生きるすべ                      ちょっとは      しょうがないって      あきらめなくっちゃね      もう古いんだしとか      手を伸ばしても届かないんだしとか      速すぎて追いつけないんだしとか      理由はいろいろだけどね      そうやって      ひとつひとつ手放していくと      きっと心が広くなるよ      そうやって      風船みたいに飛ばしていけば      きっと心が軽くなるよ      あれもこれもって      報われないと      結局悲しみのタネ      自分で作っているようなもの      本当に必要なものだけ      入れておこう      心の中を片付けて      余裕を持とう      今からの      残りの時間を      大切に生きるためにね
      生まれた朝                      おひさまは      はずかしそうに      薄い雲にかくれてた      風が少うし吹いて      気温は低かったけどね      でも穏やかな朝だったよ      小鳥の声も聞こえてた      小さな手を握りしめて      足も縮めてたよ      でも口を大きくあけて      あくびをしたんだ      生まれた日の空気を      思いきり吸い込んだんだね      君の人生の始まりの朝だったよ
       罰                      見ることは好きなのに      見られることは嫌いです      まだ学校に通っていた頃      自分の知らない後ろ姿を      人に見られているようで      一番前の席は嫌いでした      みんなを見渡せるから      今でも一番後ろや      一番すみっこが好きなのです      ときおり一つの点となって      広い空を見上げます      白い雲 赤い夕焼け 七色の虹      朝日の中のカモメたち      夜空に瞬く星たち      手を伸ばしても届かないたくさんのものたち      ときおり心の淵にひっかかったままの      自分の思いを      ひっぱり出して      文字にして並べます      手を伸ばそうとさえしなかった自分に      与える罰のように      こうして心をさらして      見せています
      一番の木                      この木がまた      色づく頃が来たんだね      この季節が来るのが      本当にどんなに      待ち遠しいだろうね      こんなに輝く木は      ほかにはないね      特に朝がすばらしいよ      朝日の中で      光り輝くんだ      ほかの人にも      見せてあげたいね      きっとみんな      ため息をもらすよ      そして言うんだ      この木が一番だね      そうさ      金色に輝く      銀杏の木
      君 は ?                            重なる葉の間に      君を見つけたとき      思わずキャーッと      声を上げてしまった      つぶしてしまうのは簡単だけど      ゴミにしてしまうのも簡単だけど      できなかったよ      小さくても命だものね      春 買ったキャベツについてた君は      モンシロチョウになって飛び立った      秋 買ったレタスについてた君は      ?      アゲハチョウかなと思うけど      夫 ちょっと違うなあ      娘 蛾にはなって欲しくないなあ      我家にやって来て三日め      レタスをもりもり食べて とても元気はいいけれど      日に日に気温の下がって行く今日この頃      無事に君は      飛び立って行けるのだろうか      ガンバッテネ 見守ってるよ      思わぬ神様からの贈りもの      ちょっとの間      楽しませてもらいましょ
     ときの流れの中で                            古いままのことも      新しくなってしまうことも      ときの流れの中で      自ずと決まってゆくことなのだろうか      流されてしまうことは許されず      しがみつくこともかなわずに      自分のありかを捜して      小さな戦を繰り返し      何もつかむことができず      ただ      漂っている      自分の意思を飲み込み      全てを投げ捨て      身を委ねて      ただ      漂っていればいいのだろうか      人生なんてあぶくのようなもの      あっちの方にもぷくりぷくり      こっちの方にもぷくりぷくり      ときの流れの中で      もてあそばれている      空ではお日さまがニコリと微笑む
    さよならのとき                      ホントは      さよならなんか      したくはなかったんだ      じっとひざを抱いて      じっと下を向いていたかったんだ      一粒一粒      砂の数なんか数えていたかったんだ      空を飛ぶ鳥の      気配を感じながら      それでも      上は向かずに      地面に映る影を      見ていたかったんだ      でも      時は過ぎていく      世の中すべてのもの      一分一秒      同じ状態でいられるものなんて      ひとつもない      みんなひたひたひたひた      聞こえない音をたてながら      時計の針のように      自分の時間の中を      歩いている      一歩ずつ一歩ずつ      だから      私もさよならしたんだ      ひざを抱いた小さな私に
     車のつぶやき                      あの黒い車は      きっと若者が乗っていたんだね      左前がぶつかっているよ      もうちょっとていねいに乗ってあげればいいのにね      痛かったろうね      あの白い車は      どうしたのかなァ      見たとこどうもないのにね      どこかでエンジントラブルでも起こしたのかな      小さな女の子が      きっと帰って来るのを待ってるよ      あの紺色の車      もうずっと止まってるよ      ずいぶん埃っぽくなってるよ      なんだか寂しそうに見えるね      修理工場に      次々車がやって来るけど      それぞれの車に      それぞれの人生(?)があるんだね      何日かしたらいなくなってしまうけど      また元気を取り戻して      がんばってね      君の人生(?)全うできるようにね      人との縁が大事なんだろうなァ
     数時間のできごと                      川底の石や砂利や泥が      ショベルカーに      さらわれて行った      何年もの月日をかけて      堆積していたものが      わずか数時間のあいだに      きれいさっぱり      何年か前に      停滞していた台風が      降らせた大量の雨      川を氾濫させそうになって      避難騒動になったことがあった      このきれいさっぱりの川は      雨の水を順調に      流してくれるだろう      でも      でも      白い花を咲かせていた水草は?      川底で生きていた小さな生物は?      白いサギが一羽降り立った      餌を見つけることはできるのだろうか      今日の空は雨模様
     月の光を浴びて                       月が光っている      空が光っている      雲が光っている      山から湧いて出た      何万の鰯が      月の光を浴びて      キラキラ光っている      群れの形を      少しずつ変えながら      海に向かって      夜の空を      泳いでいる      きっと      月の光を浴びて      海も光っているだろう      もうすぐ来る      何万の鰯を      待ちながら      きっと      キラキラ      海も光っているのだろう
     ひがんばな                      いつのまに      スクッと伸びた茎に      赤い花弁が      開くときを夢見るように      指折り数えて待つように      か細い蕾をつけている      いつのまに      蕾は少しふくらんで      秋の風に揺れている      いつもの散歩の細い道      ひとつの蕾が開きかけ      ほかの仲間を誘ってる      もう開いていいよ      今は秋の真っ只中      ひがんばなの季節が      やって来た
     はいあかむらさき                      いつ頃からだろう      夕焼けを見ると      胸がそわそわするようになったのは      まだ学校にあがる前      家族で住んでいたなつかしい家      まわりには高い建物などなく      家の前にも家の裏にも      空がいっぱいに広がっていた      まだ四、五才なのに      夕焼けに惹かれていた      夕焼けは刻々と色を変えていった      その不思議さ美しさに      いつも見とれていた      そして      いつも夕焼けを描きたかった      紙に向かって色を塗り      顔を上げると      夕焼けはもう      色を変えていた      その早さに追いつけず      もどかしい思いをしていた      夕焼けは夕闇へと変わっていき      手にした十二色のクレヨンの中に      はいあかむらさきがないことが      悲しかった      母に教えてもらったのだろうか      そのはいあかむらさきという色が      欲しかった      今も台所の窓から      夕焼けが見え始めると      胸がそわそわする      ぬれた手を拭きあわてて      紙と百色のサインペンを引き寄せる      過ぎていく美しいときを      止められないもどかしさに      今も胸をざわめかせながら
    ディア・ムーン                      見上げる空に      月はあるだろうか      季節により      時間により      姿も場所も変わる      どんな姿であれ      見つけたときは      ホッとする      そしてなぜか      ごめんなさいと      言いたくなる      お天道様は お見通し      だけど      お月様は 見守っていてくれる      その優しさに包まれて      だからきっと      素直になれる      お天道様から姿を隠すように闇を求める      そして      その闇の中で      お月様に出会える      胸に手を当てて      ディア・ムーン
    祈 り                      虐待のニュースを      目や耳にするたび      胸が痛くなる      なんのために生まれて来たのだろう      こんなめに合うためじゃないはずなのに      死にまで至るとき      その心は      どんなだっただろう      何を思いながら      天に召されて行ったのだろう      その肉体は無数の傷を受け      あまりに哀れでならない      でもきっと魂は      肉体を離れて      ほっと安堵した表情を      浮かべているに違いない      神様が      暖かく迎えてくれるだろう      そして      ぎゅっと抱きしめてくれるに違いない      哀れな小さな魂に      見捨てられたこの世の中が      とても悲しい
      もう飛べない蝉へ                      力尽きて      地面に仰向けに落ちた      もう飛べない蝉よ      今まで      元気に飛んでいた空は      どんなふうに      見えているかい      広い空だね      精いっぱい飛んだかい      思い残すことはないかい      木の根元に      そっと休ませてあげよう      もう一度生まれておいで      また      この地上にはい出して      この木にとまり      元気な声を聞かせておくれ      そして      夏空を      また飛ぶがいい      そのときの空が      まだ青いことを      祈っていよう
      木の葉のしずく                      明け方まで降っていた雨が      静かに上がった雨上がり      雲のわずかなすき間から      朝の光りが生まれる      朝の光りに照らされて      きらきらと      木の葉のしずくが輝く      どの木からも      どの葉からも      しずくが落ちる      きらきらと      輝きながら      まるで      木の葉を母として      生まれ落ちるように      命の輝きを      みんなに祝福されるように      朝の光りの中を      木の葉のしずくが      落ちてゆく      母と訣別するかのように      自分の人生を      歩き始めるかのように      木の葉のしずくが      落ちてゆく
     水平線にいだかれて                 青い空の続いていくところ      青い海の続いていくところ      その二つが      寄り添うように溶け合うところ      水平線      そこには何があるのだろう      澄んだ澄んだ青い色      静かな静かなシンフォニー      耳を澄ませて      身体いっぱい聴こう      空と海のシンフォニー      身体いっぱい取り入れよう      空と海の青い色      きっと元気を取り戻せる      父なる空と      母なる海に      いだかれて      生まれたばかりの心になって      一歩一歩歩き出そう      あなたの道は続いている      わたしの道も続いている      青い空の続いていくところ      青い海の続いていくところ
       生 息                      ひっそりと息をして      ひっそりと生きていこう      けっして明かりを求めず      深い闇と仲良くして      そっと      闇の中に潜んでいよう      闇は暖かい      そっと      包んでくれる      闇の中にじっとしていると      心が穏やかになる      闇は優しい      まわりのものに      紛れさせてくれる      同化されて      一体感を味わえる      私は      ひとりぼっちじゃない      すぐそこに      闇の鼓動が聞こえる      闇の息づかいが聞こえる      無数の闇が      いっしょにいてくれる
      すずめの弔い                      学校の帰り道      道端にすずめが死んでいた      かわいそうと思いながら      そのまま通り過ぎた      でもどうしても気になって      スコップを持って引き返し      小さな死体をそっと乗せた      家に持って帰り      庭にお墓を作った      小学5年のときだった      犬と夜の散歩に出た      犬が道に落ちているものに鼻を寄せた      近づいてみるとすずめの死体だった      そっと拾い上げ掌に乗せた      足を揃え小さな目を閉じていた      羽根はまだ柔らかかった      道端の街路樹の根元にそっと置いた      傍らに蕾を付けた紫陽花があった      ごめんねと下葉を数枚もらった      すずめの死体をそっと覆ってやった      小5の同じ経験を思い出していた      すずめの寿命なんて知らない      それにしてもはかない死に思えた      生きていることそのものが      はかないのかも知れない      犬も私もその狭間で生きている
      さすらう                      このままでいいと      いくら自分に      言い聞かせてみても      やはり      せつなさや      むなしさが      心の底の片隅で      小さな渦を      作っている      目の前の空が      果てしなく続いている限り      飛べなかった鳥は      使わなかった翼を      さすり続けなければ      ならないのだろうか      真綿に包んで      心の底深くに埋めた      小さな種は      芽吹くことができないのだろうか      この広い空に      この青い空に      似合う花を咲かせることは      できないのだろうか
       このままで                   充実していなくてもいい      有意義じゃなくてもいい      このままでいい      このままでもいいじゃない      足りないものがいっぱいあっても      心の中がスカスカしていても      このままでいい      このままでもいいじゃない      広い空がある      見慣れた山がある      穏やかな海がある      お日様の陽ざしがある      やさしい月あかりがある      希望を教えてくれる星がある      流れる水があり      吹く風があり      風に揺れる草花がある      きっと      足りないものより      満たしてくれるものの方が多いはず      このままで      ここにいるだけで      いいんじゃない
       鏡の中の私                    べつに訳なんかなかった      突然雨になって      するはずのことができなくて      時間が空いてしまったから      雨に濡れた服を      着替えるために      洗面所にいたから      洗面所の鏡が      目の前にあったから      ただ      そんなことがあって      鏡の前に立っていた      なんのためらいもなく      髪に鋏を入れた      二十センチ近くの      髪を切った私が      鏡の中に立っていた      あっ 髪 切ろう      ただ      そう思っただけ      べつに訳なんかなかった
       星が流れるとき                    星が流れるとき      見上げる人々の目の端に      涙が光る      去りゆくものの美しさに      感嘆の声をもらし      去りゆくものの儚さに      ひとすじの涙を流す      願うことがいくつあっても      言葉にさえならない      そのわずかなひととき      人々は      ただひき込まれるように      夜空を見つめる      その瞬間に望むことは      何も無い      ただ美しければいい      我を張ることを失くせば      みんなに平和が訪れる      心の中を無にしていれば      きっと誰もが      星のように輝ける      星が流れるとき      言葉にはならなくても      人々は幸福を祈ったはずだ      幸福を感じることができたはずだ
       確かな感覚                   大陸から      血流が迫って来る      ある一点を目指して      少しずつ少しずつ      でもどくどくと      確かな手応えを感じる      わざと知らんぷりをして      顔を背ける      でも確かに      赤い血が流れているんだ      そっと目を戻すと      その血流は      流れ出ることはなかった      流れは静かに治まっていた      痛みも遠退いて行った      たまにはこんな体験も      いいのかも知れない      確かな感覚を      味わうことができたのだから      うっかり挟んでしまった      指先にできた      小さな血豆
       捜しもの                    憧れと      夢と      希望と      理想と      あなたはどれが好きですか      あなたの憧れは      あなたの夢は      あなたの希望は      あなたの理想は      自分では答えが出せません      いっぱいあるみたいなのに      何もないような気もするのです      憧れはありました      夢はあるかもしれません      希望は持てればいいなと思います      理想はどんなものでしょう      これからは      せめて何か一つ      捜してみようと思います      あァ良かったと      思える人生になるためにね
      小さな空                    雑木林の中でひとり      地べたにすわりこんで見上げた      いろんな木々が      私をおおうように      広がっている      地べたはひんやり冷たい      その冷たさの中で      膝を抱いて見上げていた      風に揺れる葉ずれの音は      世の中に      取り残されたような      ちっぽけな私を      笑っているのか      それとも      哀れんで励ましているのか      いろんな木々の      枝や葉が重なり合うように      いろんな人々も      きっとつながり合っているはず      ちっぽけな私が      いろんな木々のさらに上の方にある      遥かな小さな空を      今も見上げている
     ゆめのくにへ                  1.さあ      もうおやすみ      おめめをとじて      たくさんあそんだね      おもちゃのひこうきが      そらとぶよ      おもちゃのおふねやくるまが      うごきだす      きみはどこでもゆける      せかいじゅうをたびしよう      さあ      もうおやすみ      ゆめのくにへでかけよう    2.さあ      もうおやすみ      おめめをとじて      たくさんあそんだね      かわいいにんぎょうが      おどりだす      ぬいぐるみのくまやいぬも      てをとって      きみはなんでもできる      だれでもなかよくなれる      さあ      もうおやすみ      ゆめのくにへでかけよう    3.さあ      もうおやすみ      おめめをとじて      たくさんあそんだね      しゃぼんだまふわふわ      とんでくよ      あかやきいろのふうせんも      とばそうよ      きみはいつでもじゆう      せにちいさなはねつけて      さあ      もうおやすみ      ゆめのくにへでかけよう
     あのヒメジオンたちは                  いつもの散歩のコースに      ヒメジオンの一群が      咲き乱れている場所がある      あのヒメジオンたちは      何を想っているのだろう      みんないっしょになって      空を見上げ      みんないっしょになって 風に揺れている      あのヒメジオンたちは      ひとりぼっちじゃない      みんないっしょになって      いちどきに花を咲かせ      みんないっしょになって      あんなに楽しそうに      おしゃべりをしている      あんなに嬉しそうに      ほんのわずかなひとときを      謳歌している      あのヒメジオンたちは      また逢う未来があることを      きっと知っている
      土曜の朝は                  土曜の朝は      君と散歩に行こう      テッテッテッテッ      4本の足が      とてもリズミカル      尻尾も気持ち良さそうに      揺れている      さっきすれ違った      白いジョギング姿のおじさんにも      負けてはいないよ      私だって軽やかに      口笛なんか吹きたくなる      君と一緒の朝は      空が少しくらい曇っていたって      なんともないよ      土曜の朝は      君と一緒に散歩に行こう            花を見よう      川と歌おう      風を感じよう      君と一緒の朝は      土曜の朝は      心の休暇が始まるよ
      シロ君                  あの橋を渡って      あの角を曲がると      犬のシロ君に会える      とっても穏やかな瞳を      しているね      ひだまりのように暖かい のんびりした姿      ゆったりと流れる朝のひととき      「あくせくしてるのが悲しくなるね」      通り過ぎて行く私たちの後ろを      ほんの少しついて来て      立ち止まり見送ってくれる      そしてまた      自分のところへとゆっくり戻って行く      「今日いち日何するの?」      手と足を伸ばして      風の匂いをかいで      自分の時間の中を生きている      きっと地球は      ゆっくりゆっくり回ってる      平和主義者のシロ君が      たぶん私たちに      教えてくれているんだね
      青い風                    旅の途中で      小さな駅を見つけました      小さな駅は 青いペンキで塗られていました      青い帽子をかぶった駅員さんは      乗客の青い切符を      パチンと切っていました      駅前の花だんには      小さな青い花が咲いていました      街路樹にとまった青い小鳥は      青い木の実を      ついばんでいました      そして      羽を広げると      青い空へと飛んで行きました      青いベンチにすわっていた      小さな女の子の青いスカートが      風にヒラッと揺れました      青い風は      さわさわと      次の町へ吹いて行きました
      五 月                   庭のぐみの木には      まだ青い実がついていたろうか      五月の風は      いつもさわやかに決まっているさ      そして      空気の色は薄緑色      父さんが      裏の畑に苺を植えていたのを      覚えているかい      蝶々がいつも数匹舞っていた      白い花が咲いた後      楽しみに待ったものさ      苺は日に日に赤くなっていったよ      君は小さな口で大きく泣いた      お日さまも精一杯輝いて      君の第一声を聞いていたよ      君が生まれたのが      とてもうれしかったのさ      君が生まれたのは      こんな季節      すべてが今から始まる      そんな幸福の溢れるような      季節だったよ
      ひとときの光景                   秋に飛来したかもめたちは      春が来ると一斉に      飛び立って行ってしまう      何羽が来て何羽が帰るのか      夫婦や親子兄弟で群れをつくるのか      詳しいことは知らない      散歩コースの川筋で      かもめが一羽餌をついばんでいる      群れからはぐれたのか      自分の意志で居残ったのか      いつも一羽のサギが一緒にいる      かもめはサギに恋をしてしまったのだろうか      サギの方が取り残されたかもめを      哀れに思っているのだろうか      それともお互い一羽どうし      友情が成り立っているのだろうか      遠くに見える二羽の事情はわからない      そんなことは多分どうでもいい      つかず離れず      春の陽を浴びながら      餌をついばむ二羽の姿がある      その川の横を通り過ぎる私がいる      朝のひとときの光景が過ぎて行く
      羽 根                   この青い空は      どこまで続いているのだろう      川に降り立って      餌をついばむ白さぎは      次の餌を求めて      またこの空へ      飛び立って行くだろう      野原をさまよう      小さな蝶々さえ      今夜の寝所を求めて      この空を飛んで行く      夏が来れば      土の中から現れた蝉の子は      明け方近くに      まだ薄緑色の残る羽根を広げて      未知の空へと      飛んで行く      人間だって      可能性を求めて飛び立つ人は多い      私に羽根はあったのだろうか      使わないままあったのだろうか      青い空がまぶしい
      できること                   多分      巣から落ちたのだろう      木の下で      カラスの幼鳥が死んでいた      ゴミをつついたり      鳩や捨てられた子猫を      いじめたり      嫌な印象が多いカラスだけど      でも      この幼鳥には関係ない      幾日か経ち      日に照らされ      雨にも打たれたのだろう      その骸が      哀れでならなかった      私に何ができるだろうか      今度      傍らを通り掛かったときには      草を摘んで      そっと覆ってやろう      そして      ただ祈ろう      カラスも星になれるだろうか
     ずっと忘れないから                   空は青く広がる      そのまだ彼方へ      果てしなく続いている      目には見えないけれど      無数の魂が漂う      耳には聞こえないけれど      無数の声が彷徨う      何を捜して      何を求めて      きっと      寄り添うものが欲しいから      心を開いて受け入れて      抱きしめて      寂しがらないように      いつもそばにいるから      いつでもそばにいてくれるから      果てしなく広がる青い空を      目にしたとき      そこには      無数の涙があることに気がついて      平和を願う涙があることに      気がついて      私たちはずっと忘れないから      ずっと思い続けているから
      桜の頃                   桜の蕾がほんの少しピンクになって      おしゃべりを始める頃      白いソックスをはいた小さな女の子は      その声に合わせるように      最初の一歩を歩き出す      桜の蕾のようなピンクのくつ      最初の足あとを      ピンクの風がなぞってゆく      空を見上げた女の子は      小さな手を広げて      桜の花に手をかざす      桜色の小さな指      何を指さしていたのだろう      小鳥がさえずっていたから      花影のおひさまが微笑んでいたから      ピンクの風と手をつなぎ      そっと後をついてゆく      穏やかな時間が流れていた      あれから何年      桜色の小さな指は      少しおとなになって      何を指さしているのだろう      いつものように桜の頃が訪れる
      ここの空                    空は 私と共にある      もう 動けない      すわりこんでしまったとき      見上げた空は      じっと そこにあった      動けない私を      じっと 見守っていてくれた        どれほどかのときを経て 立ち上がったとき      立ち上がる私と共に      空は 動いた      一歩 歩くと      一歩分 共に動いた      そうなんだ      誰もいなくたって      空が 共にあるじゃないか      空には      お日さまもお月さまも      お星さまも流れる雲も      たくさんいるじゃないか      みんなちゃんと見ていてくれるよ      ここにいる私と共に      ここの空が あるじゃないか
      東京の空                       「東京の空 灰色の空       本当の空が 見たいという」      朝一番の飛行機で羽田に降り立った      東京は快晴だった      抜けるような青空だった      この東京の空の下に      一千万人以上の人がうごめいている      娘もその中の一人      寮を出て一人暮らしをするという      そのための引越しの手伝い      部屋も見ておきたかった      どんな夢をもって      どんな憧れを抱いて      この空の下で生きていこうとしているのか      引越しを終え二泊が過ぎ      再び羽田を訪れたとき      広い空は夕焼け色に染まっていた      きっと灰色だけじゃないよ      でも本当の空が見たくなったら      いつでも帰っておいで
      ひととき                      ケーキ屋さんへ      19歳の娘のバースディケーキを買いに行った      待っている間      後から入って来た若い夫婦      父親の腕には      まだ数ヶ月の小さな赤ちゃん      つぶらな瞳と目が合った      思いがけず心の中の      アッという叫び声が聞こえた      こんなときがあった      こんなときが 確かにあった      ホントに何気ない      小さな幸福を      感じることを忘れていた      いつの間にか      不服の多くなっている自分に      気がついた      目の前のつぶらな瞳が      教えてくれていた      今 ケーキを待っている自分も      確かに幸福なのだと
      遠い空の下                      テレビに映った横顔は      まだあどけなささえあった      瞳は澄んでいた      二十代半ばだろうか      小さな独房の壁にもたれて将来を考えた      こんな狭いところで      お日様の光さえ無いところで      人に管理されて      これからの人生を      生きていきたいだろうかと      狭い部屋を出るために      お日様の光を浴びるために      自分の意志で生きていくために      今は作業に励んでいる      知識と技術を身につけ      自立できる人間になるために      時おり遠い空の下の母親を想うという      詫びているのか 案じているのか      だから神様は与えたのだろうか      彼に澄んだ瞳を
      アジサシのように                     誰も気がついてくれなくても      私は ここにいる      空を飛べなくなったアジサシは      地面に映る自分の影を見て      初めて自分を照らしている光が      あることに気がついた      空を飛んでいるときは      光があることにも      影があることにも      気がついていなかった      意識なんかしていなかった      飛べなくてもいい      誰も気がついてくれなくてもいい      自分の足元には影がある      自分の上には自分を照らす光がある      ちゃんと地に足つけて      自分の道を      歩いて行けばいい      飛べなくなったアジサシは      優しい光に包まれて      地面に映る影に感謝して    勇気と自信を持って      きっと生きて行けるだろう
      淘 汰                       スーパー デパート 銀行       保険会社 航空会社 食品会社      小さな町や村      国の通貨さえ      どうなってゆくのだろう      いつか生まれたときがあったはず      そして くっついたり離れたり      そして いつしか滅びてゆく      風が生まれて消えるように      雲が流れながら姿を変えるように      こういうのを淘汰というのだろうか      地球を含む天の川星雲は      時速何万キロというスピードで      アンドロメダ星雲に      引き寄せられているらしい      何億年後かには      この地球さえ姿を消してゆく      淘汰されて      淘汰されて      何が残ってゆくのだろう
      雪の想い                       寒さに耐えて窓を開ける      ほんの少うし開けて空を見上げる      ぼんやりと風に舞う雪を見る      遥かな空から何を見ながら      舞い降りて来るのだろう      葉を落とした木々たちや      枯れ色の野原や      家々の屋根や      小さな犬小屋や      何を目指して何を想って      舞い降りて来るのだろう      池や湖や      流れる川や      波の寄せる海や      水面に舞い降りた雪は      姿さえとどめることもできずに      でも      母の懐に帰った安堵は      あるのだろうか      儚い雪にも      小さな想いは      あるのだろうか
      時の残したもの                     私の前を通り過ぎるよ      あっという間に      通り過ぎて行ってしまうよ      何度夕焼けを見ただろう      何度月を仰いだだろう      過ぎて行くものは美しい      過ぎて行くものは儚い      誰にでもあることなんだね      涙の粒と      砂の粒と      数が同じほどあること      手の中をすり抜けて行くこと      わかっているよ      でも      残して行くものもあるんだよ      思い出という忘れもの      時の残した忘れもの      あなたの中の宝もの      たまにはひっぱり出して暖めて      思い出という宝もの      きっともっと暖かくなるからね      誰でもたくさん持ってるよ      心の中の宝もの
      赤い雪の光景                     あたり一面を覆うように      雪が降り積もる      その雪は      白いだけとは限らないのかも知れない      まだ公害なんて言葉も無かった頃      工場の煙突から      吐き出されていた赤い煙      その煙を包み込むように雪が降ると      翌朝積もった雪は      赤みを帯びていたという      それはそれは幻想的な世界だったと      とつとつと      語り部の口から言葉がもれる      知らず知らずのうちに      見たこともない赤い雪の光景が      まぶたの裏に広がっていく      しんしんと雪が降る      今ではもう      見ることもない赤い雪の光景      語り部の声が      どこか遠いところを見ているように      私の耳に届いて来た
      ラジオから                   いつも何気なしに      つけているラジオから      民謡が流れている     「山国木挽き歌」      たしかそんな曲名だった      高い山や深い谷に      こだまするような尺八の音      響きわたるような歌声      梢を吹き渡る風のように      耳に入ってきた      思わず手を止めて聴き入った      目の前の雑務が消えて      一瞬のうちに      山の風景が広がっていく      こういう瞬間がたまらない      それは若い人の新曲だったり      誰かのトークだったり      その時々によるけれど      自分で好むものばかり耳にしていると      かたよってしまいそう      だからラジオはありがたい      つけているだけで      思いもよらないものを      耳に届けてくれる      今日は民謡のおじさんに感謝したい
       野 原                   建物が取り壊され      空き地になって草がはえ      野原になった      いぬのふぐりは空を見上げ      たんぽぽは蝶々と仲良し      なずなは風に揺れる      つゆくさは明け方の色を残し      ヒメジオンは肩を寄せ合い      月見草は月の出を待っている      えのころぐさは子犬と戯れ      あかまんまは頬を染め      すすきは夕焼けが似合う      空気が冷たくなると      急に背丈を伸ばし      小さな実を結び      小さな種子をつけ      草は一生を終える      寂寥感の中に      達成感が漂う      胸を張ってさえいる      次の世代の草たちを信じて      野原は又来る春を待っている      静かに静かに息づいている
      深呼吸                   大きく手を広げて      大きく息をする      穴のあいた心には      なかなか溜まってくれないけど      穴のあいた心から      すぐにもれてしまうけど      それでも       なんどもなんども      繰り返す      遠くを見て      虹色のような夢を      胸に描きたくて      もう一度      大きく大きく息をする      水平線や      地平線は      見えないけれど      あの木の枝の向こうに      隣の家の屋根の向こうに      小鳥の飛んでいく空の向こうに      続いている道が      きっとあることを信じて      さあもう一度深呼吸      さあもう一度歩き出そう